フランス映画芸術技術アカデミー(Académie des Arts et Techniques du Cinéma)が主催する、フランスにおける「アカデミー賞」と言うるセザール賞(César du cinéma français)で女優賞を2度(助演・主演)獲得。世界中で絶賛され、2019年にカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞した『燃ゆる女の肖像』の演技で、改めて国際的認知度を上げたアデル・エネルが34歳の若さで俳優引退を宣言しました。

"the unknown girl la fille inconnue" photocall the 69th annual cannes film festival
Dominique Charriau//Getty Images
2016年カンヌ国際映画祭にて、ダルデンヌ兄弟と。

2023年5月9日発売号の『テレラマ』誌に寄せた手記でエネルは、スクリーンから姿を消すことを発表しました。その理由は、フランス映画界にはびこる性犯罪者の「擁護」への抗議。この抗議は2020年のセザール賞授賞式の時点で始まっていました。その年、セザール賞はアメリカで法廷強姦(当時13歳の少女との性行為)で有罪判決を受け、同国を脱出したロマン・ポランスキーに監督賞を授与したのです。発表の瞬間彼女は、「恥を知れ!」と式典の真っ最中にもかかわらず会場を後にしました。これは大きくニュースとして取り上げられ、以来、ドキュメンタリーなどわずかな仕事を除き、画面から姿を消していました。

alternative view cesar film awards 2020 at salle pleyel in paris
Francois Durand//Getty Images
2020年2月、セザール賞授賞式会場から出るアデル・エネル

「なぜ映画の仕事をしないのか?」と同誌から投げかけられたエネルは、フランス映画界の「今いる状態で満足して改善しようとしない状態に対する抗議」と語っています。非難の対象となる具体的な事件としては、大御所俳優ジェラール・ドバルデューの少なくとも15人の女性に対する性暴行告発、映画助成機構CNCのトップ、ドミニク・ブトナによる少年に対する性的暴行捜査、そしてロマン・ポランスキーの事件を挙げています。

仏映画業界に対し、「皆、ぬるま湯に浸かっている(tout le monde reste bien à sa place ※)」と指摘。危機的状況を見て見ぬふりをしていることを訴えているのです。実際、ポランスキーがいまだ「名監督」として映画製作を続け、賞を授与されるような状況は現在でも変わっておらず、ほかの容疑者たちも長引く捜査や裁判の間に「推定無罪」の下、これまでと変わらず映画業界で仕事をし続けています。

そんな状況を彼女はこう語っています。

「ブルジョアジー(お金持ちの権力者)が言論と資金の独占をしている現状に対し、私には自分の身体と誠実さ以外に武器にするものがありません。キャンセル・カルチャーという言葉の原義(もともと線を引いて文字を消す意であり、現在では平等などの観点から不適切な言動を否定し、ボイコットすることを意見する)通り、あなた方にはお金、力、権威があり、それを今もふくれあがらせているかもしれないけれど、私はもうこれ以上あなた方の傍観者にはなりません。私のほうから、あなた方をキャンセルすることにしたのです。私は業界から去り、ストライキに入ります。私はお金と権力の追求よりも、(この業界の)本来あるべき意義と尊厳を求める仲間たちに加わろうと思います」 

"portrait of a lady on fire" press conference
V E Anderson//Getty Images

彼らをキャンセルしないなら、自らこの業界をキャンセルする――。ハリウッド4大エージェンシーのひとつCAA (Creative Artists Agency)と2020年に契約し、「さらなる活躍が約束されていた」と言っても過言ではない実力派女優が、自分のキャリアと引き換えにフランス映画業界の「性犯罪擁護」や「放置」を全力で解決しようとする姿勢を見せたのです、この行動はフランス国内だけでなく、『ガーディアン』など欧州メディアだけでもなく、『ハリウッド・レポーター』『ヴァラエティ』など米国で大きなニュースとして取り上げられています。ですが、その一方で決して支持する声だけではありません。『フィガロ』のような保守系メディアからは、冷笑の対象にされていたりもします。

エンターテインメントにおける性犯罪、特に業界内で行われた行為への対応の甘さは、現在各国で問題になっている最中。今後、フランス映画界がどう反応するのか注視する必要があります。