ロレックスはいかにつくられるのか? ロレックス社秘密の本社へ潜入
腕時計業界をけん引しつづける「ロレックス」。今回、特別に取材許可を得た中東版『エスクァイア』が、固く閉ざされた本社の扉の内側へと足を踏み入れました。世界最高の腕時計が生まれる現場(製造工場)で、私たちが目にしたものとは?
ロアルド・ダールが1964年に著した名作、『チョコレート工場の秘密』はご存じでしょうか?
物語の中で子どもたちは、ゴールデンチケットが入ったチョコレートを当てるため、ありったけのお金をつぎ込んでチョコレートを買い求めます。そして、ゴールデンチケットを手に入れることができれば、とびきりおいしいチョコレートをつくる工場に招待されるというストーリーになっています。
ロレックス社秘密の製造工場へ
風変わりな紳士(?)ウィリー・ウォンカが運営するこの工場は謎に包まれていて、部外者は決して立ち入ることができません。「あのチョコレートは、どのようにしてつくられているのか?」、人々は扉の向こうで起きていることが知りたくてたまらなくなるわけです。
さて、私たちは『エスクァイア』は…。
確かにチョコレートには目はありません。ですが、どちらかと言えば、スイーツよりアクセサリーに興味がそそられるわけです。ラグジュアリーなアクセサリーなら、なおさら。そんな編集部に1通の招待状が届きました。それはまさにゴールデンチケット。それはスイスから送られて来た、ロレックス本社への招待状だったのです。
鋳造工場を所有するロレックス社
写真/ロレックスの技術を結集した、ブルー パラクロム・ヘアスプリングを取りつけたテンプ(時計における調速機構の重要な一部)。
ロレックス社の内部への取材は、非常にハードルが高いことで知られています。
今回私たちは、ロレックスの製造拠点すべての取材を許されたのですが、これはドバイとアラブ首長国連邦北部においてロレックスを取り扱うライセンスを取得し、ロレックス社と60年以上にわたる関係を築いてきたAhmed Seddiqi & Sons社の尽力が大きかったことを記しておきましょう。
多くの人は、1本の腕時計に100万円もつぎ込むなんて、「浪費が過ぎる」と考えることでしょう。ですが一方で、「世界では毎日約2000本ものロレックスが売られている」という話もあります。ロレックスはスイス、そして世界の腕時計製造業界を率いてきたというだけではなく、「オイスター パーペチュアル」や「サブマリーナー」「GMTマスターⅡ」「コスモグラフ デイトナ」といった、個々のモデルたちも名作としての地位を確立しています。
では、黄金のクラウンを冠した時計たちが、これほどまでに人々を引きつけるのはなぜなのでしょうか? この疑問に答えを出すためには、ロレックスの閉ざされた扉の中に隠されたままの、妥協なき最高品質への追求について知る必要があるのは間違いありません。
他の高級腕時計メーカーとは異なって、ロレックスは腕時計に必要な多くの部品、つまり、セラミックベゼルからブレスレットを構成する個々の部品、ヘアスプリング、それにムーブメントに使用する潤滑油に至るまでを自社製造しています。さらには、自社でゴールドまで鋳造しているというから驚きです。
聞き違いではありません。
そう、ロレックスはゴールド自体も自社でつくっているのです。素材としてスチールとプラチナをサプライヤーから調達しているものの、部品に関しては、自社で製造しているわけです。24ct(kt)のゴールドは納入された後、社内の施設で18ct(kt)のイエローゴールドやホワイトゴールド、あるいはロレックスが独自に開発し特許を取得した18ct(kt)ピンクゴールド合金「エバーローズゴールド」へと生まれ変わります。自社内ですべての加工を行うことで、高いクオリティーを確保しているわけです。
ちなみに自社内に、鋳造工場を所有する腕時計メーカーは他に例をみません。
ロレックス創業者のハンス・ウイルスドルフの高い先見性
写真/ダイアルに植字するローマ数字。数字の4には “IV”ではなく、より古い歴史をもつ“IIII”が採用されています。
ロレックスが置かれた現在のポジションは、スイスの腕時計メーカーの代名詞と言っても過言ではないでしょう。しかし実は、創業者のハンス・ウイルスドルフはドイツのバイエルン州生まれ。1900年初頭に腕時計製造の世界に足を踏み入れました。1905年、24歳の彼はロンドンで時計販売の専門会社を設立し、手首に着ける時計の構想を描き始めることになります。
当時は、懐中時計が主流だったにもかかわらず、ウイルスドルフは20世紀に向けて、時代が移り変わるなかで腕時計が持つ可能性を予見していました。精度を高め、十分な防水性能と堅牢性を確保することで、腕時計が懐中時計に代わる存在になるという確信をもっていたわけです。
その後、スイスのラ・ショー・ド・フォンに移り住み、1920年にはジュネーブでモントレ・ロレックスSAを設立。「ロレックス」という名前は5文字以内で、どんな言語でも発音がしやすく、記憶に残りやすい。そして、時計のダイアルとムーブメントに刻印したときに美しく映えるという理由で考案された文字組みになります。
ウイルスドルフの先見性は、創業後もロレックスの中でも貫かれていきました。
1926年には貝の形状から着想した世界初の防水腕時計「オイスター」を発表、そして、1931年には自動巻きメカニズムを持つ「パーペチュアル」ローターを、世界で初めて開発したのです。この独創的な機構は、現在のあらゆる自動巻き腕時計の原点となりました。このようにしてロレックスは、腕時計製造を支える技術に革命をもたらし、さらにそのクオリティーを比類なきレベルまで押し上げてきたのです。
1990年代中頃、ロレックスは組織構造を根本的に見直すことを決意。
当時のCEOパトリック・ハイニガー主導のもとで、腕時計の設計・開発・製造のプロセスのすべてを自社内で行うこと、つまり垂直統合を進めました。これによってロレックスは、主要なサプライヤーたちを買収。さらに、ジュネーブとビエンヌに4つの製造拠点を新設または改装し、エンジニアやデザイナー、そして、様々な分野の専門家たちが密接に連携することができる環境が生まれたのです。
2018年時点で、時計のムーブメントはスイス北部の街ビエンヌで、ジュネーブ郊外のシェーン・ブールではダイアルと貴石のセッティング、ケースとブレスレットはジュネーブ郊外のプラン・レ・ワットでつくられ、最終的なケーシングと検査をジュネーブ中央部アカシアに構える本社で行っています。
ロレックスのムーブメントに息を吹き込む施設
写真/ビエンヌの巨大な自動在庫管理システム。ロレックス専用に調合された合金は20を超えるプロセスを経て、ムーブメントを構成する様々な部品となり、このシステムで保管されます。
ハンス・ウイルスドルフは、確かな目で未来を見据えていました。ですが、自身が設立した会社が約100年後、どのように運営されているのかを知ったら息をのむことでしょう。
プラン・レ・ワットの施設だけで面積は2万4000平方メートル、その中を1.5キロメートルにわたるレールが通っており、ロボットが自動配達システムを介して時速10kmで施設中を動き回り、1時間で2800もの部品がやり取りされています。注文から配達までの時間は、最大8分ということ。このシステムは、ハイニガーの垂直統合の構想の中核に据えられたものでした。
時計を動かすエンジン、つまりムーブメントに息を吹き込むのはビエンヌにある施設です。ロレックス専用につくられた合金は、コイルやバー、シートといった形状で納品され、その後切断され、さらに鋳造され、またさらに…20を超えるプロセスを経て、ひとつの部品として命を与えられます。加工に使われるツールもまた、自社製造されているという点にもロレックスが持つこだわりが反映されているのです。
毎日、何千もの部品が製造され、バスケットに入れられ、自動洗浄されます。そしてひずみを取り除き、それまでのプロセスでできた傷などを取り除くため、200℃で4時間加熱した後に巨大な自動在庫管理システムへと入れられます。
ロレックスの驚異的な技術を象徴する部品のひとつが、人間の髪ほどの細いヘアスプリング。これがテンワ(機械式時計で振り子の役割を果たす部分)に取りつけられることで、振動子が規則正しく振動します。現在、ロレックスの腕時計の多くのムーブメントには、自社製造のブルー パラクロム・ヘアスプリングを採用しています。
自社内でニオブとジルコニウムを2400℃の熱で融解し、酸素を加えることで、およそ30㎝ほどの合金のバーをつくります。それを髪ほどの細さにし、3キロメートルほどのワイヤーがつくられます。さらに、そのワイヤーを約50ミクロンの厚さのリボンに平たく加工します。こうして耐磁性に優れ、従来のヘアスプリングに比べて約10倍の耐衝撃性を備えたヘアスプリングが生まれるわけです。
ロレックスが2000年に発表した「コスモグラフ デイトナ」の新モデルには、100%自社開発・製造されたクロノグラフムーブメントが搭載されました。ですがそこには、パラクロム・ヘアスプリングも使われています。以降、パラクロム・ヘアスプリングは徐々に、男性用の「オイスター」モデルに取り入れられていったわけです。
設計から製造まで自社で行うロレックス
写真/美しく色づけされた「オイスター パーペチュアル」のダイアル。ダイアル製造も、ロレックスは設計から製造まで自社で行います。
1926年に発表された「オイスター」の先進性は、なんといってもベゼルと裏蓋、リューズがミドルケースにねじ込まれた特許取得のシステムを備えた、世界初の腕時計用の防水ケースにありました。
ロレックスのイノベーションに対する情熱は、今日でも衰えることはありません。
社内に設置された数々の研究室では、新モデルの腕時計や部品の研究だけではなく、製造をより効率的・効果的にするための技術に関する開発も進められています。視覚的に興味深いのは、化学研究室でしょう。経験を積んだ化学者が集まった研究室には、様々な液体やガスが入るビーカーや試験管が並んでいます。ここでは油についての研究が進められていて、製造過程で使われる潤滑油の開発が行われているということでした。
電子顕微鏡やガス分析計がいくつも用意されている非常に広い研究室では、金属をはじめとした素材を扱います。素材の細部を観察し、その特徴や機能を研究して製造技術の改善に役立てるわけです。
もちろん、腕時計自体のための研究室も設けられています。ストレステストルームに、興味を引かれる人も多いのではないでしょうか。
ここでは専用に開発されたロボットが、落下テストやクラスプの開閉テストを繰り返し、腕時計が極限の状況で扱われる様子をシミュレーションすることで、ムーブメントやブレスレット、ケースの耐久性を調べています。これを見れば、ロレックスが一生の買い物になるという考えが、あながち間違ってはいないことだと確信できるはずです。
着用率は過半数、ロレックスの時計に誇りをもつ社員たち
写真/人間の髪ほどの細いヘアスプリングを、テンワに取りつけている様子。
ロレックスが所有する製造施設の規模や、そのシステムの複雑さを知り、読者もロレックスのロレックスたるゆえんをうかがい知ることができたのではないでしょうか? さらにジュネーブのアカシアにあるロレックス本社で行われていることを目にしたら、その思いは確信へと変わることでしょう。
白衣を着て防じんの気密室を進んでいくと、一定の間隔で空気を入れ替える環境管理ゾーンにたどり着きます。
そこは技術者たちが、製造工程の最後を締めくくるケーシングを行う場所です。ここにすべてのパーツが運ばれ(この時点ですでにムーブメントは、スイス公認クロノメーター検査協会[COSC]の認定を得ている)、技術者の一団が針をつけたダイヤルとムーブメントをケースに設置し、ローターとともに裏蓋に取りつけます。そしてケースを登録し、シリアルナンバーを刻印して、完成品は最終検査にまわされるのです。
外部機関が行う検査のほかに、ロレックスはジャン・フレデリック・デュフォーが第6代CEOに就任した2015年に、すべての腕時計に対して、自社独自の認定制度を導入しました。ケーシング後の腕時計は最終検査後、“Superlative Chronometer”(高精度クロノメーター)の認定を受けることに。この検査では精度(日差-2〜+2秒と、COSCの2倍の精度が求められる)、パワーリザーブ、防水性能などが検査されます。
特に世界初の防水腕時計としての称号を得た「オイスター」モデルには、ふたつの防水性能検査が課せられています。ひとつはケース、もうひとつは完成品としての検査になります。
本社にあるスチール製の巨大タンクで行われ、ある一定の圧力が繰り返しかけられます。「オイスター」はひとつひとつ水中に入れられ、保証された水深での水圧を10%、ダイバーズウォッチの場合は25%も上回る水圧にさらされるのです。
ロレックスの社内を歩いていると、従業員の半数以上がロレックスを身に着けていることに気づきます。「それは社則なのか?」と聞いてみたところ、彼らは「ロレックスの製品は、会社から提供されるわけではない」ということ。腕に光るロレックスは、従業員たちの会社に対する忠誠心を表しているかのようでした。
きっとそれは、その1本の腕時計にどれだけの思いと時間が詰め込められているのかを、彼ら彼女ら自身が知っているからに他ならないでしょう。まさにプライドです。
ジュネーブのアカシアにあるロレックス社の本部
写真/ジュネーブ、アカシアにあるロレックス社の本部。ビエンヌとシェーン・ブール、プラン・レ・ワットといった拠点で製造された部品が集められ、ケーシングや最終検査などが行われます。
多くの人にとって、「貯金のほとんどを1本の腕時計に費やすなんて、浪費でしたない」と思うことでしょう。
しかしながら、4カ所の製造拠点の中を実際に歩きながら私たちは、ロレックスにはそれを上回る価値があると再確認できたのです。ロレックスの腕時計に秘められた長い歴史、そして、その製造を支えるシステムの規模や質の高さを考えると、畏敬の念さえ感じるのです。
ひとつの独立した企業が、垂直統合を行うということは非常に偉大なる決断であり、多大な資金を要したことでしょう。ですが、こうして構築された巨大な自社内のシステムの中で、設計・開発・製造を行うことによってロレックスは、比類ないレベルのクオリティーの製品を世におくり出すことに成功したのです。
いまや最高品質を誇るこの腕時計たちが、クラウンを冠していることに対し、疑問を呈する人など誰一人いないはずです。
話を最初に戻しましょう。
ロアルド・ダールが描くウィリー・ウォンカの不思議な世界は、子どもたちのためのファンタジーかもしれません。ですが、外部の動向に動じず、超然とした姿勢を貫き、世界トップの製品を製造し続ける組織という意味では、ロレックスと相通ずるところがあるのではないでしょうか。それがチョコレートであろうと、腕時計であろうと大差はありません。
映画『夢のチョコレート工場』(1971年)で、ジーン・ワイルダーが演じたウィリー・ウォンカが発した言葉を、ここで再確認しましょう。
「美しいものは、永遠の喜びなんだ」です。
From ESQUIRE ME
Translation / Chisato Yamashita
※この翻訳は抄訳です
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