世界的にも注目される日本の至宝「キモノ」の魅力を探る連載、【KIMONO基本の「き」 その参】をおおくりします。今回は生前の藍田先生のお言葉によって、キモノを「着たい」から「着てもらいたい」へと変化した、啓太さんが考えるこれから「銀座もとじ」が大切にすべきこととは何か? 具体的に行っていることをご紹介いたします。

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養蚕農家の石川さんのところへ。石川さんご夫婦とともに記念撮影をする、父であり銀座の呉服屋「銀座もとじ 男のきもの」店主である泉二弘明さんと泉二啓太(もとじけいた)さん。

KIMONO(キモノ)基本の「き」 その参

KIMONO基本の「き」 その弐からのつづき) ――「金は錆びない」…この藍田氏から授かった言葉を懐に、多くの職人さんの現場を体験することで、かつてとは違うキモノへの思いを抱くようになった啓太さん。

 
 もう少し藍田氏の話をさせてください。

「つくり手さん」と聞くと、その技術の伝承に関して非常に厳格で、難しいものというイメージがありませんか? 弟子に入ることですら難しく、さらに弟子に入ってからも、なかなかその技術の真髄まで教えてもらえない。「俺の背中を見て学べ!」とか「技術は盗むものだ!」とか…そんなイメージではないでしょうか。 

 それ以前に、いまの若者たちに「弟子入り」という言葉が通じなくなってきているのは事実ですね。今、キモノの世界だけではなく、「つくり手さん」「職人さん」という職種全体が絶滅危惧種のように希少なものとなっています。これにはキモノを扱う身として、かなり危機感をもっていますね。

 その件に関しても、自分は藍田先生から多くのことを学ばせていただきました。先生は、この後継者問題に対してもいち早く乗りだしていたのです。「江戸小紋」という技法のつくり手さんを、たくさん育てていた方なのです。

 先生はよく「今やらないと!」と言いながら、いろいろなチャレンジをしていました。後継者育成もそうですが、海外で展示会を行うなども。この技法の素晴らしさを世界へ、そして後世へ残したい気持ちが強かった現れです。「江戸小紋」の素晴らしさ、そして難しさを肌で実感している藍田先生だからこそ、できたことだと思っています。
 

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約3年前、藍田正雄先生(写真中)と一緒に。藍田先生が丹精込めて育てた愛弟子、藍田愛郎さん(写真右)と一緒に。

 
「江戸小紋」ばかりでなく、自分もいろいろな産地へ行かせてもらいましたが、どこも行ってもやはり、後継者がいないことが大きな問題になっていました。そして、それを目の当たりにすると、自分にとっても、それが課題になってくるんです。

 キモノはいまでは貴重なもの…年に一反しかできないものもあります。いまはその希少性で売れているかもしれません。ですが、現場では60代70代のつくり手さんが、それらをつくり上げているんです。60代が“若手”の職人さんと言われている産地もあります。 

 そんなときに、「(銀座もとじが)自分の代になったときにどうなるだろうか? もしかしたら、つくることができなくなっている反物もあるのではないか?」と、ふと不安になるときも…。そのためには、「既存の取り組みだけではなく、新たな方法でも伝えていかなくてはならないな!」と、考えるようになったんです。 

 このような後継者に対する危機感も、藍田先生の考えや、姿勢が自分のベースになりました。キモノを扱う若手としての責任を、強く感じるようになったのです。藍田先生としても「伝えなくては」という意思とともに、「後継者を育てることができる、良い環境をつくってくれ」という願いが働いたからに違いありません。現店主の父、弘明の倅として、期待していただいていたのかもしれませんね。

 2017年10月には、そんな「藍田先生をしのぶ会」を行うので、そのときに改めて先生の作品を、貯金を叩いて一反購入しようと思っています。衿を正す思いも込めて…。(次ページへつづく)

○職人さんが自信をもって仕事ができる環境をつくる

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この日、啓太さんのキモノも「江戸小紋」。柄は徳川家の定め柄である「お召十(おめしじゅう)」。黄味のかかったオフホワイト「練色(ねりいろ)」地が、一歩引いた趣ある品格を醸していました。

 
 キモノはスタイルが変わらないし、サイズの調整もある程度できるので、メンテナンスさえすれば一生着こなせます。なので、ぜひ皆さんにも着こなしてほしいですね。 

 キモノの素材の多くは絹です。そんなふうに“オールシルク”を身にまとうことは、世界的にも貴重な文化ではないでしょうか。いままでお話しさせていただいたように、関わる多くのつくり手さんたちの思いとともに、丹精込めて仕立てられた集合体のキモノ。それをお召しいただくだけで、心から気持ちよくなれると思うのです。 

 絹の肌触りは素晴らしいものです。さらに、この一着のキモノができあがるまでにそれぞれのつくり手さんたち込めた思いは、崇高なものです。そんな奥深いキモノ文化という物語の語りべとなることが、我々銀座もとじの使命だと思っています。

 現在、日本ばかりでなく世界で、このキモノの魅力に気づいてくれる方が徐々に増えていることを、ものすごく感じています。事実、キモノ人口は若干増えている傾向にあるんです。それはとてもうれしい状況なのですが、産地のつくり手さんたちは、それをまだ実感していない方も多い…。「このまま、キモノを着てくれる人はどんどん少なくなって、そのうちいなくなるのでは…」と思っている方も少なくないんです。そんな現在の状況を、つくり手さんたちに伝える役目も、我々は担っていると強く感じています。
 

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キモノ姿で、滋賀県にある南久ちりめん株式会社へ出張する啓太さん。

  
 自分は産地に行くとき、特に初めて訪れる場所には、必ずキモノを着ていきます。キモノをつくっている方に、キモノを実際着ている人がいるということを見ていただくことも重要だと思っているからです。それによって、これからのキモノづくりのイメージも沸いてくるでしょうし、なにより、キモノを作るモチベーションを上げられるかなと思っています。

 こうした産地のつくり手さんたちと、キモノを着こなしている方のズレを可能な限りなくすことこそ、「銀座もとじ」がもつ責務だと思っています。そんな思いをカタチにしたた取り組みが、いくつかあります。まずご紹介したいのが、店主である父の出身地でもある奄美大島、その特産品の「大島紬」を活性化するための取り組みです。(次ページへつづく)

○着物を「着てみたい」から、「着てもらいたい」へ

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「あなたが選ぶ大島紬」の表彰も兼ねて、奄美大島にて講演をする啓太さん。

 
 このプロジェクトを進めていく上で一番大切だと考えているのが、職人さんたち一人一人に自信をもって仕事をしていただくことです。そこで、「銀座もとじ 男のきもの」の並びにある「銀座もとじ 大島紬」にて毎年12月、「大島紬」の作品を10点ほど並べて投票していただく「あなたが選ぶ大島紬」という会を行うようにしました。

 価格も機屋(はたや)さんの名前も伏せてです。「あなたはいま、一番着たい大島紬はどれですか?」という問いに対する投票をいただきます。お客さまも東京だけでなく全国にいますので、店舗だけでなくインターネットでもできるようにして、投票を受け付けるカタチにしました。 

 このプロジェクトの第一の目的は、「お客さまの生の声を産地に届けよう」という試みです。そして、投票結果で1位から3位を決めて、奄美で、その声を届けながら表彰式を行うというものになります。それも機屋の親方ばかりでなく、その反物に関わるすべてのつくり手さんたちやお客さまに参加していただき、「いま銀座もとじに来てくださるお客さまは、こんな色でこんな柄を求められているんですよ」と、伝える機会にしています。そういったことで、これからのものづくりにヒントしていただければと願い、大切な行事として毎年行わせていただいています。

 つくり手さんたちとお客さまの架け橋となることこそ、我々「銀座もとじ」が大事にすべきことですから…。そこでキャッチボールができるようになれば、「キモノもいい試合ができるようになるんじゃないか」と考えるようになりました。それも藍田先生を代表とした、様々なつくり手の皆さんに直接出会い、そして、話を交わすことによってこそ実施できたことだと思っています。

 この「大島紬」の品評会はもともとうちの店主が考えたものなんですが、いまでは自分も加わって、様々なアイデアを出し合っています。もっと互いの思いが通じるような企画ができないかと…。

 
 そして次にご紹介したいのは、うちは農家と契約をして蚕を育てる段階からの、ものづくりを行っているんです…。
 

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店頭に飾られていた「プラチナボーイ」の繭。

 
 この「プラチナボーイ」がそうです。約12年やっているものになります。

 この「プラチナボーイ」は1968年に雄蚕のみを得るアイデアを閃いた大日本蚕糸会・蚕業技術研究所の大沼昭夫氏が研究を重ね、2005年に誕生した新しい品種の蚕になります。

 雌の糸は太く、雄の糸は細いことから、雌繭と雄繭との混合から糸を紡ぐのが普通の糸作りなのですが、「プラチナボーイ」の誕生によって、雄繭から良質の細い糸を集めることでき、均一に糸が紡げることになったのです。そして紡がれた糸は、感触もよければ風合いもいいと絹織物専門家の評判を得て、今日に至ったものになります。

 とは言っても、まだまだ新しい品種の蚕。育てるのは、いままで以上に大変なわけです。蚕の育成というのはワインづくりのようなもので、蚕の品種ごとに育て方も違うんです。蚕部屋の温度など環境によって、糸の質も変わってきますので…。 

 しかも「プラチナボーイ」は、前例もない新品種の蚕。なので、養蚕農家の方々も試行錯誤を繰り返しながら、根気強く日々対応してくれたからこそ、こうして成功しているのだと思います。

 このように、「プラチナボーイ」のプロジェクトの現場に自分も携わるようになって、本当に勉強になりました。見事な反物をつくり上げる仕事というものは、蚕を育てる養蚕農家の方々の丁寧な仕事から始まり、各つくり手に引き継がれていく…。そして、それぞれのつくり手のベストを尽くし、完成する。それぞれのつくり手の皆さんの心も紡がれ、一反の反物が完成するのだという気づかされたのです。

 そこでひとつのアイデアが生まれました。いままでは、それぞれのつくり手さんがそれぞれの思いで現場を取り仕切って、その場で最高の仕事をしてきました。その思いをここで束ねることができれが…、「最初から同じゴールに向かってつくることができれば、もっと良いものができるのではないか」と。(次ページへつづく)

○キモノ文化を未来へつなぐためのアイデア

 そこで「銀座もとじ」として考えた取り組みだ、反物の端の貼る証紙にそれぞれのつくり手の方々の名前を入れることだったのです。
 

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プラチナボーイから紡がれた糸で織られた大島紬。それぞれ携わった方たちの名前が綴れています。

 
 いままでキモノというと、注目されるのは最終工程である「織り」を任された「機屋(はたや)」さん、または「染め屋」さんにばかり光が当たっていました。その前の養蚕、糸づくりなどに対して気にされる方はいなかったんですね。

 キモノというものは、そもそも蚕を育てる人がいて、糸をつくる人がいて、そして染める人、さらに織る人がいて、でき上がります。それぞれの工程のつくり手さんたちは、身につける人から遠ければ遠いほど、「キモノ」という完成形を目にすることなく仕事している現状があります。 

 この「大島紬」の糸は「プラチナボーイ」でできていて、養蚕農家の石川さんが育てた蚕の繭から誕生したものです。以前、石川さんに「石川さんが作った繭は、こんなキモノになりましたよ」と、できあがったキモノを見せると、ものすごく喜んでくれたのです。「50年間蚕を育ててきたけど、でき上がったキモノを見るのは初めてだ」とおっしゃりながら…。

 そこで石川さんは喜びとともに、確かな自信を得たのだと思います。そしてその自信は、モチベーションアップにもつながったのだと思っています。事実、石川さんは喜びの涙とともに、「もっと良いものをつくるようがんばります!」とおしゃってくれました。
  

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初めて自分の育てた蚕でできた着物を手にした、養蚕農家の石川さんご夫婦。

 
 それは石川さんばかりでなく、この「プラチナボーイ」という蚕を開発した大沼先生から、繭から糸を紡ぐ碓氷製糸の皆さん、製造する益田織物の皆さんも同様の思いをしてくれているはずです。そうして今では、本当にいいチームとなっていますから…。

 そのチームは「“絹を未来に”プラチナボーイ研究会」と名を打たせていただいておりますが、2015年には農林水産大臣賞、さらに日本農林漁業振興会会長賞も受賞させていただきました。これも、それぞれのつくり手の皆さんが自信を得て、チーム一丸となって、「よりよいキモノをつくろう」という思いでひとつになれたからこそだと思っています。(次ページへつづく)

○思いをひとつに。そこから生まれた自信から  キモノの心は未来へと受け継がれるのでは…

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「プラチナボーイ物語」では、啓太さん自ら説明も行っています。 

 
 このことによってキモノの完成度が上がっていくと同時に、後継者問題に対しても微力ながら貢献できかなと思っています。

 たとえば養蚕農家の方々のお孫さんたちが、「わたしのお祖父ちゃんは自慢のお祖父ちゃんだよ。わたしもお祖父ちゃんのようになりたい!」って言ってくれるようなりました。そこで「なんで?」と聞くと、「わたしの名前をインターネットで検索しても出てこないけど、お祖父ちゃんの名前はたくさん出てくるから…」と(笑)。「わたしもそうなりたい!」と言ってくれるようになったのです。

 この証紙の取り組みのように、つくり手の皆さんの名前を載せることによって、その人たちが輝きを増してゆく。その美しい輝きに、多くの人の目がそこに集まってくる。そうすることで「後継者も増えていくのだなぁ」と、確認できた施策となりました。 

 この取り組みによって、キモノ文化を未来へ継承していくためには「現状のつくり手の皆さんにスポットライトを当てることこそ大切」ということが確認できました。つくり手の皆さんに光を当てることで、多くの皆さんが目にすることができる。そこから様々なな物語が始まっていくのだと…。

 そこで自分が新たに進めているプロジェクトが、「プラチナボーイ物語」というものになります。これは「プラチナボーイ」を育てるところからキモノができ上がるまでの物語を体験しながら、世界に一つだけのキモノを仕立てていだだこうというプロジェクトになります。 

 養蚕体験から製糸体験、製織体験と3回の現場見学ツアーを行って、白生地完成後に色決めを行って、キモノを仕立ていくまでを現地体験しながらキモノを仕立てていくという体験型のパッケージになっているものです。

 これは、自分の白生地屋さんでの修行体験がアイデアソースになりました。自分が想像した以上に白生地屋さんの仕事は、大変苦労の多い内容だったのです。どうせ「機械織りだろ」なんて、生意気でした…(笑)。でも、現場にいったらまったく違ったのです。その工程はとても複雑で、ひとつひとつの工程にものすごくストーリーがあって、さらに、その工程を担うつくり手の皆さんとでき上がったときの喜びを分かち合ったとき、とても感動したのです。 

 そこで、そんなストーリーをお客さまと一緒に現場で共有し、自分のキモノを仕立てることができたら、「これ以上素敵なことはないのでは?」と思って、このプロジェクトを実施しました。

 蚕を育てること、その繭から糸をつくること、さらにはその糸から白生地を織るところまで体験していただき、お客さま自身がその物語の主人公になっていただきます。そうすることで、世界でたった一つのキモノを手にしていただきたかったのです。
 

Plant, Leaf vegetable, pinterest

「プラチナボーイ物語」で同行したときの啓太さん。お客さまと一緒に、養蚕農家で桑の葉の餌やりを行う。

 
 商品を販売するだけではなく、キモノの裏側にある物語を体験していただく機会も提供することも、「銀座もとじ」のすべきことだと考えたのです。その反物の証紙のところにも、「主」としてお客さまの名前を記載させていただきました。さらに、ツアーすべてにカメラマンが同行して、写真で記録していきます。そしてキモノができ上がったときには、その写真を集めて一冊のアルバムを作るのです。そのアルバムと一緒に、お客さまにご注文のキモノの完成品を納品する流れになっています。

 この施策によって、キモノを注文していただいたお客さまはさらなる感動を得て、そのキモノに対していままでの以上の愛着を抱いてくれるようになるでしょう。そして、その主の息子、孫、ひ孫へと、後世に向かって、大切に受け継がれるのでは…と思っています。 

 さらに、その証紙をほかの家族の皆さんが見ることで、「キモノってこういう人たちによってつくられるんだぁ」と感心を抱かせるチャンスにもなるかと思っています。それで興味をもったくれた方が「養蚕農家ってなんだ?」と思って、インターネットで調べたりする。その積み重ねによって、キモノへの興味を抱いていただく機会を増やしていくことも文化を継承してためのひとつのキーになるのだと思っています。

 このように、今を生きる人たちにキモノ文化を継承していくプロジェクトを考えていくのが、今後、自分がすべきことだと思っています。「金は錆びない」という言葉を懐に…。こらからも「銀座もとじ」の倅として、新たなチャレンジをしていくつもりです。皆さんもこれを機会にキモノに興味を抱いていただいたなら、まずは、ここ「銀座もとじ」にお気軽にお立ち寄りください!

 皆さんでこの素晴らしい日本の宝、「キモノ」を後世に継承していけたら幸いです。(次回はKIMONO基本の「ほ」へ/公開は10月2日予定) 

取材協力/銀座もとじ 男のきもの

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住所/東京都中央区銀座3丁目8−15
   APA銀座中央ビル 1F
TEL/03・5524・7472
FB/「銀座もとじ 男のきもの」公式FB

※現在、~2017年9月18日(月)まで、
「銀座もとじ 和織」「男のきもの」「大島紬」にて
「見て、聞いて、触れて、心で感じる 大島紬展」
を開催中です。2017年9月16(土) 10:00〜には、
「ぎゃらりートーク会」を開催。詳しくは下記より。
http://www.motoji.co.jp/news/detail1991.htm

2017年9月19日(火)〜24日(日)には、
「銀座もとじ 大島紬」に
プラチナボーイ「蚕」が再びやってきます。
詳しくは下記より。
http://www.motoji.co.jp/news/detail1987.htm

Photograph/Yohei Fujii
Text & Edit/Kazushige Ogawa