※本記事は、ジャーナリストのオリヴィア・ジョーダン・コーネリアス氏(Olivia Jordan Cornelius)の寄稿になります。


 ジョー・バイデン氏が大統領選挙での勝利宣言を行った日の翌日となる2020年11月10日(現地時間)、カフェにいる私(筆者コーネリアス氏)は、近くに座っている人々の会話に、耳を傾けずにはいられませんでした…。

 釣具の話をしている人もいましたが、その一方で、夫に先立たれた母親を娘が慰めています。2020年、32歳で夫をガンで亡くし、望まずして未亡人となった私の知恵を、そして喪失を経験してからも人生を立て直す手立てがあるということを、その人に身を乗り出して伝えてあげたいと思いました。

 そして、その母親は娘にこう話していました。「ジョー・バイデンは、私に多くの希望を与えてくれるわ」と…。

 ジョーの最初の妻ネイリアとまだ幼かった娘のナオミは、彼がデラウェア州の上院議員に当選してから1カ月後の1972年12月に、交通事故でこの世を去っています。生きる希望に満ちていた2人の命は、トレーラーとの事故で一瞬にして奪われてしまったのです。

 九死に一生を得た2人の息子、長男ボーと次男ハンターは、父親の跡を継いで政界に進出。ボーは、未来の大統領候補として嘱望されていたのですが、脳腫瘍のため2015年に46歳で亡くなっています。

 私の夫キャムも、人生の素晴らしいステージが始まろうとしていた矢先に、夢を奪われてしまいました。

 彼はニュージーランドの映画会社でクリエイティブな仕事に就いたばかりの頃、漠然とした吐き気と体重減少に見舞われ、ステージ4の胆嚢がんと診断されました。軽かった症状はしだいに重くなり、キャムは数カ月の闘病の末、34歳の誕生日の直後に亡くなりました。

 キャムの死後数カ月間は、ジョーの大統領選挙運動と重なっていたため、77歳のジョーはすぐに32歳の私のロールモデルになりました。4年前には困難に見舞われ、大統領選への出馬を断念していたジョー。大統領まであと一歩というところで息子ボーの死という悲劇に見舞われた彼は、この先大統領の座をつかむことはないと思われていました。

 ランダムにタイミングを無視して、人に襲いかかる“悲惨”が彼の出馬を阻み、ジョー自らの宣言により選挙戦への道が閉ざされたため、当時はヒラリー・クリントンが大統領選挙に出馬することとなったのでした…。

joe biden neilia and sonspinterest
Bettmann
1972年、妻ネイリア、息子ボー&ハンターとともに30歳の誕生日を祝うジョー。

 このときは、ジョーが再び大統領選挙に戻ってくるとは思えなかったし、途方もない喪失感を彼は味わったのだから、それは当然のことでした。愛する家族を亡くしたら、選挙に夢中になったり、世の中のあらゆるものにエネルギーを注いだりすることは非常に難しいことでしょう。

 私個人としては、コロナ禍のトランプ大統領は世界に対する不信感を高め、​痛みと喪失を生み出したと感じていました。

 2015年に行った演説でジョーは、妻と娘の死後に母親が言ったことを詳しく話しています。彼は、「あなたの身にどんなに恐ろしいことが起きても、一生懸命生きていくことで、いつかきっといいことが訪れると言ってくれた彼女は正しかった」と語っています。

 未亡人になったばかりの私は、どん底まで落ち込み、何もしない日々をおくっていました。そして、すべてが不可能だと思い込んでいました。自分の世界を狭め、自分を哀れんできましたが、それは間違いなくキャムが望んでいることではなかったはずです。

 そして私は、心を閉ざしたままでいることは夫に敬意を表するためのベストな行為ではないことに気づかされたのです。それは自分の妻と娘と息子を失い、それでもポジティブに生きる道を見つけて歩み続ける男性はいることを知ったときでした。それがジョーだったのです。そして「自分にだってできる」と思えるようになったのです。

2008 democratic national convention day 3
Justin Sullivan//Getty Images
ジョーとボー、2008年

 ジョーが大統領選に戻ってきたのは、彼が「喪失感を味わった“のに”」ではなく、「喪失感を味わった“から”」だと思います。

 ボーが大統領に立候補するチャンスを得られなかったからこそ、父ジョーはそれを成し遂げることができたと言えるでしょう。彼は息子に戦い続けることを約束し、自身のスタイルと活力で大統領選を戦い、そして勝ち抜いたのだと思います。

 私は今年(2020年)夫を失ないましたが、誰もが仕事や時間、自由、正常性など、何かを失ったに違いない…。ジョーは喪失を知っているし、だからこそ彼は統計の裏側にある悲しみを理解できる人物だと思っています。

 ​最終投票が開票される中、ジョーはすぐに「レストランの空いている席」の数を減らすために、新型コロナウイルス対策本部を設置したと発表しました。ですがこれは、彼の心に深く響く、厳しい現実だったはずです。

 “善”が常にトップになるとは限らないですが、大抵の場合に“善”は突破口を見つけることができると言えるでしょう。​私は、「ジョー・バイデンは善人だ」と信じています。​

 世界は彼に癒しを求めているし、ジョーは希望の象徴で、共感と礼儀と優しさを大切にしながら統治する人物だと信じています。​すべてが奪われてしまっても、それを深く掘り下げて立ち上がる道を見つけた人…。​そして、私たちの良きお手本となってくれる人だと思えるのです。

From Harper's BAZAAR UK

From: Harper's BAZAAR JP