ダボス会議への出席や、ローマ教皇への謁見、ダライ・ラマ14世と会談するなど、世界各国で宗教の垣根を越えて活躍する退蔵院の松山さん。地元の京都では、外国人に禅体験を紹介したり、京都でアジア初の宗教間交流駅伝を主宰するなどその活動も幅広く面白い。そんな松山さんから2週間に1度、今を生きる秘訣をお届けします。

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Episode 04

 最近、宗教を問わず、好んで「聖地」に行くようにしている。寺だけではなく、教会、神社、モスク。いろんな宗教施設を訪れると、気持ちがすっと落ち着くのと同時に、学ぶことが非常に多い。その中で最も印象的だったのが太宰府天満宮だ。大学の後輩でもある西高辻信宏さんが権宮司として奉職されており、福岡に行ったときに直々にご案内いただいた。天満宮に行って驚いたのは、その規模や歴史ではない。ビジョンや時間の概念である。 

 西高辻さんのおじいさんの話を伺った。

「昭和30年頃、当時宮司を務めていた祖父は突如、大借金をして天満宮の周囲の広大な土地を買いました。「これからはモータリゼーションの時代が来る」。そう言って、2000台近く収容できる駐車場をつくりました。当時、自家用車などほとんど走っていない時代。あの人は気がどうかしたのかと噂されたそうです。しかし、ハーバードに留学していた祖父は野球が好きで、ヤンキースタジアムに自家用車で観戦に来る大勢のファンを目にして、将来必ず日本にもこの流れが来ると思ったそうです」とのこと。

 そのおかげで今、年間800万人を超える参拝者が天満宮を訪れている。 
 

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 そして、境内のあちこちに現代アートが配されている。

 たとえば、コンクリートの塊に松葉づえが刺さった作品が森の中に置いてあった。あれはどういう意図があるのですかと尋ねてみた。

「日本は不思議な国で、毎年どこかで神様が生まれるんです。たとえば、少し前に長野県の工事現場で大きな丸い美しい岩が土の中から出てきた。特に何のいわれもない土地だったけれども、これは何かありがたいものに違いない、と、突然その岩が信仰対象になったそうです。このアートも今から何百年か後に、松葉杖を見た人が足の神様だと思うかもしれない。そういう未来への思いもこめて、境内に現代アートを配置しているのです」と。 

 実際、その松葉づえの近くには、お賽銭と思しき硬貨がたくさん散らばっていた。とにかく、時間の捉え方やビジョンが凄まじい。太宰府天満宮が1000年以上にわたって、人々から敬愛されている理由が少しわかった気がした。 

 退蔵院も昔は境内のほとんどが竹林で覆われていたが、今から50年ほど前に花が咲いて枯れてしまった。竹は60年か70年に1度、白い花が咲いて翌年に枯れてしまうのだ。 

 当時、祖父が住職をしていたが、「このまま置いておいても仕方がない」と、知り合いの植木屋と造園家と一緒に3年かけて池泉回遊式の庭園を造った。そして、小さな紅しだれ桜の苗を3本植えた。そのとき、祖父は娘である私の母に向かってこう言ったそうだ。

「わしがじいさんになったら、花咲じいさんと呼ばれるぞ。男は死んでから評価される仕事をせなあかん。」 

 祖父は12年前に亡くなったが、今となっては退蔵院は京都でも有数のさくらの名所になっている。 

 四半期ごとに決算を出せとかいう世知辛い世の中だ。しかし、そういった時間感覚では本当にいいもの、世代を超えて愛されるものは残せない。なぜなら、本当にすばらしい仕事は、死んでから評価されるものだから。


《Profile》

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松山大耕さん(妙心寺退蔵院・副住職)
…1978年京都市生まれ。2003年東京大学大学院 農学生命科学研究科修了。政府観光庁Visit Japan大使、京都観光おもてなし大使を兼任。2016年『日経ビジネス』誌の「次代を創る100人」に選出。前ローマ教皇やダライ・ラマ14世との会談、ダボス会議に出席など世界各国で宗教の垣根を超えて活動中。


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