マーベリック。逆風をものともせず、確固たる信念をもち、新しい時代を悠々と切り開いていく、異端児。狂言という古典芸能の家に生まれながらも、パフォーミング・アーツとして西洋と東洋を織り交ぜた舞台を作り上げ、世界を相手に挑みつづける。はたして異端、野村萬斎はいかにして作られたのか? 
 

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MAVERICK OF THE MONTH:MANSAI NOMURA 

「ここで跳べばいいの?」

 フォトグラファーの「ちょっとジャンプしてみてくれませんか?」というリクエストにそう応えると、彼はひゅっと跳んで見せた。サンローランのコートを翻し、垂直に70、80センチほど。今、なにが起こったんだろう。そんな疑問をさしはさむ隙も与えず、シャッターに合わせ、再びリズミカルに身体を翻す。

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 野村萬斎、狂言師。足利義満の時代から大名の庇護のもとで発展してきた能狂言は、市井の商業演劇であった歌舞伎のようなポピュラリティをもたないが、その例外が彼だろう。20代から大河ドラマや連続テレビ小説に出演し、CMにも登場。人気映画にも主演して、羽生結弦以前は、安倍晴明と言えば彼だった。無論、演劇人としての活躍も華々しく、蜷川幸雄に三谷幸喜、ジョナサン・ケントら、国内外の奇才たちからのラブコールが絶えず、2002年からは世田谷パブリックシアターの芸術監督でもある。ひと言で言えば、客の呼べる演劇人。そんな彼を“MAVERICK”と呼んでみる。異端児、一匹狼。そもそもは、所有する子牛に焼き印を押さなかったテキサスの開拓者の名を冠した言葉である。そんなふうに呼ばれて、彼はどう感じるだろうか。

 
「光栄です。ただ、伝統芸能という刻印はあると思いますよ。そのなかで、巡り合わせで非常にいろいろな活動をさせていただいてきたし、それらがまた画期的なものであることが多かったということだと思います。ひとつ言えるのは、自分としては確信犯的に活動してきたということ。手当たりしだい新しいことをやるのではなく、自分なりに本質というものに狙いを定め、能狂言の世界観に恥をかかせることなく挑戦できることに取り組んできた。そういう50年近い芸能活動であったかなと思いますね」

 はじまりは黒澤明だった。まだ野村萬斎ですらなかった17歳のとき、本名の野村武司で『乱』に出演。シェイクスピアの『リア王』を戦国時代に翻案した作品で、主人公を破滅させる少年・鶴丸を演じた。

「能狂言以外の初めての活動が『乱』でした。なにしろ“世界のクロサワ”です。ありがたいことに最初に一流の方々と仕事をさせていただいたわけです。この作品をきっかけに現代劇にも出るようになりましたが、『乱』で触れた、一流の人々が追い求めているものを僕も求めていきたい。17歳のあのとき、そう感じたことは大きかったと思います。新しいことをやるとは、奇をてらうようなこととはまったく違う。前人未到の世界にたどりつくには、性根がしっかりあり、かつ革新的でなければならない」

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なにになりたいかというと、もちろん、狂言師です。ただ、母の影響もあって、現代アーティストでありたいという思いも強いんです。

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 伝統芸能の御曹司が映画で注目され、華々しく活動しはじめる。ひとつ間違えれば“人気”という人々の気分に翻弄されかねない事態である。でも彼は違った。

「黒澤監督も“世界の”だけれど、うちのじいさん(六世野村万蔵)だって、西のローレンス・オリビエ、東の万蔵と言われる人だし、『乱』でも、黒澤監督は能狂言の手法を取り入れて撮っている――実際、僕が配役されたのは、狂言師としての技術、存在感を鶴丸という役に求めていらしたからです――というような、自分の足場に対する自負みたいなものはありました」

 しかし、若い能楽師はほかにもいる。なぜ彼だったのだろうか。

「それは黒澤監督に聞いてみてみないと(笑)。ただ自分のなかに“芯”みたいなものは感じていました。それと、小さいころから理由のない自信みたいなものをもっていると言われることがありました。17歳ですから、実際には自信なんてまったくないんですよ。ただ、自分のやれることをしっかりやろう。求められていることと開きがあるのなら、どう適応するかを考え、実践する。考えてみればずっとそういうやり方をしてきた気がします。ええ、今もです」

 やれることとやらなければならないこと、もしくはやりたいことの間には、たいていギャップがあるものだ。それを埋めるために人は七転八倒する。

「そこに僕なりのやり方みたいなものがある気はしますね。狂言は職人的な、特殊な技術を身につけて演じますが、それ以外のジャンルでやろうとするとそのままではできない。その開きを埋めるところにクリエイティビティが生じると僕は思っていて、そのことにとても興味があるんです」

 現代劇に積極的であり、劇場の芸術監督まで務めるのはそのせいなのだろうか。

「なにになりたいかというと、もちろん、狂言師です。ただ、母の影響もあって、現代アーティストでありたいという思いも強いんです。でも、そういう場に出ていくと、“君は伝統芸能の人だから”と区別される。特殊な世界だから関係ないといったような」

 彼の母・阪本若葉子は現代詩の詩人である。余談だが、その一族には永井荷風や高見順がいる。

「能狂言は特殊な技術を身につけなければできない芸能ですから、確かに特殊ではあります。でも、そこからでも現代アートに絡めると信じてきたし、開きを埋められると思っています。そのためにはどうしたらいいか。それを常に考えてきました」

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 平たく言えばこういうことらしい。

「少年時代、僕が憧れたのはマイケル・ジャクソンで、同様にジョルジュ・ドンやミハイル・バリシニコフ、またキレッキレのアントニオ・ガデスの舞踊にもすげえ! と興奮しました。でも、父(野村万作)の『三番叟』だってめちゃくちゃカッコいい。なにが違うんだ? いや、あのカッコよさは狂言師である僕らの身体でも表現できるはずだと。言ってみれば、マイケル・ジャクソンに並び立ちたいと思ったわけですよね。おこがましくも」

 たぶん、おこがましくはない。日本の伝統芸能のなかでも、もっとも高い身体能力を必要とされるのが狂言だと言われる。撮影中に見せた跳躍みたいなことは、当たり前に登場するが、なかでも彼の身体は別格である。

「確かに姿勢が悪いと言われたことはないですね。背中を丸めているほうが辛い。それくらい体幹が強く生まれたというのはありがたいことだと思います。体幹がピシッとしていれば身体表現での引きつけ方が違いますから。それとリズム感。ただ、これは先天的というより、学生時代にバンド活動しているなかで身につけたものでしょう。複雑怪奇とも言えたクイーンの音の構成や高中正義さんの超絶技巧のギター。AC/DCのマルコム・ヤングのカッティングなどは、どうなっているんだと解析せずにいられなかった。物の成り立ちを細かいところまで知りたい性質なんです。すごい理屈っぽい、小生意気なガキですよ。ただ、小さいときから狂言をやってきたせいか、身体で理解しているところがあったようにも思います。物まねも好きだったし」

 マイケル・ジャクソンの『スリラー』をコピーしてみたそうだ。それからどうやればアントニオ・ガデスのカミソリような立ち方ができるのだろうかと、繰り返し試してみたりもした。

「でも、物まねするときも解析してからやりますから、理屈っぽいことに変わりはないんです(笑)」

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
時代は異端児を求めている ― 野村萬斎「600年耐えうる、新たな古典作品を作りたい。」
時代は異端児を求めている ― 野村萬斎「600年耐えうる、新たな古典作品を作りたい。」 thumnail
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>>>次回(2018年3月29日(木)公開予定)
   時代は異端児を求めている ― 野村萬斎
   「身体のなかにしみ込んだ芸能のなにかを発露させる。」


PROFILE
野村萬斎
…1966年生まれ。狂言師。70年初舞台。94年に野村萬斎を襲名。97年連続テレビ小説「あぐり」出演や主演映画に『陰陽師』シリーズ(01、03年)、『のぼうの城』(12年)などがあるが、2016年『シン・ゴジラ』では、モーションキャプチャーによるゴジラ役を演じた。祖父・六世野村万蔵、父・野村万作はともに重要無形文化財各個指定保持者(人間国宝)。


INFORMATION
―狂言劇場 特別版―
能『鷹姫』・狂言『楢山節考』
野村萬斎芸術監督が、古典芸能の技法や発想を現代的な演出技術と融合させながら、“舞台芸術=パフォーミング・アーツ”としての能・狂言を、特設能舞台で披露。



日程:2018年6月22日(金)~24日(日)、6月30日(土)・7月1日(日)、(6月22日は貸切公演)
会場:世田谷パブリックシアター
出演:野村万作、野村萬斎/大槻文蔵、片山九郎右衛門/観世喜正、大槻裕一、万作の会ほか
主催: 公益財団法人せたがや文化財団
企画制作: 世田谷パブリックシアター



●お問い合わせ先
世田谷パブリックシアターチケットセンター
TEL 03・5432・1515
https://setagaya-pt.jp/



Photograph / Masafumi Tanida(CaNN)
Styling / KAN Nakagawara(CaNN)
Hair & Make-up / Masako Kouda(Barrel)
Text / Yukiko Yaguchi
Edit / Atsushi Otsuki, Emiko Kuribayashi