父方の祖父は、白洲次郎、祖母は白洲正子という家に生まれ、本物に囲まれて見て育った白洲信哉さん。骨董の専門誌の編集長も務めていた白洲さんが、モノを見極めるには? センスを磨くにはどうしたらいいのか? 白洲さん流のモノとの関わりから、“見る眼の育て方”を教えてもらいます。

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撮影:白洲信哉

 先月(2018年9月)24日(月、休)は、旧暦の8月15日、「十五夜」であった。お米の収穫期前に実った穂に感謝する「初穂祭」と、「お月見」をする習慣から、その晩は、稲穂をススキに、またお月様を団子にみたて、月見飾りをする。旧暦では七月を「孟秋」、八月を「仲秋」、九月を「季秋」と呼ぶ。秋のちょうど真ん中の月を、「中秋の名月」「十五夜」などと呼び、里芋の収穫期でもあったことから、「芋名月」ともいい絶好の観月夜となっている。

 僕はここ数年、祖父の住んだ鎌倉の旧宅で月見をしている。
  

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 あるときは月壷(李朝時代18世紀の白磁大壺)の逸品を東京の美術店から運んだり、またの日は、提灯壷を友と持ち寄って比べたり、白い白磁のまん丸い壷は、僕風の月見飾りなのである。俳句の季語でも「月」は秋を指す。世界で「お月見」の習慣がどれほどあるか不案内だが、英国へ遊学していたときに、「月面で兎が餅をついている」といったら英国人は怪訝(けげん)な顔つきをした。中国ではそれを、「不老不死」の薬をついているとみているそうだ。 

 古事記に日の神・天照の弟は、夜の神スサノオ。そして月読と、三貴子の神話は有名であるが、神話で然したる活躍しなかった月読命だが、すでに万葉の詩歌に月の歌は欠かせないもので、月の満ち欠けを元とした太陰暦は農耕社会に不可欠だった。毎月十五日を節目とする独自の「雑節」を生み出し、季節や時間の移り変わりを細かに分けた。
   

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 月は日本人の季節感や美意識を映し出す鏡のようなもので、古典文学のみならず月に纏わる言葉は数え切れない。さきの、十五夜に、十六夜、立待、居待・・。他にも月光、雪月花、星月夜と枚挙に暇もない。日本人ほど古来より月を愛した人種はいないのではなかろうか。

 一カ月後の旧暦九月十三日は、「十三夜」「後の月」「栗名月」「豆名月」と呼ばれ、「十五夜も楽しんだら十三夜もしなければならない」といい、片方だけの月見を「片見月」といって嫌う風習がある。今年は10月21日にあたる。これは日本独自の風習だ。ちなみに、さきの十五夜=満月ではなく(本年も翌日が満月だった)十三夜にしても、欠けたるものを楽しむというのも日本的な習慣である。
   

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 月は、地球から38万メートル離れ周回し、一年に約3cmずつ遠ざかっているという。

 すると人類が出現した数百万年前には、今よりかなりの大きさと明るさで輝いていたのであろうか。昨今は月旅行の話題に湧いたが、人の暮らしから乖離した都会の月は、どこかさびしげである。花や月は、日本美のシンボルのように語られてはいるが、春の「花見」に比べ「お月見」はだいぶ分が悪い。 

 だが、日々「今夜の月はなんだろう?」とか、さきの雑節など暦を気にして過ごすことが、古(いにしえ)から続いている習慣や自然観を感じることにつながる。それがすなわち、自然と密接な日本美への目を育むことになるのだと僕は思う。


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白洲信哉
1965年東京都生まれ。細川護煕首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方で日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザインのほか、さまざまな文化イベントをプロデュース。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な著書に『小林秀雄 美と出会う旅』(2002年 新潮社)、『天才 青山二郎の眼力』(2006年 新潮社)、『白洲 スタイル―白洲次郎、白洲正子、そして小林秀雄の“あるべきようわ”―』(2009年 飛鳥新社)、『白洲家の流儀―祖父母から学んだ「人生のプリンシプル」―』(2009年 小学館)、『骨董あそび―日本の美を生きる―』(2010年 文藝春秋)ほか多数。近著は、『旅する美 (目の眼ブックス)』(2018年8月 目の眼)


撮影/白洲信哉