パンデミックのせいでしょうか? 服を着飾る喜びが忘れ去られているように見受けられます。例えば、成人男性の正装とも呼べるスーツスタイル。スマートカジュアル化の流れと相まって(もしくは「着飾るほどの個性を、スーツでは演出しにくい」などの思い込みによって)、その真価を正しく評価されていないのではないか――?
そういった思いのもと、「Esquire日本版」が考えてみたいのがスーツの価値。特にラグジュアリースーツの価値と着る喜びについて。
それを教えてもらううえで、この方以上にふさわしい人はいないかもしれません。それは、ポール・スミスさんです。言わずと知れたブリティッシュファッションの雄であり、最近では最高級の素材を用いたラグジュアリーなテーラードアイテムも話題となっています。
3年ぶりに来日したポール・スミスさんにお話をうかがうのは、40年以上の交流を持つ編集者・小暮昌弘さん。互いをよく知るお二人による、令和のスーツ論をお届けします。
――ポール・スミスでは、よりいっそう“ラグジュアリーなテーラードスタイル”に注力されていると聞きましたが、その真意をお訊(き)かせください。
ポール・スミス:世界的なパンデミックの影響もあって、多くの人が以前よりカジュアルな着こなしを楽しむようになったと思う。その傾向はこれからも続くだろうね。でも、特別な気持ちになりたいとき、もしくは他の人に自分の印象を残したいと思うとき、そんな場面では、「ラグジュアリーな素材を使った洒落たテーラードスタイルを楽しんでみるのも、いい機会になるのではないか」って僕は思うんだ。
――確かにここ数年、外出を控え、出社しないでリモートで仕事をするビジネスマンが世界的に増えましたが…
ポール・スミス:そうだね。それでも、特別なウールやカシミヤなどの素材で仕立てたコート、あるいはスーツ、ジャケットを身にまとうと、着る人の気分をアップさせるだけでなく、着ることに“誇り”を持てるという面は無視できないはずだよ。
――今季から新たに展開される店舗限定のアイテムは、最高級のウールやカシミヤが使われていると聞きましたが、それらはどんなアイテムですか?
ポール・スミス:イタリアの最高級服地メーカーの「コロンボ」や1842年創業の老舗、フランス「ドーメル」のカシミヤ100%のコートやジャケット、スイスの「アルモ」のドレスシャツ、あるいはイタリアの老舗の生地を使ったスーツなど、どれもラグジュアリーな素材を採用していて、特別な場面で着用したくなるアイテムばかり。丸の内店や大阪店、そして昨年新しくオープンした銀座店のみで展開する予定なんだ。言わば、“そこでしか買うことができない”アイテムということだよね。これもラグジュアリーさにつながるのではないかな。
――ラグジュアリーな素材を使ったテーラードスタイルの魅力について、どのようにお考えですか?
ポール・スミス:スーツほど、男性をエレガントに見せてくれるアイテムは他にはないでしょう。仕立ての良いスーツを着こなせば自分に自信を持つこともできる。パンデミックが収束に向かっている今、カジュアル一辺倒だったファッションにも変化が見られるし、エレガントなテーラードスタイルを楽しみたいという男性も増えてきたように見えるんだよね。
(※コロンボのコートを触りながら)このカシミヤ100%のコートなら、さらに特別な自分になった気分が味わえるはず。素材を生かしたソフトな仕立てで、カーディガンのように快適なんだ。このコートのように上質な素材をモダンなシルエットで仕上げると、着やすく、さらにいろいろな着方が楽しめるはずだよ。
――上質な素材や仕立てに加えて、着る人のことを考えた快適さが備わっているということでしょうか?
ポール・スミス:そう。第二の肌と思えるようなジャケットやコートが、僕の“ラグジュアリー・テーラリング”の理想なんだ。でもね、カジュアル全盛のこの時期、テーラードスタイルの大切さを伝えるというのは、「デザイナーとしては勇気がいることだ」とも僕は思っているんだ。
個性を考えるべき時”
――日本では、スーツを着たことがないという若い成人男性もいるのですが…。
ポール・スミス:イギリスでも、それと同じことが言えると思うよ。特に18歳から25歳までの男性はその傾向が顕著。僕が20代の頃のファッションでは「個性」がキーワードで、だから僕のブランドでも個性を重視してきたわけです。でも今はある意味、全てが画一化、均質化された時代だよね。だからこそ、改めて個性を考えることも大事なことだと考え、スーツなどのテーラードスタイルに注目してみたんだ。スーツは昔からあるクラシックなアイテムと言えるけど、スーツスタイルでも個性をいかに、どのように演出するかで、差別化ができ、現代にマッチしたスタイルにもなりうると思っているんだ。
注目テーラードをポール・スミスさんが自ら解説!
――そもそもポール・スミスのスーツは、ひと目でそれとわかる特徴があると思いますが、いかがですか?
ポール・スミス:それは確かにあるね。そもそも僕のスーツコレクションでは、ブランドならではの上質で多彩な生地が用意されているんだ。今回紹介するコートやスーツなどには「AMFステッチ*」が施されたものが多いんだけど、「AMFステッチ」は手の味わいを感じさせるステッチなんだ。どれも同じものではなく、“特別に仕立てた”という雰囲気を演出してくれるはずだよ。
僕の場合は、そのステッチをさらにデザインとして仕上げているのさ。僕のテーラードスタイルでは、英国らしいクラシックさを基本にしながらも職人的なテクニック、あるいはデザインに“ひねり”を加えることで特徴を出しているんだ。これもポール・スミスのスーツが一目で見分けられる理由だよね。
※AMFステッチ:ラペルの縁に入れる手縫い風ステッチのこと。AMFとは「American Machine and Foundry」という会社名の略で、当時はラペルの仕上げにふさわしい繊細で精微なステッチが入れることができるミシンは、このAMF社が開発したミシンでしか実現できなかったことから命名。以来、今でもこのようなステッチを総じて「AMF ステッチ」と呼んでいます。
――カジュアル化が進む現代において、ポール・スミスのスーツはどういう男性に向けたものだとお考えですか?
ポール・スミス:ロンドンでの顕著な傾向だけど、広告会社とか建築やデザイン系などクリエイティブ系の仕事をしている男性に僕のスーツはよく選ばれているね。それでも着こなしは変わってきていて、スーツの中にはTシャツやデニムシャツを合わせ、足元はスニーカー。そんなスタイルを楽しんでいるんだ。
上質な素材を使ったスーツやジャケットに、わざとカジュアルなアイテムをコーディネートしている人も多いね。それを矛盾と考える人もいるかもしれないけど、僕は相反するものをあえて合わせるというのも、とても現代的で面白い現象だと考えているよ。
――日本でも、スーツにスニーカーを合わせるビジネスパーソンが増えましたが…
ポール・スミス:コロナ後、ひと握りの人たちはカジュアルなスタイルにスーツやジャケットなどのテーラードアイテムを上手に取り入れ、装いや与える印象に変化を起こそうとしているのではないかな。
――ファッションは流れている。それはスーツのようなテーラードスタイルでも同じということですね。
ポール・スミス:カジュアルな服装はみな同じように見えてしまい、ある意味ユニフォーム化している。特別さを演出するためには、それとは違う方向を目指すことが大事じゃないかな。僕の“ラグジュアリー・テーラリング”は極上の素材を使い、カットでモダンさを感じさせてくれるスタイリングなんだ。その上、カジュアル同様の快適さと楽しさをもたらしてくれるから、イギリスでもフランスでも、もちろん日本でも受け入れられていると思うんだ。
楽しめて、機能的。
意外に便利なアイテム”
――ポール・スミスさん自身、スーツがとてもお好きなのでは?
ポール・スミス:そうだね、僕はスーツをほとんど毎日着ているよ。何故なら僕は、スーツをスーツとは思っていないからね(笑)。スーツはいろいろな着こなしが楽しめ、とても機能的だし、意外に便利なアイテムなんだ。
――スーツを着ていてもポール・スミスさんの場合は、ソックスなどでいつも遊んでいますよね。
ポール・スミス:実は今日のソックスは違うんだよ。ダークカラーのソックスを合わせているんだ。今朝、引き出しを開けたらこのソックスしか残っていなかった(笑)。そう言えば、このベルトはもう30年間も同じものを使っているね。
――そのベルト、見たことがありますよ。昔、長年愛用している靴を取材させてもらったこともあります。
ポール・スミス:今日履いている靴も、相当長く履いているね。取材してもらったときの靴は覚えているよ、あれは40年も愛用していたものだったね。僕はモノ持ちがいいからね…。30年愛用のベルトでも、まだまだ新参者さ(笑)。サステナビリティはポール・スミスというブランドにとっても重要な課題。僕はそれを自ら、シンプルに実践しているというわけさ。
ハイクオリティ”
リラックス、遊び心、――イギリスには、「上質な服を長く着る」という文化が根づいています。それだけの理由ではないかもしれませんが、「英国スーツは無骨」というイメージがあるのでは?
ポール・スミス:傲慢に聞こえるかもしれないけど、僕がデザインするスーツは僕自身のようなものなんだ。リラックスして、遊び心があって、しかもクオリティが高い(笑)。特に「メイド トゥ メジャー」に関しては僕のパーソナリティ、僕の好みが色濃く出ているかもしれないね。
――それはどういうところでしょうか?
ポール・スミス:既成服のラインでも、僕がデザインするスーツは伝統とモダンさが同時に表現されているけど、「メイド トゥ メジャー」に関しては僕のスーツを選んでくれた人となりの“パーソナリティ”をそのスーツに加えることができるんだ。
世界中からセレクトされた100種類以上の上質な生地の中から好みのものを自在に選べるし、ボタンや裏地だけでなく、襟の裏地も7色の中から好みで選べる。ボタンホールのステッチの色だってそれぞれ変えられる。今では他のブランドでもやり始めているけど、「メイド トゥ メジャー」のオーダースーツやジャケットで、こういったシステムをやり始めたのも僕たちが初めてで、“パイオニア”だって自負しているよ。
――そういうアイデアを思いついたきっかけはなんですか?
ポール・スミス:「ポール・スミスのスーツを買う理由は何か?」って自問したときに、「自分の性格であったりキャラクターであったりをスーツに落とし込む必要があるな」って思ったんだ。美しい仕立てのスーツをつくる人は世の中にたくさんいるよね。だから、上質な生地と仕立てに加えて、裏地・ボタン・ステッチなどにポール・スミスらしいアイデアを加えることで、スーツを着る楽しさや着る満足感を表現する。これが僕らしいスーツだと考えたんだ。
――ポール・スミスのスーツには、ポール・スミスさん自身の思いが表現されているというわけですね。
ポール・スミス:少し哲学的な表現になるかもしれないけど、「スーツを着ていると考えずにスーツを着ることができる」。これが僕のスーツの大きなポイントだろうね。さらに今回紹介した“ラグジュアリー・テーラリング”のように、上質な素材を使ったコートやスーツの場合には、人からタッチされる回数が格段に増えることになる。これも着る楽しさにつながるよね。だって、このカシミヤを見たら、誰もがちょっと触れてみたいって思うでしょう(笑)。
◇ショップ詳細
ポール・スミス丸の内店
住所/東京都千代田区丸の内3-3-1 新東京ビル 1F 2F
営業/11:00~20:00
定休/水曜不定休
TEL/03-3240-0223
●お問い合わせ先
Paul Smith Limited
公式サイト