『夢をかなえるゾウ』シリーズ売り上げ300万部、『人生はニャンとかなる!』シリーズ売り上げ200万部の、人気作家・水野敬也が、自身の最大の弱点「お洒落」に体当たりで臨む企画。

今月のお相手・山口真由
「ハイスペックな彼女には芸術家的
開襟シャツが効く⁉ の巻」

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リサーチしても好みがわからない!そんな美女にウケる方法とは?

 一年くらい前から不眠症気味になり、一向に治らないので心療内科に行くことにしました。

 それで一年前から始まったことって何があったかな? と考えてみたところ、思いつくのがこの連載のみなんですよね。

 毎日毎日、8畳の部屋の中でひたすらパソコンを打ち続ける生活をしている私が、日本を代表する美女と会って飯を食わねばならず、しかも美女に気に入ってもらえるコーディネイトを研究し、かつ、お洒落なレストランまで予約しなければならないという、もう、ヘレン・ケラーかってくらいの三重苦ですからね。食事中はお洒落な飲み物を飲まざるを得ないのですが、いつも緊張でのどがカラカラなので心の中で「ウォーター!」って叫んでますから。

 というわけで心療内科に行ったんですけど、待合室で名前が呼ばれるのを待っているとき(こういう病院ってどんな人が来てるんだろ)って周りの人が気になっちゃいまして。良くないとは思いつつちらちらと他の人を見てたんですけど、そのときとんでもなく重要なことに気づきました。「人は見た目が9割」という言葉がありますが、その9割って結局服のことなんですね。

 その人の名前も職業も分からない状況では、服でしか人となりを判断できないんです。心療内科の待合室でもお洒落な人は健康そうな雰囲気があり、友人や親せきの相談をしに来たのかな、という印象すら抱きました。

――というわけでこの連載によって精神的に追い詰められながら心療内科でお洒落の大切さに気づくというマッチポンプみたいな状況になりましたが、今後もお洒落街道を突き進み、いつか服だけで美女を落とせるまでファッションセンスを高めていきたいと思いますので今後ともよろしくお願い致します。

 こうして連載への前向きな気持ちを高めつつ担当編集Sからの連絡を待っていたところ、Sからの電話で、「次回のお相手ですが、これまでずっと女優さんが続いていたので雰囲気を変えて、東大首席でNY州弁護士の山口真由さんでお願いします」この言葉を聞いた瞬間電話を切り、返す刀で心療内科に電話をして次回の予約を早めている私がいました。

 山口真由と言えば、美人でありながら東大を首席で卒業し財務省、さらに司法試験を突破するという、辞書で才色兼備と引いたら山口真由と出てくるみたいな人ですよね。

 しかも、これまでの美女に対しては、私が唯一誇れるポイントである「作家=知的さ」をコンセプトにした服装で臨んでいましたが、彼女は私よりありとあらゆる面で知的であり、たとえるなら舌を抜かれた明石家さんまみたいな状態に陥ることになったのです。

 顔面から血の気が失せるのを感じながら、それでも何かヒントを見つけようと雑誌の図書館大宅文庫に向かったのですが、私の顔は顔面蒼白を通り越して犬神家のスケキヨかってくらい白くなりました。山口真由の雑誌記事は、勉強・努力に関するものだけで男性の好みや好みの服の記述が一切見当たらなかったのです。

「男性の好みはプレーンな人。相手への条件は、全然ないんです」

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 (すべてを捨てて、実家に戻ろう)

 自然とそう思いました。このまま今の仕事を続けたとしても、私が達成できるのは、不眠のギネス記録11日間を突破することくらいでしょう。

 ただ、荷物をまとめ大宅文庫の出口の扉を開いたとき、ふと、これまで大宅文庫で過ごしてきた日々が走馬灯のように蘇りました。本が売れない時代から、大宅文庫はいわば私のホームグラウンドだったからです。

(せめて、情熱大陸に出るまでは作家として頑張りたかったな……)

 そんな思いがふと頭をよぎったのですが、まさにその瞬間、天啓とも呼べる閃きが私の脳天を貫きました。

(情熱大陸と言えば、葉加瀬太郎。そして葉加瀬太郎の奥さんは東大出身の髙田万由子――)

 気づいたとき、私はメンズクラブ編集部に向かって走り出していました。

 メンズクラブ会議室に到着した私は、お洒落番長N氏に向かって言いました。

「お、俺を……葉加瀬太郎にしてください!」

「水野くん、いったん落ち着こうか」

 私を制止しようとする番長を振り切って、「東大生に対しては知的で攻めるのではなく、葉加瀬太郎的芸術家の雰囲気が有効」説を唱えたのですが、私の熱弁に対してN氏は言いました。

「じゃあ……とりあえず葉加瀬太郎風の開襟シャツにしとく?

 私の天啓をあまりにも軽くとらえるN氏に対して、もし私が葉加瀬太郎くらいの強パーマだったとしても、すべての髪がまっすぐ上を向くほどの「怒髪天」を感じたのですが、N氏によると開襟シャツは流行の兆しを見せており、また、芸術家っぽさを押し出すために、グラスコード(眼鏡フレームから垂れ下がってるひもみたいなやつね)を使ってはどうかという提案もあったので、山口真由という強敵に対しては武器は多ければ多いほど良いと思い、開襟シャツ×グラスコードを基調にしたファッションで挑むことにしました。

学生時代、授業中 机の下で隠して 読んでいたネタでトークを盛り上げる

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 こうしてすべての準備を整えた私は六本木の会員制フレンチ、プロヴィジョンで山口真由の到着を待っていたのですが、お店にやってきた彼女はテレビで見るよりもはるかに美しく、(これでめちゃくちゃ頭が良いって世の中どうなってんだ……)震え上がることになりましたが、私は隠し持っていた会話メモを机の下で確認しました。そこには、漫画 アニメ 小説と書かれてありました。

 相手の土俵が「勉強」であるならば、こちらは授業中、机の中に隠して読んでいたもので勝負するしかないのです。

「よろしくお願いします」

 山口真由が席についた瞬間、私は言いました。

「山口さん、漫画やアニメは見ます?」

 開口一番で言うにはあまりにも不自然な台詞でしたが、彼女は快く答えてくれました。

「漫画はそれほど読まないですが映画は好きです」

(映画か……)

 映画はギリこちらの土俵であると判断し「好きな映画は何ですか?」と聞いたところ、次の返答がありました。

「『ショーシャンクの空に』です」

 ちなみに私、『ショーシャンクの空に』めちゃくちゃ好きなんですよ。以前、事務所の作家志望の若手とこの映画の主人公の俳優について話していて「トム・ハンクスでしたっけ?」「いや、ティム・ロビンスだろ」と返したところ「いやあ、ショーシャンクの空似でしたか」とくだらないこと言ったやつと本気でケンカしかけましたからね。

 それくらい好きな映画なので、私はとっておきの豆知識を披露しました。

「『ショーシャンクの空に』は、興行収益が赤字だったんですよね」

 すると「えっ、そうなんですか⁉」と驚きながら彼女は言いました。

「でも名作というのは、時間はかかっても最後は必ず人の心に響くってことですよね」

 その言葉を聞いて、「そのとおりです!」と膝を叩きまくっている私がいました。過去、出した本が売れなかった場合、(これは『ショーシャンク』のパターンだな)と自分を慰め続けてきたからです。(想像してたよりもはるかに気さくな人だな)そう感じた私は思い切ってこの質問をぶつけました。

「ちなみに、山口さんはどんなタイプの男性が好きですか?」

 すると彼女はこう答えました。

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「プレーンな人ですね」

「プレーン?」

「はい。普通な感じの人が良いです」

「では、イケメンじゃなきゃだめとか、年収いくらとかそういう条件はないんですか?」

「そういうのは全然ないです」

――これは本当に意外でした。勉強や資格試験など高い目標を設定して努力する人は、異性に対しても高い条件を望むものだと思っていたからです。

 そのことを彼女に言うと、「わかります。でも、条件というのは周囲から認められることであって、それを続けていくと、自分の心地よさが失われていくんですよね……」

 その言葉を聞いた瞬間、「そのとおりです!」と膝の皿が割れるんじゃないかってくらい叩きまくっている私がいました。まさに、この連載「美女とのデートはお洒落が9割」は、誰もが評価する「女優」と仲良くなることを目的にしてきましたが、その分、自分の心地よさは失われ多大なストレスを感じ続けることになりました。実際にこの連載を始めてから眠れない日が続いていますからね。抜け毛の量も半端ないですし。リアップとプロペシアという脱毛界の龍虎を持ってしても砂漠化は食い止められないのです。

(この人は本当に頭が良いなぁ)

 そんなことを感じながら会話を続けていったのですが、勉強するとき「寝てしまわないように足を氷水に入れていた」というエピソードを聞いて私の受験時代を思い出したり、最近気になる本の話題で「雑草」について盛り上がったり、(自分と相性が良いのはこういう知的なタイプの女性なのかもしれない)そんなことまで考えてしまうくらい楽しく会話を続けることができたのですが、そのせいもあって、この連載における最重要の質問を忘れていたことに気づきました。私はあわてて、「今日の僕のファッションはどうですか?」と質問したところ、彼女は、「確かにお洒落だとは思うのですが……」と言いながら、私の胸元とグラスコードに視線を向けて言いました。

「お洒落すぎる人と一緒にいると、自分も頑張らなきゃいけないって気持ちになってしまって、プレッシャーを感じちゃうんですよね」

――そうなのです。彼女が求めるのはあくまでプレーンな男性であり、この日の私のファッションは超的外れだったのです。

(どうしてくれんじゃ、葉加瀬ェ!)

 目の前のフォークとナイフを葉加瀬太郎のバイオリンにぶっ刺してやりたい衝動に駆られましたが、時すでに遅し。これまでの会話を台無しにするような大失態をしていたことに気づいた私は、完全にテンパってしまい、会話に変な間ができる気まずい状態を作り出してしまいました。こうして私は、「お疲れ様でした」

 次の仕事に向かう山口真由の背中を見送ったあと、医者から処方された2週間分の睡眠薬を一気に飲んでこの世に別れを告げるために「ウォーター!」と叫んだのでした。

 
◇今回2人がデートしたのはこちら!

メンバーズレストランの大人の
社交場で味わうフレンチ料理



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六本木の路地裏に佇む、完全会員制フレンチレストラン・ワインバーの『プロヴィジョン』。トビラには指紋認証システムがついており、月額3万円を支払えば自由に食事を楽しむことができる。紹介制のため、店内の雰囲気も大人ならではのマナーのある居心地のよい空間になっており、2人のようなデートにもぴったり。

《SHOP INFO》
住所/東京都港区 六本木4-5-13 Reve六本木3F 
TEL/03・6873・7624
営業時間/18:00~翌2:00 
休み/日曜
http://provision-tokyo.com/




決定! 今月の勝負服!

 
開襟シャツを品よく
シンプルにまとめて
才女ウケを狙う!


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今回のデート相手、山口真由さんのようなハイスペック女子に対抗するなら、適度なこなれ感を醸せる開襟シャツが最適です。品のあるスラックスにジャケットを合わせタックアウトし、足元にはローファーを。あくまでも、懐古的ではなく“モダン”に仕上げるのがポイントです。

《POINT 1》
グラスコードで顔まわりの
印象を品よく格上げ!

普段の眼鏡スタイルを彼女がグッとくるような印象的なものにしたいなら、グラスコードがうってつけ。ワインの銘柄を読む際にスッとはずすなど、女性とのデートのときにも、“男”を感じさせるマル秘アイテムになるのです。


《POINT 2》
トレンドの開襟シャツは
さらり素材でデートも爽やかに




だんだんと暑くなるこの時期。デートでも爽やかな男の印象を狙いたいなら、リネンやリネン混の開襟シャツがマストです。水野氏のようにちょっと特別な女性とのデートでジャケットを合わせても暑そうに見えないのも特徴です。

ジャケット7万1000円(ラルディーニ)、ベルト1万5000円(フェリージ)、靴3万2000円(イルモカシーノ) ●お問い合わせ先/以上ビームス ハウス 丸の内 TEL 03・5220・8686 シャツ1万4000円(バーニーズ ニューヨーク) ●お問い合わせ先/バーニーズ ニューヨーク カスタマーセンター TEL 0120・137・007 パンツ1万4800円(シップス) ●お問い合わせ先/シップス 銀座店 TEL 03・3564・5547 グラスコード4200円(ダイアン テーラー) ●お問い合わせ先/グローブスペックス エージェント TEL 03・5459・8326 メガネ5万9000円(ミスター・ライト) ●お問い合わせ先/コンティニュエ TEL 03・3792・8978

今月のお相手・山口真由
「ハイスペックな彼女には芸術家的
開襟シャツが効く⁉ の巻」

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
山口真由「ハイスペックな彼女には芸術家的開襟シャツが効く⁉ の巻」|作家・水野敬也がデート!| Esquire Japan
山口真由「ハイスペックな彼女には芸術家的開襟シャツが効く⁉ の巻」|作家・水野敬也がデート!| Esquire Japan thumnail
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◇PROFILE
山口真由さん(ニューヨーク州弁護士/元財務省官僚)
…2002年に東京大学教養学部文化1類入学。06年に法学部卒業後、財務省に入省し主税局に配属される。08年財務省を退官後、09年から15年まで弁護士として大手事務所に勤務したのち、ハーバード大学ロースクールに留学、翌年卒業。現在その知性を生かしコメンテーターとしてテレビ出演や執筆などで活躍中。


Model Photograph / Jan Buus(whiteSTOUT) 
Still Photograph / Yoshio Kato
Styling / Tatsuya Imai[Keiya Mizuno]
Hair &Make-up / Miki Kimura[Mayu Yamaguchi] 
Text / Keiya Mizuno 
Edit / Yasuhiro Sato 
Cooperation / Provision