ダボス会議への出席や、ローマ教皇への謁見、ダライ・ラマ14世と会談するなど、世界各国で宗教の垣根を越えて活躍する退蔵院の松山さん。地元の京都では外国人に禅体験を紹介したり、京都でアジア初の宗教間交流駅伝を主宰するなどその活動も幅広く面白い。そんな松山さんから、今を生きる秘訣をお届けします。

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Courtesy of @TEDx Talks(via Youtube)

Episode 08

 先代の住職である祖父は、私が幼い頃よくこんな話をしてくれた。「良い坊さんの条件は3つある。まず、お経が上手なこと。字が上手なこと。そして、話が上手なこと」。当時は「そんなもんかなぁ」と思っていたが、40歳を迎える年齢になって、ようやくその言葉の重みがわかってきたような気がする。

 数年前、ある雑誌の企画で、落語家の立川志の輔師匠と対談させていただいた。恥ずかしながらテレビで落語を見たことはあったが、それまで実際に落語を生で体験したことがなかった。対談を機に、師匠にご招待いただいて京都の春秋座にお伺いしたのだが、落語がこんなに人を惹きつけるのか、涙あり笑いあり、大変奥深い世界なんだなと初めて知ることができた。以来、師匠とはいろんなご縁をいただいている。

「日本人はプレゼンが下手だ」という人がいるが、それは落語をよく知らないからかもしれない。

 もともと落語は、寺とのつながりも非常に大きかったと聞いている。教えを伝える際の話術は非常に重要で、同じ教えでも話し方によって全く伝わり方も違う。そして、基本的には落語家も僧侶もスクリーンや音声機器などは使わず、扇子1本、手ぬぐい1枚で話をする。非常にシンプルなのだが、間合いや視線、立ち居振る舞いなど、ほんのわずかな違いで聞こえ方が全く違ってくる。そのうえ落語は一人で何役もこなし、一瞬で場面転換がなされる。 

 落語は、最強のプレゼンではなかろうか。

古典落語など、ストーリーもオチもみんな分かっているのに…と、私はいつも不思議に思う。

 
―でも、なぜか何度見てもおもしろい。これは何なんだろう、と。

 単なるおもしろい話だけでは、何度も通おうとは思わない。法話も同じで、昔から伝わるありがたい話、心にしみる大切な物語も伝え方ひとつで、より深みが増すのではないだろうか。そんなことに気づかせていただいたのも、師匠とのご縁がきっかけだ。

 そして、師匠はこんなことも教えてくださった。

「落語にはかわいくて、でも、ずるい和尚もたくさん出てくるんだよ」と。確かに、高尚なありがたい坊さんが落語に出てくるのはあまり見たことがない。宗教は、ともすれば厳格なお堅い受け取られ方をするが、日本では宗教で笑うことが許されている。

 落語だけではなく、『徒然草』に出てくる坊さんも間抜けな人ばかりだし、吉本新喜劇でも笑えるお坊さんしか出てこない。福岡におもしろい奴がいると、宣教師のネタをやっていたタモリを、赤塚不二夫が見初めたのも有名な話だ。近寄りがたい聖人ではなく、身近で人間味があって、完全ではない存在。笑いが宗教を身近に感じる、ひとつの大きな役割があるのではと考えている。

師匠との数ある会話の中で、一番考えさせられたのがこういう指摘だった。

 
―「古典落語を現代の人に伝えるのは、いろんな工夫があるのだけれども、一番難しいと思っているのが価値観の伝え方。例えばよくある話として、『酒を一杯ごちそうするから、お願いを聞いてくれ』という展開がある。昔の人は『一杯の酒さえ飲めたら何でもやります』っていう気持ちが通じたものだが、現代には万人が価値を認めるような『一杯の酒』という価値をもった存在が見当たらない」。

 価値観の多様化、ダイバーシティーは結構なことだと思う。が、逆に言えば、万人と共有できる価値がなくなってしまったということにもなる。何となく寂しい気がするが、現代にどうやって昔から伝わる笑いや教えを伝えていけるか…。そこが落語家と僧侶の一番のチャレンジに違いない。


《Profile》

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Reasons for religion -- a quest for inner peace | Daiko Matsuyama | TEDxKyoto
Reasons for religion -- a quest for inner peace | Daiko Matsuyama | TEDxKyoto thumnail
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松山大耕さん(妙心寺退蔵院・副住職)
…1978年京都市生まれ。2003年東京大学大学院 農学生命科学研究科修了。政府観光庁Visit Japan大使、京都観光おもてなし大使を兼任。2016年『日経ビジネス』誌の「次代を創る100人」に選出。前ローマ教皇やダライ・ラマ14世との会談、ダボス会議に出席など世界各国で宗教の垣根を超えて活動中。