マーベリック。逆風をものともせず、確固たる信念をもち、新しい時代を悠々と切り開いていく、異端児。狂言という古典芸能の家に生まれながらも、パフォーミング・アーツとして西洋と東洋を織り交ぜた舞台を作り上げ、世界を相手に挑みつづける。はたして異端、野村萬斎はいかにして作られたのか? 

>>>本記事は【ボレロにゴジラ、異端児・野村萬斎が攻め続ける理由 「600年耐えうる、新たな古典作品を作りたい。」前編】の続きです。
 

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MAVERICK OF THE MONTH:MANSAI NOMURA 

 時を経て、自身で作品を作るようになってからもその解析癖は変わらなかった。無論、『スリラー』をまねるのとは比べ物にならない複雑な作業が必要になるわけだが。そうしてできた作品のひとつが『MANSAIボレロ』である。ラヴェルの名曲「ボレロ」を使ったものだが、先行作品にジョルジュ・ドンらが踊ってきたモーリス・ベジャールのバレエがある。広く知られた傑作。そこに狂言で挑んだ。

「自分が培ってきた表現の世界観や身体性が、世界のアートに並び立てるものであることをアピールするのに、『ボレロ』は適した作品だと思ったんです。だからあえて西洋の土俵に乗ってみた」

 西洋とのコラボを標ぼうする伝統芸能作品は珍しくない。が、消化しきれないものも。が、『MANSAIボレロ』は違った。繰り返し続くメロディに合わせ、狂言の代表的な作品である『三番叟』を舞い、違和感を覚えさせない。YouTubeで今も見られるが、4万回以上視聴されている。

「音楽的な構成で言うと、繰り返しが多いのは『三番叟』も同じなんです。ただ、『三番叟』は神になり替わるという設定なのに対して、『ボレロ』はもう少し人間的な部分があると思います。だいたい、日本の芸能より西洋のもののほうがメランコリックで情熱的。情感を必要とするアートなのではないかという感触がありました。『ボレロ』にも、身体的には能狂言の技術が通用するけれど、そこに情感を加えないと『ボレロ』の世界観にならない。違和感なく見ていただけたとすれば、それがうまくいったということかもしれません」

 この作品が成功したもうひとつの理由がある。

「モーリス・ベジャールという人は日本に傾倒していました。『ボレロ』の舞台中央に登場する台が赤いのは鳥居を模したからと言われますし、踏む振りが繰り返し使われているのは、『三番叟』から採った可能性もある。五穀豊穣を祈願する『三番叟』において大地を踏みしめる動きは、重要なものですから」

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分析は、構成を考える段階では必要なことだけれど、実際に舞うときは、ぶっ飛ばします。そして、身体のなかにしみ込んだ芸能のなにかを発露させる。  

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2011年、世田谷パブリックシアターで開催された「狂言劇場 その七」。そのなかで披露された『MANSAIボレロ』では、美しく舞う身体の躍動感を伝統衣装がさらに際立たせる。 Photograph / Shinji Masakawa


 ある意味、先人がすでに東西を踏み越えていた。

「だから私も作りやすかったのかもしれません。でもちょっと悔しいですよね。パフォーミング・アーツの頂点にいた人に我々の技法を取り入れることを先にやられていた。なぜ自分たちでなかったのかと」

 それにしても、この構成力、解析する力。それが彼を特別なアーティストにしているのだなと思う。

「でもそれを押しつけたのでは説明にしかならない。構成を考える段階では必要なことだけれど、実際に舞うときには、そういったことはぶっ飛ばします。そして自分の身体のなかにしみ込んでいる芸能のなにかを発露させる。そうでなければ、面白いものにはならないでしょう。両方ですよね。両方が必要」

『MANSAIボレロ』はある種、実験的な作品だった。それができたのは、世田谷パブリックシアターという劇場だったからかもしれない。

「この劇場の芸術監督であることは、僕にとって非常にありがたいことで、なぜかというと、ここは公共の劇場なんです。無論、公演をやるからには当たらなければなりませんが、民間の劇場に比べると長いタームで作品作りを考えることができる。さらに、作品を作るにあたっては、海外で上演されることも目指します。それが叶えば文化交流にもなりますから」

 つまり、興行としての成功だけでなく、高評価を受けることを腰を据えて目指せる。

「くり返し上演できる、100年、200年、いや600年でも耐えうる、つまり能狂言の古典に負けないものを作りたという思いもあります」

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100年、200年、いや600年でも耐えうる“未来の古典”を作りたい。数百年鑑賞されてきた能狂言のレパートリーに並びたてるような。

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萬斎さんによる独舞『MANSAIボレロ』のクライマックでもあるラストシーン。繰り返すボレロのメロディと情感ののった萬斎さんの舞に見とれていると、最後に驚きが待っている。世田谷パブリックシアター開場20周年公演『MANSAIボレロ』(2017年より)。 Photograph / Shinji Hosono 

 
 しかし今は演劇にとって簡単な時代ではない。能狂言なら三間四方の檜舞台ですべてを想像させる。でも、今はコンピューター技術などによって、具体的にあまねく見せてしまう。経済的状況うんぬんもあるけれど、それ以上に技術の進歩が、ある意味、演劇を難しくしてはいないだろうか。

「リアリティをどこにもつかということでしょうね。現実的に、生にそれを見せるばかりでは人は飽きてしまいます。演劇でも映像やプロジェクションマッピングなどが使われるようになりましたが、技術技巧によるものは、最初の衝撃はすごいのだけれど、それで満足してしまう。それよりは人間のイマジネーションに訴えることのほうが広がりがある。僕はそう信じていて、そのための起爆剤、想像の種を与える作品でありたいと考えています」

 技術の進歩が観る側の感覚を変えた。それは、面白いことでもあるかもしれないと言う。

「木下(順二)先生が40年前に書かれた『子午線の祀り』という戯曲があります。繰り返し上演されていて、僕も3度出演。昨年は初めて演出も手がけました。これは源平の戦いを天空からの視点も入れ込んで描いた、科学的なアプローチの作品なんです。宇宙があって地球があって、その一点に立っているあなた、というような。初演されたころ、その宇宙観をリアルに感じられる人は少なかったでしょう。でも、今はGPSがある。Googleマップもある。ここで描かれている宇宙観を手近に目にすることができるわけですよね。そうなればそうなったで、イマジネーションの触発の仕方があるように思います」

 最後に祖父・野村万蔵、父・野村万作について聞いてみた。

「祖父がローレンス・オリビエと並び称されていると知ったことで、狂言をやっていても世界レベルになれるのだと認識した覚えがあります。そしてそういう役者になりたいと思ったはじまりの人。父は求道者として常に目標となる領域を示してくれているし、年を取ったときにどうしたらいいのかも見せてくれている。なかなかかなわないなという気もしながら、クリエイティビティでは負けねえぞという気持ちにもさせてくれる。そういう人です。祖父とは普通の孫子の関係に近い部分もあったかなと思いますが、父とはほぼ師弟です。だから父親像みたいなものは、あまりもっていませんね」

 寂しい?

「どうでしょうか。ほかを知らないですからね。僕自身も息子に対しては似たようなものです」


>>>次回(2018年4月5日(木)動画公開予定)
  『萬斎さんへ一問一答!』インタビューの様子をご紹介します。


PROFILE
野村萬斎
…1966年生まれ。狂言師。70年初舞台。94年に野村萬斎を襲名。97年連続テレビ小説「あぐり」出演や主演映画に『陰陽師』シリーズ(01、03年)、『のぼうの城』(12年)などがあるが、2016年『シン・ゴジラ』では、モーションキャプチャーによるゴジラ役を演じた。祖父・六世野村万蔵、父・野村万作はともに重要無形文化財各個指定保持者(人間国宝)。


INFORMATION
―狂言劇場 特別版―
能『鷹姫』・狂言『楢山節考』
野村萬斎芸術監督が、古典芸能の技法や発想を現代的な演出技術と融合させながら、“舞台芸術=パフォーミング・アーツ”としての能・狂言を、特設能舞台で披露。

日程:2018年6月22日(金)~24日(日)、6月30日(土)・7月1日(日)、(6月22日は貸切公演)
会場:世田谷パブリックシアター
出演:野村万作、野村萬斎/大槻文蔵、片山九郎右衛門/観世喜正、大槻裕一、万作の会ほか
主催: 公益財団法人せたがや文化財団
企画制作: 世田谷パブリックシアター

●お問い合わせ先
世田谷パブリックシアターチケットセンター
TEL 03・5432・1515
https://setagaya-pt.jp/


Photograph / Masafumi Tanida(CaNN) Styling / KAN Nakagawara(CaNN)
Hair & Make-up / Masako Kouda(Barrel) Text / Yukiko Yaguchi Edit / Atsushi Otsuki, Emiko Kuribayashi