記事で紹介した商品を購入すると、売上の一部がEsquireに還元されることがあります。
記事中に記載の価格は、記事公開当時の価格です。
男の「産後うつ」こそ要注意 ― 愛しているのに傷つける想像をしてしまう者たち
新米パパたちは、赤ちゃんが大好き…大好きなはずです。ではなぜ、赤ちゃんを傷つけるような想像をしてしまうのでしょうか? それは男性も女性たちと同様に、産後うつ病の問題を抱えているからのようです。
《概要》
▶ 産後の気分障害は、女性特有の問題だと思われがちです。しかし実際のところアメリカの調査では、10%近くの男性もまた「産後気分障害(postpartum anxiety=PPA)」や「産後うつ病(postpartum depression=PPD)」を抱えることが分かっています。
▶「強迫神経症(Obsessive-compulsive disorder=OCD)」は、産後うつ病の典型的な症状のひとつです。
▶ 産後に強迫神経症を発症すると我が子に対し、暴力や性的虐待のイメージが引き起こされることがあります。
▶ 産後の強迫神経症に見舞われた親が、その想像どおりに振る舞うということは滅多にありません。しかしながら、そのような精神状態で過ごすことは、男性にとって、非常に苦痛なことなのです。
*****
初めての赤ちゃんを迎えたパパたちなら、赤ちゃんを寝つかせることが、どれほど大変なことか知っているはずです。
やっと、うとうとしはじめた赤ちゃんの姿を見れば、小躍りしたい気分にさえなりますよね。しかし、赤ちゃんを抱えた米国人男性アシュリー・カリーさんにとって、就寝時間は恐怖でしかありませんでした。
「夜中に飛び起きて、赤ちゃんが顔にかかった毛布で呼吸困難になったりしていないかを確認して、そしてまた、自分のベッドに戻るのです」と、2018年には49歳になるカリーさんは振り返ります。「ひと晩のうち何度も何度も、そんなことを繰り返すのです。しまいには、まったく眠ることができなくなってしまう日だってありますから」とのこと。
親としてのごく一般的な気掛かりが、「深い」「逃れられない」といった恐怖心へと変容していったのでしょう…。
赤ちゃんをお風呂にいれるときにだって、「『妻が万が一、赤ちゃんを溺れさせてしまわないか』と不安になり、自分でやらねば気が済まなくなりました。妻のことを完全に信じており、また、疑わしいことなど何一つないのにも関わらず、その赤ちゃんが自分の子ではないのではないか?という疑念が、頭から離れることはありませんでした。なによりも最悪だったのは、もしかしたら無自覚に、わが息子に対する身体的、性的虐待を加えてしまうかもしれない…という恐怖が頭から離れなかったことです。子供を傷つけるという考え自体が極めて不快で、そして、嫌悪の対象であったにも関わらずです」とのこと。
そうして何年間にも渡り、カリーさんはカウンセリングで治療をうけながらも、一人でずっと苦しんできました。
数年後に第2子となる娘が生まれてから、状況は更にひどくなったそうです。
深刻なパニック発作が起きるようになったとのこと。睡眠障害がおきたそうです。そして体重が10キロ以上も減ってしまったのでした。「とにかく、ものすごく不健康な状態でした」と、彼は振り返ります。
新米パパの10人に1人は、PPAかPPDの疑いがあります
写真:いまは不安から解消されたアシュリー・カリーさん、49歳。
育児ノイローゼの状態だと説得され、カリーさんは救急病院を訪ねました。第1子が生まれてからの状態を医師に対して伝えると、産後型の強迫神経症(OCD)であるという診断が下されたとのこと。これは、初めての子をもった親にみられる強迫神経症の一種。親自身にそんなつもりは全くないのにも関わらず、赤ちゃんに対する不安や良くない想像が起き、それに悩まされてしまうようです。
カリーさんはホッとしたそうです。原因も分からず、誰にも相談できぬまま、ずっと恐ろしい想像や不安に苦しめられてきたのですから…。
「なにが問題なのかを知ることで、闘いが半分終わったように思えました」と彼は言います。
人は誰しも、折に触れて不安感や邪念に苛まれるものです。例えば地下鉄の駅のホームに立つ人が、「もし電車が来たタイミングで、横の人の背中を押したらどうなってしまうのだろう?」というようなことを思い浮かべてしまうのは、「強迫神経症(以下OCD)」の専門家によれば、一般的なことのようです。
大抵の場合、そのような考えは思い浮かんだのと同じくらいの速度で、あっさりと消え去ってしまいますので…。
OCDを患う人々にとっては、しかし、このような暴力的な想像というのは、一過性のものではないとのことです。
ずっと継続的に頭を支配し、あらゆる物事の妨げになります。多くの人々にとっては、地下鉄のホームでの凶行など、ただの良くない思いつきということで笑って片付けてしまえるようなものでしょう。ですが、OCDの患者にとってはそうはいきません。例えば、何時間もその考えに悩まされた後、自分が絶対にそれを行動に移さなかったことを“確かめる”ためだけに、わざわざ確証を求めて駅まで戻ったりすることもあるのです。
子供をもった後にOCDを発症するのが、産後OCDと呼ばれる状態です。この産後OCDは「産後気分障害(以下PPA)」の一種であり、初めての子をもった親のメンタルヘルス(精神的健康)の問題のひとつとなっています。
産後におけるメンタルヘルスの問題は、新米ママの問題として顕著なものです。
「アメリカ心理学会」によると、新米ママのおおよそ7人に1人が産後うつ病(PPD)かPPAに悩まされています。女優のヘイデン・パネッティーアや、モデルのクリッシー・テイゲンといったセレブリティたちも、その苦悩について公に語っています。
ところが父親側の産後のメンタルヘルス問題については、新米パパのおおよそ10人に1人が産後気分障害か産後うつ病を発症しているという調査があるにも関わらず、私たちが耳にすることなどほとんどありません。※日本では兵庫医療大の西村明子教授らが2015年に調査し、「産後4カ月の807人の父親のうち、13.6%にうつ病のリスクがある」という結果となっています。
「産後の問題については、私たちはそれを母親の、特に妊娠出産に関係するホルモンの問題として捉えてしまいがちです」― そう語るのは臨床心理学者であり、ノースカロライナ大学チャペルヒル校で教鞭をとるジョナサン・アブラモウィッツ博士、産後の強迫神経症(OCD)を含む不安障害の研究者です。
「しかしながら、それはしばしば、赤ちゃんを授かったことにより大きく高まる責任感に由来するものなのです」と加えて語ってくれました。
アブラモウィッツ博士は、産後OCDの研究を長きに渡り続けています。実際に彼自身が第1子をもった際に体験した「侵入思考」の記憶が、彼を産後OCDの研究へと駆り立てた動機なのだそうです。
「娘がまだ生後1週間だった、ある夜のことです ―― 午前2時ごろで妻は熟睡しており、私が娘にミルクを与えていました。赤ちゃんの背中をポンポンと叩きながら、ふと“なんてこった、このままじゃ娘を叩き壊してしまいそうだ!”と身震いしたのです」と、アブラモウィッツ博士はやはり赤ちゃんを産んで間もない同僚女性に、そのことを相談しました。すると驚いたことに、彼女もまた、「赤ちゃんの柔らかな体に鉛筆を刺す場面を想像してしまったことがある」と言うのです。
2007年、アブラモウィッツ博士は初めて親になることが強迫神経症(OCD)のリスク要因となるか否かについての研究を開始しました。初めての子をもった親の、なんと60〜90%が同様の侵入思考を経験しているという衝撃的な事実が分かったのです。
「新生児があまりにもか弱く、また、貴重な存在であることが原因で、そこに対する良からぬ考えが引き起こされてしまうという経験をほとんどすべての親がしているという結果にたどり着きました」とのこと。
もちろん、あらゆる人が産後OCDを発症するわけではありません。
侵入思考の頻度やその強度といった要素が、健全な状態と産後OCDなどとを区別するものです。強迫観念や不安を緩和するための「安全」な行動に支配されてしまうのも、同様の現象です。例えば子供の無事の確認のために、際限なく確認を繰り返してしまうというカリーさんの場合も然りです。
産後OCDを抱える人々の傾向として、「子供たちを避けるようになる」という場合もあります。それは「オムツを変えない」もしくは「赤ちゃんの面倒を見ない」などの原因にもなるのだと、スタンフォード大学で精神医学と行動科学を教えるキャロリン・ロドリゲス博士は言います。
反対に「他者が赤ちゃんに介入することの不安から、赤ちゃんから離れる時間を作ることのできなくなる」、という場合もあるようです。
「私自身、かなり過保護になったために、あれこれ気にしすぎたのだと思います。いろんな人たちから、“なんてすてきな父親なの!”と言われたりもしましたが、実際のところやりすぎだったのです」と、最初に取材に応じてくれたアシュリー・カリーさんは言います。
産後OCDを患った新米パパが、例え、それが自らを苦しめる呪いとなることを知りつつも、我が子に対する性的虐待の想像に囚われてしまう場合も少なくありません。
「こんなことを言う同僚もいました。『もし赤ちゃんにいたずらしてしまったらと思うと、怖くなってしまう。もし、赤ちゃんの性器を触ってしまったとして、それを制止してくれる妻が不在だったりしたら、どうなってしまうんだろう?』と、彼は自分が赤ちゃんと2人きりになることを恐れていたのです」と、アブラモウィッツ博士。
しかし、いかなる暗い想像が彼らの頭をよぎるにせよ、「産後OCDを患った男性諸氏が、実際にその想像どおりに動くことはない」という点をしっかり理解しておくのは極めて重要なことです。
「例で挙げたような侵入思考というのは、実際のところ本人がそれを望むものではないのです。だからこそ、精神的に大きなストレスとなるのです」と、ロドリゲス博士は説明しています。
「心の中で求めるものと、反対の物事を思い描いてしまうのです」と。
この意味において産後OCDは、他の産後精神病とは異なるものです。
産後精神病は児童虐待をも引き起こしかねない妄想等を伴った症例で、比率としては少ないものの重大な疾患です(初産の後、産後精神病を患った32歳の女性が、セントルイスで乳児と夫を殺害し、その後自殺したという痛ましい事件があったばかりです)。
「精神病を患った人々は、自らの行動が実際に引き起こす被害について理解することができません」と、ロドリゲス博士は説明を加えます。対して強迫神経症(OCD)を患った人々は、自らの想像によって不愉快な思いをしているのであり、そのことが彼らにさらなる罪悪感を抱かせてしまうのです。
不安症やうつ病を患った過去のある人々のみならず、そのような病歴をもたない人であっても、産後の気分障害を発症する可能性があるという点を踏まえておくこともまた重要です。
カリーさんの場合は病歴はないにせよ、なんらかの侵入思考に苦しめられることは以前にもありました。しかし、初めて親となった後に、それが手のつけられない状態にまで悪化してしまったのです。子供たちが怪我していないかなど常に確認せねば落ち着かず、彼らが「普通に見える」かどうか、周囲の人々に確認せずにはいられなくなったのわけです。
「まるで実際の記憶であるかのように鮮明な、良くないイメージが立ち現れ、自分がなにかしでかしてしまったのではないか?と気掛かりになり、その解決の糸口すら見えないのです。まるで、“もぐらたたき”のように、ひとつ追いやると、またすぐに次が顔を覗かせるのです」と、カリーさんは説明します。
「男は常に強くあらねばらならないという、男性特有の思い込みのようなものが影響しているのかもしれません。だから、常に最善を維持せねばと考えてしまうのです」とカリーさん。
新米の父親として、そのような問題ある想像に囚われてしまえば、特にその想像が子供に対する性的虐待を連想させるようなものであれば尚更、子供の安全について他者から評価をくだされたり、なんらかの指摘を受けたりすることを恐れるようになります。この他者の評価への恐怖と、男性的で“強く”あらねばならないという社会的プレッシャーとが組み合わさることで、父親の産後OCDが静かに発動してしまうことが多いのです。
OCDの症状は、ただ無視してやり過ごせば良いというものではないと、OCD治療を35年間おこなってきた心理学者のフレッド・ペンゼル博士は指摘します。
「このことは、「ある朝目覚めたら、あっけなく治っていた」というようなものではありません。慢性的な症状となれば、適切な治療が必要となるのです」と、取材に応えてくれました。
ペンゼル博士もアブラモウィッツ博士も、解決への道はOCDを専門とするセラピストの門を叩くことだと口を揃えます(国際OCD財団が専門医のリストを提供しています)。
産後OCDの治療として、最も一般的なものは「曝露反応妨害法(ERP=Exposure and response prevention)」という方法です。
患者は自分が恐怖を覚える対象を、程度に応じてリスト化します(例えば、オムツ替え、赤ちゃんを抱きかかえる、など…)。セラピストの協力を得ながら、軽度の課題から克服してゆくのです。
このERP自体が産後OCDを治癒させるわけでも、侵入思考を取り払ってくれるわけでもありません。患者が自ら「自分の行動が子供たちをリスクに晒しているわけではない」と、理解することが重要なのだとペンゼル博士は述べています。
「立ちはだかる思考故に、子供たちを傷つけてしまった人々に関するストーリーを読んでもらうようにもしています」と、ペンゼル博士。「彼らの不安感を解消するための、あらゆる方法を試みています。忍耐力が鍵になるのです」とのこと。
あの日、救急病院に助けを求めたカリーさんは、そこで9カ月間のERPの治療を受けてOCDと向き合いました。そして症状を完治させたのです。
「これでやっと、日常を取り戻すことができました」と、カリーさんは言います。
彼は今、同じ問題を抱え、その治療法を探している父親たちのグループを組成しようと考えています。
「『男はたくましくあらねばならない』という思い込みから、私たち男性はついつい頑張ってしまいがちです。でも、適切な治療を受けなければ、状況はどんどん悪化してしまうのです」と、最後に締め括ってくれました。
強迫神経症(OCD)に関するお悩みがあれば、「国際OCD財団」に問い合わせてみてください。もし、あなた自身もしくはお知り合いの方に自殺衝動が見受けられる場合には、「こころの健康相談統一ダイヤル (※厚生労働省出典) TEL 0570-064-556 、メール・SNS等による相談はこちらから)までご連絡を。
《おすすめ記事》
「うつ病」社員が頻発する会社の共通点は?産業医から見た実態
自殺を乗り越えた俳優も…「うつ病」を受け入れ共存する8人のセレブたち
Source /Men's Health