父方の祖父は、白洲次郎、祖母は白洲正子という家に生まれ、本物に囲まれて見て育った白洲信哉さん。骨董の専門誌の編集長も務めていた白洲さんが、モノを見極めるには? センスを磨くにはどうしたらいいのか? 白洲さん流のモノとの関わりから、“見る眼の育て方”を教えてもらいます。

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まだ遅くない、桜前線を追って 

 本年東京の桜はいささかあっけなく、日々蕾の変化なくあっという間に咲き、これがアップされる頃には葉桜だろう。花見の報道をみていると、我が家近くの溝川のように、何キロに渡る桜並木の映像が多い。こうした植栽の代表が、開花予想基準であり、品種改良を施して、人の手により生まれた桜、染井吉野である。だが、桜の種類は約300。日本自生の山桜、彼岸桜、そして大島桜に大きく分類され、これら実生から育った三種の桜が、自然界で変異していった。

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写真/大島桜 

 祖父の小林(秀雄)は、染井吉野を評して、「文部省と植木屋が結託して俗悪なる種を広めた」と酷評した。江戸彼岸と大島桜をかけあわせて生れたこの新種は、成長が早く、手入れし易いことや 、近代の軍国化も手伝って、各地の学校や基地に植えられ、爆発的に広まっていったのだ。

 おそらく開花が、葉と同時でないため、一斉に花弁が咲き乱れるので、見た目の派手さに惹かれるのだと思う。僕は祖父に従ったわけではないが、各地の樹齢数百年と言う名桜に会いに出掛ける。そこには必ず人との物語があり、環境に適応するため、一種一本個性がある。元来、人と桜の交流は、地域に根ざし、生活と密着したもので、桜の開花は、種蒔きや、田植えの時期を決めるのに欠かせない目印で、村の境界になった。その咲き散る姿で、豊作の吉凶をも占っていたという。

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写真/鬱金

 御室の桜で知られる仁和寺。その桜守である佐野藤右衛門さんも、「花弁に色の違いもなく、みな同じように咲く画一的な クローン染井吉野は、個性がない現代人のようだ」と言う。山桜は、山中に一本立ちしたものが多く、鳥などが種を運び根付くので、厳しい自然界では育ち難い。先のように染井吉野の利点はあるけれど、どこか人の生き方にも通じるようにも思う。この時期、新入生や新入社員の一斉した団体行動や、就活の画像と僕には重なってくる。組織の中で勤める事を否定はしないが、男性諸君には、山桜のように、地に根を生やしたオンリーワンを目指してもらいたい。
 

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写真/山桜

 この春、小田原長興山の枝垂桜の満開に僕は立ちあった。三代将軍家光の乳母として知られた春日局と、その一族稲葉氏縁の銘木は、その霊を弔うかのように墓所入り口で出迎えていた。こうした枝垂桜には、女性の奥ゆかしい優美な姿を思い浮かべる。まだ遅くはない。南北に長い日本列島には、ひと月花見の時期があり、これから見頃を迎える東北にも多くの見所があり、昨今はそのライブ情報も充実している。花見と称した「宴会」や、インスタのような、一方的な花との交わりだけではなく、ひと春に一度は、人臭い多様な桜の声をかんだらどうだろうか。こちらが眺めるとき、桜も我々を見ているのだ。

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写真/長興山枝垂桜


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白洲信哉
1965年東京都生まれ。細川護煕首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方で日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザインのほか、さまざまな文化イベントをプロデュースする。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な著書に『小林秀雄 美と出会う旅』(2002年 新潮社)、『天才 青山二郎の眼力』(2006年 新潮社)、『白洲 スタイル―白洲次郎、白洲正子、そして小林秀雄の“あるべきようわ”―』(2009年 飛鳥新社)、『白洲家の流儀―祖父母から学んだ「人生のプリンシプル」―』(2009年 小学館)、『骨董あそび―日本の美を生きる―』(2010年 文藝春秋)ほか多数。