ダボス会議への出席や、ローマ教皇への謁見、ダライ・ラマ14世と会談するなど、世界各国で宗教の垣根を越えて活躍する退蔵院の松山さん。地元の京都では外国人に禅体験を紹介したり、京都でアジア初の宗教間交流駅伝を主宰するなどその活動も幅広く面白い。そんな松山さんから、今を生きる秘訣をお届けします。

Green, Light, Silhouette, Backlighting, Sky, Grass, Darkness, Shadow, Water, Photography, pinterest

Getty Images

Episode 09

 最近、寺で企業研修をする会社が増えてきた。

 坐禅・読経・掃除・古来よりの作法に基づいた食事。あたりまえのことを、あたりまえにやる。自分と向き合う時間をもつ。忙しい現代において、こういった振り返りの時間が求められているのではないだろうか。そして、そういった体験のなかから、大勢の方が忘れかけていた大切なものに気づかされるとおっしゃる。特に今、寺に求められていると感じているのが、「移り変わりが早い世の中において、どうやったら長く持続的に組織を続けることができるのか」、という哲学を学びたいということだ。

 禅の世界に「不動心」という言葉がある。

 今から400年前、徳川三代家光の指南役でもあった禅僧・沢庵禅師が使い始めた言葉だ。不動心というと、一般的には一度決めたらブレない、やり通す、といった意味にとらえられがちだ。しかし、沢庵禅師が元々おっしゃった言葉はそういう意味ではない。不動心というのはむしろその正反対で、物事に囚われず常にフレキシブルであれ、という教えなのだ。

 例えば、川の中でボートを漕いでいるシーンを想像してほしい。

 私がボートに乗っているあなたに向かって、橋の上から「動くな」と言ったとする。すると、そこには2つの解釈がある。

 まず1つ目は文字通り本当に何もせず、じっと動かない。これだと、ボートは川の流れに流されてどんどん川下に移動してしまう。しかし、そこにはもうひとつ解釈がある。もしあなたが川の真ん中にいるのだったら、その場所から動かない、つまり同じ緯度経度から動くなという意味だ。不動心とは、まさにこの2つ目ことを意味する。

不動心とは何もせず動かなくてよい、という意味ではない。

 
―自分のやるべきこと、立ち位置をしっかり見極めたうえで、その場所を動くなという意味なのだ。川は絶えず流れているわけだから、その場所を動かないようにするには、オールをこぎ、動き続けていないといけない。特に現代は、時代の流れが大変早い。常に動き続けることがより一層重要だ。

 先日、名古屋にある老舗の和菓子屋「両口屋是清」の13代目大島さんとお話をしたとき、興味深いことをおっしゃっていた。

 380年の歴史を誇る日本を代表する和菓子屋だが、江戸時代の文献には「両口屋是清はお菓子もおいしいけれども、薬がよく効く」という記述もあるそうだ。長い歴史のなかで、形に囚われず、常に良いものをお客さまにお届けするという姿勢が、企業理念の中心に据えられたのではなかろうか。

 伝統を守る、もしくは組織を長く続けるにはまさにこういう感覚が大切で、ただ単に古いものにしがみついていたら良いわけではない。自分たちのやるべきことをしっかり見極めたうえで、常に動き続けている。それが本当によいものを作る最も基本であり、長く組織や企業を続ける秘訣なのだと思う。


《Profile》

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Reasons for religion -- a quest for inner peace | Daiko Matsuyama | TEDxKyoto
Reasons for religion -- a quest for inner peace | Daiko Matsuyama | TEDxKyoto thumnail
Watch onWatch on YouTube

 

松山大耕さん(妙心寺退蔵院・副住職)
…1978年京都市生まれ。2003年東京大学大学院 農学生命科学研究科修了。政府観光庁Visit Japan大使、京都観光おもてなし大使を兼任。2016年『日経ビジネス』誌の「次代を創る100人」に選出。前ローマ教皇やダライ・ラマ14世との会談、ダボス会議に出席など世界各国で宗教の垣根を超えて活動中。



Photography / Getty Images