自動運転車は常に、人類の次なる偉大なる技術的飛躍の一つの代表的ステップとして考えられてきました。

 トム・クルーズ主演映画『マイノリティ・リポート』に出てくる「レクサス 2054」から、ウィル・スミス主演映画の『アイ, ロボット』に登場するAI操縦のアウディまで、自動運転車は渋滞や事故とは無縁の輝かしい未来への抵抗できない魅力を伝えてきたのです。

 この夢を、現実の延長線上に実現しようとする試みが始まったのは、半世紀以上も前のこととなります。ですが、商業的成功という意味では、イーロン・マスク氏がCEOを務めるテスラにわずかでも匹敵するほどの解決方法を示したクルマメーカーはこれまでにありませんでした。

 そんな中、この発明家かつ大富豪であるこのCEOは、自動運転革命は必要ではあるものの、重要に値しない形式的なものだと言うのです(とは言え、自社の技術の成功を知らしめる大いなる結果であると認識していることは間違いありません)。そして彼は現在、乗客の安全向上を狙い、自動運転の経験を重ねることに重点を置いています。

 マスク氏は最近、自社の「V10」ソフトウェアアップデートで加わる機能を詳しく説明した一連のツイートの中で、「車両の停止中にYouTubeやNetflixをストリーミング再生できる機能が、間もなくテスラ車に導入されることでしょう」とし、この体験について「快適なシートとサラウンドサウンドのオーディオによって、驚くほど没入感のある映画館のように体感できるでしょう」と発表しました。

 またテスラ氏は、その後「完全な自動運転機能が規制当局に承認されれば、移動中の動画視聴も可能にするつもりです」と明かしもしました。これは素晴らしいことです、「自動運転する車内に快適なシート、そしてサラウンドサウンドのオーディオ」ですから…。もう、(自動運連機能を)ためらう必要はないのではないでしょうか…。

Elon Musk
Getty Images

 マスク氏の発言を聞くと、自動運転車の中でNetflixを観ながらくつろぐ時代は、自動運転車自体の実現よりも先に訪れるかのようです。

 マスク氏はこの革新的技術の到来に関して、いくつかの主張を行っています。

 「テスラが早ければ、来年にもロボットタクシー事業を開始する」とも示唆しています。あまりに野心的な予測(マスク自身も公に認めています)を、次々に発表するマスク氏は、幾度も非難されてきました。ですが、それに懲りないテスラは、最近では「おそらく今後2年で、ハンドルやペダルのない自動車を開発する」との予測を出しているのです

 ちなみに、もう忘れてしまった方もいるかもしれませんが、ウーバーのプロトタイプ自動運転車が道を横切る歩行者を轢き殺したのは、ほんのわずか1年前のことなのに…です。

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

 そう、マスク氏が語るほど、自動運転の未来がすぐに訪れるとは信じがたいことなのです。

 このテック界の大御所が、普通と違った(人によっては「不要」とも言われるような)発明関連の論争に関わるのは、これが初めてではありません。近年では、シリコンバレーの大物たちが彼に抱く商業的な信頼は、かなり揺らいできています。

 大麻を吸いながらポッドキャストをしたことから、自らの小型潜水艇を非難した英国の洞窟ダイバーを「小児性愛者」と呼んだことまで含め、さらにマスク氏の行動は複数の訴訟や投資家との対立、メディアによる風刺などを招いており(アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏とスペースXの宇宙事業での競争は、言うまでもありません)、彼には多くの野心的プロジェクトを1つでも実現するための時間や集中力も、実はない可能性があると言えるのではないでしょうか。 
 
 また、規制に関する問題も決して小さくはありません。

 『フォーブス』誌は最近、自動運転に関するマスク氏のビジョンを現在妨げている、法的な障害について概要を伝えています。

 「自動運転車に関する規制は存在しないため、『政府レベルで規制当局から自動運転車への承認を受ける』ということ自体があり得ない」と説明しています。自動運転車を承認するために存在する規制の枠組みは、まだまだ初期段階。そして、規制当局は企業が自社製品の安全性や有用性を証明することを期待して行う大規模なテストを許可している程度に過ぎないのです。マスクは、「実現さえままならない段階で、未来の完全な製品を約束する」という過去の習慣に、再び陥ろうとしているのです。 
 
 自らの自動運転車が最も速く、華やかなものになるよう尽力するマスク氏の熱意が、彼の大胆不敵な性格とSF世界のクルマを実現することへの真剣な思いの証であることは間違いありません。

 ですが、(私たちの知る限り)完全な自動運転技術自体がまだ存在しない段階で、快適なシートに座ったまま「マリオカート」などを遊ぶ機能を乗客に約束することは、見当違いに思えます。もちろん、テスラ車にNetflix機能を加えることが問題というわけではありません(マスク氏は、「高速道路を走る車内で見逃していたドラマをキャッチアップすべき」と言っているわけではありません)が、この機能もカタチだけのアイデアになるのではないでしょうか!? と言うのもマスク氏はこれまでも、自らの発明プランにとって極めて重要と考えているであろう、多くの些細な機能を挙げてきましたので…。彼は口だけが達者で、アイアンマンスーツなしでトニー・スタークになったような億万長者と言えるのです。実際に何者かになることなく、皆さんに気に入られようとしているだけなのです(実はそれが反感の原因とも言えますが…)。 
 
 マスク氏とテスラが、いつかはその大胆な計画を実現することに間違いないでしょう。この発明家はこれまでも断固とした決意を持ち、利益率の低下に関係なく真のイノベーションを達成するための責任をはたしてきました(マスク氏は2018年、テスラの経営で金銭的な損失を被ったと伝えられています)。

 とは言えマスク氏という人物は、胡散(うさん)臭い自動車セールスマンとして活動する現代のエジソンと言えるかもしれません。

 彼は将来自分が何をつくることができるのかを知っており、それを発明する前に売ろうとしているように思えてなりません。マスク氏の名前が結びつく数々の企業において、あの「ペイパル」の成功を見出した彼の鋭いビジネスセンスは現在、失われているようにも思えるのです。彼のあまりに大きな野望は、現実的成果をもたらすであろう彼の才能にヴェールを被せているようにも思えるのです。

 「将来、テスラ車の中でNetflixが視聴できる」と興奮しながら宣言する彼の姿が、この混乱した優先順位の縮図と言えるのです。 
 
 マスク氏には一刻も早くロボットカーを開発してもらって、その中でどれだけテレビを視聴できるのか? を見せてほしいものです。

 

 
 

From Esquire UK
Translation / Wataru Nakamura 
※この翻訳は抄訳です。