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サメに右手・右足を奪われた男の「本当に格好いい物語」

自殺したい思いを乗り越えて…

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 オーストラリア海軍所属のダイバーだったポール・デゲルダー氏はサメに襲われ、右手と右足を失いました。しかしその後、彼は「サメの保護活動家」に転身したのです。

 元オーストラリア海軍所属のダイバーであるボール・デゲルダー氏の恐れるものは、この世に2つしかありません。それはサメと人前で話すこと…彼は訓練中に、サメに襲われ右の手足を失っているのです。そんな彼はいまでは、サメの保護を訴える啓蒙活動家になっているのです。

 ここで「?」と思う人も多いことでしょう。

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 少年時代のデゲルダー氏はこれといった夢や目標などをもたず、まるで浮草のように時間を過ごしていました。バーテンダーだったこともありますし、ラッパーを目指した時期にはスヌープ・ドギー・ドッグのオープニング・アクトを任されたこともありました。それに、なんとドラッグのディーラーだったことさえあったのです…。そんな彼はやがて、海軍の水中工作員になりました。そうしてやっと安定した生活を手に入れたのです。海底での破壊活動や爆発性危険物の処理などが、彼に課される任務でした。  

 するとあるとき、デゲルダー氏がサメに襲わることに…。それは水中追跡用の新型機器のテストを行っていた2009年のことです。治療は数カ月間を要しましたが、その後、失った右手と右足に義肢を装着した彼は、また職務への復帰を果たしたのです。 

 この事故に遭う以前のデゲルダー氏は、「サメのような害獣は絶滅して然るべきだ」と考えていたそうです。しかし、この事故の経験について、公共の場で話す機会を得るようになり、やがてサメが地球のエコシステムにとっていかに必要な存在なのかを知るに至ったのです。 

 サメが他の魚類を捕食することにより保たれている海中の生態系バランスがあり、それがサンゴ礁の保全や、私たち人間が食用として捕獲する魚類の保護にも繋がっているということを学んだのでした。 

 現在、デゲルダー氏はサメの保護活動家として数多くの団体、組織とともに公共教育を行っています。水産業界のビジネスのため、年間1億匹もが殺されてゆくサメを絶滅から救うことを目的とした活動を展開しているのです。

『ディスカバリー・チャンネル』は毎年夏になると「シャーク・ウィーク」と銘打ち、その1週間はずっとサメ特集の番組ばかりを放送します。 

 2018年は7月22日から29日の1週間がそれに当たり、記念すべき30周年を迎えたのでした。今回、私たち「メンズヘルス」US編集部チームもシャーク・ウィークに参加し、デゲルダー氏の貴重な、そして恐ろしい体験談を聞くことができたのです。

それでは、ボール・デゲルダー氏へのインタビューをご紹介します。

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Courtesy of @pauldegelder

私(ポール・デゲルダー氏)が入隊したのは、2000年11月のことです。私にとっては新たな挑戦であり、また同時に、最後の希望でもありました。それまでの人生においても私は冒険を求め、「何か特別なことを成し遂げたい」と、さまざまなことにチャレンジしてきました。ですが、どれも失敗ばかりだったのです。軍隊に入れば、「なにか特別な体験が待っているかも知れない」と…そう考えたのです。

 私は最初、パラシュート部隊に回されました。敵の部隊の背後をついて空から降下する歩兵部隊です。国連平和維持軍の一員として、2002年に初めての海外派兵に加わり、東ティモールの島に赴きました。 

 その年の終わりに、まるでスーパーボウルの出場選手のような気分で帰国を果たしました。これと思える仕事に、初めて就くことができたのです。「国の役に立っているのだ」と心底実感でき、次の任務が待ち遠しかったものです。

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Courtesy of @pauldegelder

 海軍の水中工作員の話を耳にしたのは、その頃です。

 かなりすごいやつらの集まりだということは、なんとなく知っていました。「他の兵士たちからも畏敬の念を抱かれるような存在に、俺がなれない理由がどこにある?」と私も考えたのです。

 海軍に編入するための申請と、書類手続きのためだけに12カ月もの時間を要しました。我慢と忍耐、そして厳しい訓練の日々でした。2005年の4月に審査まで到達し、そして、ついに念願叶うこことになったのです。

 そうして任務に就きながら2009年、2月11日のこと。私はサメに襲われました。

 海軍の研究開発部門が、海上を移動する船舶の追跡を可能にする新型装置を開発していたのです。その装置がテスト段階に来ていたときのことです。水中に飛び込み、わずか4、5分といったところでしょうか…。

 突然、強烈な衝撃が私の足を襲いました。ですが、それが一体なんなのか? 私にはさっぱり見当もつきませんでした。なにしろ、痛みを感じなかったのです。いまの自分に何が起きているのか? 確認しようと振り返りました。すると、灰色の巨大なサメの頭と向き合う格好になったのです。

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未だかつて見たことなどない光景でした。

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Courtesy of @pauldegelder

 自分が一体、何を目にしているのか…全く理解できませんでした。脳が視覚情報を処理できなかったのでしょう。まるで1分間も、目と目を合わせて顔を突き合わせているように感じましたが、恐らくは瞬きするぐらい短時間のことだったでしょう。すると突如、生存本能が湧き上がり、“どうにかしないとまずい”と我に返ったのです。

 両目をめがけて、拳を繰り出そうとしました。単に、手の届く距離にサメの目があったからです。しかし、腕を動かすことができません…わけが分からず、どうなっているのかと視線を移しました。すると、私の右足と右手の手首から先がサメに噛みつかれていたのです。足と手を一緒にです。なので、利き手の拳で抵抗することはできなかったのです…。

 左手でどうにかしようとはしました…が、サメの目玉には届きませんでした。仕方なくサメの鼻先を押し上げようとしましたが、私の足に食い込んだ歯がより深く突き刺さっただけでした。突如、強烈な痛みが私を襲いました。とにかくできることは、サメの頭を目掛けてパンチを繰り出すことぐらい。サメのほうも、私のことを食料だと気づいたに違いありません。そのまま私を激しく振り回しはじめたのです。

いわば2枚刃のカミソリ36枚が、足の表裏そして手首にも突き刺さり、その肉を切り裂こうとしているのです。

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Courtesy of @pauldegelder

 そのような状況を想像していただけますかとが? 私自身でさえ、うまく説明することができません。おまけに海底深くに私を引きずり降ろそうとているのです。私は溺れかけていました。体重がおそらく300キロもありそうな、筋肉の塊のようなこの生き物から「逃れる術などない」と私は悟りもしました。まさに、死を覚悟したのです。

 サメは私のハムストリング(人間の下肢後面を作る筋肉の総称)を食いちぎり、そして、私の手を食いちぎりました。すると幸運なことに、着用していたウェットスーツに浮力があったお陰で、私は水面に浮かび上がることができたのです。 

 とにかく泳ぎました。ですが、水を掻こうとしても…。ここで改めて、右手の手首から先が完全になくなっているのに気づきました。血が吹き出していました。悩む暇などなく、とにかく左手一本で泳ぎました。そして片足で水を蹴りました。もう片方の足は、その存在を感じることすらできませんでした…。

 自分の血の海の中を無我夢中で泳ぎ、セーフティーボートまでどうにか辿り着くことができたのです。

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Courtesy of @pauldegelder

 右足の残骸は、かろうじてぶら下がっていました。ですが、ハムストリングを根刮ぎ、それから大腿四頭筋、おまけに神経まで食いちぎられていました。右手も失いました。前腕骨からきれいに削ぎ取られてしまったのです。脚については、決断を迫られることになりました。もう感覚もなく動かすこともできないのですから、維持していても無駄だろうと考え、切断することに決めました。

「義足を用いれば12カ月で歩けるように、うまくいけば走れるようにさえなるだろう」と医師の説明を受けました。そして最終的に、その道を選びました。それはものすごく、本当に厳しい道でした。術後20時間にわたり耐え難い痛みが収まりませんでした。

「自分の拳銃を取ってきてほしい」と母親に頼みました。銃があれば自殺できます。「いっそサメに食い殺されていればよかった」とも考えました。想像を絶する極限状態の20時間でしたが、やがて治療が功を奏してきたようで、これからどうなるのだろうなどと、先のことに思いを巡らせることまでできるようになったのです。

 私は仕事を愛していましたし、自分の人生も愛していました。

 何もないところから、努力を積み重ねて築き上げてきた私の人生です。冷静になればなるほど、そう簡単に捨て去りたくはないと強く思うようになったのです。そして、「仕事に戻りたい」と…仕事こそ自分の人生にとって必要不可欠なことだと切実に感じていました。それがない人生など想像もできませんでした。生きる目的と価値を与えてくれたのが仕事なのです。そのようなわけで、仕事の現場へ戻ることを心に誓ったのです。

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Courtesy of DISCVOERY

 9週間の入院中、できる限りリハビリで自分を追い込みました。退院して自宅に戻ると、親友たちがクルマを出して、私をジムまで毎日連れて行ってくれました。

 痛み止めに、さまざまなドラッグを常用するようになりました。薬物による作用については、もともとある程度知っているつもりです(今回デゲルダー氏は「メンズヘルス」の取材に対し、10代のころの薬物使用についても赤裸々に語ってくれていました)。

 手術後には、痛み止めとしてオキシコンチン(Oxycontin)を好んで用いました。そうこうするうちにマリファナを吸い、ドラッグを摂って過ごした地元での年月を振り返り、あのころの自分を後悔するにまで至ったのです。もう、あんな生活には戻りたくありませんでした。その思いがモチベーションとなり、私は予定よりも早く、薬剤による治療から抜け出すことができたのです。

 そして私は、トレーニングを再開しました。 

 陸軍の基地に毎日通い、ワークアウトに励みました。片手、片足だけで行うベンチプレスやスクワットは、本当に大変です。改めて、自分の体をどのように動かせば良いのかを、一から学び直すことになりました。そうして、その半年後に復職することができたのです。 

 海軍の上官は、「私が続けていたいだけ海軍での仕事を保証する」と言ってくれました。でもまさか私が、あの部署に戻りたいと言い出すとは誰もが思ってもいなかったことでしょう。

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Courtesy of DISCVOERY

 ダイバー部隊に所属するためには、常に戦闘可能な状態であることが必要です。

 戦闘において大した働きができないであろうことは、私も自覚していました。では、ダイビングを教えるという役割はどうでしょうか? 私は自分がその立場に適した人間であることを証明するために、あらゆる努力を惜しまず、死ぬほど自分を追い込みました。

 講演会などの依頼が届くようになりました。しかしながら、しばらくの間はそのような依頼は断り続けていました。なぜか? それは…サメも恐ろしいですが、人前で話すこともまた私にとっては恐怖以外のなにものでもありませんでしたので…。

 ところがある時、「がんと闘う子供たちの合宿の場で話をして欲しい」という依頼がきたのです。引き受けることにしました。本当に特別な経験となりました。子供たちを笑わせ、病気のことをしばし忘れさせることができたのです。

それから私は少しずつ、講演を引き受けるようになりました。

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 そうして3年半を過ごすうちに、1時間の講演料が海軍における2週間分の給与と同程度にまで上がっていったのです。確実な収入の保証のある海軍に留まって、講演活動をやめるべきか? それとも1、2年しか続かないかもしれない講演活動を選び、新たな人生に乗り出すべきか? 私は決断のときを迎えました。

 こんなふうにして大きく恐ろしい決断を迫られた場合、私は必ず大きく恐ろしい方を選択してきました。そして、いつだって最後にはどうにかなってきました。今目の前にあるのは、新たな人生へと私を導く大きく恐ろしい選択肢でした。

 2012年8月に海軍を除隊し、プロの講演家となりました。この決断が私の人生のあらゆる面に、大きな変化を及ぼしたのです。

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 その結果、サメに関してのエキスパートにもならなければなりないという必要に迫られてしまいました。

「サメに襲われた」という形容がついたことで、とても大きなパブリシティとなっていたからです。そしてサメについて学べば学ぶほど、それがいかに絶滅の危機に瀕しているのか、そして、過酷な逆境の中でいかに生きているのか、それに加えて、サメが海中で果たしている役割などについて深く知ることになったのです。

 事あるごとに驚かされるのは、「人がどれだけサメを恐れているのかということ」。そしてその反面、「サメにとっても人類がどれほど恐るべき存在であるか」ということです。

 私たち人間は、サメを徹底的に恐れているのですが、サメによって殺される人間の数は、世界中を見回しても実にわずかです。対して、私たちは年間1億匹以上ものサメを殺しているのです。恐ろしいほどの数です。私たち人類が海に対して行っている物事は、実にとんでもないことなのです。なにも環境汚染にまで話を広げようとしているのではなく、例えば漁業ひとつをとってもそうなのです。  

 地球上の生命に対する無差別的な攻撃を、人類は行っているということになるのです。だから私は今、こうして役割を担うに至ったのだと思います。

「自分にも何かできることはないか?」と、多くの人が私に申し出てくれます。

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Getty Images

 皆さん、身近なところから意識してください。あなたの地元や周辺のコミュニティーで、どのような取り組みをしている人がいるのかをまず知ってください。そのようなところから、活動を地道に広げてゆくことが大切だと思うのです。

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Courtesy of @pauldegelder
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最後に2012年4月、CBSでの番組でインタビューに応えるポールをご覧ください。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Shark attack survivor: "No Time for Fear"
Shark attack survivor: "No Time for Fear" thumnail
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From MEN'S HEALTH
Courtesy of @pauldegelder(via Instagram)
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です。

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