2018.05.28

メディアに注目されながら育った

ハリー王子の軍人キャリア、その簡単な歴史

世界が注目した2018年5月19日のロイヤルウエディングは華やかに、そしてハリー王子らしさが随所に光るカタチで滞りなく終演しました。そんな世紀のイベントで、主役の一人であるハリー王子が選んだ服装は軍服だったのです。これもまたハリー王子らしい選択。これに象徴されるように、ハリー王子の青年期の大半は軍服で過ごしたと言っても過言ではないのです。そこで、ハリー王子の軍服の歴史 ― タリバンとの戦闘から「インビクタス・ゲーム」を立ち上げて負傷した退役軍人を支援するまでを、ここで振り返ってみましょう。

 ハリー王子とメーガン・マークルの結婚式は、王室の伝統にならった典型的なものではありませんでした。
 
 まず第一に、花嫁はアメリカの女優です。そして離婚歴もある…。これは1936年に、英国王エドワード8世が離婚歴のある平民のアメリカ人女性ウォリス・シンプソンと結婚するため、グレートブリテン王国成立以降のイギリス国王としては歴代最短の在任期間わずか325日で退位したという、いわゆる「王冠を賭けた恋」のストーリーを思い起こした方もいたことでしょう。 
 
 これは、のちのウィンザー公の話になります。あれから約80年余りの時がすぎ、さらに黒人の血を引く米国人女性というストーリーも加わった上で、主役のハリー王子とメーガン妃は、見事なまでに秀麗なる結婚式を終演させたのでした。
  
 これまでハリー王子は、さまざまな騒ぎも起こしてきました。未成年の喫煙や飲酒、アルコール中毒などなど、そのヤンチャぶりで幾度もメディアからの注目を浴びました。なかでも、そのピークは…本人はいまもなお後悔しているかもしれません。それは2012年8月のこと。アフガニスタンへの2回目となる派遣が行われる直前のことではないでしょうか。このときベガスにあるウィン・ホテルのVIPスイートに泊まっていたハリー王子一行。この日ホテルのバーに出向き、出会った女性のグループをスイートルームに招き入れたという話…。 
 
 そして、負けたら服を1枚づつ脱いでいくというストリップビリヤードに興じたようです。そしてハリー王子は、裸になったところをパパラッチされました。それを掲載した英タブロイド紙には、「子供じみた振る舞い」と批判…という出来事です。
 
 このように長い間、ハリー王子の行動は英タブロイド紙や全世界のメディアにマークされ、さまざまな行動が報告されてきました。彼の軍務キャリアの報道も、そのうちのひとつとなります。ですが、こうして軍務に就くことによって、メディア(パパラッチ)側に私生活まで追跡されないようにするという思惑もあったに違いありません。これは否めないことでしょう。
    

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Photogragh / Getty Images 
  
   
 彼の写真は幼いころから、悲しくも母親を亡くした(1997年8月31日)13~14歳のころも、さらに20歳以降になってからのものも、星の数ほどメディアに残されています。そのことは、彼がどれほどカメラに監視された生活を送っているのかを思い起こす証拠にもなります。
  
 ハリー王子のこれまでの人生は、「シンプル」なものとは言えません。むしろ、「複雑」であったというほうが正解ではないでしょうか。ですが、2005年にサンドハースト王立陸軍士官学校に入学してから2015年6月19日の除隊まで過ごした英国軍で10年間(最高階級は陸軍大尉)は、ハリー王子にとって良い変化をもたらしたといって過言ではないでしょう。

 
 2回目のアフガニスタンへの出征が終わったとき、ハリー王子は「ガーディアン」紙にこう語っています。
  
 「私の父は、いつも私が誰であるのか、そんなことを思い出させようとしています。ですが、私が軍隊にいるときは、自分が誰であるか忘れることはとても簡単なのです。軍隊では誰もが同じ制服を着用し、同じことをしているからです。私は同僚である青年たちと仲良くやっていましたし、仕事も楽しんでいました。その2つだけは、私にとっては同様にシンプルなことでした」と。
  
 
 それではここで、ハリー王子が過ごした英国軍での姿を一緒に振り返ってみましょう。これを観ることで、当時、ハリー王子の胸中を覆っていた「複雑」な何かを少しでも感じることができれば…と願っています。そして今後、ハリー王子がメーガン妃とともに母親である故ダイアナ元妃の意を継ぐ、自分の地位だからこそできる「worthwhile(価値ある仕事)」に対し、応援していこうじゃありませんか。
  
  
>>>ハリー王子のおよそ10年にわたるミリタリーキャリアを振り返る!

Esquire US(原文:English)
BY LUKE O'NEIL 
on MAY 19, 2018
 
Translation by Mirei Uchihori
※この翻訳は抄訳です。
Edit / Kaz OGAWA, Mirei Uchihori

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