米航空規制当局は先ごろ、ある公衆安全フォーラムのなかで、旅客機の貨物室内のリチウムイオン電池がもたらす驚くべきリスクについて言及しました。「これまでの仮定に反して、ノートPCのバッテリーは発火して旅客機の事故の引き金になる可能性がある」と警鐘を鳴らしています。

 とはいえ、バッテリー1つでこのような事故が起こるわけではありません。

「米連邦航空局(FAA)」の研究者が想定している最悪のシナリオは「バッテリーが発火して炎上し、化粧品やスプレー缶などの他の可燃物に着火。この炎が燃え広がり、旅客機貨物室の消化システムで消し止められないレベルになる」というものです。

「米運輸省パイプライン・危険物安全管理局(U.S. Pipeline and Hazardous Materials Safety Administration)」の国際プログラムコーディネイターを務めるデュアン・ファンド氏によれば、このような火災は旅客機全体を危険にさらす問題に発展する可能性があるといいます。

 今回の問題提起は何も新しいものではありません。FAAは2017年11月、家電製品の発火リスクについての調査結果を発表。この詳細なレポートの中で、研究チームは「貨物室内での連鎖的な反応は手に負えない大火災を引き起こす可能性がある」と報告していました。

現在バッテリーは規制対象ではない

 ですが、依然としてバッテリーは旅客機の貨物室に積み込まれており、この問題にまともに対処するような規制はありません。このような状況だからこそ、研究者たちや有識者たちは公式な声明を出しているのでしょう。

 彼らは、この問題の潜在的な危険性を十分に理解しており、少なくとも次の事故が起こるまでは無視されるであろうこともわかっていますので…。

 そして、このような事故はいつ起こってもおかしくないのです。「FAA」は2013年以降、毎年多数のリチウムイオン電池の発火事故を報告しており、この数は2016年には31件、2018年には46件にも上っています。

 確かに「FAA」は、電子タバコや予備バッテリーを預け荷物に入れることについては禁止しました。これらは、最も発火リスクの高いものですので。ですが、リスクがあるのはこれらのバッテリーだけではありません。そして、航空会社各社は預け荷物にバッテリーを入れないよう指示していますが、このことは「禁止」という言葉がもつ力とはほど遠い措置で、法的な強制力はありません。

 この問題には、国連も関わろうとしました。が、例によって手ぬるい措置に終わりました。

 というのも、国連の「国際民間航空機関(The International Civil Aviation Organization、ICAO)」は、旅客機が貨物としてバッテリーを輸送することを禁止したに過ぎません。ご存知かもしれませんが、ほとんどすべての旅客機の座席の下には、航空会社にとって乗客のチケット代よりも多くのお金を稼ぎ出す航空貨物が積み込まれているからです。

 さらに同機関は、携帯電話より大きな電子機器を預け荷物に入れることを禁止するよう求めました…が、この試みは失敗しました。

大手航空会社の労働組合の対処は?


  一方、大手航空会社の労働組合はこの問題に気づきつつも、基本的には黙認しています。

 北米最大のパイロット組合である「米定期航空パイロット組合(The Air Line Pilots Associatiion)」は、バッテリーのリスクについては不満を述べながらも、禁止については立場をはっきりとさせていません。

 現在取られている僅かな対策といえば、乗客を対象にした啓発活動を行うことですが、その効果には疑問が残ります。バッテリーの発火を防ぐために、乗客にできることがあるのでしょうか?

 厳密に言えばあります。

「FAA」によれば、フライト中にはノートPCの電源は切っておくべきだといいます。スタンバイモードやスリープモードでは、バッテリーのオーバーヒートにつながる可能性があるためです。また、「発火リスクを高める可能性がある衝撃から保護するために、ノートPCをしっかり梱包しておく」、「荷物の中でも、ノートPCと他の可燃物を離しておく」といった対策も取れるでしょう。

 ですが、乗客がこれらのガイドラインに従うことを期待できるかというと、怪しいところです。

「米運輸保安庁(TSA)」が2017年、手荷物検査場で機内持ち込み荷物から発見した火気の数が3957個にも上り、これらの34%に弾丸が入った状態であったことを考えてもみてください。事故のリスクがあったとしても、「予備バッテリーをヘアスプレー缶から離しておく」といったガイドラインを、彼らが守ることなんて期待すること自体間違いではないでしょうか…。

では、「FAA」が安全第一でバッテリーの持ち込みや預け入れを禁止するのはどうでしょうか?

「米安全保障省(Department of Homeland Security)」は2017年、テロリストがノートPC型の爆発物を設計していたことを懸念し、航空機へのノートPC持ち込みを一時的に禁止しました。航空会社各社は、このときの教訓を忘れていないでしょう。

 ノートPCは、特に航空会社のビジネス上きわめて重要な出張旅行者にとって不可欠なものとなっているので、これを禁止してしまうと、禁止のない他の航空会社に顧客を取られてしまうのです。当時、中東の航空会社は、この禁止令で大きな打撃を受けましたので…。

 また、バッテリー持ち込みの全面禁止に抵抗するのは、航空会社だけではないのです。米国旅行は停滞し、観光収入全体に大打撃を与えることになるでしょうし、この影響は米国の議会や政権へと波及するに違いないのです。 

 つまり、航空会社は経済を回すエンジンとして考えており、「足かせをつけるべきではない」という考えが定石のようですから…。

とは言っても飛行機が墜落したら、航空会社は大きな被害を受けますが…。

 この問題は遅かれ早かれ、旅客機が1度でも死亡事故を起こせば、改めて表面化するでしょう。そのときまでは、このリスクの存在を公にした研究者たちを含め、誰もが見て見ぬふりをするだけなのです。

 そして、火災は起こり続けます。2018年8月1日にも、アイルランド国籍の格安航空会社「ライアンエアー」のスペイン・ニューヨーク間のフライトで機内持ち込み荷物内のノートPCの発火。それによって緊急着陸しています。

 実は他の乗り物よりも安全だという飛行機の記録は、新たに発見された脅威に対し、すぐさま対応してきたことで成り立っているのです。つまり、今回の教訓が無視されれば飛行機の安全性は破綻し、恐ろしいことが起こる可能性は高まるのです。

 そうです、避けられたはずの事故を避けられなかったことほど、悲しい出来事はありませんので。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
No One is Fixing Flying's Fire Problem 1【Popular Mechanics US】
No One is Fixing Flying's Fire Problem 1【Popular Mechanics US】 thumnail
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 《検証動画》旅行用カバンに入れてあるノートPCのバッテリーがオーバーヒートして発火すると、これだけ燃え広がります。


From POPULAR MACHANICS
By Joe Pappalardo