父方の祖父は、白洲次郎、祖母は白洲正子という家に生まれ、本物に囲まれて見て育った白洲信哉さん。骨董の専門誌の編集長も務めていた白洲さんが、モノを見極めるには? センスを磨くにはどうしたらいいのか? 白洲さん流のモノとの関わりから、“見る眼の育て方”を教えてもらいます。

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撮影/白洲信哉

 三種の神器の一つとして知られている勾玉(まがたま)だが、鏡や剣に比べ、その美しさについて語る言葉は少なく、専門書や企画展が催されることも少ない。
 
 おそらく「考古」という博物館に於いて、どちらかというと、歴史資料として重視され、ひとつの「美」として扱う習慣がなかったことも起因していると思う。だが、「勾玉」こそ、日本のオリジナリティーある「美」であり、太古から列島に住んだ祖先の心持ちを繋ぐものだと僕は思う。縄文時代、一万年という想像すらできない長い時間、彼らは自然と対話し、民族の基層を構築したのだ。

 勾玉(日本書紀では曲玉)の材料は、牙や爪、角、骨に碧玉(へきぎょく)や滑石(かっせき)、瑪瑙(めのう)製など、時代が下ると様々な岩石が使用され多種多様だが、各時代を通じて「翡翠(ひすい)」が主要な位置を占め、翡翠と言えば勾玉であり、勾玉と言えば翡翠である。
   

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母方の祖父・小林秀雄旧蔵品の「お天気勾玉」。「晴れてほしい」という日には、小林秀雄の背広のポケットにはこれが入っていた。
  
 
 前回に新潟県糸魚川が主要な翡翠産地と記したが、縄文時代半ばの5,500年前という世界最古の産地であり、北は北海道礼文島から、南は九州種子島まで流通していたのだ。日本と同じように韓国でも勾玉があるのだが、1,400年前日本の古墳時代以降のものであり、現在の所、翡翠産地は見付かっておらず、中国でも翡翠文化は殷時代と古いのだが、所謂ネフライト(軟玉)であり、硬玉の製品は清朝中期になり、ミャンマーから輸入されてから、わずか二百年ほどの歴史しかないのである。中南米のグアテマラ産の2,700年前と比較しても、圧倒的に古く製造加工していたのだ。 
   

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小林秀雄旧蔵品の硬玉製勾玉(左から3.3cm, 3.7cm,4.5cm)。ライトによって、翡翠の緑が実に美しい。
  
 
 翡翠は基本的に白色で、含まれる成分により、緑、青、紫等七色ほどある。つまり勾玉に緑色が多いのは、原始人々は特に「緑」を選別したのである。万葉集に「緑子の若子が身にはたらちし母に抱え…」とあるように、「緑」は、生命力溢れる若い子どもの色であり、木の若芽でもある。新緑のころ、木々の緑が眼にしみる列島に暮らした祖先は、万葉集(十三巻、三二四七)の「渟名川底なる玉を求めて」のように、輝く緑色に生命力を重ね、大珠や勾玉を彫ったのだ。これは、「命の形」と言ってもいいと思う。  
   

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小林秀雄旧蔵の硬玉獣形勾玉(長径8.4cm)。
 
   勾玉には、獣牙(じゅうが)や魚形、釣針、胎児など多様な起源説が展開されている。僕は、全盛期である古墳時代から記紀編纂にかけて消滅する勾玉に、月神の面影を重ねていったように考える。鏡に天照の太陽を、剣にスサノヲと神器の三点セット三姉妹である月読に、希少な石に刻んだ先祖の伝統を当てはめたように思う。縄文時代から創意工夫を施しながら、ユニークなかたちを構築し、国石に指定されている翡翠に刻んだメイドインジャパンの宝石、勾玉を、美しいと感じてくださる方が増えると嬉しい。 


◇お知らせ
2018年8月12日(日)、BS11開局11周年を
記念した特別番組『白洲信哉の古美術開眼』を放映。
テーマは「日本美術の原点・勾玉」。
古代日本人が勾玉に見た美の原点を
高精細映像で綴っています。

21:00~21:30 前編「翡翠の美とパワー」
21:30~22:00 後編「美と形の完成形」
 
※詳しくは下記をご覧ください。
https://www.bs11.jp/special/ko-bijutsu-kaigan/


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白洲信哉
1965年東京都生まれ。細川護煕首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方で日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザインのほか、さまざまな文化イベントをプロデュース。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な著書に『小林秀雄 美と出会う旅』(2002年 新潮社)、『天才 青山二郎の眼力』(2006年 新潮社)、『白洲 スタイル―白洲次郎、白洲正子、そして小林秀雄の“あるべきようわ”―』(2009年 飛鳥新社)、『白洲家の流儀―祖父母から学んだ「人生のプリンシプル」―』(2009年 小学館)、『骨董あそび―日本の美を生きる―』(2010年 文藝春秋)ほか多数。


撮影/白洲信哉