スーツを取り巻く自由で軽やかな昨今の潮流--その一端を担っているのが、パリを拠点とするブランド「ハズバンズ」です。今回はその代表である、ニコラ・ガバール氏に取材を敢行。
そのファッション哲学には、スーツのイメージに新たな一面を加える閃(ひらめ)きがありました。
スーツはどんなドアも
開けてくれる魔法の鍵
パリの小さなブティックが、決して小さくはない潮流を生み出している。
オーダースーツを中心にして始まったブランド「ハズバンズ」は、1960~80年代から着想を得たスーツで、世界中のファッションラバーから一目置かれる存在になりつつあります。
かっちりとしたショルダーのジャケット、ワイドラペル、そしてストレートや、ややフレアしたトラウザーズ。レトロな趣ですがこれが今っぽい。
デザイナーのニコラ・ガバール氏はビジネスライクなレザーシューズではなく、ヒールブーツを合わせたり、インナーにシャンブレーシャツを合わせたりと、着こなしも自由で軽妙。
「私は新しい世代の男性たちに、スーツはダンディーや銀行マンだけのものという既成概念を打ち破るよう説得したいのです」と語ります。
「クラシックな服、例えばチョークストライプのスリーピーススーツがあったとして、それを光沢のある靴と合わせると印象がガラリと変わる。ウィンストン・チャーチルだったあなたが、たったひとつ細部を変えるだけで突然ミック・ジャガーになったり、ブライアン・フェリーになったりする。この自由さと可塑性(かそせい:例えば金属や粘土のように固体に外力を加えて変形させたのち、力を取り去ってももとに戻らない性質)は、テーラリングによってのみ許されるのではないでしょうか」
スーツにまつわる
先入観を取り去っていく
長らくスーツはビジネスシーンに着るもの、冠婚葬祭のときに着るもの、大切な人とのとっておきのディナーのときに着るものと、特別な扱いを受けてきました。しかし、今こそスーツを自由に解放してあげるときなのかもしれません。
「きちんとしたスーツはどんな状況でも、どんな環境でも、どんなドアでも開けてくれる鍵のようなものだと思うのです。それはまるで第二の皮膚のようなもので、とても自然に、そして優しい方法であなたに自信を与えてくれる。例えばジーンズは、ドレッシーなイブニングの真ん中ではネガティブに映りますが、それとは反対に、ブーツと組み合わせたスーツは、みんながジーンズをはいているようなカジュアルなイブニングの真ん中でも、ポジティブな驚きを与えてくれるでしょう。スーツは常に人々から慈愛を受けます。内気な人にとって、それは完璧なよろいなのです」
「ある意味、今日的にクラシックであることはほとんど破壊的で、カウンターですらあるかもしれません。 60~70年代はまったく逆で、クラシックは社会になじむという上で順応主義の証しだったのですから。今、私にとってストリートウェアは、ある種の順応主義として映るんです」
ガバール氏がつくるスーツには確かな哲学があり、その可能性を現代に示すものでもあります。
「ジャケットは少し長めの着丈、ラペル幅は広めにつくられています。アームホールは少し高め、肩幅は少し小さめで、よりシャープなシルエットに。フルキャンバス仕立てですが、これは見栄えのよさのみならず、長く丈夫に着られるというメリットがあります。パンツは主にハイウエストで脚を長く見せ、ウエストとヒップにより快適さを与えます。生地については重厚で、よりドライなものを選ぶことが多いです。それらはスーツに素晴らしいドレープを与え、美しい経年変化を保証してくれるからです」
服が先ではなく、
自分を表現するために服がある
最後に、パリジャンらしい着こなしについて聞いてみました。
「実は、『これがフランス流だ』というものは存在しないと考えています。フランス人男性は皆、それぞれ自分のスタイルを持っています。しかし、服に対するフランス人の考え方、つまり、自分を表現するために服を使うという考え方があるのは事実です。服に “偶然”をつくり出すために、“すべてのものに亀裂があり、そこから光が入るのです”」
締めの言葉は、ナポレオン・ボナパルトが残したとされる名言。教養がある、カッコいい大人が着るもの、それが現代のスーツなのです。
ニコラ・ガバール氏の
フィルターを通したエレガントな
たたずまいのアメカジも展開
HUSBANDS
住所/57 Rue de Richelieu, 75002 Paris
時間/11:00~19:00
定休/日曜
公式サイト
Coordination / Jumpei Seki
※メンズクラブ2024年4月号より転載。掲載内容は発売日時点の情報です。