ダボス会議への出席や、ローマ教皇への謁見、ダライ・ラマ14世と会談するなど、世界各国で宗教の垣根を越えて活躍する退蔵院の松山さん。地元の京都では、外国人に禅体験を紹介したり、京都でアジア初の宗教間交流駅伝を主宰するなどその活動も幅広く面白い。そんな松山さんから2週間に1度、今を生きる秘訣をお届けします。

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Episode 05 


「2人目は楽だよ」、友人からはそう言われていた。私自身、長女で慣れているから2人目が生まれてもさほど大変ではないと高を括っていた。しかし、何事もやってみなければわからない。今となっては「どこがやねん」と思っている。


 お互い京都出身なので、妻は里帰り出産せず、義理の両親に手伝ってもらいながらできるだけ私ががんばってみようと思っていた。だが、出産のために妻が入院すると、状況は一変する。

 禅の修行道場では、掃除はもちろん、洗濯や身の回りのことはすべて自分たちで行う。炊事についても40人分の食事を1日3回作っていたので、家事に自信はあった。しかし、実際に「おかあさん」の立場になってみると全く事情は異なっていた。

 幼稚園の準備をしようにも、何がどこにあるかわからない。娘の三つ編みをしようとしても全くうまくいかない。娘から怒られっぱなし。まさに悲劇だった。そして、極めつけはお弁当だ。

 週に一度、お弁当の日があるのだが、毎回娘は妻のお弁当を完食していた。「おかあちゃんのお弁当が一番おいしい」、いつもそうつぶやいている。おかあさんに負けないものを。毎回、妻が作ったお弁当の写真を撮ってもらい、研究していたつもりであった。

 しかし、娘が幼稚園から帰ってきてお弁当箱を開けると、おかずがガッツリ残されていた。愕然とした。妻のお弁当は、3歳の子が食べやすいように小さく、味付けもやさしく、女の子らしくかわいい設えになっていた。当たり前だが、40人の修行僧が食べる料理とは明らかに違うのだ。残されたお弁当を見て、私は昔のある記憶がよみがえった。(次ページへ続く)

修行時代、

 
― 師匠である老師の付き人に指名されたときのこと。老師の食事も私たちがご用意することになっていた。先輩から作り方を教わり、ノートに書かれた道場に伝わるレシピを参考に、ひとりで食事を作ってみた。老師のお部屋にお持ちし、昼食の用意ができた旨をお伝えする。しばらくすると、所定の場所にお膳が置かれる気配がした。

 見に行ってみると、なんと、お膳が一切手をつけられず、そのまま置いてあった。そしてその脇に、広告の裏の白い面を利用して、墨で「風呂吹き大根の炊き方」と書かれたメモが置いてあった。大根は面取りをすること。コメのとぎ汁を捨てずにうまく活用して炊くこと。味噌と砂糖で味を調え、朝食のお粥を少しわけておいたものを磨り潰してとろみをつけること。図入りで大変な達筆で書いてあった。それを見て鳥肌が立ったのを鮮明に覚えている。

 精進料理とは単なる野菜料理ではない。相手をおもいやり、ものを無駄にせず、心をこめて精進する。形だけで本質ができていないことを一目で見破られたのだ。残されたおかずを見ながら、「おかあさん」という存在の大きさ、目に見えない気配り、そして自分の認識の甘さを娘から教わった気がする。


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Reasons for religion -- a quest for inner peace | Daiko Matsuyama | TEDxKyoto
Reasons for religion -- a quest for inner peace | Daiko Matsuyama | TEDxKyoto thumnail
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松山大耕さん(妙心寺退蔵院・副住職)
…1978年京都市生まれ。2003年東京大学大学院 農学生命科学研究科修了。政府観光庁Visit Japan大使、京都観光おもてなし大使を兼任。2016年『日経ビジネス』誌の「次代を創る100人」に選出。前ローマ教皇やダライ・ラマ14世との会談、ダボス会議に出席など世界各国で宗教の垣根を超えて活動中。