マーベリック。それは一匹狼であり、“異端児”。高校時代は常に学年順位ひと桁台の成績で、推薦で理系の大学院まで進んだという川谷絵音さん。音楽教育を受けているわけではない川谷さんが、「ゲスの極み乙女。」を結成し、メジャーデビューするまでわずか2年。現在は4つのバンドで活動し、相当数の作詞作曲をすべて自身で行っている。今度は何をやってくれるのか? 彼のもつマーベリックな世界観に迫ります。

MAVERICK OF THE MONTH:ENON KAWATANI

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僕にはAパターンの
人生しかないわけで
Bパターンの人生を
想像しても意味がない。
それは時間の無駄だと思います。

 
 インタビュー場所であるホテルのコーヒーハウスの入り口で待っていると、海浜公園での撮影を終えた彼がプラスチックの容器に入った焼きそばを抱えてやって来た。海の家で売っていそうなあれである。

「売店に売り上げ第1位って書いてあったんですよ。それ見たらどうしても食べたくなって。ここで食べても大丈夫かな」。

 季節外れの海のホテルは閑散としていた。が、焼きそばの持ち込みに優しい視線を向けるほどの寛容さはない。けれど彼は“大丈夫かな”と一応は言ったものの、さほど周囲をはばかる様子もなく焼きそばを食べ始めた。少し、拍子抜けした。2016年、人気女性タレントとの不倫報道に端を発した一連の騒動は、人気ミュージシャンの枠を逸脱して彼を有名にしたし、それに対する彼の反応にはややアグレッシブさが感じられた。そのせいだと思う。神経質で、自己顕示欲の強いタイプを想像していたのだ。が、目の前にいる彼は愉快そうに好きな食べ物の話をしている。

「確かに、以前、取材とかで会ったことのある人が今の俺と話をしたら驚くかもしれません。とがってた時代がけっこう長かったんですよ。自分の中に完全な正解があって、それ以外のことはすべて論破したかった。だから“そういう質問されても”みたいなことを取材でも平気で言っていました。失礼と言われても仕方ないレベルだったと思います」。

 その変化はあの騒動がきっかけだったのだろうか。

「いや、変わったのはつい最近です。今年の後半に入ってからじゃないかな。俺の中の正解が変わったわけではないんです。ただ、自分にとっての正解が他の人の正解ではないという当たり前の事実を理解したんです。Twitterやネットをやっていても思うけれど、しょせん、わかり合えないわけでしょう。諦めではなくて、それが当たり前のことなんですよね」。

「ゲスの極み乙女。」(以下ゲス乙女)の代表曲といってもいい『私以外私じゃないの』。この楽曲が、当時の彼の心境そのままだったのだそうだ。

「自分を強く持とう、ってことですよね。でも、今は周囲に合わせることが暗黙の了解になっているような時代じゃないですか。そうしなければ批判されるし。もちろん、俺が周囲に合わせる人間になるってことではないですよ。やりたいことをやることに変わりはない。ただ、そのことに周囲を巻き込まないというか、自分の価値観を押し付けたり、自分の正解と異なる人を批判するのは違うかなと。それで俺、Twitterの使い方とか、すごくうまくなってきたんですよ」。

 彼はTwitterを2010年に、インスタグラムは2012年に開始している。メジャーデビューが2014年だから、多くの人が彼を知るようになったときには、彼はSNSの使い手だったわけだ。彼のインスタグラムに寄せられているコメントをさかのぼってみると、有名になるとはこういうことかを垣間見る気がする。当初はCD発売やライブを心待ちにするファンのメッセージばかりだったのが、売れるにしたがって、嫉妬なのだろうか。たたきコメントが散見されるようになり、あの騒動のころには「死んでください」だの「どう責任取るつもりなのか」とか、赤の他人によくそんなことが言えるなという罵詈雑言で埋め尽くされている。それに対して、彼は真っ向正面から戦った。

「今になってみれば、なんて無駄なことをしていたんだろうって思います。売れ出したことでたたかれるのは、まあ予想がついたけれど、あの騒動のときは、嘘がパーッと広まっていたから、それをいちいち訂正していたんですね。そのときの心境は『戦ってしまうよ』という曲にしましたけど、自分は真実を知っているからそれを言いたくなるんです。でも、相手は友だちでもなんでもないわけで、何かしらメディアを通すってことは、嘘がエンターテインメントになるんですよね。見出ししか見ない人だっているし、否定したことで、逆にその嘘が広まってしまうこともある。そもそも、俺はこういう人間だから俺の音楽を聴いてくださいと言いたかったわけではなく、ただ俺の音楽を聴いてほしいだけなわけで、だったらそうやって嘘と戦うことは自分が手掛けた音楽の価値を下げかねないことなんだ。自らそんなことやってどうする、って思ったのが、戦わなくなったきっかけでした」。

 実際にどうしたのかというと。(次ページへ続く)

『実をいえば、音楽を自分がつくっている意識はないんです。頭の中におじさんがいて、カタカタカタとつくってくれてます』

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セーター 10万6000円(すべてエトロ) ●お問い合わせ先/エトロ ジャパン TEL 03・3406・2655 私物のピアス(K18)5万5000円(CAREERING) TEL 03・6261・0505 Photograph / Mari Amita

 
 
「ネットで攻撃してくるような人は、結局、マウントとりたいだけなんですよ。有名人の発言にアクセスしてくるのは、うらやましさもあってのことなのでしょうけれど、その人物がひとたび失敗したら叩きのめす。そうすると優越感を感じられるから。それがわかったので、俺は最初からマウントを取ってくださいというポジショニングを取ることにしたんです。自虐ネタ上等。どうぞどうぞ、あなたのほうが上でいいですと。そうしたからといって、俺の音楽は1ミリも変わらないので」。

 話を聞いていると、やはりあの騒動が彼に与えた影響は大きいのだろうと感じた。ネットでの発言を考え直すこともなかったかもしれないし、こうして穏やかにインタビューに答えてくれることもなかったのではないだろうか。

「どうでしょうね。あのことがなかった人生がわからないので、どうとも言えません。だって、僕にはAパターンの人生しかなかったわけで、Bパターンだったらどうだろうと想像しても仕方ないでしょう。時間の無駄です。戻れるならいいけれど……いや、仮に戻れたとしても、別の人生があったんでしょうか」。

 活動を自粛せざるをえない期間もあり、周囲に少なからず迷惑をかけたことは確かだろう。でも、話を聞いていて、Aパターンの人生を、彼はひどく後悔しているわけではないように感じた。

「あれがなかったらと考えてしまうと、何も始まらないと思うんです。結果論ですが、ああいうことがあったから、今の僕がいる。正直、あのことがなかったら、川谷絵音がここまで知られることはなかったと思うんです。いい意味でも悪い意味でも、音楽だけではリーチできない人たちにも僕の顔や名前が知られた。それをプラスに思わないとダメなんじゃないかな。こういう川谷絵音でなければやっていなかったであろう仕事もいっぱいあるし、自分でも、独特なポジションに入ってきているなと思います」。

 彼はいくつものバンドに関わってきたが、その最も新しいバンドが『ジェニーハイ』である。BSスカパー!で放送されているバラエティー番組の知名度を上げるために、同番組のレギュラー出演者を中心に結成されたバンドで、メンバーは吉本新喜劇の小藪千豊、お笑いコンビ・野生爆弾のくっきー、ロックバンドtoricotの中嶋イッキュウ、現代音楽の新垣隆。そこにプロデューサーとして彼が招かれたのである。
 
 

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◇PROFILE
川谷絵音さん
…1988年、長崎県生まれ。東京農工大学時代に音楽活動を開始し、2014年、「indigo la End」と「ゲスの極み乙女。」の2つのバンドでメジャーデビュー。両バンドにて作詞作曲を担当する。15年末には「ゲスの極み乙女。」として、NHK紅白歌合戦に出場。現在は「DADARAY」のプロデュース、「ジェニーハイ」「ichikoro」にはメンバーとしても参加している。BSスカパー!の番組「BAZOOKA!!!」から誕生した『ジェニーハイ』は1stミニアルバムをリリースしたばかり。


Photograph / Mari Amita
Styling / Kohei Kubo(quilt)
Hair & Make-up / Sumiko Kubo
Text / Yukiko Yaguchi
Edit / Emiko Kuribayashi