1969年、理想主義を掲げる1人の若者が初めてハワイを訪れ、オアフ島のワイキキビーチに立つピンク色の気品あるホテル「ロイヤル ハワイアン ホテル」にチェックインしました。その若者がバルコニー側のカーテンを開けると、眼下には隣接する「シェラトン・ワイキキ」ホテルに建設中の駐車場があり、「周囲の山々の眺望が台無しに感じられた」と言っています。その若者は翌年4月、この伝説のリゾートでの滞在をモチーフにした、抗議的な歌詞の楽曲「Big Yellow Taxi」を発表。この中の「自分が何を持っていたのか、失って初めてわかる」「楽園は舗装され、駐車場がつくられる」という歌詞は、60年代のカウンターカルチャーを代表する言葉として知られるようになりました。そう、その若者とはカナダ出身のシンガーソングライター、ジョニ・ミッチェルです。

もし今日、彼女が再びこのホテルにチェックインし、当時と同様にその鋭敏なアンテナを張り巡らせたしたら(地元の話では、『They took all the trees / Put 'em in a tree museum / And they charged the people / A dollar and a half just to see 'em<全ての樹が抜き取られ、樹の博物館に収納された。そしてその樹々を見るために人々は、1ドル50セント請求された>』という歌詞の中の博物館とは、ホノルルのダウンタウンにある“フォスター植物園”のこと)、かつて以上の刺激を与えるに違いありません。そしてさらに熱く…数えきれないほど新曲を発表するかもしれません…。

ハワイは初めから人気のリゾート地ではなかった

ハワイの州都ワイキキは、「エルビス・プレスリーの映画のように安っぽい街」などという悪口を言われながらも、「太陽の恵みあふれるリゾートライフの拠点」という開発計画の目的に応えてきました。

そして、その高級化は近年ますます進み、世界の上位1パーセントの超富裕層のための「エデン」となっています。

ハワイに家を持つビリオネアたち

幼少期をハワイで過ごした、オークションサイト大手eBay(イーベイ)の創業者ピエール・オミダイアは、現在再びホノルルに戻って本格居住しています。またハワイ島では、セールスフォース・ドットコム創業者のマーク・ベニオフやスターバックスの実質的な創業者と呼ばれるハワード・シュルツも話題になっており、マウイ島はオプラ・ウィンフリーやジェフ・ベゾスがいます。よく見てみれば、南岸のマケナにはPayPalの創業者ピーター・ティールの隠れ家が…。

2021年12月には、フェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグとプリシラ・チャン夫妻がカウアイ島に土地を追加購入し、所有する土地の広さを合計1500エーカー(約607万平方メートル)超に広げています。そして、オアフ島カハラにある旧クレア・ブース・ルース邸を所有するのは、俳優アリソン・サロフィム(出演作は『ナルニア国物語/第1章: ライオンと魔女』、『私がクマにキレた理由』など)の一家です。

ハワイの魅力とは?

サロフィムは、「オアフ島に行くことで、『Pono(ポノ)』といういう概念を知りました。ポノとはお互いに、そして環境と調和して生きるという意味です」と語っています(Ponoとは、地球上のすべてのことが本来あるべき状態であることと解釈できます)。「これは、ハワイの文化に深く根を下ろしている基本的な価値観なのです。単に美しいバケーションの地というだけでなく、ハワイのこのような部分を人々に実際に体験、理解してもらいたいと願っています」

2020 breakthrough prize red carpet
Ian Tuttle//Getty Images
マーク・ザッカーバーグとプリシラ・チャン夫妻

昨今、ハワイの土地のニーズが急激に増加している

太陽と波、そして1年を通して恵まれた気候から、ハワイは120年にわたり観光地として宣伝されてきました。その宣伝は成功しましたが、図らずも1000万ドル以上の不動産物件の売り上げが、2021年には6倍以上に増える事態となっています。

ホノルルに本社を置く調査会社オムニトラックの社長兼最高執行責任者(COO)クリス・カムさんは、「私たちは常に『人々は本物の体験を求めているのだ』と考え、地元の人々のように生活することを人々に呼びかけてきました」とした上で、「いつの間にか、このメッセージが『ハワイに移住し、地元の人になりなさい』という意味で解釈されるようになったのです」 と説明しています。

新型コロナの影響によるところが大きい

オムニトラックの調査で最近明らかになったことの一つは、「コロナ禍のトレンドとして、外部の人間が移住を検討している土地にどっぷりと浸かる傾向がみられたことだ」とカムさんは指摘しています。この流行は、絵に描いたような景色が広がるハワイにはうってつけだったということです。

この動きを早くから実感していたのが、タイタス・キニマカさん(64歳)です。キニマカさんはは長髪の伝説的ビッグウェーブサーファーで、カウアイ島でハワイアンサーフスクールを運営しており、生徒にはハイテク企業関係者や大物経営者もいます。

「努力しなければたどり着かないような場所に、本当に面白いことがたくさんあるのです」と彼は話します。「来た人たちの多くが、ここ(ハワイ)に残ろうと思うのは不思議なことではありません」

ハワイの富裕化が進む結果に

ハワイの富裕化に貢献したのは、初期はほとんどが強欲な実業家でした。ですが現在では、ハイテク企業が集まるパロアルトや金融のウォール街から来たステータス意識の高い移住者が多くなっています。

地図や新聞の見出しを見れば、以前と変わらず本土からの多額の資金が行き渡っていることがわかります。ですが、州外から居住者を呼び込むための正式なプログラムや税優遇措置などがあるわけではありません。ハワイの魅力は、世間から隔離された空間であることに加え、訪れるのに、ひいては住むのに、“安全な場所”であるという認識に変わりはありません。さらにセレブのゴシップサイト「TMZ」などのパパラッチの手が届かないところも、大きな魅力と言えるのかもしれません。

ハワイに広大な土地を持つマーク・ザッカーバーグ

少なくともメディアで報じられている範囲では、「ビリオネア軍団」のハワイラッシュのトップを走るのは、メディア嫌いで知られるマーク・ザッカーバーグです。

彼は2014年に、カウアイ島の数百エーカーの土地を5300万ドルで購入し、その後追加で1億2000万ドルを投じて所有地を拡張しました。2021年の独立記念日の日、彼はアメリカ国旗を手にしながらフォイルサーフィン(ハイドロフォイルという水中翼をつけたボードを使うサーフィン)に乗っている奇妙な動画を公開しました。この動画はすぐにSNS上で話題となり、ミーム化しました。しかしその後、彼は自ら墓穴を掘るような発言をしてしまったのです。

「パパラッチが追ってきていることに気がついたんだ。『彼らには絶対に気づかれたくない…そうだ、日焼け止めをたっぷり塗れば、誰だかわからなくなるはず』と思ったんだよね(笑)」と、Instagramで発言しています。そしてこの発言によって、「ハワイの迷惑者」というレッテルを貼られてしまいました(ハワイでは2021年1月1日より、海洋環境保護のため、一部の化学物質が含まれている日焼け止めの販売を禁止しています)。

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Sean M. Haffey//Getty Images
ラリー・エリソンとビル・ゲイツ

ビリオネアたちの土地購入事情

ザッカーバーグ以前、2012年には既にオラクル共同創業者で超大型デベロッパーのラリー・エリソンが、ラナイ島の土地の大部分を3億ドルで購入しています。そうして約5億ドルを投じて、有名なリゾート「センセイ・ラナイ」などを開発してきました。またジェフ・ベゾスと恋人のローレン・サンチェスは最近、マウイ島の南端に近いラ・ペルース湾沿いの人里離れた(フォーシーズンズリゾート マウイ・アット・ワイレアから約2マイル)土地に、約7800万ドルをかけて4500平方フィートの大邸宅を購入しました。

そして、ウォルマートの後継者S・ロブソン・ウォルトンや非営利団体「エマーソン・コレクティブ」の設立者で億万長者のローレン・パウエル・ジョブス、インテルの共同創業者ゴードン・ムーアは、「ビッグアイランド」と呼ばれるハワイ島北西部にあるコナ&コハラ・コースト(全長35マイル)の魅力にどっぷりつかっています。特にラリー・エリソンの弟子として知られる元オラクル重役であり、セールスフォースの創業者であるマーク・ベニオフはアロハシャツで仕事をしたり、愛犬には現地語でもある「戦士」を意味する「コア」と名づけるほどです。

彼らのさらに前には、デル・テクノロジーズ創業者でCEOのマイケル・デルが2006年、フォーシーズンズホテルとその周囲のフアラライリゾートを購入し、フアラライの高級ゴルフクラブ「クキオ・ゴルフ&ビーチ・クラブ」のオーシャンフロントに約7500万ドルの邸宅を建設。米マイクロソフトの共同創業者ビル・ゲイツは、海岸沿いのヒルトン・ワイコロア・ビレッジに滞在していると言われていますが、彼は2007年からサウジアラビアのアルワリード王子とフォーシーズンズホテル運営会社を共同所有しています(2021年、ゲイツ氏は支配株主に)。「クルーザーを見て森を見ず」といった状況はますます進んでいるとも言えます…。

富裕層のための、ハワイの娯楽

プライベートジェットの購入はキャンセル待ちとなっており、ハワイの地にある由緒正しいゴルフクラブに入るには、それにふさわしいだけのコネがなければ会員になれない状況です。そんな状況下、証券会社創業者チャールズ・シュワブと富豪投資家ジョージ・ロバーツは2003年に、ビッグアイランドに独自のゴルフコース「Nanea Golf Club(ナネア ゴルフクラブ)」を設立しましたが、ジェフ・ベソスならいつでもこれを真似することはできるはずです。

各機関への寄付が免罪符に

当然のことながらハワイにやって来たこのようなハイテク大手経営者の多くは、ハワイ・コミュニティ財団のような寄付者と慈善団体を結びつける組織の助けを借り、金の力で入り込んでいるとも言えます。

ベニオフは最近、自身が資金を拠出するカリフォルニア大学サンフランシスコ校のベニオフ微生物医学センターを通じ、ハワイ郡市民防衛局にマスク100万枚を寄贈。良き隣人としてニュースになりました。

ザッカーバーグは2016年、自身が所有する広大な土地の周囲に高さ6フィート(約1.8メートル)の壁を建設して地元住民の激しい怒りを買いましたが、これを受けて彼はカウアイ島のさまざまな非営利団体に2200万ドル以上を寄付(アラココ養魚場の救援に400万ドルなど)。2022年1月にはハワイ大学に、史上最高額となる5000万ドルの現金を寄付しています。

しかし、富裕層の集結は近年始まったものではない

ハワイ州観光局のジョン・デ・フリーズ局長兼CEOによると、こうした状況はとても大きな動きのように聞こえるものの、その変化はほとんどの人が想像するよりも実際は緩やかなものだということです。デ・フリーズさんは、「もちろん、いまハワイが注目されているのは、トップの起業家や世界的な影響力を持つ人物がやってきているからです。ですが、今回話題になっている人々以前に富豪たちはひっそりとハワイに来ていたのです」と語っています。

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Bettmann//Getty Images
ドリス・デュークとジェームズ・クロムウェル

デ・フリーズさんが語っているのは、何十年も前にハワイにやってきた超富裕層の話です。その草分けとなったのは、ジョン・D・ロックフェラーの子息ローランス・ロックフェラーです。

ローランス・ロックフェラーが1965年にコハラコーストに、「マウナケア・ビーチ・ホテル」を建設して以降、主にサンフランシスコからの移住者が中心となって、米国ハイソサエティーの人々がハワイへの道をたどってきたのです。

ローランスは友人のラーリン・マトソン・ロス(完璧な趣味の良さだけでなく、海運業で築いた財を持つ人物)に、クレア・ブース・ルース(劇作家)やドリス・デューク(慈善活動家)といった華やかな人々が贅沢に過ごせる場を設計するよう打診しました。ドリス・デューク邸(シャングリ・ラ)は、ハワイに現存する桃源郷の一部となっています(米大手小売チェーン「ウールワース」の令嬢バーバラ・ハットンとの確執は、ハットンがこのデューク邸を改装を手伝おうとしてエスカレートしたという話も)。

富裕層がハワイにつくり上げた理想郷

デザイナーのマイケル・S・スミスさんは、「木を切ると年輪がわかるように、ハワイにはたくさんの年輪があります」と語り、バリ島からミッドセンチュリーモダン、地中海風まで、ハワイの建築物はさまざまな要素の影響を受けていることを指摘しています。「ですが、なんと言っても、ハワイスタイルの真髄はこうした偉大な女性たちの大邸宅に見られます」

クレア・ブース・ルースは、ロシア出身のハワイアンモダン建築を代表する建築家ウラジミール・オシポフに依頼し、引退後に緑豊かな南国の素晴らしさを表現したサンクチュアリを建設しました。1967年に完成したビーチフロントのハレナイア(イルカの家)は、その32年後にアリソン・サロフィムの父フェイズ・サロフィムが入手。アリソン・サロフィムは現在、環境保全に対する信条を力説しています。

「多くの人と同様、私もハワイでリフレッシュしていますが、そのために欠かせないのは自然との触れ合いなのです」

ハワイは人類の遺産

「ハワイの大地」はハワイで最も貴重な遺産であり、観光客も地元の人も等しく、世代を越えて大切にしなくてはならないものです。

ワイキキで生まれたデ・フリースさんは、祖母からそのことを早くから教えられていたと言います。「コップの水理論」(コップ半分の水を「半分満たされている」ととらえるか、「半分空である」ととらえるか)について、デ・フリーズさんは、「飲む水と呼吸する空気で100%満たされています。そして、そのすべてが光で満たされているのです」と話します。

また、デ・フリーズさんは次のように語っています。

「私の祖母は、カタチあるものを大事にすることと同じように、カタチなきものも大事にすることを学ばない限り、人生において同じ教訓を繰り返すだけだと教えてくれました。私たちの祖先は生命を育む力を、『Ha』(生命力)、『wai』(私たちが飲む水)、『i』(グラスの中の光や魂)と呼んでいました。この話の中には、私たちがこの地に住む民族であることの真髄が詰まっています。なぜなら私たちは、学ぶべき、そして伝えるべき教訓を持つ、生命を与える水の土地…ハワイ出身だからです」

Source / TOWN&COUNTRY US
Translation / Keiko Tanaka
Edit / Mirei Uchihori
※この翻訳は抄訳です。

本記事は、『TOWN&COUNTRY』誌の2022年4月号に掲載された記事です。