2年後に迫った、2020年東京開催のオリンピック競技大会と、パラリンピック競技大会。当大会の準備・運営を担うため、「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」は2017年に「イノベーション推進室」という名の通り、「イノベーティブな大会」を実現するための各種企画立案・推進を担う部署を立ち上げたのでした。

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 天野春果さん…東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 イノベーション推 進室エンゲージメント企画部長(元・川崎フロンターレプロモーション部部長)  

 
―その部署に参画したメンバーのひとりが、天野春果さん。

 天野さんは以前、Jリーグ・川崎フロンターレの名物アイデアマンとして宇宙飛行士とのリアルタイム交信、教育委員会とコラボレーションしたフロンターレの選手が登場する算数ドリルの制作、地元銭湯とのコラボレーション、陸前高田市の復興支援などなど…、さまざまな企画を実現してきた人物なのです。

 スポーツビジネス界屈指の凄腕として名を馳せてきた天野さんは、なぜ「2020年東京開催のオリンピック・パラリンピック競技大会」の運営に参加し、そして「イノベーション推進室」という部署でどのようなことをやっているのか? さらには、企画を実現するための自身がもつこだわりについて話を伺いました。

 
「やりたいこと」を確実に実現していく天野さんのキャリアは、スポーツビジネスのみならず他分野のビジネスパーソンにも刺激となるに違いありません。  


アメリカ留学時にカレッジスポーツに触れ衝撃

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 スポーツビジネスに関心をもったのは、大学時代をアメリカで過ごしたことがきっかけだという天野さん。

 「そもそもアメリカに行こうと思った理由はサッカーを学生時代からやっていて、1994年のアメリカで開催されたワールドカップを生で見たいという気持ちだけでした…」と天野さん。

 1994年のワールドカップを観戦し、さらに2年後の1996年のアトランタ五輪では、ボランティアとして参加したそうです。そこで体験した企画やオペレーション等をメモに残しており、「22年前でもやっていたことは色あせない。東京で生かせることもある」と、今でも見返すことがあるそうです。

 しかし、アメリカ留学時代にスポーツのもつ力を具に体感したのは、これらの大規模な大会以上に意外にも「カレッジスポーツ」だったそう。カレッジスポーツの現場で「スポーツは生活を潤すもの」と、確信することができたと語ってくれました。

 
「スポーツチームがその街に定着して、地元の代表として戦うという考え方に触れました。ワシントン州立大学に留学していたのですが、とても田舎で、週末は映画かボウリングかホームパーティぐらいしか他に選択肢がないので…。スポーツが生活の中に占める割合がすごく大きいんですね。当時の日本では、スポーツといえば、まだ企業のものであるという印象が強かったので、それが新鮮だったんです。『スポーツは街の人たちを元気にさせる力があるんだ!』と確信しました」と天野さん。

フロンターレの新卒入社の第一号に

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 こうしてアメリカでの体験を通して、卒業後の進路は「スポーツ一択」と考えた天野さん。自らがサッカーをやっていたということと、日本では当時斬新だった地域密着の理念を掲げ始めていたスポーツ団体ということから、なんとJリーグの全クラブに履歴書を送ったそうです。

 入社が決まったのは、当時JFL(Jリーグを目指すプロチームと、アマチュアチームの混合リーグ)に属し、Jリーグ入りを目指すと表明したばかりのクラブ・川崎フロンターレ(フロンターレは1999年からJ2に参入、2005年からJ1で戦い、2017年シーズンのJ1で遂に優勝を果たしました)。

 フロンターレは元々富士通が母体のチームであったため、クラブ職員は出向者のみで、天野さんが新卒入社第一号に!

 しかし、留学から帰国したばかりで、まだ社会経験もない学生を採用することは「賛否両論があった」とのこと。しかし、「こういう“やつ”の方が、何か変えてくれるんじゃないか」という会社側の期待も込みでの採用に至ったようです。

 以後、冒頭でもご紹介したようなさまざまな企画を実現し、成功へ導いてきました。   


天野流「イノベーション」の定義

 そして、「自分が生きていく上で、オリンピックが母国で開催されるという機会がこの先あるかと思ったら絶対ない」と、東京でオリンピックとパラリンピックを開催する組織委員会への出向(2017年4月より)を決めました。

 現在(2018年)はJAXAと漫画「宇宙兄弟」とのコラボレーションで、日本はもちろん他国の宇宙飛行士も参加して東京オリンピックのPRを行う企画や、オリンピックの競技にちなんだ問題で算数を学べるドリルの渋谷区への配布といった企画も進行しているそうです。

「企画の狙いは社会性があることです。オリンピックという地球規模のイベント、その上を行くには宇宙でやるしかないなと…。『全世界を見下ろす宇宙からメッセージを届ける』ということに、大きな価値を見い出しました。そしてもうひとつ、意外性があるじゃないですか。オリンピックといえば、マスコットやメダルの発表、そしてボランティアの募集などと発信する情報は決まっているものが多い。イノベーション推進室にいるのであれば、やれそうでやれないこと、エッジが効いたことをやらなければと思うのです」と、語ってくれた天野さん。
 

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
結果発表!宇宙でパラパラ漫画は動くのか!?ONE TEAM PROJECT「宇宙から東京2020エール」 *English subtitles available*
結果発表!宇宙でパラパラ漫画は動くのか!?ONE TEAM PROJECT「宇宙から東京2020エール」 *English subtitles available* thumnail
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国際宇宙ステーションに滞在中の金井宣茂宇宙飛行士が、無重力空間で「宇宙兄弟」のパラパラ漫画を読めるかどうかチャレンジした実験動画も公開。

 
ESQUIRE編集部(以下、ESQ):「イノベーション」という言葉はオリンピックに限らず、さまざまなところで使われるようになりました。そこで天野さんはこの言葉を、どのように捉えられていますか?

天野さん:「イノベーション」と言えば、=テクノロジーと思われがちですよね。もちろんそれもイノベーティブなのですが、それ以外にも、日本の文化や日本の強みを生かして大会の盛り上げにつなげるということも、イノベーションと言えると思います。それにテクノロジーってすごく進捗が早いので、今イノベーティブと言われているものが、2年後になるとそうではなくなることがほとんどです。だから、テクノロジーを生かしたイノベーションを実施することは、実はすごくリスクもそこに存在しているのです。

 
ESQ:今後はどのような構想を練っていますか?

天野さん:2017年7月ごろにやりたいことを書き出しはじめて、全部で7つリストアップしました。今回は2つ発表したので、あとの5つの実現に向けても動き出しています。
 

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

 
天野さん:やはり世界から見ると日本といえば真面目で…、というイメージで捉えられることも多いですが、『意外とウィットに富んでいて面白いこともできる』というところを見せたい。そして、日本のイメージの幅を広げられたらいいですね。リオの引き継ぎセレモニーも、ちょっとした衝撃だったと思うんです。『日本は実はこういう顔もあるんだよ!』ということを世界に発信したいです。

 天野さんは、1964年の東京オリンピック競技大会を経験している人がみんなうれしそうに当時の話をするように(天野さんのお父さまもよく話すとのこと)、2020年が「振り返ったときに、自分の支えになったり、ほんわかしたり、笑顔になったりできる」、そんな体験になることを望んでいると語っています。

「失敗したと思わず、うまくいくための方法を探すことに意識を向けるべき」

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 スポーツビジネスに関して、「日本のビジネスの中で、発展の余地がふんだんに残された分野であると確信していています。東京2020大会後も、私自身の生業も『スポーツ』を軸にしていくことは間違いないですね」と語る天野さん。

 
 フロンターレ時代から、現在の「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」に至るまで、多くの企画を実現してきたなかでの「実現するため」のこだわりについても聞いてみました。

「やっぱり面白いことというのは、今までやったことないことや大変なことだったりするわけですよね。簡単にできることというのはイノベーティブではないので、やはり苦労は伴うものです。また、妥協をしないことも大事です。自分の確固たる信念があって、それを貫けるかどうかが大切ですね」と天野さん。

 一方で天野さんはフロンターレ時代、「サポーターや地元川崎のさまざまな職種の方とも強い繋がりを構築し、それが企画実現の大きな力になった」という成功体験により、つながりの重要性を強く実感しているそう。そんな天野さんは現在も、他分野の方との繋がる機会を大切にしているそうです。

「信念をもって貫くことは大切ですが、自分の考えを過信してもいけません。全く違う立場の方の視点などは沢山リサーチした上で、やっぱり自分の考えはそうだと確信を得たり、斬新な考えを加えたりすることが大事。とにかく、いろんなことに興味をもつことですね。そうして企画を実現するため、自分自身のモチベーションアップさせるための糧となっているのが、自分がこの企画をやることで『多くの人の笑顔がイメージできるかどうか』ということ。自分のやりたいことというよりは、より多くのカを笑顔にできるか…その笑顔を見ることで、自分も幸せになるということですね」。

 
 最後に「新しくチャレンジをしようとしている人」に向けて、「どのようなメッセージをおくりますか?」という質問もぶつけてみました。

「僕が同僚にいつも言ってきたのは、『失敗した…とは絶対に思うな』ということです。成功と失敗という表現自体は、僕は使いません。単に『やり方がうまくいかなかっただけ』と思うことです。失敗したと思うと立ち直れなくなっちゃいますからね…。それはうまくいくためのステップになっていくもの。単に、成功に導かれている方法を見つけ出すことができなかっただけなのです。それを見つけることができれば、誰もが成功するのですから…」と最後に語ってくれました。

 
 今回のインタビューを終えた筆者も含め、新しいことに挑戦しようとしている方にも、まだまだ新生活が始まったばかりのフレッシュマンにも、第一線で活躍する天野さんの考え方に触れ、モチベーションのもち方、信念の貫き方など、多くを学べたのではないでしょうか。

 天野さんのような「ポジティブな思考」が、日本全土に伝播していってほしいものですね。
 

Direction & Interview/市來孝人(amplifier productions)
Edit & Photograph/Kaz OGAWA(HDJ)