1940年代前半から1950年代後期にかけて、主にアメリカで製作された犯罪映画のムーブメント「フィルム・ノワール」の世界からこの強盗映画は登場したと言ってもいいでしょう。現在までそれは、映画界で最も優れたジャンルの1つであり続けてきました。これらの映画には、誕生当初から揺るぎないプロット(筋書き)で構成されており、だからこそ脚本家や監督がどれほど大胆なストーリー展開や演出を含めても、物語が進むべき道から脱線することはありません。
とは言え、強盗映画の魅力はそれだけではありません。風変わりで遊び心のあふれる映画も数多く存在します。その一例が、1960年代にベイジル・ディアデン監督が製作した『紳士同盟』です。大富豪から大金をせしめようとする、いたずらっぽくカリスマ的なキャラクターたちが観客を魅了しました。そこでは、頭の回転の速さやユーモアのセンス、意地悪な性格、スタイリッシュさなど、さまざまな特徴を持つ強盗たちが登場し、彼らの企み(観客の楽しみでもあります)を阻止しようとする警察や金持ちたちとの戦いが描かれたのです。
そこにこそ、強盗映画が愛され続けている理由があるのです。さらには、多くの強盗映画から願望成就という仮想のカタルシスを感じ得ていることでしょう。それでは、そんなハラハラドキドキする史上最高の強盗映画8本をご紹介いたしましょう。
『アスファルト・ジャングル』(1954年日本公開)
本作は強盗映画の多くのお約束を生み出した作品であり、この映画なしで強盗映画というジャンル自体を想像することは困難となることでしょう。
例えば、出所した首謀者が各分野のスペシャリストたちを集める展開、素晴らしい計画の概要が前もって解説されるドキドキのシーン、さらには絶対に破ることができないとされる金庫への出会い、目に見えないセキュリティシステム、共犯者の忠誠心を試すために徐々に計画が明かされる流れなどなど…、いずれもこの映画から誕生したのです。
ハードボイルドな脚本と影を多用した映像が特徴のこの映画は、ノワールクライムスリラーの先駆け的作品であり、若き日のマリリン・モンローも出演しています。
彼女は当初ある弁護士の愛人という脇役のオーディションを受けて落ちていましたが、部屋を飛び出す様子が監督のジョン・ヒューストンの心を掴み、最終的な起用に至ったとのことです。
ヒューストン監督はモンローについて、「部屋を出ていくことで出演を掴み取った数少ない女優の一人だ」とのちに語っています。
『サブウェイ・パニック』(1975年日本公開)
気難しく退屈した警部補のガーバー(ウォルター・マッソー)のもとに、武装した男たちが地下鉄をジャックしたとの一報が入ります。
非情なブルー(ロバート・ショー)が率いる犯人一味は、地下鉄側に100万ドル(約1億500万円)の身代金を要求。地下深くにいる彼らは、一体どのようにお金を持ち去る計画なのでしょうか?
ガーバーのキャラクターやそのドライなウィットは、応援せずにはいられません。そして、作品の中に展開する緊張感やトレインジャック犯の残忍さなど、薄れることのないシーンが数多くあります。
そして総合的にも、信じられないほどスピーディーに物語は展開し、魅力的キャラクターにあふれ、ファンクなサウンドトラックも本当にクール…といったおすすめの映画です。
『狼たちの午後』(1976年日本公開)
シドニー・ルメット監督が手がけた本作の冒頭で、犯人のソニー(アル・パチーノ)は強盗映画によくいる情け容赦のない男のように見えます。ですが、彼らの計画は早々に暗礁に乗り上げてしまいます。彼らはそもそも犯罪集団ではなく、向こう見ずな行動を起こしてしまった一般人に過ぎないのです…。
12時間にわたる強盗の間に、恋人の性別適合手術のためにお金を得ようとする主人公ソニーは、なぜか民衆の英雄に祭り上げられます。そんな彼は、さまざまなことに気を取られながら、徐々に常軌を逸していく。そして、 そんなこと「アッティいいのカ!?」となるかもしれません…。
『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』(1981年日本公開)
マイケル・マン監督の長編映画デビュー作では、ジェームズ・カーンが一匹狼で冷淡な前科者の宝石泥棒であるフランクを演じました。
自らの非常に危険な仕事と、恋人のジェシー(チューズデイ・ウェルド)との普通の家族生活への憧れとの間で、板挟みになるフランク。そんな彼は裏切りにあふれた日々に嫌気がさし、新たな生活を始めようとします。がしかし…案の定、彼のもとには最後の大仕事が舞い込むのでした。
本作は、リアリティーを追求した強盗映画が好きな方にぴったりな映画です。また、タンジェリン・ドリームのサントラも秀逸です。
『バウンド』(1996年日本公開)
ウォシャウスキー兄弟監督(現在はウォシャウスキー姉妹として知られる)は、『マトリックス』以前から常識を破る作品を製作していました。
彼らの長編デビュー作となった本作は、強盗映画の形を取っていますが、ウォシャウスキー兄弟が『マトリックス』と同じようにLGBTや性転換経験への暗示を織り込んでいたことは明らかです。
本作は強盗ジャンルにとって伝統的な、ジェンダーロール(性別にに課される役割)に焦点を当てた作品です。5年の刑期を終えて出所し、マフィアのビアンキーニ一家の下で働くことになった泥棒のコーキー(ジーナ・ガーション)。彼女はボスのシーザー(ジョー・パントリアーノ)の情婦ヴァイオレット(ジェニファー・ティリー)と知り合い、女性同士で恋に落ちるのでした。そうしてヴァイオレットはコーキーに、組織の金二百万ドルを奪い、ビアンキーニの息子のせいにして逃亡しようと持ちかけます…。
コーキーとバイオレットは周囲の男たちから常に見くびられており、ウォシャウスキー兄弟はのちに、「『バウンド』のキャラクターたちは、誰もが自らの人生のある種の罠に立ち向かっている」と語っています。
バイオレンスとセックスにまみれた女たちの生きざまを、スタイリッシュに描き上げた新感覚の犯罪映画と言えます。そうしてウォシャウスキーの二人は、輝かしい映画製作者のキャリアの幕開けを告げたのでした。
『RONIN』(1999年日本公開)
1990年代半ばのロバート・デ・ニーロと言えば、『ヒート』や『ジャッキー・ブラウン』で再ブレイクしたイメージがあります。が、本作も同様に印象的な映画でした。
デ・ニーロが演じたのは、元CIAの傭兵であるサム。ジャン・レノやステラン・スカルスガルド、ショーン・ビーンらのスペシャリストを率いて謎のスーツケースを追います。一方、ジョナサン・プライス演じるIRAのスパイには異なる思惑があり、その交差で物語は進行していきます。
本作のリアルで説得力のあるカーチェイスシーンは、今見ても際立ったものであり、経験不足からチームの足をひっぱるビーン演じるスペンスのキャラクターも魅力的です。
またこの映画には、ビーンのフィルモグラフィの中でも最も素晴らしい、「ラズベリージャムになるとこだった」というセリフもあります。
『オーシャンズ11』(2002年日本公開)
スティーブン・ソダーバーグ監督が、1960年のフランク・シナトラ主演の『オーシャンと十一人の仲間』をリメイクした本作。
ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、マット・デイモン、ジュリア・ロバーツ、アンディ・ガルシア、ドン・チードルらのスターが夢の共演を果たす本作は、現在でも高い人気を誇っています。
彼らはラスベガスの3つのカジノの金庫を狙い、ボクシングのヘビー級タイトルマッチの裏側で密かに計画を実行します。もう1つ補足情報を付け加えるとすれば、ブラッド・ピットが俳優人生の第2幕を開いたのは、おそらく本作であると言えるでしょう。
そんなピットは、口数は少なくとも皮肉好きでいつもハンバーガーを手に持った、ロバート・レッドフォード的なクラシックな主演俳優を見事に演じていました。
『インサイド・マン』(2006年日本公開)
2015年にはアカデミー賞名誉賞を受賞しながらも、俳優部門候補者(20人)が2年連続で白人のみであったことを理由に、2016年2月に開催されるアカデミー賞授賞式には出席しない意向を表明。それ以降もアカデミー賞授賞式には出席しないとしていたスパイク・リーの姿が、2019年の第91回アカデミー賞授賞式で再び観ることができるようになったことは非常に喜ばしいことです。しかも、『ブラック・クランズマン』でアカデミー脚色賞を受賞しましたし。
ですが、この『インサイド・マン』が現在、彼にとって成功を収めた最後の大予算映画となっていることはとても嘆かわしいところでもあります…。
本作は序盤から強盗シーンとなりますが、内装業者を装った犯人や人質をシャッフルする入念なシステム、アルバニア独裁者エンヴェル・ホッジャの演説音による盗聴器対策など、複雑で予想のできない展開にシビレルことでしょう。
そして、デンゼル・ワシントンとキウェテル・イジョフォーらがクライブ・オーウェン演じる犯罪首謀者への奇襲を画策する中、物語の焦点が「どのように強盗を成し遂げるか」から「なぜ強盗を行うのか」という動機へと移るところも見事過ぎます。
さすがのリー監督作品と言うべきでしょう。
本作は知的で優れた大作スリラーであり、ニューヨークをこれほどのエネルギッシュかつウィットに富んだ撮影を成し遂げた最高と言いたい作品なのです。こんな映画つくれるのは、彼以外にいないでしょう…なので、彼の新たな大予算映画が観たいと願う方は、そう少なくないでしょう。