今年設立61年目を迎え、いまやファッションブランドとして人気を得ている「カナダグース」。このファミリービジネスブランドが、これまでどのように変わってきたのかダニー・リースCEOに聞きました。

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How Canada Goose Went From Outdoors Outfitter to Fashion Force

 ダニー・リース氏は、カナダグースのCEOになりたいと思ったことはありませんでした。

 なぜなら、彼がよく知っている世界とはかけ離れたものだったからです。実際、誰も彼がCEOに就くとは思ってもいませんでした。そもそも、彼にファミリービジネスを引き継がせるという計画はなかったのです。カナダグースのトロント本社で、リース氏は次のように言いました。

「実は作家になりたかったんだ。カナダグースのCEOになるなんて、欠片も考えていなかったよ」と。

 彼がCEOに就任してからの17年で、同ブランドは17億ドル(約1780億円)もの利益を上げる企業にまで成長しました。

 リース氏が20代最初のころのこと、彼は世界中を旅して過ごしたそうです。そうしてお金を使い果たしてしまった彼は、カナダグースでのアルバイトを決めたのでした。それがキッカケとなり、このようなキャリアへと変化していったのでした。 
   

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写真:カナダグースCEOを務める、ダニー・リース氏。Photograph / Canada Goose 

  
「数カ月の予定が半年になり、そして1年になり…と気が付けば、ずっと働いていたんだ。多分、最初の1年間は意識もせずに、自分がその仕事に向いているか問いかけていたんだと思う」と語る彼は、カナダグースで働きだしてから4年後の2001年になります。当時27歳のリース氏は、父親からCEOの座を引き継ぐことになったのです。そのころのカナダグースには、彼のようなリーダーが必要とされていました。 

 その17年後となる現在、ブランドは創立61周年を迎えています。これは非常に大きな成果であり、讃えるべき栄光だといえます。

 単にファッションの会社が、これほどまで成長を遂げることがとても珍しいということだけでなく、今日のカナダグースが創立当初とは全く別物となっていることも、称賛に値するほどなのです(いや、それ以上かもしれません)。

 1957年、このブランドは別の名前の元で発足しました(「メトロ・スポーツウェア」、のちに「スノーグース」、そして、90年代後半、ヨーロッパの競合他社が「スノーグース」の名前を使用していたことをきっかけに、「カナダグース」となりました)。

 当時はOEM企業として商品を作っており、非常に限られた顧客にジャケットを提供していました。主力部分は当初と同じであるものの、現在の商品ラインはより多彩になっています。カナダグースは設立当初からの基準を厳格に維持しており、それが同ブランドのすべてといっても過言ではないでしょう。 
  

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Photograph / Canada Goose 

 
 リース氏は次のように説明しています。

「ブランドというのは、評価と直結しています。カナダグースは感情を表現するブランドです。当ブランドの商品がもつ暖かさや保護といったものが感情的な体験に基づいているからこそ、消費者は感情レベルでこのブランドに親近感をもってくれているのだと思います。カナダグースのコートを着る、それによって感情が生み出されているのです」 

 このことは、リピーター客の獲得にもつながります。しかし、リース氏がCEOを継いだとき、まったく新しい層の顧客を獲得できるかどうかはリース次第でした。そして、彼はそれをやり遂げたのです。(次ページへつづく)

ブランド名が表すものが、より具体的により明確なものになるように徹底した

 リース氏のリーダーシップのもと、ブランドは拡大しました。ですが、その内容はよくあるブランドの成長とは異なっていました。彼は次のように語っています。 

「不動産を選ぶとき、非常に慎重に行いました。商品にロゴをプリントするだけの企業は多いですが、当社は違います。私たちは(外部メーカーと)ライセンス契約を交わしたりもしません。多くの会社はある規模まで成長すると、他社とのライセンス契約を結びます。そうやってブランドを拡大していくのです。これではブランドは成長どころか、衰えていってしまいます」 

 代わりに、カナダグースはハリウッドと契約を結びました。そして、非常に上品な一連の店舗を開店したのでした。 

 リース氏は、「カナダグース」が何を意味しているのかを宣伝する代わりに、ブランド名が表すものがより具体的に、より特別に、最終的にはより明確なものになるように徹底したのです。

「私が働きだした当時の『カナダグース』は消費者ブランドではなく、20種類しかアイテムがありませんでした。ゆっくりと慎重に、そしてブランドを損なわないよう気をつけながら新しい分野へと進出しました。設立時の純粋な精神を維持しながら、いまでは200のアイテムを展開するまでに至ることができました」と、リース氏は語ります。

 ここ4年間、カナダグースはスプリングコレクションやニットウエアの分野に進出してきました。どちらの進出も熟考を重ねたもので、ブランドのビジョンにぴったりとあてはまっています。 
  

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写真:カナダグースを着た俳優のニック・オファーマン。Photograph / Getty Images 

 
 リース氏は、今では経験豊かなCEOと言っていいでしょう。彼はファッション業界にドップリつかっていない限り知る必要のない(というより知りたくもない)、システム管理や事業運営の詳細について延々と話し続けることでしょう。

 しかしこういったことが、現実のファッションなのです。ファッションはランウェイで披露するものではありません。1年に細分化された発注から入金までのフルフィルメント・システムや、袖に適量の羽毛を注入する機器類こそがファッションなのです。 

 羽毛が適量でないとソリューションが提供されません。そういうことからブランドの評判というものは落ち込んでいくことを、リース氏は説明してくれます。 

「私の仕事は進化しています。毎日、毎年、仕事の内容は異なります。もし何も問題がなければ、ビジネスになっていないでしょう。ここでは、多才であることが求められます。そして物事は、常に変化しているということを積極的に受け入れる必要があるのです。変化するのは良いことです。また、不変であることも良いことなのです」とダニー・リース氏。 

 
 リース氏はカナダグースで、多くの変化を見てきました。そのため、変化することが良い影響を与えることを知っています。同時に、変わらないものも見てきました。それは人々です。(次ページへつづく)

ブランドの功労者である、 縫製担当者と長年の付き合いがあった

 カナダグースはファミリービジネスです。

 リース氏の祖父であるサム・ティック氏が設立し、その後をダニー・リース氏の父親であるデーヴィット・リース氏が引き継ぎました。その間ずっと、ダニー・リース氏は工場内を歩き回り、父親の会社のためにジャケットを作ってくれている従業員との交流を深めてきました。

「会社には、50年務めている縫製担当者もいました。祖父が雇った人たちです」と、ダニー・リース氏は語り始めます。 

「子供のころ、彼らと会っていたことを覚えています。一番重要なのは、良い人材を雇うことではないかと思います。そして、お互いに合意した目的を達成するために、必要な環境や部署を自由につくる権利を与えるのです」 

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写真:カナダグースのトロント工場で、布地を裁断する作業員。Photograph / Canada Goose 

 
 リース氏が幼少期に会った覚えのある従業員らは、おそらく、経費の中でも大きな割合を占めているはずです。カナダグースと同規模で、同じようなペースでの成長戦略を立てている企業は、製造コストがより安価な国に製造を移管することで財政面のプラスを生み出すのが普通です。しかしカナダグースは、「カナダ産」であることを企業方針の中心に据えています。地元に雇用を生み出し、品質を近くで管理するためだけではありません。カナダグースはカナダそのものを象徴しているからです。リース氏は次のように説明しています。

「当社は、世界の舞台においてカナダ大使の役割を果たしているのです。カナダグースは紛れもなく世界的なブランドであり、カナダというブランドを世界に輸出しているのです。そしてそれは、少しだけより崇高な当社の使命なのです。カナダグースの全社員が、このことに非常に誇りをもっています。このような使命を果たしていることを、企業として非常に力強く感じています」と。さらに続けて…。 

「カナダグースは、カナダを豊かにするために行動を起こす企業です。同ブランドはポーラーベア インターナショナルを支援し、カナダグース・リソースセンターを運営しています。そこではイヌイット族の縫製担当者らに、自分たちの作品を制作する(ときに販売する)ための材料を提供しています。このようなプログラムは、そのお返しにインスピレーションという形で、カナダグースにメリットをもたらしてくれるのです」と語りつづけたリース氏。そして、そこで終わらず…。
「寒さや年中雪に覆われている環境が、なにかしら人々の『暖かさ』を引き出しているのだと思います。信じられないことですが…」 

 
 カナダグースは常に飛躍的な成長を遂げ、コラボレーションアイテムは完売。ですが、そこで栄光に酔っていたわけではありませんでした。 

 リース氏とブランドは成功と同様に、失敗にも直面してきたのです。

「前に進み続けるしかないと思う。間違えたことも多々ありました。出荷の際、常にスケジュール遅れやミスなどの不手際があった年もありました。黒のジャケットの代わりに白のジャケットを出荷したり、キッズウエアの代わりにメンズウエアを出荷したりしたこともありました。とにかくクレイジーだったんです。でも、なんとかその年を乗り切りました。商品を出荷して、その対価を得ることができました」とリース氏は語ってくれました。(次ページへつづく)

60周年記念アイテムの写真集に注目!

 そうして2017年、60周年記念イベントの一環として壮大な写真集を発行しました。

 これらの写真は、同ブランドのアーカイブから集められたものと、過去に一緒に仕事をしたアーティストらによって製作されたもので構成されています。

「グレイトネス・イズ・アウト・ゼア」と名付けられたこの書籍は、60年を直感的に祝うものになっています。また、ブランドにとってのチャレンジでもあるのです。そしてリース氏は、最後にこう語ってくれました。

「このタイトルは、『グレイトネス(大事なこと)というのは存在している』ということを意味しています。本当に存在しているのです。それは、あなたが気楽に過ごせる範囲の外にあります。外に目を向けましょう。このタイトルには2面性があります。「グレイトネス」というのは、人々・会社・組織・スポーツのチームといった、あなたが気楽に過ごせる範囲の外にある、と考えています。本当のグレイトネス(大事なこと)を得たいなら、気楽なエリアから一歩踏み出す必要があります」と、書籍のタイトルについて説明してくれたのです。 

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写真:60周年記念イベントの一環として発行された写真集、『グレイトネス・イズ・アウト・ゼア』。Photograph / Canada Goose 

 
 ダニー・リースCEOが手がける今後のカナダグース、その経営戦略には引き続き注目です。



編集者:山野井 俊