マーベリック。それは一匹狼であり、“異端児”。小学生のときからその片鱗を見せ、嫌われ者だったという又吉直樹さん。お笑い芸人、俳優、小説家…、嫌いなことは一切やらないが、自分の好きなことに対してとことん突き進み努力する。はたして、どのようにして又吉直樹ができあがったのか?

 彼のもつマーベリックな世界観に迫ります。


MAVERICK OF THE MONTH:NAOKI MATAYOSHI


これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
又吉直樹「小学生のころから“異端”と言われないように気をつけてきた。」
又吉直樹「小学生のころから“異端”と言われないように気をつけてきた。」 thumnail
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「又吉さんの撮影なのですが…」とオファーすると、いつもならスケジュールをもらうのが至難な精鋭スタッフが即答でOKをくれた。のみならず、とにかくいい写真にしたいよねと熱く語り、こうつけ加えた。「彼をありがちな質問でうんざりさせないであげてね」。みんな、又吉直樹という人を愛している。たぶん、その才能をものすごく。その愛をひしひしと感じつつ、ありがちじゃない質問ってなんだろうと頭を抱えた。というようなことをロケバスの中で彼に話すと、こう返ってきた。

「うんざりする質問ですか?…綾部(祐二)と連絡とってますか?とかですかね(笑)」

 取材は舞台『火花』の初日まであと数日という日だった。芥川賞を受賞し、300万部を超えるミリオンセラーとなった同作は、ドラマ、映画になり、漫画にもなり、今度は彼も出演する舞台になる。どれも彼が書いた小説とは少し違っている。作者として、そこはいじらないでほしいと思うことはないのだろうか。(次ページへ続く)

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「それやったら、やらんといてくださいで済む話かなと思います。でも、そう思ったことは今のところはないですね。脚本家や監督さん、演出家の視点が加わることで、僕の書いたものがより立体的になり、より面白がれる。それこそが文学的なことだと思うんです。たとえばひとりの人物について、ある人が〝優しい人です〟と言って、それで終わってしまう世界に僕は興味がない。ある人は優しい人だと言い、別の人は自分の好きな人にだけ優しい人だと言う。また別の人はイヤなやつだと言うというような、いろんな意見が集まって、その人の実像がなんとなく浮かび上がってくる。そういうのが僕には面白いし、そもそもぜんぶ合ってるということもないし、ぜんぶ違っているということもない。すべてが正しいなんてことは世界の在り方として全然正しくないと思うし、気味の悪いものですらあると思います。逆に言えば、だから自分の気持ちを完全に代弁してくれるみたいなものが出てきたとき、感動するんやないでしょうか」

 こちらがなんとなく投げた問いをどんどんと掘っていってくれる。ならばこのことについてはどうだろうかと、連載テーマであるマーベリック、異端児について。そう呼ばれることについてはどう感じるのだろうか。

「異端児と呼ばれないように小学校高学年あたりから気をつけてきました。異端児って、あいつは異端児やからしゃあないというときと、逆に有難がるみたいにして使うときがあるじゃないですか。でも僕にしたら異端かどうかは評価の基準にはならない。作ったものが面白いか面白くないか、その人のことが好きか嫌いか。それだけの話です。実際のところは異端っぽい人が好きではありますけど、僕のことを異端か、そうじゃないかというような話にはまったく興味がない」

 異端、変わり者と思われないようにしたのにはわけがある。

「お笑い芸人みたいな職業をやっていると、そっちへ行きすぎると鬼才ぶってるという安易な揶揄をされる。それが面倒くさいんです」

『火花』には一カ所、異端という言葉が出てくる。主人公の徳永が畏敬する先輩芸人に、もっと好きなように面白いことをやったらいいと言われて、〈僕は神谷さんとは違うのだ。僕は徹底的な異端にはなりきれない。その反対に器用にも立ち回れない。(後略)〉

「徳永は自分は普通の範疇と思うてますけど、僕から見たら充分、変わり者認定されるような人間です。ただ、徳永は器用やないから世の中の基準みたいなものがつかめてないんです」(次ページへ続く)

彼自身はその基準をつかんでいるのか。 

 
「芸人になったころ、変わってるの、変わってないのということはよく言われました。そのときに思ったのは、そういったことでアイデンティティを確認する作業は小学生で終わらせておいてくれと。言われ飽きてるわ、と」

 小学生ですでに異端と言われていた?

「変わってると言われたり、孤立することは多かったです。でも、子どものころのそういった話は極力言わないようにしてきました。とくに芸人になってからは、そう見られたいんや、となるでしょう。煩わしいし、それを避けないとむちゃくちゃ嫌われるんですよ」

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 小学生のころ、彼は自分の好きなことしかしなかったという。学校に筆記用具も教科書も持って行かない、授業も聞かない、好きなやつとしかしゃべらない。なのに体育の授業で持久走となったら、休み時間から自主的にアップし、全力疾走し、ちんたら走る女子たちをどやしつけた。

「そうしてると、ちゃんと嫌われるんです。体育の授業で本気だすなよ、みたいに。でも、孤立していても全然大丈夫なんです。それでなおさら嫌われるんです」

 今の彼からは想像がつかない。彼を優しそうだから好きと言う女性ファンもいる。

「確かにそういうお客さんもいますけど、いつかこの人には絶対に嫌われるんだろうなと思います。そういう人って僕の表現のなかに暴力的なものが含まれていたりすると、又吉さんらしくない、って言ってくるんです。いやいや、それは全然僕のことわかってないから」

 でも優しそうと見えるのには理由があった。中学時代、彼はサッカーに没頭していた。全国大会優勝を目指すくらいに。ところがあるとき、サッカー部の顧問の教師に叱られる。 

「お前のせいでみんなが心の病気になってる」

「逆だったんですけどね。サッカー部のなかで僕だけが完全に孤立していた。みんなちんたらやっているから、誰も僕とは組もうとしない。でも全然気にならなくて、ひとりで練習して、試合のときは『お前ら、いらんことせんでええからボール来たら俺へ思い切り蹴ってくれ』って。そう言うとみんな下向いて溜息ついてました。だから先生にそう言われたとき、ずっとひとりやったのは俺なんやけど、って。ただ、そのことを僕が全然気に病んでないことがあかんかったんです。俺は本気でサッカーやってたけど、みんなはなんとなくサッカーを楽しんでるだけだった。だから彼らにしたら、なぜそこまで追い込まれなければあかんねん、という自然な考えやったんです」

 そのことに中学生・又吉はまったく気づいていなかった。

「そういうことやったんかと。僕は自分のやりたいことをやってるだけやから、それで嫌われることは全然かまわんけど、それで人を傷つけることがあるんやと。それは避けたい。そのとき、初めて人の気持ちを考えました」

 正確には彼をかばったもうひとりの顧問教師の気持ちを推し量ったからだった。その教師はこう言った。「又吉以外、全員辞めろ! 新入生と又吉でチーム作ればええ。なんで頑張ってるやつが損するねん」

「僕だけを悪者にするのは違うだろうという先生なりのバランス感覚で言ってくれたのかなと思います。でもこの言葉を聞いて、先生にこんなこと言わせたらあかん。それでサッカー部の同級生をひとりずつ呼んで言いました。お前らのことを憎いからやなくて、勝ちたいからやったんやけど、お前らは別に勝ちたいと思ってへんやったんやな。誤解してたから、これからは期待せいへんから、ごめんな」

 
>>>次回、なぜ、彼は異端児となったのか? ― 又吉直樹
   「小学生のころから“異端”と言われないように気をつけてきた。」【後編】


PROFILE
又吉直樹さん
…1980年、大阪生まれ。99年、NSC東京校5期生として入学。2000年にデビュー。03年、綾部祐二と「ピース」を結成。10年、「キングオブコント2010」準優勝。「M-1グランプリ2010」第4位。15年、『火花』で第153回芥川賞受賞。17年末に綾部祐二が渡米。現在「ピース」としての活動は休止中。高校時代は強豪校・北陽高校のサッカー部に所属し、インターハイにも出場。


Photograph / Masafumi Sanai
Styling / Babymix
Hair & Make-up / Toshihiko Shingu
Text / Yukiko Yaguchi
Edit / Emiko Kuribayashi
Video / Tsuyoshi Hasegawa
Web Edit / Hikaru Sato