父方の祖父は、白洲次郎、祖母は白洲正子という家に生まれ、本物に囲まれて見て育った白洲信哉さん。骨董の専門誌の編集長も務めていた白洲さんが、モノを見極めるには? センスを磨くにはどうしたらいいのか? 白洲さん流のモノとの関わりから、“見る眼の育て方”を教えてもらいます。

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 前回に引き続き「古美術にみる東大寺の美」展から、古美術界の通称「日の丸盆」こと「二月堂練行衆盤」を取り上げる。これこそお盆のチャンピオンであり、世界の黒沢監督が愛した「根来(ねごろ)」という日本美の魅力をいかんなく伝えている。
  

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「根来」は、中世の神社やお寺で日常的に使用されてきた朱漆の器で、積年の使用具合により、上塗りの朱色がはげ、下塗りである黒色の塗り肌が出てくる事により、自然に出来上がった抽象文様を「根来」という。そこには長年の使用に耐えられる強靭な木地と、使い易さという耐久性と機能性がある。この「用の美」こそ「日本美」の本質であり、歴史が重層的につながっているわが国の伝統が、創り上げたものだと思う。

 前回、「お水取り」について述べたように。752年(天平勝宝4)に実忠和尚により始められ、以後1260余年一度の中断も無く続く奇跡的な行と述べたが、この継続性こそが「根来」を創り上げたのである。
 
 僕は、修二会の折々に、二月堂内陣に、ときには何時間も籠り、本年もその一端を感じてきたが、お堂の中に立ちこもった匂いにリズミカルなお経。達陀(だったん)の火に、練行衆の床を踏む板の音。絶え間ない舞台演出の中、香水が手の中に、そしてそれをふくむ。内陣の外では、香水を求め、無数の手が格子の中へ延びてくる。一度も途絶えていないということは、ある意味の現代唯一のタイムマシーンで、練行衆の日誌には、室町時代三代将軍足利義満が参詣し、香水を三杯ほど飲み、法螺貝が吹かれると、「御感嘆の気色超絶」となったという。僕は祭りの現場を大事にするのは、今に伝わる美術の本質が垣間みられるからだ。

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 前回の「焼経」では、この行法中に焼けたことはすでに述べたが、二月堂の舞台を、大松明(おおたいまつ)をかついで清めるメインイベントに「火祭り」のイメージが定着し、見せ場にもなっているが、過去の焼失のいう憂き目にもかかわらず、その伝統を伝えようとする東大寺の誇りがその行から伝わってくる。
 
 天平からかわらず、3月1〜14日の一定期間、参籠の僧侶である練行衆が毎日食堂にて、食事のときに使用した丸盆が日の丸盆なのである。欅の一枚板を轆轤(ろくろ)挽きで成形した26枚は、幕末の頃まで修二会において使用され、明治以降同形復元新調され、いまは引退し、美術作品に昇華した。盤表面の鮮やかな朱色が、日輪を連想させることから、数寄者が垂涎のものとして珍重したのである。

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 今回展示した9枚(重要文化財)すべてに、1298年(永仁6)の銘があり、重要な事は修二会という絶え間ない行の、その年の一定期間等しく使用した結果が一枚一枚違った趣きを醸し出していることだ。器の擦れ具合や、練行衆の性格等、不確定な要素が偶然の、オンリーワンの「美」を創り出したのだ。この使用感の、のちの雅味を感じて頂けたらと思う。「焦げたお経」とか、「はげたお盆」の何が? との向きは、もはやかつての日本人の美意識が喪失していると思うし、僕なりの危機意識から連続して述べる事にした。


◇詳細
会期/~6月28日(木)
展覧会名称/「古美術からみる東大寺の美」
     〜二月堂焼経と日の丸盆を中心に〜
特別陳列/小泉淳作画伯 
東大寺本坊襖絵(蓮絵)一部、吉野の桜。

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会場/東大寺本坊大広間 
住所/奈良市雑司町406-1   
※南大門をくぐって右側の建物です。
URL/http://www.todaiji.or.jp/


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白洲信哉
1965年東京都生まれ。細川護煕首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方で日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザインのほか、さまざまな文化イベントをプロデュース。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な著書に『小林秀雄 美と出会う旅』(2002年 新潮社)、『天才 青山二郎の眼力』(2006年 新潮社)、『白洲 スタイル―白洲次郎、白洲正子、そして小林秀雄の“あるべきようわ”―』(2009年 飛鳥新社)、『白洲家の流儀―祖父母から学んだ「人生のプリンシプル」―』(2009年 小学館)、『骨董あそび―日本の美を生きる―』(2010年 文藝春秋)ほか多数。