記事で紹介した商品を購入すると、売上の一部がEsquireに還元されることがあります。記事中に記載の価格は、記事公開当時の価格です。
トム・ハーディと、ロンドン郊外で過ごす午後
スパイダーマンの宿敵を描いた大作『ヴェノム』の公開を控えるトム・ハーディへのインタビュー。カフェでゆっくりと話を聞く計画を早々に変更し、彼と一緒にペットショップやホームセンターを巡ることに…。素顔のハーディが生まれ育った街で、映画そして自身の幼少期のことを語ってもらいました。
写真:映画『ヴェノム』で主役を務める俳優のトム・ハーディ。2018年6月にロンドン南西部にて撮影が行われた。写真のセレクトは、ハーディ自身によるもの。ブルゾン 16万5000円(グッチ) ●お問い合わせ先/グッチ ジャパンカスタマーサービス TEL 0120・88・1921
― いかにもロンドンらしい分厚い雲が空を覆う、ある金曜日の昼下がり。
トム・ハーディと私は、ペットショップ「ペット・アット・ホーム」のリッチモンド店にいる。そして彼は、あろうことか私に盗みを働かせようとしている。店内で売られている金魚鉢のふたをTシャツの下に隠して店を出るよう、私を説得にかかっているのだ。
「大丈夫だよ。『妊婦3カ月⁉』くらいにしか見えないから!」
‘At 11, teachers were like, “We can’t talk to this kid, he’s away with the fairies.”
写真:洗車場でポーズをとるハーディ。ブルゾン 16万5000円、パンツ 11万5000円(2点共グッチ) ●お問い合わせ先/グッチ ジャパンカスタマーサービス TEL 0120・88・1921 シューズ (参考商品)(ニューバランス) ●お問い合わせ先/ニューバランス ジャパンお客様相談室 TEL 0120・85・0997
ちょっと時間を戻してみよう。
私とハーディは、川沿いのカフェで待ち合わせをしていた。インタビューはこの場所で行われる予定だったのだ。しかしながら、彼の提案で計画は変更され、私たちは「ペット・アット・ホーム」に向かうことになった。
ハーディはマーベル・コミックに登場するヒーロー、キャプテン・アメリカの必須アイテムである円形のシールドを自分で作ろうとし、その材料を探そうとしている。妻で女優のシャーロット・ライリーとの間に生まれた2歳半の子ども(この子の名前も性別も明らかにしない約束だ)を喜ばそうと奮起しているのだ。
そして、これまでのところ、犬用フリスビーやホイールキャップなどが候補に挙げられ、その中のひとつが金魚鉢のふただった。「こういうものを作るのは、父親の役目。苦労して作っているところを子どもに見せないといけないんだ」と、ハーディ。
「せいぜい3分くらい遊んで、ポイっていうところだろうけどね。だけど、これは父親としてのミッションだ」。もちろん金魚鉢のふたの件は、ハーディ流のジョーク。彼は結局、「ペット・アット・ホーム」で猫の爪とぎマットを購入し、私たちは次の目的地であるホームセンターの「ホームベース」へと向かうことになった。
車に乗り込むと、早速、子どもの話に花が咲く。
「毎日全身グレービーソースと、チョコレートまみれになっているよ」。こう言いながらも『ヴェノム』に、続いてアル・カポネの人生最後の数カ月を描いた『Fonzo』と、立て続けに2本の映画を撮影し、長い間家を離れていた彼にとって、家族と過ごす時間は何ものにも代え難いようだ。
「子どものおかげで撮影に臨んでいた状態から、かなりギアダウンできているよ」と言いながら、ハーディは車内用のプレイリストをスクロールする。ジェフ・ベック、スティーブ・ミラー…助手席側のドアのポケットに目をやると、そこには子ども向け番組の司会者アンディー・デイとそのバンド、ジ・オッド・ソックスによる2017年のアルバム『Who Invited This Lot?』も。音楽を選びながら、「いや、違うな」とハーディは続ける。「撮影のときのギアを5つ下げて、それからまた5つ上げてる状態だ」とのこと。
「ホームベース」では、シールドの裏につけるハンドルとテープを買う予定だ。車を降りると、ハーディは電子タバコを吸う場所を探した。そして、屋外のショッピングカート置き場に落ち着くと、タバコの蒸気を大きく吸い、指でリッチモンドのほうからイーストシーンのほうまで弧を描き、唐突にこう言った。
「僕は、この辺りで育ったんだ」と…。
Tom Hardy
コート (参考商品)(グッチ) ●お問い合わせ先/グッチ ジャパン カスタマーサービス TEL 0120・88・1921 パンツ (参考商品)(Hudson) ●お問い合わせ先/www.hudsonjeans.com シューズ (参考商品)(ニューバランス) ●お問い合わせ先/ニューバランス ジャパンお客様相談室 TEL 0120・85・0997
トム・ハーディは1977年9月15日、広告会社の重役を務めたエドワード“チップス”ハーディとアーティストのアン・ハーディのもとに生まれた。サウス・サーキュラーにほど近い、閑静な住宅街に建つ上品な家に住み、裕福な家庭に育つ子どもたちが集まる私立の小学校に通っていた。
「学校は大嫌いだった。インテリの世界にはなじめなかったんだ」。卒業後、両親は有名中学校への出願書類を用意し、試験には通ったという。しかし、面接で失敗した。
「僕は、質問してきていた面接官の話をよく聞いていなかったんだろうね。それに気づくと彼らはこんなことを言ってきたんだ。『この子とは話ができない。彼は空想の世界に行ってしまっているようだ』ってね。ショックだったよ。実際、僕はいま空想の世界に生きることで稼いでいるわけだけど、11歳だった僕にこんな未来が待っているなんて分かる訳ないじゃないか」とも語ってくれた。
こうして彼は、控えめに言うならば、“地元の連中”とつるむようになったのだ。
当時のニックネームは“ウィーズル”(イタチ)。「街によくいる不良だった」と語る通り、ハーディは地元のパブに入り浸ったり、モートレイク駅でマリフアナを吸ったりして、日々を過ごすようになった。見かねた彼の両親は、当時通っていた中学校を追い出される前に、彼を自主退学させたのだった。
「ヴェノムを演じることは、精神障害を患っている人間を演じることに似ていた」
写真:撮影が行われたロンドン南西部は、ハーディが幼少時代を過ごし、今も暮らす彼の本拠地。撮影中はリラックスした表情を見せることも多かった。
15歳になったハーディは、病院に連れて行かれる。
「『彼は、軽度の精神障害を患っていますね。統合失調症です』。これが医師の診断だった」と言い、ハーディは電子タバコを手に持ちながら続けた。「ありえないだろう。15歳にとっては重すぎる言葉だよ。とんでもない状況に追いやられたようで、そこから脱出するにはどうすればいいか分からなかった」と…。
悩み抜いた彼の頭に浮かんだのが、演劇学校だった。
最初はリッチモンドにある学校に通い、続いてドラマ・センター・ロンドンに移り、その時に2001年のテレビシリーズ『バンド・オブ・ブラザース』でアメリカ軍の兵士にキャスティングされた。しかし、俳優として活動するようになっても彼の精神は落ち着かなかったようだ。
ハーディは酒を飲み、ドラッグを始め、法律すれすれの行動を繰り返した。こうして2003年、彼はリハビリ施設に入ることとなる。
Tom Hardy 02
写真:愛犬ブルーを登場させたのは、ハーディのアイデア。Tシャツ(参考商品)(Marc Jacques Burton) ●お問い合わせ先/www.marcjacquesburton.com パンツ(参考商品)(クライ・プレシジョン) ●お問い合わせ先/ファントム渋谷店 TEL 03・3486・3627 シューズ (参考商品)(ニューバランス) ●お問い合わせ先/ニューバランス ジャパンお客様相談室 TEL 0120・85・0997
私たちは店内に入り、ハーディはちょうど子どものこぶしぐらいの大きさの、アルファベットの“C”の形をしたフックを見つけた。シールドのグリップになると考えたらしい。「ねえ、お姉さん」とハーディは通りがかりの店員を呼び、「粘着テープはどこにある?」と尋ねた。
そして買ったばかりの爪とぎマットを見せながら、「このフックと、これを黒いテープでつけたいんだ」と説明する。「塗料が置いてあるコーナーの最初の列にあります」と彼女は教えてくれた。目の前にいるのが誰なのか、気づいているようだ。
目的の場所にたどり着くと彼は「これは使いやすそうだな」と言いながら、商品を選び始めた。それからこんな提案をしてくれた。「いくつかテープを買ったら、『Sheen』っていうカフェでランチをしよう。ここから車で5分ほどで、すごく感じがいいんだ。僕は、食事中にこれを仕上げるから」。
待ちに待ったランチ。
私たちはイーストシーンのカフェに到着した。ハーディは、自分と私の分のメニューをオーダーしてから店を出て、向かいにあるクラフトショップに走っていった。私たちのテーブルは店の奥の方にあり、少し高い位置にあった。ハーディがはさみやのりを買いにクラフトショップに行っている間、私は店内を見渡すほうの席に座った。そうすれば彼がそちらに背を向け、目立たずに済むからだ。
しかし、カフェに戻ってきた彼は、私が座っていた席に座りたがった。
その席を譲ると、食事中テーブルに置かれた紫陽花の花で時々顔を隠しながら、店に入ってくる客すべてを確認していた。まるでアメリカのTVドラマ『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』の最終回で、主人公のトニーが、ダイナーにいるシーンのようだ。これがいま、トム・ハーディが直面している現実でなければ、とても笑える光景なのだが…。
「僕は、近くにいる人たちの行動を捉えることができる。カメラや携帯電話がいつ取り出されるのかも分かる。武器の動きを察知するのと一緒だよ。いつも警戒している。変な気分ではあるけど、別にいいんだ。ただ、自分の子どもの写真を撮られることは許せない。絶対にだ。これをされると、大抵の父親がとる行動にでるよ」。
ならば、例えばハリウッドに移り住んで、世間と隔離された生活を送りたいとは思わないのだろうか?
「それは避けたいんだ。そんなことをしてしまったら、虚構の世界に隔離されてしまうだろう。ただ、自分が映画俳優なんかじゃないふりをして街中を歩いているのも違う気がする。その中間を取りたいと思っているんだ。それが、妥当じゃないかな」。
「40歳に差し掛かるころになって、 きついアクションヒーローの役をもらうようになったんだ」
写真:ドゥカティのバイクに乗り込むハーディ。映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』では、砂漠の中をカスタムバイクで駆け抜けたが、ここロンドンでもバイクへの情熱は尽きない。ハーディはあえて、歩行器を使って歩く女性が写ったこの一枚をセレクトした。
問題は彼が出演する映画の規模が、だんだん大きくなっているということだ。この2018年11月、 ソニー・ピクチャーズが企画に10年をかけた大作『ヴェノム』が公開される(日本では2018年11月2日に全国公開)。
マーベル・ユニバースに詳しくない読者のために説明しておくと、ヴェノムはスパイダーマンに敵対する強敵のひとり。それは黒い滑らかな液体のように見える地球外生命体“シンビオート”で、一体化する人間の体を探している。
ここで宿主となるのがハーディ演じるエディ・ブロック。スクープを取るためならルールを曲げることも厭わないジャーナリストだ。彼はシンビオートと融合すると、うろこに覆われ、鍾乳石の歯と猫の尾ほどの長さの舌をもつモンスターとなり、自分の体をコントロールできなくなる。
「撮影はとてもエキサイティングだったよ。一人2役やっているようなものだったからね。エディ・ブロックは、自分の中に獣を住まわせているんだ。僕にはその感じが分かる。実際に、精神的な問題を抱えていたことがあるからね」と…。
『ヴェノム』でハーディは、ブロックの役とシンビオートの声を演じる。ブロックについて、「ウッディ・アレンとコナー・マクレガーを混ぜたようなキャラクター、つまり神経症でありながら虚勢を張る男」だと分析し、シンビオートを演じるときは「90年代のラッパーを意識して演じた。レッドマンやメソッド・マンのようにね」と明かす。
シンビオートが体内にいる際、外からそれをうかがい知ることはできないが、ブロックは自分の中で戦っている。「常に内部で主導権をとろうと競り合っているのだけれど、誰もそんなことは理解できない。だから他の人の目からは、ひとりごとを言っているように見える」とハーディ。
これは彼の得意分野だ。「今回いちばん面白かったのは、一人2役を演じた『レジェンド 狂気の美学』(2015年)の撮影を終えたときに捨ててきたものを、もう一度取りにいかないといけなかったことかな…」。
「なんでこの役を、10年前にくれなかったんだ?」
2018年で41歳になる彼は、年を追うごとに体力的にも厳しい役をオファーされる機会が増えてきた。
『ヴェノム』の撮影中は、「4カ月もの間痛めつけられた」と言う。「40歳に差し掛かるころになって、きついアクションヒーローの役をもらうようになったんだ」とハーディは言い、続けて「もう、ぼろぼろだよ! なんでこの役を10年前にくれなかったんだ」と苦笑いする。
「そのころはまだ、その準備ができていなかったのかもしれない。そして、それに周りの人間も気がついていたのだろう」、と彼は話す。
「アメリカ人の映画関係者たちは『ブロンソン』(2008年)に出ている僕を観て、『ほう、ヘッドキックができるのか? 君はずいぶん暴力的な男なんだな…。ぜひ映画に出てもらいたい』と言ってきたんだ。そのときの彼らは、本当の僕の姿を知らなかった。あの映画で服役囚を演じている男が、実際はとても繊細で脆いなんて思いもよらなかったんだろう。ははは…。実際彼らに会ったときも強がって見せたけど、僕の抱えていた問題は表面に現れていたんだろうな。だって、外見がこれだけマッチョな僕に対し、自分の中にあるフェミニンな部分を必死で説明しようとしていたんだから…」。
2018年内は『ヴェノム』と『Fonzo』の宣伝で拘束されるし、『マッドマックス』の第2弾やドラマ『Taboo』の新シリーズなど、現在進んでいるプロジェクトもある。
「まだ話してはいないけどね」とハーディは言うが、実は『Taboo』に関しては、監督にも意欲を示しているという。それからBBC版『クリスマスキャロル』も進行中だ。ハーディが父親と、プロデューサーのディーン・ベイカーとともに立ち上げた制作会社、ハーディ・サン・アンド・ベイカーで実現しようとしている企画もあるようだ。
しかし、彼がどんなに多忙でも、最初にやらなければいけないのは、たったいま完成したキャプテン・アメリカのシールドを、愛する子どもに届けることだ。予想に反して、とてもよい出来だ。そう伝えると彼は、「それはどうかな」と笑った。
私たちはカフェを出て車に乗りこみ、ハーディは私を駅まで送ってくれた。駅の小さな駐車場に車を止めると、私のほうを向いた。そして、「これで記事になりそう? 足りるかな?」、私たちは4時間も話をしたのだ。だから、「どこを削るのか考えるのが大変だ」と答えた。
電車がモートレイク駅を離れるとき、私の携帯電話がメールの着信を告げた。こんな文面が目に飛び込む。
「君が車の中で、アンディー・デイとジ・オッド・ソックスのCDを見つけたことを、記事に入れてくれたらうれしいな…」と。そうか、そのあなたの意向には沿えるかと…。