ダボス会議への出席や、ローマ教皇への謁見、ダライ・ラマ14世と会談するなど、世界各国で宗教の垣根を越えて活躍する退蔵院の松山さん。地元の京都では、外国人に禅体験を紹介したり、京都でアジア初の宗教間交流駅伝を主宰するなどその活動も幅広く面白い。そんな松山さんから2週間に1度、今を生きる秘訣をお届けします。
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Episode 02
元々、英語はとても苦手だった。ローマ字読みからなかなか脱却できなかった私は、学年が進むにつれ、英語がだんだん嫌になっていた。中学の頃はバレー部に属していたが、とても厳しい部活で、休みもほとんどなくバレーボール漬けの日々。中学3年の夏の大会までは勉強らしい勉強はほとんどしなかった。このままでは中学の思い出がバレーボールだけになってしまう。何か中学のハイライトになるようなことはないか。
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焦りのようなものを感じていたとき、たまたまテレビで見た番組に魅了された。アラスカの大自然を特集したドキュメンタリー番組。直感的にここに行きたいと思った。父親に交渉して、往復の飛行機のチケットだけ買ってもらい、部活引退後にひとりでアラスカへ出かけた。それまで海外へ行ったことはたった一度。もちろん、ひとりで行くのは初めてである。当時はインターネットも携帯電話もなかった。英語の会話集だけを頼りに、10日間、アラスカの大自然を満喫しに出かけた。
アメリカに着くといきなり飛行機が遅延。インフォメーションで尋ねても何を言っているか、さっぱり理解できなかった。しかし、身振り手振りでコミュニケーションをとり、現地のツアーに入った。アラスカ鉄道にも乗れたし、フライフィッシングも体験できたし、氷河も見に行けた。言葉は理解できなかったが、それなりに楽しんで無事に帰ってこれた。
15歳の私はその旅で2つのことを学んだ。1つは英語くらいできないと話にならない。そしてもう1つは、人生何とかなる、ということだ。間違いないなく、中学のハイライト、そして人生でもかけがえのない学びを得た旅であった。
2014年の冬、ダボス会議に出席した後、私は南仏のニースへ向かった。
友人でフレンチのシェフをしている松嶋啓介さんを尋ねるためだった。翌朝、ニースからバルセロナまで一緒にドライブして向かうことになっていたが、友人の親子も参加してよいかと尋ねられた。同乗したのはクリエイターの熊本直樹さんとその10歳になる息子さん。アラフォー男3人と10歳の少年。道中の数時間は、人生のこと、男とはどうあるべきか、将来について、いろんな話をした。バルセロナに着くと、サグラダ・ファミリアの主任彫刻師・外尾悦郎さんに教会の中を直々にご案内いただき、食事もご一緒させてもらった。夜はサッカー観戦。カンプ・ノウでメッシのプレーを生で堪能した。
「息子さん、学校はどうしてるんですか」 試合後、熊本さんに尋ねた。
「昔から、息子が10歳になったら旅に連れて行ってやろうって思ってたんです。高学年になると受験勉強、中学・高校では部活となると連れて行くタイミングがない。学校ももちろん大事だけど、今回の旅の話を聞いたときに、学校での勉強よりもこの旅のほうが息子にとって大きな学びになるんじゃないか。そう思って即決しました」、すばらしい教育方針だと感嘆した。
子供の教育で父親ができることは案外少ない。しかし、男同士で旅に出る、もしくは、旅をする機会を与えるのは、父親にしかできない重要な教育だ。旅は少年を大人にする。そして、それが人生を変えるきっかけになる。
《Profile》
松山大耕さん(妙心寺退蔵院・副住職)
…1978年京都市生まれ。2003年東京大学大学院 農学生命科学研究科修了。政府観光庁Visit Japan大使、京都観光おもてなし大使を兼任。2016年『日経ビジネス』誌の「次代を創る100人」に選出。前ローマ教皇やダライ・ラマ14世との会談、ダボス会議に出席など世界各国で宗教の垣根を超えて活動中。
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