ナチス・ドイツの電撃戦に追われ、フランス・ダンケルクから撤退する英軍の行方を描いた映画『ダンケルク』。本作品を監督したのは、『インセプション』や『ダークナイト』シリーズなどで知られるクリストファー・ノーランだ。 

 日本公開を控えた8月下旬、映像と音にこだわり続けるノーラン監督が来日。映画製作の手法やストーリーの構造づくり、ノーラン組常連のトム・ハーディとキリアン・マーフィーを起用した理由などを語った。

Chin, Cheek, Nose, Gesture, Neck, White-collar worker, pinterest

 映画『ダンケルク』 クリストファー・ノーラン監督

編集部:今回、初めて実話をもとにした作品を手がけられました。どのようなプロセスで製作を進めましたか? 

 史実に基づいた映画を作るのは初めてだったので、まずは徹底的なリサーチから始めました。(当時の)ダンケルクにいた方々の証言や実体験を聞いて回ったのですが、それというのも彼らが体験したことを基にした主観的な作品を撮りたかったからです。また、歴史学者のジョシュア・レヴィーン氏にも話を聞きました。当時のことを詳しく知っており、存命者とのパイプがある方なので、歴史アドバイザーとして本作のチームに加わってもらいました。 
 

Cinematographer, Camera operator, Filmmaking, Film crew, Journalist, Television crew, Videographer, Tourism, pinterest

写真:迫力のある美しい映像を世の中に送り出してきたクリストファー・ノーラン監督。© 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED. 

編集部:本作では陸・海・空という3つの空間と、それぞれ異なる3つの時間軸でストーリーが進みます。なぜ監督は時空間にこうした幅をもたせたのでしょうか? 

 (ストーリーの)構造を作り上げていくときは、どの視点で語るのかを常に意識しています。『ダンケルク』では、あの戦場にいた人々の視点で描くことで、観客にあたかも戦地にいるかのような体験をしてもらいたいと考えました。映画でよくありがちな、将軍が地図を指し示しながら話すようなシーンは省きたかったのです。 
 

Snapshot, Jacket, Photography, Leather, Leather jacket, Screenshot, Gesture, Street, pinterest

写真:本作の主人公トミー(フィオン・ホワイトヘッド)はダンケルクの町を走り続ける。© 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED. 

編集部:『ダンケルク』は鑑賞価値だけでなく、体験価値も重視したということですね。監督ご自身は、どんな時に映画の楽しさを感じますか? 

 今の時代には、さまざまなエンターテインメントがありますよね。ですから、ストーリーを体験する方法も多種多様なのです。そのなかで大事なことは、映画にしかないユニークな力を観客に思い出してもらうことです。アルフレッド・ヒッチコックやデヴィッド・リンチといった巨匠は映画の力に満ちた作品を世に送り出してきましたよね。 

 テレビやラジオもありますが、映画でしか語れないことが確かにあるのです。映画の醍醐味はスペクタクルであり、その場にいる人々が同じ時を共有しながら共感し合い、感情を揺さぶられる体験ができることにあります。すべての映画がそうである必要はないのですが、そのような作品がたまに上映されると、映画にしかない素晴らしさに改めて気づかされます。

 トム・ハーディとキリアン・マーフィーを起用したくなる理由は?

編集部:『インセプション』や『インターステラー』など、これまでの作品でも観客を引き込む映像を製作してきました。実話がベースの本作で映像製作上のチャレンジはどんなところにありましたか?  

 映画を製作する上でいつも「難しいな」と感じるのと同時に、こうして作ろうと意識しているのは、自分のイメージを写真に収めるような感覚で映像を撮影し、そうして貯めた写真(映像)を並べてストーリーを作っていくような感覚です。ストーリーを紡いでいくためには、映像を適当につなげてはいけないのです。台詞で物語を進めていくためには、なぜ観客はこの作品を観つづけるのか、その手がかりになるものとは一体何なのかを知らなければいけないのです。 

 私自身、経験を積んでいくにつれて、ストーリーを進めていくためにヴィジュアルに重きを置くようになっていきました。『インセプション』と『インターステラー』でもさまざまな映像を製作しましたが、それは見た目に美しい映像を撮ることが目的だったのではなく、ストーリーを語る上で重要かどうか、効果的かどうかという点を最も重視した結果なのです。文学的な意味での「ナラティヴ」の効果が重要なのですね。 

 『ダンケルク』では何千人ものエキストラに参加してもらい、これまでとは異なる映像を撮影しました。そこでも、大勢のエキストラに集まってもらうことの意味が必要なのです。もちろん、立ち上がったり、身を屈めたりするエキストラの動作・演技それ自体に、しっかりと意味があるのです。 
 

Suit, White-collar worker, Formal wear, Sitting, Businessperson, Office chair, Business, Tuxedo, Blazer, Recruiter, pinterest

編集部:本作にはノーラン作品の常連俳優であるトム・ハーディとキリアン・マーフィー(ともに『インセプション』『ダークナイト』シリーズに出演)が登場しました。彼らを起用したくなる理由は? 

 才能ある俳優であれば、一度ともに仕事したら、また起用したくなるものです。トムやキリアンとまた楽しい撮影ができるとイメージしたら、やはりオファーしてしまいます。才能あふれる俳優に思いをめぐらせると、今後その人にはどんな役をやってもらおうか、と考えてしまいます。 

 ただ、脚本を執筆している段階では、トムやキリアンが演じることは考えていません。というのも、いくら前作で良い演技をしたとしても、また同じようなことを彼らに繰り返してほしくありませんから。脚本を書いている段階では、ストーリーありきで俳優を選考しています。脚本を書き上げてしまえば、前に組んだことのある俳優にどのような役を演じてもらえばいいだろうか、どういう役が合うだろうか、と考えるようにしています。 

 トム・ハーディを起用した理由はこうです。彼には、『ダークナイト・ライジング』のベイン役でマスクを着用してもらいました。そうした制限がある役でも、彼ならきっといい演技を見せてくれるだろうと思えたので、彼を起用したのです。ファリア役はチャレンジングな役柄ではありましたが、彼は問題なく演じていましたね。

 キリアン・マーフィーについては、彼が演じた謎の英国兵を本作の終盤でどのように処遇するのか、実はうまい解決策を出すことができませんでした。そのため、私からキリアンに相談していましたね。撮影しながら彼に「このキャラクターにはこれからどんな物語が待っているかな。君はどう思う?」と意見を聞いたりしたんです。トム同様、彼も私の作品に数多く出演してきましたから、快く対応してくれました。 
 

Soldier, Pilot, Photography, Military, Fighter pilot, pinterest

写真:ノーラン作品に出演し続ける人気俳優のトム・ハーディ。これまであらゆる役をこなしてきた彼が本作で演じるのは、スピットファイアを操縦する空軍パイロットのファリア。© 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED. 

編集部:『ダンケルク』は戦争映画と思われがちですが、残虐なシーンがあまり描かれていません。あえてそうした表現を外したのですか? 

 ダンケルクで起こったのは、戦争ではなく撤退作戦です。そのため、この物語を描く手法として、サスペンススリラーに重点を置いたのです。従来の戦争映画であれば、いかに戦争が恐ろしいのかを描くでしょう。目を背けたくなるようなシーンも含まれるでしょう。でも、『ダンケルク』はサバイバルがテーマで、遠くから敵が少しずつやってくる恐ろしさと時間との戦いを描いているのです。

 映画制作する際に最も大切にしていることとは?

編集部:監督は普段の生活からどのようなインスピレーションを受けていますか? 

 ひとつめは、昔の映画作品です。とくにサイレント時代の映画の影響を強く受けています。特に影響を受けているのはセシル・B・デミルやD.W.グリフィスらであり、彼らが手がけた作品とは、今作られている映画の話法とは違うスタイルなのです。 

 もう一つのインスピレーションとなっているのは、多くの国々を旅した時に体験したことです。かつて、本作のプロデュ―サーであるエマ・トーマスと一緒に小舟に乗ってドーバー海峡を渡ったことがあります。その時に感じたことや乗船体験が『ダンケルク』のインスピレーションになっていますよ。 
 

Clothing, Blazer, Outerwear, Jacket, Suit, Standing, Formal wear, Top, White-collar worker, Sleeve, pinterest

写真:「あらゆる経験が映画作りのインスピレーションとなっている」と語った、クリストファー・ノーラン。

編集部:作品を作る上で最も大切にしていることは一体何なのでしょうか? 

 映画作りには撮影や編集などの色々な段階を踏まえて、完成するものなのです。僕が一番好きなのは音のミクシングをする時です。この作業は数か月間に渡り、行うものであります。ミクシング作業をする時には映像の編集は全て終えているので、ここからがラストスパートと言えるかもしれません。何千もの音楽や効果音を聞きながら、繋ぎ合わせていく作業であります。とても充実感のある仕事ですね。 
 

Uniform, Official, Military officer, Military uniform, Event, Police officer, Gesture, pinterest

写真:本作で海軍中佐として出演しているケネス・ブラナー(右)に、演技指導をするクリストファー・ノーラン。© 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED. 

編集部:『ダンケルク』への思いなどについて語っていただきまして、ありがとうございました。最後に日本の好きなことについて聞かせてください。 

 好きな場所は京都ですね。前回、来日した時は家族と一緒だったので、新幹線を使って京都に行きました。旅館に宿泊したのですが、子供たちが木刀で遊んでいた時に誤って障子を破ってしまったのです(苦笑)。家族全員がリラックスすることができた楽しい旅行だったので、また京都に行きたいですね。 

『ダンケルク』のことや映画作りの質問に対して、静かながら秘めたる熱い思いを語ってくれたクリストファー・ノーラン監督。あらゆることからインスピレーションを受けたと語る『ダンケルク』の世界観をぜひIMAXスクリーンで感じてもらいたい。また、彼が大切にしている“音”にも注目して鑑賞すると楽しみが増すことであろう。巨匠ノーランが手がけた初めての実話作品『ダンケルク』に要注目だ。

 
クリストファー・ノーラン(Christopher Nolan)

1970年7月30日、イギリス生まれ。1998年に、映画『フォロウィング』で長編映画の監督デビューを果たす。その後『メメント』や『ダークナイト』シリーズ、『インセプション』、そして『インターステラ―』など、多くの映画を手がけてきた。細かく描かれたストーリーラインを軸に、個性豊かな映像や音を組み合わせて、クリエイティブな映画監督として世界中で大注目されている。また、フィルムを使用して撮影を行っており、現代の技術にあまり頼らない手法を用いている。最新作『ダンケルク』は、本年度のオスカー候補として名高い。

『ダンケルク』
2017 年/アメリカ/カラー/英語/106分
配給:ワーナー・ブラザース映画
2017年9月9日(土)丸の内ピカデリーほか全国ロードショー


公式サイト
>>>wwws.warnerbros.co.jp/dunkirk/

『ダンケルク』作品紹介ページ
>>>www.mensclub.jp/lifestyle/news/dunkirk17_0901_link/ 
 

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
映画『ダンケルク』本予告【HD】2017年9月9日(土)公開
映画『ダンケルク』本予告【HD】2017年9月9日(土)公開 thumnail
Watch onWatch on YouTube

© 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED. 
編集者:山野井 俊