ダボス会議への出席や、ローマ教皇への謁見、ダライ・ラマ14世と会談するなど、世界各国で宗教の垣根を越えて活躍する退蔵院の松山さん。地元の京都では、外国人に禅体験を紹介したり、京都でアジア初の宗教間交流駅伝を主宰するなどその活動も幅広く面白い。そんな松山さんから2週間に1度、今を生きる秘訣をお届けします。

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Episode 04 

 少し前になるが、京都大学のある学生が話題になった。期末のドイツ語の試験。大学に入ると「持ち込み可」というスタイルの試験がある。辞書やテキストなど、試験中に何でも持ち込みが許される。その学生は予め教授に、「本当に何でも持ち込んでいいのか」と念を押した。そして試験の当日、ドイツ人の友人を「持ち込んだ」そうだ。それを見ていた教授は試験監督をしながら、にやにや笑っていたのだという。 

 私の母校、T大では絶対にありえないエピソードだと思うが、京大らしいステキな話だなと思った。京都は街の規模に比べて、偉大な学者や研究者が多く輩出されていると思うが、ひとつの理由として、こういった学問に対するおおらかな姿勢があるというのも大きい気がする。 

 私は子供のころ、幼児教室に通っていた。今でこそ、幼児教室は全国に広がっているが、当時は京都でも駆け出しのころであった。ただ、私の両親はお受験のために幼児教室に通わせていたわけではない。俳句、はさみの扱い方、野菜や果物の旬。40歳になる今でも、当時習ったことをちゃんと覚えている。 

 そのおかげで、季節感や言葉の美しさ、日常生活を営む上での常識を教わった。しかし、私が一番感謝しているのは、実はそこではない。母に私が幼児教室に通っていたとき、何か印象深いエピソードがなかったか尋ねてみた。 

 
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世の中には「正解」というものが存在することはまれである

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 たしか、小学校2年生くらいのころ、算数で旅人算を勉強していた。

「黄門さまと助さん格さんが、江戸から500キロの道のりを歩いて京の都を目指す。黄門さまは時速4キロで歩き始めたが、時速6キロで歩く助さんは8時間後、時速7キロで歩く格さんは10時間後に江戸を出て黄門さまを追いかけた。助さん、格さんはそれぞれ黄門さまが江戸を出て何日・何時間後に追い越すか。ただし、休まずに歩き続けるものとする」という問題があった。 

 
 当時の私は、こう答えたらしい。

「黄門さまは上司だから、部下は追い越してはならない」

 我ながらすばらしい答えだと思うが、それ以上に先生のコメントが印象的だったそうだ。先生からの評価は〇でも×でもなかった。赤字でひとこと、「おもろい」と書いてあったらしい。 

 社会人になると、世の中には「正解」というものが存在することは稀であると気づく。私は〇でもなく×でもない、「おもろい」という評価をしてくれた先生に心から感謝している。子どもの発想の芽を摘まないで育ててくださったからだ。 

 はっきり言って社会に出てしまえば、ドイツ語が理解できてもあまり役に立たない。でも、持ち込み自由の試験に、ドイツ人を連れて行く発想は大いに役立つ。上司を追い抜かさず、着かず離れずこっそり見守ることができたら、それこそ部下の鏡ではないか。 

 ある程度のルールを教えることも大事だが、教育の肝はおもろい発想をちゃんとおもろいと評価する、笑って見守る、こういう態度なんだと思う。これぞ、クリエイティブ人材を育てる一番の方法ではないだろうか。


《Profile》

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松山大耕さん(妙心寺退蔵院・副住職)
…1978年京都市生まれ。2003年東京大学大学院 農学生命科学研究科修了。政府観光庁Visit Japan大使、京都観光おもてなし大使を兼任。2016年『日経ビジネス』誌の「次代を創る100人」に選出。前ローマ教皇やダライ・ラマ14世との会談、ダボス会議に出席など世界各国で宗教の垣根を超えて活動中。


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