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現在、東京・上野にある国立西洋美術館では、
日本初のクラーナハ大回顧展である
「クラーナハ展―500年後の誘惑」が絶賛開催中です。
そこで、なぜクラーナハがそこまで人々を魅了するのか、
ドイツで活躍する日本人画家Cokkun Vichに
同じ画家としての立場から取材してもらったのでした。

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今回取材させていただきた、ウィーン美術史美術館


 クラーナハは同名の息子も画家であるため、ここではルカス・クラーナハ(父)と明記します。

 ルカス・クラーナハ(父)は、ヴィッテンベルクの宮廷画家として名を馳せたドイツ・ルネサンスを代表する芸術家であり、大型の工房を開設して絵画の大量生産を行うなど、この時代にしてアートとビジネスを結びつけた先駆者的存在でした。その一方、マルティン・ルターの肖像画も彼の作品であり、宗教改革にも深く関与していた時代の寵児ともいえるのです。

 そんな彼の作品を改めて確認してみると、そこには現代の我々も魅了して止まない、そして彼にしか描くことができないであろう“アティチュード”が存在していることに気づかされるのです。そこには、時空を超えた“エロティズム”とでも言いましょうか、実に寡黙ながらも艶やかで魅惑的な質感、そしてニュアンスで描かれた女性像が存在しているのでした。その作品から沸き立つエロスのオーラは、16世紀のルネッサンス期当時の鑑賞者だけでなく、500年の時を超えた現代の我々に対しても、強く訴えかけてくるものなのです。

 そんなクラーナハ(父)の魅力を、ドイツで活躍する日本人画家Cokkun Vich(コックン ビッチ)氏に探ってもらいました。取材先は、今回の「クラーナハ展―500年後の誘惑」でも展示されている彼の代表作『ホロフェルネスの首を持つユディト』を所蔵する、ウィーン美術史美術館。もう鑑賞しに行った方もまだの方も、ぜひともこのCokkun Vich(コックン ビッチ)氏の考察を読んでいただき、「クラーナハ展―500年後の誘惑」の予習または復習を行ってください。そして、複数回行くことで、クラーナハ(父)のさらなる魅力を手繰り寄せていただければ幸いです!



◇開催概要
「クラーナハ展―500年後の誘惑」

会期/~2017年1月15日(日)
場所/東京・国立西洋美術館
住所/東京都台東区上野公園7-7
開館時間/9:30~17:30
      ※金曜日のみ20:00まで。
      ※入館は閉館の30分前まで。
休館日/月曜日(ただし、2017年1月2日(月)は開館)、
    2016年12月28日(水)~2017年1月1日(日)
観覧料金/一般1600(1400)円、
      大学生1200(1000)円、 
      高校生800(600)円
      ※()内は前売・20名以上の団体料金。
      ※中学生以下は無料。
      ※心身に障害のある者および付添者1名は無料。
      (入館の際に障害者手帳を提示)
      ※ただし、上記前売券は販売終了しています。

◇巡回情報
大阪会場/国立国際美術館
会期/2017年1月28日(土)~4月16日(日)

 
●お問い合わせ先/
ハローダイヤル
TEL 03・5777・8600

展覧会特設サイトはこちら
>>> http://www.tbs.co.jp/vienna2016/

代表作ユディット‐修復室にて

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作品『ホロフェルネスの首を持つユディト』

 1517年に開始された宗教改革から、ちょうど500年を数える2016-17年に開催されるこの展覧会は、ルカス・クラーナハ(父)の絵画が時を超えて放つ「誘惑」を体感する、またとない場となるはずです。

 今回はわたくしCokkun Vichはまず、国立国際美術館で開催される展覧会『クラーナハ展―500年後の誘惑』の目玉となる作品、『ホロフェルネスの首を持つユディト』(1530年頃、油彩/板(菩提樹材)の現物をぜひ見たいという願望から、ウィーン美術史美術館に着くやいなや、当作品の修復室へ一目散に案内してもらいました。udith(ユディト)とは、旧約聖書外典の1つである、『ユディト記』に登場するユダヤ人女性になります。 
 

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写真左が修復家のMag.Georg Prast氏、
中央はクラーナハ専門学芸員Dr. Guido Messling氏。
そして右がわたくし、Cokkun Vichです。 

 
 詳しく知りたい方は、この『ユディト記』をぜひ読んでください。彼女がもっている首は、アッシリアの将軍であるホロフェルネス。アッシリア王ネブカドネッサルは、自分に敵対する国々に対し討伐軍を差し向けました。そして、ユダヤに送られたのが、このホロフェルネスだったわけです。ユダヤ人たちは降伏することを決意するのですが、そんな状況下、一人の女性が立ち上がったのです。それがユディト。敵軍の陣地に忍び込み、敵将ホロフェルネスの首をはねたわけです。 

 すると、将軍を失った敵軍は退却。このようにユディトによって、ユダヤは討伐を免れました。そんな英雄である彼女は絵画でも文学でも、多々モチーフとなっています。絵画の場合はルカス・クラーナハ(父)の他に、ボッティチェッリやクリムトもモデルとして描いていますので…。

 首を持った残酷な絵画でありますが、このユディトの顔に気高いエロスを感じてしまうCokkun Vichなのです。クラーナハは、この「ホロフェルネスの首を持つユディット」というテーマで、これ以外にも多く描いています。では、なぜ何回も描いたのでしょうか。様々な説がありますが、もっとも有力なのは、宮廷の貴婦人たちの肖像画であったという説です。貴婦人たちから肖像画の注文を受けたルカス・クラーナハ(父)は、単に婦人たちの表情を描くだけではなく、彼女らをユディトに見立てて描くことで、その美しさと崇高さを際立たせたという説があります…。実際、本人たちはうれしかったのでしょうか? 時代性が違うので、計り知れませんね。


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ルカス・クラーナハ(父)

ルカス・クラーナハ(父)の素顔とは?

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こちらはLucas Cranach (ルーカス・クラーナハ)の自画像。日本でいう苗字にあたるCranach(クラナッハ)は、一家の出身地であるKronach(クロノッハ)という村に由来しているそうです。

 話は前後してしまいますが、皆さんはルカス・クラーナハ(父)という画家をご存じでしょうか? おそらく、美術を専門に学んでいなかった人がほとんどかと思いますので、知らない方が断然多いと思います。 

 彼は、フルネームはLucas Cranach(ルカス・クラーナハ)になります。1472生~1553年没、ドイツ北方のヴィッテンベルクで16世紀前半に活躍した西洋絵画の巨匠なのです。「クラナッハ」、「クラナハ」とも呼ばれ、またファーストネームの「ルーカス」と呼ばれる場合もあります。

 若い頃にウィーンで絵画修業を終えたルカス・クラーナハ(父)は、西ヨーロッパで強大な力を誇った神聖ローマ帝国のザクセン選帝侯に見出され、専属の宮廷画家に。王侯貴族のオーダーに基づき、彼ら一族の肖像画やキリスト教のテーマに基づいた寓意(ぐうい)画などを描いてきました。そして、彼の絵画は他国の貴族や王族への贈答品として使われ、外交に大いに貢献したとのことです。

 そして、わたくしCokkun Vichがなぜ、ルカス・クラーナハ(父)が気になっていたかを再び言わせていただくと…、前出の代表作『ホロフェルネスの首を持つユディト』をご覧いただいて、感じている方もいるかと思います。特に彼が描く女性には、品のあるエロスが存在しているからなのです。女性がより美しくなり、そして男性を求める。逆に、男性はまたそんな女性に惹かれ、散り去る運命…。当時の日本は江戸時代。浮世絵というものが誕生した頃でもあったのです。そんな時代的にリンクするところもあって気になっていたところ、絶妙のタイミングで取材できたのでした。


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ルカス・クラーナハ(父)の凄さはどこにあるのか?

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作品『ルクレティア』

 ルカス・クラーナハ(父)は宮廷画家でもありながら、その当時としては大変珍しい15人からスタートしたという大きな工房を運営する実業家でもあったのです。また、政治にも精通していた。幅広い人間性と社交性、また融通が利く人であったといわれており(あまり社交的ではない一般的?な画家のイメージとは違う)、現代の芸術家にも共感できるところが数多くあるのではないでしょうか。 

 彼が生きた時代である16世紀、イタリアではすでにダ・ヴィンチらによって一点透視図法や空気遠近法などなど、写実的な近代絵画技法に基づくルネサンス絵画の技法が浸透していました。でも、アルプス山脈を越えた「北方」地域であるドイツでは、依然として「後期ゴシック様式」といわれるような中世的な絵画手法にとどまっている作家も多く存在し、活躍していたようです。ルカス・クラーナハ(父)も、どちらかというと「後期ゴシック様式」のニュアンスのある絵画ではないでしょうか。つまり、技術的な面では、超一流ではなかったのかもしれません、当時を世界的視野で見てみると…。 

 上の作品は『ルクレティア』になります。紀元前6世紀に、ローマを王政から共和政へと移行させる契機になったとされる女性です。実在したかはわかりません。彼女を題材にした作品は、ルカス・クラーナハ(父)自身の作品も複数存在しています。一貫して言えるのは、美しさの延長上にあるエロティシズムで描きだしているところです。艶っぽくもありながら、ある種、醒めた表情に人を惹きつける魅力が備わっているのです。この軽妙な女性像の描き方は、現代の我々に対しても、力強く魅了してくれるのではないでしょうか。

 …と言いながら、冷静にこの作品を観てみます。明らかに体のサイズ、バランスが少しヘンじゃないでしょうか?! 腰、細すぎですよね。写実性では、イタリアの巨匠に一歩及びません…と、思うのですが、その反面。これは彼が敢えてしたことではないか?とも思うのです。いいや、これは完全に狙って描いたのだと! 

 彼が我々を魅了する凄さは、ここにあるのではないでしょうか? たとえば貴婦人から自画像の依頼があったとします、それを写実的に描くだけでなく、より美しく、より気高く…。英雄伝のなかの女性に見立て、さらに艶っぽく描くことで、クライアントを喜ばせていたのではと思えてならないのです。事実は計り知りませんが…。宗教画の文脈から女性のヌードだけを独立して抜き出し、ブロマイド的に絵画を大量生産していく。寓意性や風刺性に満ちた絵画テーマの選択は、ルネサンス的な精神に根ざした新しい試みだったのではなかったでしょうか。そして、その手法は事業としても成功する要因にもなっていたはずです。現代のアーティストも学ぶべきところが多い、いや、実践してるアーティストもいいのでは? そういった意味からも彼は、先駆者的巨匠であったのです。 


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アートとビジネスの融合を図った先駆者では!?

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作品『アダムとイブ』

 わたくしCokkun Vichが、最もルカス・クラーナハ(父)から学ばなければならないポイントは、やはり事業家として成功を収めてところです。

 彼は新しいことを積極的に試みる性格であり、当時には珍しい色つきの版画の作品も作っています。その頃、隣国イタリアではすでに、絵画制作の工房が数多くありました。が、ドイツ、オーストリアにはほとんど存在していなかったと聞きます。そんななか、彼はいち早くアート事業として工房を立ち上げ、オリジナル作品の制作や有名な作品の複製依頼や旧約聖書のテーマに合わせた多くの制作注文を受け、大繁盛したそうです。 

 同時にそこに通う息子や多くの弟子たちに技法などを教え込み(現在の美術学校のはしり?)、これは売れると思った作品は事前に複製画を弟子たちに描かせ、注文が入るとすぐに対応できる準備をしていたようなのです。この頭のキレる、サービス感満点なエピソードも面白いところ…というより、多いに学ぶべきところなのです。 

 また、彼が成功する事業家だと思わせるエピソードとして、キャンバスとして使われていた木の板も上質の板を使っていたのはごくわずかで、ほとんどが安い木材を使っていたことが、修復家によって明らかにされています。コスト計算もできる芸術家だったわけです。 
 

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作品『アダムとイブ』より。イブのすぐ頭上に蛇が。

 
 さらにルカス・クラーナハ(父)は、遊び心も大いに所有していたのです。これは事業家として成功する条件でもある、顧客が何を求め何に対して喜んでくれるのかを察知する能力に長けていたのでしょう。 

 同時期の画家は、性格の上でも大変真面目な作品を制作していたのに対して、ルカス・クラーナハ(父)の作品には、確実にユーモアが含まれたものが存在しているのです。例えば上の作品『アダムとイブ』では、イブが手に持つリンゴが一口かじられています。通常「かじったリンゴは描かないでしょう!」と思うのですが、歯形の描きこみ具合には、かなりの情熱とユニークな遊び心が感じられるのです。

 また、ウィーン美術史美術館のクラーナハ専門学芸員Dr. Guido Messling氏から、彼のさらなるビジネス的才能の凄さを教えていただきました。作品ごとに残されているサインを確認すると、彼自身が制作したものか、息子や弟子が制作したものか見分けがつきにくいサインが施されているそうなのです。また、複製画とオリジナル画とを区別できるようにもなっているとのこと。作品の価値をコントロールできる仕組みを成立させているところも、さすがすぎます! ほんと、わたしも見習わなくては!!

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ルカス・クラーナハ(父)が作品に込めたメッセージを勝手に推測!

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作品『老人恋の病』。老人の手は女性の胸元に、女性の手は老人の財布の中へ!

 晩年になってから、上の作品『老人の恋の病』など、前出の『アダムとイブ』に象徴されるように女性と男性の普遍的な感情を表現した作品を数多く残しているルカス・クラーナハ(父)。 

 これらの作品は私たち現代人にも、容易に共感できるのではないでしょうか。彼は、男女の本能や感情をキャンバスとなる木板に表現するとともに、作品を通して多くの人に、このような機微に共感してもらいようメッセージを送り続けたのでは、と思うのです。これはわたしの勝手な想像ですが、彼が現代に生きていたならば、おそらく酒好きでユーモア好きな男。ときとして皮肉も言う、ムードメーカー(表現が古い?)的存在、かつ国家的カリスマ実業家になっていたに違いないでしょう…。政治家とのお付き合いも上手そうなので!(これも多いに学ぶべきところです!!) 

 宮廷画家になることで経済的安定が確保されることも、ルカス・クラーナハ(父)によっての画力の一部、いや大半を占めていたのかもしれません。部屋にこもって、もくもくと画業のみに励む画家ではなく、時代を敏感に感じ取り、需要に応じた作品を生み出していく。同じような作品が数多く確認されているのも、そういった彼のコンセプトが存在していたことを物語っているのではないでしょいうか。

 このしたたかな計算が、彼の胸中には常に存在していたのか? ゆえに、上の作品『老人の恋の病』が自然と生まれたのではないでしょうか。ここに登場している老人は、クラーナハ自身ではないか?とも思えてならないのです。 

 これら人間としての思い、そして機微は、現在の我々にも決して錆びていない風刺として、ぐさり心に刺さるはずです。 

 皆さんもいかがでしょう。そんな見方から、この「クラーナハ展―500年後の誘惑」を存分に楽しんでみては!? 


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レポート/
Cokkun Vich
(コックン ヴィッチ)
Birthday: 1976
City: Kobe 神戸 JAPAN

詳しくは下記へ。
https://cokkunvich.jimdo.com/


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Photograph & Text/Cokkun Vich
Edit/Kazushige Ogawa