父方の祖父は、白洲次郎、祖母は白洲正子という家に生まれ、本物に囲まれて見て育った白洲信哉さん。骨董の専門誌の編集長も務めていた白洲さんが、モノを見極めるには? センスを磨くにはどうしたらいいのか? 白洲さん流のモノとの関わりから、“見る眼の育て方”を教えてもらいます。

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 早春、奈良の伝統行事として知られる「お水取り」。正しくは「修二会(しゅにえ)」と言い、東大寺二月堂において十一面観音に悔過する行法である。

 752年(天平勝宝4)に実忠和尚により始められ、以後1260余年一度の中断もなく続く奇跡的な行である。1667年(寛文7)その修二会行法中(2月13日、現在では3月13日)、その日の行が終わり、練行衆が下堂した直後、堂中に火がまわり、二月堂が焼失する。 

 大観音は奇跡的に無傷であったが、多くの宝物は焼損してしまう。その中で、焼け跡から見つかった華厳経六十巻をおさめた朱経櫃(しゅけいびつ)を開けてみると、一部天地を焦がしたが、焼けた事によりその焼け跡が、巻により違った趣きで、一紙一紙が一幅の抽象絵画のような、オンリーワンのお経として珍重されるようになる。
 

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 通称「焼経(やけぎょう)」こと「紺紙銀字華厳経(こんしぎんじけごんきょう)」。「焼経」というのは読んで字の如く、さきのように江戸時代に焼けたためで、僕ら好事家は、焼けたお経イコール当寺のそれを指すのである。

 確かに上部や下部に焼痕があるが、奈良時代に書かれた銀字は、銀色燦然(ぎんいろさんぜん)として、殆ど酸化してはいない。昨今の研究により、銀でなくプラチナが使われたというが、藍染めされた紺紙に、銀泥(ぎんどろ)を使用し、端正で線も鋭く写経された。隋唐様式の格調高い書体な上、一字一句、字形が良く揃っていて、書き手の気分によるデフォルメが殆どない。不幸な偶然性の産物だが、この筆ののびやかで雄大さを、その焼けた「焦げ」がさらに引き立ててくれているように思う。

 こうした写経用の紺紙の料紙は、平安時代以降数多く見ることができるが、奈良時代のものは唯一であり、銀泥による書写の経典も、この華厳経以外に殆ど見ることない。まさしく写経のチャンピオンなのだ。
 

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 上の写真の掛軸は、器に金継をするように、また破片を集めて繕い、呼継といって、新たな生を誕生させるが如く、本来なら滅びてしまったものに新しい価値観を見出したものだ。好事家が、名器を継ぐように一巻を切り、試行錯誤の上に表具を施し、現代の生活にも利用できるよう掛軸に仕立てた、いわば個人個人の感性「見立ての美」なのである。

 来週6月14日(木)から、普段非公開の東大寺本坊に於いて、筆者が企画キュレーションした「古美術からみる東大寺の美」と題した展覧会が開かれる予定である。東大寺の残る焼経の巻物(重要文化財)と、民間に流布し上記にあるように仕立てた掛軸が、いわば里帰りを果たし展示される。

 二週間と短期間だが、ぜひ足を運んで、天平の面影を感じて貰いたいと思う。

 
◇詳細
会期/2018年6月14日(木)~6月28日(木)
展覧会名称/「古美術からみる東大寺の美」
     〜二月堂焼経と日の丸盆を中心に〜
特別陳列/小泉淳作画伯 東大寺本坊襖絵(蓮絵)

会場/東大寺本坊大広間 
住所/奈良市雑司町406-1
   ※南大門をくぐって右側の建物です。
URL/http://www.todaiji.or.jp/


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白洲信哉
1965年東京都生まれ。細川護煕首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方で日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザインのほか、さまざまな文化イベントをプロデュースする。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な著書に『小林秀雄 美と出会う旅』(2002年 新潮社)、『天才 青山二郎の眼力』(2006年 新潮社)、『白洲 スタイル―白洲次郎、白洲正子、そして小林秀雄の“あるべきようわ”―』(2009年 飛鳥新社)、『白洲家の流儀―祖父母から学んだ「人生のプリンシプル」―』(2009年 小学館)、『骨董あそび―日本の美を生きる―』(2010年 文藝春秋)ほか多数。