写真を撮ったりTikTokの動画を撮影する長い1日を始める前に、マリアナ・モライスさんとキンゼイ・ウォランスキーさんは、運動をする必要があります。それは特に彼女たちの後ろ姿を整えるための運動です。このおかげで、彼女たちはソーシャルメディアのスターに成り得たのですから。

 「今日のお尻、太って見えるね」と、モライスさんがウォランスキーさんに声をかけます。もちろん、褒め言葉です。

 2020年9月下旬のある日、“クラブハウス”と呼ばれるビバリーヒルズの豪邸の、すぐ外にあるガレージに設置されたジムでは、モライスさん、ウォランスキーさん、ウォランスキーさんのパーソナルアシスタントの1人であるリア・ブレフコさんが、インフルエンサーとしてのキャリアにとって小さいけれど重要な一部である、下半身のトレーニングを行なっていました。

 クラブハウスは過去数年の間にロサンゼルスに建てられた、いわゆる“コンテンツハウス”の1つです。制作スタジオやタレント事務所も兼ねるこれらの家では、インフルエンサーたちが毎日つくる豊富なコンテンツと、それを収益化するためのビジネスモデルをたっぷり提供しています。管理会社が家を借りて、20代の魅力的なソーシャルメディアスターを住ませ、代理で(もちろん有料)スポンサー契約を探してきます。そして、さながらZ世代のリアリティ番組のように、住人たちはインフルエンサー経済で最も価値のある商品、「人々の注目」をかけて競い合うのです。

kinsey wolanski
John McDermott
クラブハウスのリビングの壁一面に貼られた鏡の前で、コンテンツづくりの準備をするキンゼイ・ウォランスキーさん。

 モライスさんのワークアウト用プレイリストである、トム・ペティやオール・アメリカン・リジェクツのEDMリミックスがクルマから流れ、童顔のインフルエンサーたちが玄関のドアから出入りしています。家の前の私道には5台のBMW、ランドローバー、フォード・マスタングGT、ウォランスキーさんの白いコンバーチブルを含む2台のメルセデス・ベンツが並んでいます。

 22歳のビデオグラファーであるケヴィン・ゼニさんが、モンスターエナジードリンク用にスケートボードの動画を撮影するため、ハンティントンビーチに向かうところであることを運動中の女性陣に伝えます。

 「私たち、かなり日焼けすると思うわ。モルディブの太陽はすごく強いのよ」と、ウォランスキーさんが近々予定している自身の旅行について話しています(費用は全額支給、インフルエンサーの特典の1つです)。

 24歳のウォランスキーさんは、ロサンゼルスの北部で郊外の母親の家と、父親と継母が所有する農場の間を行き来して育ちました。(彼女の声には、田舎風の響きが感じられます)高校卒業後、彼女は看護師になるために少しの間勉強しましたが、東南アジアをバックパッカー旅行した際に、「人生にはもっと多くのことがあると気づいた」のだと言います。

 それから2年後、彼女はモデル/起業家/スタントウーマン/インターネットで悪ふざけもするマルチなタレントとしてのキャリアを追求するため、ロサンゼルスに引っ越しました。そうして彼女がブレイクすることになったのが、2019年夏にマドリードで行われた2019年チャンピオンズリーグ決勝戦に黒の水着で乱入した騒ぎです。ウォランスキーさんはスペインの刑務所内の独房で、5時間過ごすことになりました。が、彼女が釈放されるまでに、Instagramのフォロワー数は32万人から200万人以上にまで急増しました。まさにインフルエンサーの誕生劇です。

 運動を終えたモライスさんとウォランスキーさんは、コンテンツづくりで忙しくなる午後の準備をしています。

 クラブハウスの内部は成金趣味の迷宮のようで、プール、ホームシアター、屋上デッキ、パティオ、彫刻庭園などの設備があり、推定価格は2940万ドル。ホールに吊るされているのは、直径約1.8メートルの巨大ディスコボールのシャンデリア。壁には、なぜかジョージ・ワシントンの巨大な肖像画が飾られています。料理以外のあらゆることに使われるキッチンには、Amazonプライムの箱や、汚れたマクドナルドの包み紙が散らばっています。

 膝をついてしゃがみ込んだウォランスキーさんが、リビングの鏡でヘアメイクをしながら、スマートフォンを黒のタンクトップに挟んで制作会社からの電話を受けています。電話が終わるとウォランスキーさんは、「毎日欠かさずコンテンツをつくるのは疲れるわ」と話しました。

これはtiktokの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

 インフルエンサーであることは、流行を追い続ける終わりのない戦いです。コンテンツに対する貪欲さはもちろんのこと、プラットフォームが一夜にして出現し、それに伴って新たなスターが現れることもある世界です。そのため、インフルエンサーは常にブランド管理をしなければなりません。

 「Vineが終わったときに、消えていった子たちがいたでしょう…」と、声が小さくなるウォランスキーさん。「短時間で適応しなくちゃいけないのよ」と、モライスさんが付け加えます。

 その結果、彼らは動画共有プラットフォームであるTikTokを使うことになりました。TikTokは過去2年半の間に米国のユーザー数を約800パーセント増加させ、史上最も急速に成長したソーシャルメディア・プラットフォームとなりました。また、最近ホワイトハウスの調査の対象にもなりました。2人共、TikTokで100万人以上のフォロワーがいます。

 現在のインフルエンサーの原型は、おそらくパリス・ヒルトンから始まったと思われます。彼女は2000年代に社交界に登場し、知名度の高い人間関係、計算された確執、そしてさまざまな公人との友好関係を使って悪名を馳せました。その後、ヒルトンの疎遠になっていた友人、キム・カーダシアンによって完成された芸術と言えるでしょう。ヒルトンが君臨して以来、ソーシャルメディアはこの現象を民主化し、誰もがセレブの地位に上り詰めることができるようになったのです。

 ブラジルのサンパウロ出身のモライスさんは、9歳のときにオーランドに引っ越してきました。産業工学を学ぶためにセントラルフロリダ大学に入学しましたが、Instagramにセクシーな写真を投稿するようになってから、彼女の生活は一変しました。

 フォロワーが殺到し、ファッション、美容、健康関連のブランドから商品の宣伝を依頼されるようになったのです。今ではフィットネスインフルエンサーとして、彼女のAt Home Booty Buildingプログラムのような、ダイエットやエクササイズプランを販売しています。

 「私の両親は、昔ながらの考え方をする人。だから、インフルエンサーの生活は理解してもらえないわ」、と話すモライスさん。それでもサポートしてくれているそうです。

 三脚が見つからないため、iPhoneをパティオのガラスのドアに貼り付けたモライスさん。ウォランスキーさんと一緒に自撮りカメラに向かって、最近流行のTikTokダンス、DJ Choseの「Thick」のステップを練習します。

 TikTokはあらゆる種類のコンテンツを提供していますが、ユーザーがEDMやヒップホップのヒット曲に合わせてダンスを踊る動画で有名です。トレンドをつくった方を除いて、あまり独創的なコンテンツとは言えません。ですが、非常に人気があります。

 ウォランスキーさんは商業的に実行可能なものと、創造性に満ちたもののバランスをとるのに苦労しているそうです。「バカみたいよね」と、彼女は認めています。「流行っているものを真似るだけだから、TikTokのクリエイターではないもの」と、モライスさんと公共の場でセクシーな「WAP」ダンス(こちらも人気のTikTokダンスです)を踊ったときのように、いたずら動画をつくるほうがずっと楽しいと感じています。

 TikTokのコンテンツハウスの元祖は、2019年12月に設立されたハイプハウス。このクラブハウスはその流れを追ったものです。モライスさんとウォランスキーさんは、インフルエンサーがパンデミック中にコンテンツをつくるのを支援するために、2020年3月にこのクラブハウスを設立し、そこに最初に入居したメンバーなのです。

 その後プライバシーを求めて引っ越しましたが、現在でもクラブハウスの代表として活動しており、自由で開放的なポリシーを活用しています。今ではロサンゼルスの至る所にコンテンツハウスが出現しており、その増え方はインフルエンサーマーケティングのパワーを物語っているように見えます。

 インフルエンサーマーケティングエージェンシー、Collectivelyの共同設立者であるアレクサ・トナーさんによると、「口コミは最も価値のある広告であり、インフルエンサーと協力することで、ブランドは大きなスケールで宣伝することができる」と言います。コンテンツハウスは、このスケールの経済性をさらに拡大します。広告主は個々のクリエイターと取引する代わりに、クリエイターを抱えるコンテンツハウス全体にアクセスすることができるのです。

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John McDermott
クラブハウスのソファでポーズをとる、ケイティ・シグモンドさん。これをInstagramに投稿すると、21万8000以上の「いいね」がつきます。

 しかし、インフルエンサーによる経済は、まだまだ複雑で先が見えません。インフルエンサーの収入は、数十万から100万ドル以上までさまざま。ウォランスキーさんは収入を公表していませんが、Instagramだけで360万人のフォロワーがいることから、高額の部類であると予想されます。27歳のモデルから女優志望に転向したウォランスキーさんのアシスタントのブレフコさんは、フォロワー数が少ないにも関わらず(Instagramでは3万8500人)、彼女自身インフルエンサーとして活躍しています。さらに事を複雑にしているのが、服やジープや費用が全額支給の旅行などインフルエンサーに無料で与えられている数々の品です。

 オレンジ色のパーカーと迷彩柄のパンツを着た19歳のTikTokインフルエンサー、アリッサ・マリーが部屋に入ってきました。「ねえ、三脚見なかった?」

 「私たちも探してるのよ」とウォランスキーさんが答えます。

 インフルエンサーがつくるものが、芸術的に優れているかどうかは議論の余地があります。ですが、彼女たちが頑張っていることは否定できません。何十回もの撮影を経てモライスさんとウォランスキーさんは、独自のひねりを加えた「Thick」ダンスに満足したようです。今日つくるコンテンツは、これだけではありません。

 「インフルエンサーとして一番辛いのは、業界の信頼性ね」、と嘆くウォランスキーさん。「みんな私たちが、どれほど大変な仕事をしているか理解していないわ。『具体的に何をしてるの?』とよく訊かれるもの。楽しいけど、楽な仕事ではないわ」とのことです。

 広告主の目には、間違いなく信頼できるものとして映っています。業界調査によると、世界のマーケターの3分の2が2020年にインフルエンサーへの支出を増やす予定とのこと。合計すると、インフルエンサーマーケティングは2019年の80億ドルから、2022年には150億ドルの産業になると予想されています。

「インフルエンサーとして一番辛いのは、業界の信頼性ね。みんな、私たちがどれほど大変な仕事をしているか理解していないわ。」

 同じくクラブハウスの住人である23歳のリンジー・ブリュワーさんが帰宅し、In-N-Outのダイエットコークを飲んでいます。「撮影の直前に、ダブルバーガーを食べたなんて信じられないわ」と言いますが、プロテインスタイル(バンズの代わりにレタスで包んだもの)だったそうです。

 彼女たちは午後に写真を撮ってもらうために、プロの写真家のイアン・パスモアさんを雇いました。彼が撮影準備をしている間、ビキニに着替える彼女たちの話題は恋愛に変わります。

 「長く付き合ってる彼氏がいるんだけど、話題づくりには使えないわ」、と話すブリュワーさん。「マネージャーがいつも、フォロワーを急増させるいい方法は、新しい人と付き合い始めることだって言ってるの」とのこと。

 ウォランスキーさんは現在、2人の男性とデート(交際はしていない)しているそうですが、そのうち1人はスポーツ選手だそうです。前の彼氏は、YouTuberでした。

 「彼と別れたあと、今度は普通のビジネスマンと付き合いたいと思ってたの。でも、彼らには私の生活が理解できないことに気づいたわ」と話します。さらに、「旅に出ることが多いし、毎日コンテンツをつくらないといけない。目が覚めた瞬間から仕事が始まるのよ」とも言います。

 女優からインフルエンサーになった23歳のティアラ・ダンさんが加わり、彼女たちは外のプールに入ります。いつもインフルエンサーを撮影しているのかパスモアさんに聞いたところ、「水着モデルを撮影することが多いです」と、複雑な表情を浮かべて答えました。「もっと芸術的な写真を撮りたいんだけど」ということです。

 女性陣がプールで撮影をする間、シャーリーズさんとシャライアさんのトゥルー姉妹(2人合わせてTikTokのフォロワー数330万人)が近くのパティオで、TikTok動画を撮影しています。パティオの外では、クラブハウスのメンバーであるケイティ・シグモンドさん(TikTokのフォロワー数380万人)が、グレーの革張りのソファで、バスローブとカルバン・クラインの下着を身につけポーズをとっています。

 クラブハウスの住人は、物腰の柔らかい18歳の写真家カシアスを除いて、全員女性。彼は「みんなのコンテンツをつくっている」のだそうです。男性インフルエンサー専用のクラブハウス・フォー・ボーイズもあり、買い物の帰りにクラブハウスに立ち寄ってくれました。誰もが白いスニーカーを履いており、ほとんどがCONVERSEを代表するアイコンの一つ「チャックテイラー」かナイキの「エアフォース1」です。洋服ブランドであるboohooManのイベントに行った帰りですが、誰も何も買わなかったそうです。服は「つまらなかった」のだとか…。

 「つまんないな。ここには酒もないし」と1人が言います。「買いに行こうぜ」と全員でどこかに移動してしまいました。

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 写真撮影の後、ウォランスキーさんはスマートフォンをいじりながら、さまざまなソーシャルメディアのプロフィールをチェックしています。「毎日、エンゲージメントを追求するか、自分たちがつくりたいものを追求するかで悩んでいるわ」と、クリエイティブな仕事につきもののジレンマを明かすウォランスキーさん。

 彼女のモデル以外の才能の1つがスタントで、最近の動画ではバイクに乗って飛行機を追いかけました。「ビキニ写真をアップすれば、40万のいいねが付くのはわかっているんだけど、スタント動画を撮るほうが好きなの」とのこと。

 この後、シグモンドさんが彼女なりの「Thick」ダンスを踊りはじめました。「流行ってるのよ」と、ウォランスキーさん。

 ダンさん、ブリュワーさん、モライスさん、ウォランスキーさんは、BOA Steakhouseに夕食に出かけます。ここはウェストハリウッドにある店で広い屋外の食事スペースがあるため、パンデミックの間インフルエンサーのたまり場になっています。ウォランスキーさんが、他のクリエイティブなプロジェクトについてみんなに説明しています。彼女は現在2つの番組を制作中で、どちらもいたずらを絡めたものです。2020年12月には、ルルレモンと同じ品質を低価格で買えるフィットネス用品ライン「Kinsey Fit」を発売する予定です。

 彼女たちは皆、インフルエンサーを職業ではなく、目的のための手段として見ています。ブリュワーさんが情熱を傾けるのは、レースカーの運転です。

 彼女は2019年のSaleen Cupに、スポーツカーのハンドルを握って参戦しました。ですが、2020年のシーズンは中止となってしまいました。マネージャーは彼女に、ゴーカートでハリウッドの街中を走ってほしいと考えているそうです。逮捕されれば、より話題づくりになるでしょう。

 ダンさんは女優です。アイス・キューブの映画『ボクらのママに近づくな!』のテレビ版に出演したのが最初の仕事で、IMDbによるとこれまで40作品に出演しています。インフルエンサーはあくまで副業なのです。モライスさんも、自身をフィットネス起業家として考えています。

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クラブハウスのプールで女性陣の写真を撮るイアン・パスモアさん。

 それぞれが自立した道を歩もうとしていることは、「賢い」と言えます。注目されるコンテンツハウスですが、ビジネスモデルとしては欠陥があるようです。

 「インフルエンサーは素晴らしいです。彼らは、あっという間に文化を支配する動画をつくることができます。しかし、コンテンツハウスは非常に寄生的で搾取的に感じます」と、インフルエンサーマーケティングエージェンシーのトナーさんは言います。「ブランド、コンテンツハウスの所有者、クリエイターなど、誰にとっても経済的に意味があるとは思えません。誰が価値を得ているのか正直わかりません」とも語ります。

 会計が終わると、彼女たちはマスクをつけます。ダンさんとブリュワーさんのマスクはディオールのものです。外にはパパラッチが集まっており、店を出た彼女たちはフラッシュの嵐を浴びます…。

 「Instagramモデルになるのは簡単ね」とウォランスキーさん。「でも、私がやっていることは大変な仕事よ」

Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です。

From: Esquire US