追記最新情報:2022年12月6日(英国現地時間)、ラグビーのイングランド男子15人制代表のヘッドコーチであったエディー・ジョーンズ氏を成績不振のため解任したとイングランドラグビー協会(RFU)は発表しました。ジョーンズ氏はイングランド代表を、2019年W杯日本大会では準優勝に導くなど手腕を発揮しましたが、2023年のテストマッチでは通算5勝1分6敗と負け越しに…。とは言え、「ラグビーワールドカップ2023 フランス大会」の開幕まであと9カ月という状況の中で、これは大胆な決断と言えるでしょう。
ジョーンズ氏はかつてサントリーサンゴリアスのGM、監督を務め、2012年4月からの約3年半は日本代表のヘッドコーチに就任。ラグビーワールドカップ2015イングランド大会で南アフリカ戦勝利を含む歴史的3勝を挙げ、日本ラグビー界を大きく変えた人物でもあります。そんな彼は、古巣の東京サントリーサンゴリアスにディレクター・オブ・ラグビー(コンサルタント)に復帰したこともあって12月末に来日。
2022年12月24日に公開されたsanspo.comの記事で、自身の今後(の監督としての就任先)について、「クラブチームではなく代表チームになると思います。この2、3週間で明確になるでしょう」とメディアに語り、新たな代表チームの指揮に意欲を示しています。彼に対しては多くのオファーがあるとしたうえで、「日本からオファーあれば考えますが、話がないことには始まりませんので」と言及に留めていました…。
おそらく、これも代表監督になるタイミングの調整とも思われますが…この時点でひとまず次仕事は決まっていたジョーンズ氏。その次の仕事とは…世界のトップ選手を招待して編成するバーバリアンFCの監督です。2023年5月28日に、イングランド・トゥイッケナム競技場で行われる世界選抜戦の指揮を執ることが発表されています。
※下記からのインタビュー記事は、2022年12月2日(英国現地時間)に公開されたジャーナリストのアラステア・キャンベル氏による記事になります。
【目次】
- エディー・ジョーンズ経歴・人物
- 「ラグビーリーグ」と「ラグビーユニオン」の違い
- 肉体とメンタルのバランス
- ラグビーにおける階級社会
- 豪・英・日…それぞれの困難と違い
- "ハードマン"=エディー・ジョーンズ
- 「私は勝つのが好きだ」
- エディー・ジョーンズの助言者
- コーチングとは何か?
エディー・ジョーンズ氏が8年契約を結んだラグビー・イングランド代表チームのヘッドコーチとしての任期は(インタビュー時は解任より以前だったので)残り1年を切っていますが、1勝2敗1分に終わった「ラグビー テストマッチ2022 オータム・ネーションズシリーズ」イングランド代表の結果状況を考えると、もっと早く終わるかもしれません。
2023年2月には6カ国対抗戦が始まり、同じく9月8日~10月28日の期間にはフランスの9つの都市で開催される予定の「ラグビーワールドカップ2023」があります。
エディー・ジョーンズ経歴・どんな人物?
これまでに2度、監督を務めた代表チームをワールドカップ決勝へと導いたジョーンズ氏ですが、いずれも魔物に優勝を阻まれています。一度目はオーストラリア代表を率いたワールドカップ2003オーストラリア大会にて。クライヴ・ウッドワードOBE卿(元ラグビーユニオン選手兼コーチ)の采配とジョニー・ウィルキンソン(元イングランド代表ラグビー選手)のキックによって、イングランド代表にしてやられました。
次にイングランド代表を率いたワールドカップ2019日本大会では、フィットネスの差を見せつける南アフリカ代表にスクラムやモール、ラックでのプレッシャーおよびタックルの鋭さにやられました。
そして2022年11月、イングランド代表チームの拠点となる「ペニーヒル・パーク(Pennyhill Park)」でジョーンズ氏へのロングインタビューを敢行しました。彼は、「1度目の敗北から立ち直るのに、数年を要した」と語ってくれました。そして2度目の敗北のときに関しては、「年齢と経験のおかげで、うまく対処することができた」とも…そんなジョーンズ氏は現在、62歳です。
1960年1月30日オーストラリア・タスマニア州生まれ。メルボルン出身のオーストラリア人の父と、広島県をルーツに持つ日系アメリカ人2世の母の両親を持ち、彼自身も日本女性の妻ヒロコ夫人と結婚しているジョーンズ氏は1度目と2度目の敗北の間に日本でコーチを務め、日本のラグビーに革命をもたらすことに(言わずもがな)一役買った人物です。
イギリスを離れたら――「何があろうと絶対そうする」と断言するかにように――彼は次の「意味のある、革新的な」役割を探しています。また、子どもの頃にやっていたラグビーリーグ(13人でプレーするラグビー)のコーチになることを私(筆者キャンベル)が提案すると、彼は目を大きく輝かせていました。私もぜひ観てみたいものです、(あくまで私の個人的な意見ですが)優れたコードとなったラグビーリーグで!
ちなみにラグビーには、「ラグビーリーグ」と「ラグビーユニオン」の2つのコードがあり、日本で一般的に私たちが読む「ラグビー」は15人でやる「ラグビーユニオン」のほうです。
一方で「ラグビーリーグ」は、いわゆるラグビーフットボールから派生した新しい競技スタイルのラグビー。例えば1チーム13人(ラグビーリーグは13人制ラグビー)で対戦し、スクラムの押し合いなどは無い。
エディー・ジョーンズ長編インタビュー
ジョーンズ氏の両親が国際結婚であることは、彼の人生の、そして今回インタビューの重要なテーマとなっています。そのため、彼がいまだかつて、どこにいても居心地がいいと感じたことも、自分が完全に受け入れられていると感じたこともないようです――その経験は、労働者階級出身のオーストラリア人が極めて英国的なイングランドラグビー協会(RFU)の上流中産階級的な仕組みの中でやっていくには、たぶん役に立ったことでしょう。
またそのおかげで、彼の面の皮が厚くなったとも言えます。
自分のことで何を言われたり書かれたりしても、全く気にかけていないように見える著名人と話をするのは、実に新鮮です。実際に彼は――最も重要な意見をいつも言ってくれる、彼にとって地球上で数少ない人物の一人――シドニーに住む97歳の母親から言われたことしか、最悪の事態とは何なのかを学ばないようです。
「メンズヘルス」UK編集部アラステア・キャンベル(以下、編集部):プレーにしてもコーチングにしても、肉体(身体)とメンタル(心)のバランスはどうなっていますか?
エディー・ジョーンズ氏(以下EJ):私はそのふたつを切り離したことはありません。
私はオーストラリアで健康的な生活の中で育ち、常に運動をしていて、それをずっと続けてきました。このヘッドコーチという仕事はそれなりの重圧を伴うものです。トーナメントが終わると、回復するために休みを取りますが、それには常にハードトレーニングが欠かせません。
コロナ禍以前は、妻と一緒に沖縄のクロスフィット・キャンプに参加していました。沖縄は南国の美しい島で毎日2回のトレーニングを行い、リラックスして、楽しい時間を過ごし、より強くなって戻ってくるのです。
編集部:あなたのメンタルヘルスは良好ですか?
EJ:そう思いますよ。睡眠時間は多くありませんが、睡眠障害というわけではありません。
編集部:1日の睡眠時間は?
EJ:たぶん5時間くらいでしょう。可能であれば昼間に30分ほど仮眠をとります。自分がストレスが多い生活を送っているとは感じていません。ときどき退屈することがありますが、私がストレスを感じるのはそんなときだけです。
編集部:身体的なストレスも感じたことはありませんか?
EJ:ありません。幸いなことに、私は両親がうまく育ててくれたおかげで、とてもバランスのとれたものの見方ができるようになったのです。両親は普通とは異なった結婚(父親がオーストラリア人、母親が日系アメリカ人)をしており、母は周囲の人々から無礼な扱いを受けることもあったのにとても寛容でした。
編集部:母親は、かなりの人種差別を受けたのですか?
EJ:そうです。でも母は、その痛みを引きずったりしたことはありませんでした。私も同じです。誰かに罵られたり、メディアで騒がれていることがあっても、それを気に病んだりはしないんです。
編集部:自分の発言が、他の人にどんな影響を与えるか?を見失ってしまうようなときはありませんか?
EJ:それについて、考えたことはありませんね。他人がどんなことに気を病むかについては、前よりよくわかるようになっています。確かに若い頃の私は、あまり寛大ではありませんでした。とにかくみんなに、自分のようになってもらいたいというだけでしたね…。いまは、みんなの気持ちを考えています。
編集部:「自分のようになる」とはどういう意味ですか?
EJ:「やるべきことをやり遂げる。心配などしない。すぐに行動する。言い訳をしない」です。いま私が指導している選手たちは、(私の現役当時など、過去に比べ)はるかに多くの事柄が人生の中で起きています。そんな彼らはラグビー漬けの生活を送っているので、もしラグビーに何か問題があれば、それがすべてに影響します。
私が若い頃はスポーツは生活の一部であり、すべてではありませんでした。いま、「プロのラグビー選手になろうと思ったのは何歳ごろだった?」という質問すると、早い者は12歳ごろと答えるかもしれません。そして、もし挫折や怪我があったりすると、人生そのものが影響を受けてしまうのです。この点も、現在のスポーツ選手にとってメンタルヘルスが大きな課題になっている理由のひとつでしょう。
編集部:あなたが現役の選手だった頃、コーチは選手のメンタルヘルスについて考えていたでしょうか?
EJ:いいえ。もしやる気のない選手がいれば、それは「軟弱で、必要とされない選手」でした。今日では、まずいプレーや批判やメディアからのプレッシャーのせいで選手が味わう不安について、以前よりもっとよくわかっていますので彼らをサポートするようにしています。
編集部:私は、「メディアがあなたについてあれこれ言っていることを本当に気にしていないんだな」と感じています。気に病むことってないのですね!?
EJ:はい、そのとおりです。
編集部:選手にそのような姿勢があれば、もっと強くて優秀な選手になれるでしょうか? 選手たちがそうなるような手助けをしていますか?
EJ:そうすれば、間違いなくもっといい選手になれるでしょう。あなたの人生に最も大きな影響を与え、あなたが耳を傾けるべき唯一の人間は、あなた自身なんです。
編集部:でも、ちょっと待ってください、あなたはコーチなんですよ! 選手たちに、あなたの言うことに耳を傾けてもらいたくないんですか?
EJ:私は選手自身に、自分で自分を指導するようになってもらいたいんです。私は単なるガイド役ですよ。最高の選手はみんな、自分自身が自分の最高の指導者なんです。あなたには、あなたのバッグを運んでくれたり、特定の分野で手助けをしてくれる人がいるかもしれません。ですが、選手たちはみんな自分自身で自分のキャリアを築いていくのです。
編集部:それなら、あなたの仕事は何なんですか?
EJ:私はファシリテーター(効率的かつスムーズに、目標を実現化する方向へと導く進行役)です。われわれは非常に難しいゲームをやっています。フィールドにいる15人の選手が集まって、互いに互いを支え合っています。そこでわれわれは、「自分がベストをつくすことが、必ずしもチームにとってのベストではない」ということを理解できる環境へと導く必要があるのです。
チーム全体を助けるためには、自分を修正しなければならない選手もいるかもしれません。だからラグビーというゲームは、こんなに面白いんですよ。クリケットの場合は、ベン・ストークス(クリケット選手)やジェームズ・アンダーソン(クリケット選手)が走り、速い球を投げればいいんです。ですがラグビーでは、常にチーム全体の中での相互依存を認識しなければなりません。
編集部:ファンはそれを理解していると思いますか?
EJ:いいえ。それがチームスポーツの本質であることなのですが…それを理解することはいつだって一番難しいことなのです。
編集部:あなたが多くの批判を浴びたとき、ここは立ち止って耳を傾けるべきだと思うようなポイントはありますか? それとも、いつも聞き流していますか?
EJ:聞き流しています。理解するためには、ゲームに参加していなければなりません。なぜならコーチングは、大きく変化するものですから。
さきほどラウンジで、ひとりの子どもと話をしました。その子はチェルシーFCのサポーターのようで、今の監督はかなりのプレッシャーがかかっていると心配していました。わずか12カ月前には、彼を迎えたことでチェルシーFCは最高に盛り上がっていたのですが…。
昨日は、クリケットのコーチと一緒にいました。彼は「インディアン・プレミアリーグ(IPL=インドのプロクリケットリーグ)」で優勝しましたが、イングランドおよびウェールズのクリケット トーナメント「ザ・ハンドレッド」に所属するチームのコーチになると、とたんに勝てなくなりました。だから彼は、「自分は最高なのか、それとも最低なのか?」と悩んでいるのです。世の中には極端な考えがいろいろありますが、中道的な視点を持つ必要があります。人生は、極端に言えば最高と最悪の最低を連続体であり、人はその中で全力を出していかないといけないのですから…。
編集部:そして、その最悪の状態を個人への攻撃と受け取ってはいけない…ですね?
EJ:そのとおりです。
編集部:ではもし、クライブ・ウッドワードOBE卿(イギリスのラグビー指導者でコーチとして名高い)に酷評されたら……。
EJ:私は、彼をかわいそうな人だと思いますね。もし、そんなことしかすることがないのだとすれば、彼にはやることがあまりないのでしょう。
編集部:あなたは、ウッドワード卿のようなことをしますか? 自分の後任を批判するといったようなことを?
EJ:いいえ、そんなことはしないようにしています。他に方法がありますから…そんなことをする必要はありません。ロッド・マックイーンもスティーブ・ハンセンも、優れた指導者です。彼らは自らの残りの人生を、前向きに突き進んでいくだけなのですから。自分の交代する番が来たら、他の人に譲るだけですよ。
編集部:来年(2023年)は、間違いなくよそへ行くつもりですか?
EJ:はい。もともと4年だけのつもりで来たんです。そして2019年のワールドカップ決勝で負けましたが、私はまだ貢献できると感じたし、イングランドラグビー協会(RFU)もそう思ったので、さらに4年続けることで合意しました。
難しい仕事になるだろうということはわかっていました。なぜなら、チームを変える必要があったからです。私はそれを楽しんできました。素晴らしい役職ですが、同じ国で8年もやれば十分ですよ。
編集部:あなたは労働者階級の出身ですね。なぜ「ラグビーリーグ」ではなくて、「ラグビーユニオン」なんですか?
EJ:本来なら「ラグビーリーグ」なのかもしれません――私はリーグをプレイして育ちましたし、リーグが大好きでした。ですが、高校に行ってユニオンに転向したんです。
小さな学校でした。その学校に(マーク、グレン、ゲイリーの)エラ兄弟がいて、彼らがラグビーに変革をもたらしたのです。あるとき、シドニーにある私立の強豪校のセント・ジョゼフと試合をして私たちが勝ちました。私たちの高校はごく普通の学校ですが、ここが革命を起こして、この学校からオーストラリアの代表監督がこれまで3人誕生しているのです。3人とも労働者階級出身で、これが大きな効果となりました。私たちがラグビーを変えたんですよ。
編集部:「ラグビーリーグ」のコーチをやることを考えたことはありますか?
EJ:やる気はありますが、まだ誰からもオファーをいただいたことがないので(笑)。
編集部:それはなぜでしょう?
EJ:「ラグビーリーグ」と「ラグビーユニオン」は、全く別のスポーツと言ってもいいほど細かな違いがたくさんあり、そこに多くの時間を費やす必要が出てくるのです。以前、そういう仕事について話し合いを求められたことがありますが、まだそれに相応しい時期になっていないと思います。
編集部:あなたならできるでしょう。
EJ:私もそう思います。
編集部:ぜひやるべきですよ。あなたは「ラグビーリーグ」のどんなところが好きですか?
EJ:そのシンプルなところです。それから激しさ、スピード、技術、勇敢さ――。
編集部:オーストラリアにもイングランドと同じような、「リーグ」と「ユニオン」との間の階級区分はあるんですか?
EJ:全く同じというわけではありませんが、あることはあります。ミックスが進んだ特定の国々――南アフリカ、ニュージーランド、フランス――に対して、アングロサクソンの国々は階級的な要素を持っている傾向にあると思います。
編集部:RFUでは、自分がちょっと場違いなところにいるような気がしませんか?
EJ:そんなことありません。楽しくやっていますよ。
編集部:違っていると見られることを楽しんでいるわけですか?
EJ:わざわざ違っているようにしているわけではありません。
編集部:ですが、他人に何を言われようと気にしない、自分だけの小さな世界にいつまでもいられるとは限りませんよ。
EJ:私はどこにいても、「居心地がいい」と感じたことはこれまで一度もなかったと思います。
編集部:それはあなたが人種的にミックスだから?
EJ:確かに私はミックスです。オーストラリアで育ち、日本人の血が半分入っています。ですが、日本人というわけではありません。仕事で日本へ行ったとき、私の妻――彼女は100パーセント日本人です――が最高のアドバイスをしてくれました。
「みんながあなたを日本人として扱ってくれると思ったらダメよ」と…。彼女の言ったとおりでした。だからイングランドでの仕事も、私がやりたいと思った理由のひとつは、それがあまりにも違ったものだったからです。そしてそれを、私は大いに楽しんだというわけです。
編集部:あなたはこれまで、3つの国で代表監督をやってきました。それぞれどんな違いと困難がありましたか?
EJ:一般論として言えば、オーストラリア人はいわゆる生意気です。イングランドはそれよりは多少従順ですが強い意志を持っていて、その強い意志が正しい流れに乗ると素晴らしい結果が得られます。日本人は基本的にリードしてほしいと思う受動的な面を持っていますが、それもだんだん変わりつつあります。最近では日本の選手も、より多くの発言をするようになっています。
編集部:イングランドならではの困難さはありますか?
EJ:たぶん、イングランドでいちばん大変なのは、選手たちと一緒にいる時間が非常に少ないことです。選手たちはクラブに所属しており、クラブとRFUとの間にはややこしい関係があって、選手たちはその中間にいるわけです。こういった関係を理解するのは難しいものです。
編集部:次にやることはもう決めていますか? 今回がユニオンの最後の大仕事なんでしょうか?
EJ:私はいま62歳で、純粋にコーチングという点ではこれまで以上にいいコーチングを行っていると思います。常に完璧な結果が出ているわけではありませんが、これまでやってきたコーチングには満足しています。
今後は、本当に意味のあることをやってみたいですね。イングランドの仕事はとても楽しいもので、最初は少し救助作業のような感じでした。現在は立て直しを行っているところで、いい状態に仕上げられると確信しています。
日本は大成功で、勝利の味を知らない国であったところを変えることができました。次はたぶんもっと小さな国か、あるいはテコ入れを必要としている国でしょうか。
編集部:スコットランドはどうでしょう?
EJ:国内大会で、イングランド代表と戦うところのコーチはやりません。
編集部:あなたがイングランドの代表監督を辞めた後、オーストラリアとイングランドが対戦したら、どちらに勝ってもらいたいですか?
EJ:あまり気にしませんね。愛国心という点で言えば、私はオーストラリア人ですからオーストラリアに頑張ってもらいたいし、日本人にも頑張ってもらいたいわけですが、最終的には選手たちを愛しているので要は、知っている選手次第です。マロ・イトジェやオーウェン・ファレルがプレーしていたら、彼らを応援しますよ。
「ハードマン」としてのエディー・ジョーンズ
編集部:あなたが「ハードマン」と称される理由は、どこから生まれたのでしょうか?
EJ:私がときどきハードになることは確かです。
編集部:あなたが定義する“ハード”とは……。
EJ:おそらく、「改良を追求することにかけては妥協をせず、ベストの方法でそれを行う」といったところでしょうか。ですが、20年前にハードと見なされていたようなことは、いまでは受け入れられなくなっています。現在の選手に、当時と同じような話し方をすることもできません。
編集部:それはいいことですか、悪いことですか?
EJ:いいも悪いもありません。いまでも選手を導くことはできるし、同じメッセージを伝えることもできます。ただ、その方法が違っているだけです。
編集部:あなたが選手を壁に押しつけて、「いい加減にシャキッとしたらどうだ」と言ったりしても、選手のためにはならない感じですか?
EJ:そういう話し方ができる選手もいますが、だんだん少なくなっていますね。それに選手を壁に押しつけるなんて、私には無理ですよ(笑)。
編集部:“私立校のラグビーに対する影響力が、過度に甘やかされた選手を生み出している”という、批判とも取れるあなたの発言がちょっと問題になりました。真実を語ったことが、なぜ非難されたのだと思いますか?
EJ:私はそれを読んでいないので、どんなことを書かれたのか知りませんですが…。その発言の趣旨は、どうすればよりよい多様性が得られるか? ということなんです。
もしかしたら文脈を無視して、発言の一部分だけを抜き出されたのかもしれませんが、私は気にしていません。われわれがここでやったことや、伝統的ではないバックグラウンドから出てきて素晴らしいプレーを見せてくれている選手…エリス・ゲンジやカイル・シンクラーのような選手たちのことは誇りに思っています。
編集部:もし、すそ野を広げることができたら、イングランドはもっと競争が激しくなると思いますか?
EJ:100パーセント確実です。これはひとつのチャレンジです。オーストラリアにも同じことが言えます。私が(スーパーラグビーに参加するオーストラリアのラグビーユニオンチーム)クイーンズランド・レッズのコーチをやっていたころ、チームの全員が8つの私立校の出身者でした。いまは田舎から出てきた少年たちがその壁を打ち破って、それが当たり前のようになりつつあります。ここでもきっと、そういうことが起きるでしょう。
編集部:来年(2023年)に迫った「ラグビーワールドカップ2023 フランス大会」を前にして、イングランドの見通しをどのようにとらえていますか?
EJ:チェルトナムゴールドカップ(競馬の障害レース)にたとえるなら、前方に4頭――フランス、アイルランド、南アフリカ、ニュージーランド――の集団がいて、われわれはそのすぐ後ろにつけている5番手です。このままチームの改善を続けていくことができれば、いいポジションと言えるでしょう。
オーストラリアも先頭集団か、われわれと同じようなところにいます。かつてないくらいの混戦ワールドカップになると思いますよ。いまはフランスとアイルランドが好調ですが、状況に変化はつきものですからね。
編集部:決勝で敗れた前回、2019年のワールドカップで味わった失望感はどの程度のものでしたか?
EJ:ひどいものでしたよ。
編集部:そういうのを克服するのに、どのくらい時間がかかるものですか?
EJ:前回はバランスを保つことができたほうでした。万全ではないものの、なんとかやっていましたから…。でも、2003年のワールドカップ決勝で負けたあとは本当に最悪でした。もとの状態に戻るまで3年か…4年かかりましたよ。なにがなんでも勝ちたかったんです。私のコーチングがうまくできていなかったんですね。
編集部:コーチングがうまくできていなかったというのは、何を意味しているんですか?
EJ:チームを進化させることよりも、目の前にある何かを勝ち取りたいという私の欲望のほうが大きかったんです。これまでのワールドカップで勝ち上がるチームはほぼ同じ顔触れでいながら、大会連覇を達成したのは過去にニュージーランド(2011年と2015年)によって一度なされただけです。なので、決勝に進出しただけでもよくやったほうって言えますよ――そこまでたどり着けなかったチームが、18もあるんですから…。
でも、そこで負けてしまうと失敗したと見なされて、チームをつくり直さなければならなくなる。選手たちはモチベーションを失って、金に振り回される者もいれば、老け込んでしまう者もいます。
編集部:でも3~4年と言えば、かなりの時間になりますが、今でもがっかりしたり、落ち込んだりすることがたまにあるんですか?
EJ:イライラすることはあります。
編集部:うまくいかなかったときのことを思い出すんですか?
EJ:いいえ、それはただのフラストレーションです。そんなときはよく、問題があるのは自分ではなくて選手側にあるのではないか?って考え始めてしまったりもします。ですが、これは正しい考え方ではありません。
なぜならわれわれは常に、「どうすれば選手たちを輝かせることができるか?」ということを考えていなければならないからです。もし選手たちが輝き放たなかったとしたなら、それは私が何か間違ったことをやっているからなのです。
編集部:もし誰かが、2003年の決勝でイングランドを勝利に導いたジョニー・ウィルキンソンのドロップゴールの話を持ち出したとしたら、それはいまでもあなたにとっては心臓を突き刺す短剣のようなものなんでしょうか?
EJ:まあ、その話はみんなからよく聞かされますけどね(笑)。あなたの言葉を聞いただけでも、私の脳裏にはあのときの光景がはっきりとよみがりますよ。つまりあの大会は、ひとりのオーストラリア人になるための絶好の機会だったのです。私はワールドカップ開催国の代表監督で、ジョン・ハワード首相はわれわれのために壮行会を開いてくれました。
選手のひとりは私に、「この瞬間が永遠に続いてくれたらいいのに」と言ったものです。それで負けたのですから、それはそれはつらいものでしたよ。ですが、2019年のときはもっと早く立ち直ることができました。私は前回より年を取って、経験を重ねていたからでしょうね。若い頃は、経験から学ぶべきことを常に学んでいるとは限らないものです…。
編集部:「私は勝つのが好きだ」と「私は負けるのが嫌いだ」――あなたにあてはまるのはどちらのほうですか?
EJ:私は勝つのが好きです。
編集部:その答えは、私がこれまで質問してきたコーチや選手の中では、少数派だと思います。勝つことのなにがいちばん好きなんですか?
EJ:15人の選手を一緒にプレーさせて相手を上回ることで、すべての選手が互いに互いを理解し合い、すべてが一体になって機能するようにする……これがピタリとはまると、まるで素晴らしいシンフォニーの調べを満喫しているような感覚を得ることができるからですね。
編集部:それでも、あなたが2003年や2019年のワールドカップで優勝していたとしても、その興奮が3年も4年も続くことはなかったでしょう、そう思いませんか? つまり、勝利の喜びよりも敗北の痛手のほうが大きい――違いますか?
EJ:(アメリカンフットボールのNFLで)シアトル・シーホークスがスーパーボウルで勝利を収め、全員でトロフィーを手にしたときの話はご存じですか? コーチのピート・キャロルは、「われわれは目指したことを、成し遂げることができた」と言って言葉を切ります。そして誰もが、「われわれはトロフィーを勝ち取った」と言うだろうと思っていたところ、彼はこう続けたのです。「われわれは、ベストをつくすことができた」と…。ベストのプレーをし続けることで、われわれは自分のベストを見出そうとしているのです。
編集部:15人全員が最高のプレイをしたゲームが、これまでにありましたか?
EJ:それに近いものはありましたよ。2019年の準決勝、対ニュージーランド戦はほぼ完璧と言える試合でした。あの日のわれわれは、絶好調でした。また、日本対南アフリカの試合もです。完璧に近い試合は他にも何度かありましたが、完璧そのものという試合はまだ一度もありませんね。
編集部:私たちが試合を観戦しているときに、あなたたちがスタンドにいるのを目にするとファンはいつも思うんですよ、「あれで状況が把握できるんだろうか?」と。あなたたちが見ていることやわかっていることと、ファンが見ていることやわかっていることの違いは?
EJ:大きいです。
編集部:ショーン・ダイチ(イングランドのサッカー指導者)がいつも私に言うんですよ、「あなたはサッカーを知っていると思っているかもしれないが、その知識は私が政治を知っているのと同じ程度のものだよ。つまり、ないに等しいってことさ」と。それと同じようなことですね。
EJ:(笑)それを言っている彼の姿が思い浮かびますよ。
編集部:あなたと、「バブアー(Barbour)」のジャケットを着ている男(着ているような奴)との違いはどうでしょう?
「バブアー(Barbour)」は現代でもお洒落なアイテムとして人気が高く、1970年代頃からは英国王室御用達のブランドでハンティング、フィッシング、乗馬といった英国上流階級のアクティビティと密接にリンクしているブランド。1894年創業時は、ワックスで生地をコーティングされたジャケットはその優れた防水・耐久性から、実際は水夫や漁師、港湾労働者に広く使用されたブランドです。
EJ:大きな違いはバックグラウンドです。1週間の出来事、選手との関係、彼らの私生活での出来事も察知し把握しておく必要があります。家庭で何かが起きているかもしれないし、トレーニングで悪い出来事があるかもしれませんので。
われわれは選手たちのことを熟知して、彼らをベストの状態に仕上げ、彼らにこの環境を信頼してもらい、そこでベストを発揮してもらう必要があるのです。
編集部:ですが、選手たちのほうから見れば、あなたが選手たちに対して疑問を抱くようなものをオープンにすることにリスクを感じていませんかね? そのような正直さと信頼が、どうやって得るのですか?
EJ:2016年のオーストラリア遠征を前にして私はチーム全員に、「やらなければならない遠征に出発するが、たいへんハードなものになる」というスピーチを行い、「ヘラクレス並みの努力が必要だ」と言いました。
すると、話が終わったあとでジョー・マーラーが私のところにやって来て、「おれには無理だ、行けないよ」と言ったのです。そのとき彼は、いくつか問題を抱えていましたが、とても正直な男でもあるのです。よほど成熟した人間でなければ、「ベストを尽くすことは自分には無理だ」なんてことは言えませんよ。大概の選手たちに関しては、彼らの目を見てそれを判断します。
編集部:ラグビーユニオン以外のスポーツで、あなたのトップ・スリーは?
EJ:クリケット、ラグビーリーグ、競馬です。
編集部:賭けをやるのですか?
EJ:前にやっていたことがあります。長くやっていたわけではありませんが…。
編集部:サッカーは?
EJ:好きではありますが、私の性に合ったスポーツではありません。詳しく知らないんです。そこにあるドラマ性を楽しんでいるんですよ。
編集部:一流のサッカー・コーチを見ることから得られるものはありますか?
EJ:たぶん、ごく表面的なことだと思います。ジョゼップ・グアルディオラとユルゲン・クロップを観ていて、若い選手のマネージングが上手なのに感心しました。彼らはいつも非常にポジティブで、厳しいメッセージであってもそれをポジティブに伝えるんです。
試合前や試合後の様子からさまざまなことを知ることができますが、彼らがどんなふうに仕事をしているのかまではわかりませんね。それにはもっと深く入り込んで、多くの時間を一緒に過ごさないと…。
編集部:クラブのコーチと、国の代表チームのコーチではどちらが好きですか?
EJ:そんなの、比べものになりませんよ。代表チームに決まっています。ベストのプレイヤーたちをコーチして、彼らが大観衆の前でプレーするわけですから。ものすごく興奮しますし、それがその国民にとっても大きな意味を持つものですから。
オーストラリア遠征で好成績を上げて帰ってくると、みんながやってきて私の背中を叩きたがりました。逆にひどい試合をすると、彼らはそっぽを向いてしまいます。まるで私が人殺しでもしたみたいに(笑)。でも、スポーツを通じて、多くのことを変えることができます。
日本ではわれわれはプレーのやり方と見方を変え、それが国全体をも変えました。イングランドの女子サッカー・チームと彼女たちが成し遂げたことを見てください。彼女たちに刺激を受けた多くの女の子たちが、お母さんやお父さんに「わたしもサッカーをやりたい」と言うようになりました。
編集部:負けた選手たちの扱いは得意ですか? がっくりしている選手には、どのように接するんですか?
EJ:私はかなり上手なほうですよ。楽観的な気分を素早くつくり出す必要があります。問題点を特定して、その解決方法を見つけるんです。いいプレイができなかった選手に対しては、指導者の立場から急に出来の悪い選手になるわけではないことを理解させて、他のチームメイトに彼をサポートさせます。次の試合では、彼の活躍でチームが勝利するかもしれないわけですからね。
編集部:あなたが選手だった時代から、いちばん大きく変わったことは何だと思いますか?
EJ:最大の変化は、選手が試合の話をする時間が少なくなったということでしょうか…。彼らの生活には、やることが他にたくさんありますから。われわれはもっと話ができるような環境をつくる努力をしています。現在の選手の多くは、試合よりも自分自身のキャリアに励んでいるのです。
編集部:つまり、プロ化したことによって彼らは、アマチュアの頃ほど実際のゲームに熱心ではなくなったという逆説的な状況が生れたと?
EJ:そうです。私は彼らに、公園でボール蹴りに夢中になっていた6歳の頃に戻ってほしいのです。好きであるか好きでないか、この違いは大きいです。
編集部:好きであれば、より優れた選手になれますか?
EJ:はい、必然的に。
編集部:そしてキャリアがもっと長続きする?
EJ:そうです。
編集部:お金は選手を変えましたか?
EJ:それはさほど、大きくではありません。
編集部:ソーシャルメディアは?
EJ:これに関しては、選手たちにどれほど深い影響を与えているかを理解してほしいですね。彼らがまずいを試合をやったときに、どれほどひどい扱いを受けるか? あなたはご存じないでしょう。
そして彼らがそれをシェアしない限り、彼らがどんな目に遭(あ)っているかなど知りようがないのですから。なので、もし月曜日の朝に石を蹴飛ばしているような選手を見かけたら、そのことについて話すべきなのです。
編集部:「ラグビーをやったこともないどこかのボンクラの言ったことを、どうしてそんなに気にしてるんだ」と、声をかけるわけですか?
EJ:オーストラリアの水泳を題材にした、ドキュメンタリーを観たことがあるのですが…。その中で、若い選手がこんなことを言っていました。
「500人は、ぼくが“素晴らしかった”と書いてくれるかもしれない。でも、“ひどかった”と書いた人が一人いたら、ぼくはそっちのほうを一晩中考えてしまうんだ」と…。だから私は、読みません。それが頭にこびりついてしまって、なかなか忘れることができないでしょうから。
編集部:考え方を変えてみようと、その水泳選手を説得することはできますか?
EJ:もし彼の言っているとおりであれば、難しいですね。
編集部:つまり、面の皮が厚いあなたはラッキーということですね。
EJ:年齢のおかげですよ。若かった頃の私なら間違いなく新聞を読んで、書かれていることに影響を受けたでしょう。私の母は97歳で、全てに目を通しています。シドニーに住んでいて、私は母に毎朝電話をかけるようにしています。
すると母はこう言います、「新聞に書いてあることは本当なの? 言ったでしょ、汚い言葉を使ったらだめだって(笑)」。私はラッキーです。私の妻は私に関する記事を一切読みませんから。
指導者エディー・ジョーンズのメンター(助言者)
編集部:この人の意見が重要だと思うような人は、あなた自身とあなたの母上、そしてあなたの奥様以外に誰かいますか?
EJ:ニール・クレイグという、オーストラリアンフットボールのコーチがいます。コーチ経験が長く、私より少し年上です。彼はわれわれのハイパフォーマンス・ディレクター(組織成果最大化のため、ビジネス側を巻き込みながら競技全体の強化促進を図る人材)ですが、基本的には私の第2の目になってくれています。
編集部:メンターというわけですか?
EJ:はい。毎朝コーヒーを飲みながら、一緒に必要なことを検討しています。
編集部:これまでのキャリアの中であなたがチームから外してきた選手の数は数百人、もしかしたら数千人にのぼるはずです。それは簡単なことだったのでしょうか?
EJ:それはいつでも、一週間の中で最悪の仕事です。いつも「みんなのことが大好きだ」と言っておきながら、次に会ったら「そうじゃない」と言うようなものですから。
そこで私が学んだことは、それも言い方次第だということです。実は、外すことを伝えたあとの言葉は、彼らの耳に入っておらず、彼らが覚えているのは私がどう伝えたかということだけなんです。彼らは必ず傷つきますが、私が気遣いを示して希望を失わせない限りは、大抵は問題ありません。
編集部:永久に除外する場合はどうでしょう?
EJ:それはさらに難しい仕事ですね。私はヴニポラ兄弟をチームから外しましたが、コンタクトは取り続けています。彼らが必要になる可能性は常にあるので、橋はかけたままにしてあるのです。
編集部:つまり、人間関係は継続するということですね?
EJ:はい。
編集部:あなたが、自身の最も優れたところはどこだと思いますか?
EJ:向上する努力を常に怠らないところ。そして、ゲームをよく観ていることです。
編集部:教師の経験は、コーチをするのに役立っていますか?
EJ:それがすべてのコーチングの基礎ですよ。コーチングとは、教えることなんです。
Source / Men's Health UK
Translation / Satoru Imada
※この翻訳は抄訳です。