父方の祖父は、白洲次郎、祖母は白洲正子という家に生まれ、本物に囲まれて見て育った白洲信哉さん。骨董の専門誌の編集長も務めていた白洲さんが、モノを見極めるには? センスを磨くにはどうしたらいいのか? 白洲さん流のモノとの関わりから、“見る眼の育て方”を教えてもらいます。

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写真撮影:三上文規

「お能」と聞いただけで、「分からない、興味がない」と答える若者が沢山いる。続けて「なぜ観ないの?」と訊ねると、「何となく、退屈そう」と、一言で言えば「食わず嫌い」なのだ。

 確かに「謡(うたい)」と呼ばれる台詞(セリフ)は六百年前、室町時代の古典で、その上あくまで謡いが中心なので台詞は少なく、誰にでも安易ではない。「囃子(はやし)」という伴奏も、太鼓や小鼓、笛と耳慣れないものかもしれない。その上、多くの約束事もあって、いろんな知識がないと到底理解できないものだと決めつけているようだ。しかし、それらは舞とセットなものなので、いかに知識をつけ謡の台本を読んだとしても、それだけでは片手落ちなのだ。
 
 昔の人が、「能は黙って千番見ろ」 と言った人がいたそうだが、忙しい現代にそんな時間なぞないであろう。この古語の意味は、「能の見方」とか準備万端整えてから入るのでなく、「難しい理屈は後にしてまず観ろ」ということなのだ。「お能の味」というものは、人によって千差万別で、「鯛の味」と思うものもあれば、「チョコレート」と感じる人もある。
 
 当たり前だが味覚と同じ、食べて見ねばわからないし、「ぶっつけ本番」でどう感じるかも自由なのだ。ビートたけしさんが、随分前にお能を「昔のロックコンサートだ」と評していたが、謡いや古典の意味など分かっていなくても、一つの洋風の音楽として聞くのも一側面なのだ。英語の意味など理解出来ずとも洋楽を聞いているのではないか。

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会場となった、世界遺産ドロットニングホルム宮殿。
  
  
 先般、ストックホルム郊外の十八世紀に建設された王室の居城の中で、最も良く保存されたという世界遺産ドロットニングホルム宮殿に併設された宮廷劇場において、金春流能楽師シテ方櫻間家二十一代右陣さんによる新作能「北斎」と「杜若」を観劇する。本企画はスエーデンとの国交百五十年を記念して開かれ、在日本大使館主催のスエーデン国王カール十六世グスタフ殿下列席という両国の友好関係を象徴するような舞台となった。
 

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能「北斎」シテ:櫻間右陣
 

 僕は幕間にスエーデンのかたがたが、口々に誉め称えている感想に、舞いの美しさとか、異国の音色など、物語の意味とかを超えたそれぞれの感じ方があった。

 とくに、音響が素晴らしく、大きな弦楽器のように、謡や鼓に笛の音が心地よく、奇しくも北斎と同年代である1766年にルヴィサ・ウル イカ女王により建設され、その子グスタフ三世の時代に全盛期を迎えた死者の魂に呼応するかのように鳴り響いたのであった。
  

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能「杜若 」シテ:櫻間右陣
 
 
 こうした「場の力」から、もともとお能は野外で催されており、現在のように屋根を付けたまま室内の押し込まれたのは明治以降のこと。確かに天候のこともあるのだが、季節の風や匂いなどを感じられない事が、能楽を遠ざけている大きな要因だと予々思っている。
 
 本旅で同行した写真家の三上さんが『能百景』という野外に絞った写真集を出されているので、どうぞ参考に。そして、薪能などから入るのも一つの方法ではないかと思っている。


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白洲信哉
1965年東京都生まれ。細川護煕首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方で日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザインのほか、さまざまな文化イベントをプロデュース。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な著書に『小林秀雄 美と出会う旅』(2002年 新潮社)、『天才 青山二郎の眼力』(2006年 新潮社)、『白洲 スタイル―白洲次郎、白洲正子、そして小林秀雄の“あるべきようわ”―』(2009年 飛鳥新社)、『白洲家の流儀―祖父母から学んだ「人生のプリンシプル」―』(2009年 小学館)、『骨董あそび―日本の美を生きる―』(2010年 文藝春秋)ほか多数。


写真撮影:三上文規