「ディープウォーター・ホライズン」と「教授可能な瞬間」の欠陥理論に注目してみましょう。

 ここ十数年で流行ってきた表現ですが、“teachable moments”という言葉をご存じですか? 日本語では表現しにくい言葉になりますが、「教えるのに絶好の機会」とでも訳せばいいのでしょうか…。

 簡単な例としては、子供が「なんで?」と疑問を抱いた際、単に答えを提示するだけで終わりにするのではなく、その子の年齢などに合わせる必要はあるでしょうが、その疑問および解答の背景となる部分も加えて説明してあげる方も多いと思います。そのときのことを指しています。

 基本的には、日常の生活の中でふと生まれてくる「何か新しい知識を教えるに絶好の機会」となりうる状況のことを、“teachable moments”と言うのです。

 つまり、カリキュラムにそって知識を詰め込むという手法ではなく「何か新しい知識を教えるに絶好の機会」を通して、興味/感情に即した教え方をするのが効果的である…という考え方から重要視されるようになり、時代のキーワードとなったのでした。元々は学校教育関係の用語だったようですが、今では一般に用途が広まり、「良い教訓」とか「見せしめ」のような意味でも使われることも多いそうです。

 そんな時代のキーワードである“teachable moments(何か新しい知識を教えるに絶好の機会)”は、いわば21世紀のニュースピーク(世論操作のために、故意にあいまいとした国家権力が使用する言葉表現)ように思え、個人的には最も滑稽なワードだと考えています。 

 たとえば、テキサス州ヒューストンでの外来感染症の発生やコネチカット州で起きた小学校銃乱射事件、さらにメキシコ湾原油流出事故など、いくつかの重大ニュースがありますが、実際、これらの重大事件・事故の最初の報道後、私たちは得るべき新しい情報は数日間これといってあまりなかったのではないでしょうか。 

 しかし、そんな過熱報道が収束に向かっているときにこそ、私たちはこのような重大な事故・事件から、どのような教訓を学ぶべきかを熟考することができる“teachable moments(何か新しい知識を教えるに絶好の機会)”を迎えるのです。 

 今日、このような重大な事故・事件の解決策として、半分馬鹿げたことやあまりにユートピアすぎること、そして単に、完全に実行不可能なものを提案されることがしばしばあります。

 もちろん、それらの中には共感できるものもいくつかあります。が、このような出来事の多くは政局に利用され、学ぶべき意義はゆっくりと煙に巻かれてしまうものなのです。その間に、また他の事件や事故が起こり、せっかく何か教訓を得ることができたはずの“teachable moments(何か新しい知識を教えるに絶好の機会)”は、私たちが何も学ぶことなく終わってしまうのです。 

「永続的な進展がなければ、何の成果も得るものはない」ということは、歴史が証明しています。

 大幅な財政赤字が引き金となり、1980年代に行われた大きな政府からの縮小(修正)もその一つです。そして、「永続的な進展がなければ、何の成果も得るものはない」ということこそ、時の政権によってコロコロと気まぐれに変わる政策によって何度も何度も教えられてきた、“唯一の教訓”でもあるのです。まずは、その例を見ていきましょう。

「ディープウォーター・ホライズン」の余波こそが、まさに“teachable moments”

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写真:現場上空から捕らえた、「ディープウォーター・ホライズン」爆発事故。Photograph / Getty Images 

 
 2010年4月10日、ルイジアナ州から42マイル離れたメキシコ湾にあるBP社の石油掘削施設「ディープウォーター・ホライズン」で大規模な爆発が起こり、同施設は水没しました。

 この事故で11人が死亡し、 同年の7月末までにメキシコ湾へ流出した原油は319万バレルに達したのです。さらに、原油の分解のため化学分散剤が投入されましたが、この化学分散剤に毒性があることも分かりました。 

 この原油流出による影響は、まだ完全には解明されていません。が、その余波こそがまさに“teachable moments(何か新しい知識を教えるに絶好の機会)”でした。なぜなら、繊細な生態系のなかで行う(石油・ガス・鉱物資源等の開発に関わる)採取産業に対して、今まで施してきた規制が間違っていることが明らかになった瞬間であったからです。

 そのため、当時のオバマ政権は、長年に渡り時代遅れの掘削プラットフォームを扱ってきた石油産業に、新たな規制を制定しました。 BPによる大惨事の後から6年、オバマ政権は「ディープウォーター・ホライズン」で技術的な不手際が発生した、いわゆる「海底油田くみ上げ装置」に対する検査の強化を要求するため、新たな規制を求めて戦ったのです。

大統領が変わるたびに、 全てがゼロベースとなる

 この事故から生まれた“teachable moments”の教訓は、永続的な成果となるべきでした。が、実際には次の大統領選挙までの間のみの成果でしかなかったのです。なぜなら、次の大統領がホワイトハウスを手に入れたときに、すべてがゼロベースとなってしまったからです。そのことは、 「ニューヨークタイムズ」の以下の記事からも明らかになっています。 

 
ニューヨークタイムズの記事内の文面:  


「オバマ政権によって規制を強化された石油掘削について、トランプ大統領が米国のほとんどの沿岸水域においてこの規制を取り消すのではないかと憶測が流れ、2018年1月のトランプ大統領の議論に注目が集まっている。これらの規制には11人が死亡し、史上最大規模ともいえる原油流出を起こした2010年の『ディープウォーター・ホライズン』の爆発・水没事故後の安全対策も含まれる

「ウォールストリートやプライベート・エクイティ・ファンドからの支援を受けている中・小企業の石油・天然ガス会社は、財政的に生き残るためには救済が必要だと主張し、トランプ大統領が任命した内務省の最高安全責任者たちは、これらの会社を熱狂的にサポートしている」 

「いわゆる石油掘削がメインの独立系石油・天然ガス会社の幹部クラスの集会がラファイエットで9月に開催され、(元ルイジアナ州副知事で米国内務省の安全環境執行局局長である)スコット・アンジェル氏は、「支援は進んでいるので安心を」とその場で述べたといわれる。しかし、『ニューヨークタイムズ』紙が連邦政府の検査データを分析したところ、規制レベルの引き下げを求めるエナジーXXIを含め独立系企業の数社が、近年、業界平均よりもはるかに高い確率で労働安全違反を行っていることが明らかとなった。 彼らのオフショア・プラットフォーム(石油プラットフォーム)は、何年もの間、不十分なメンテナンスや機器の故障、そして経年劣化した機器の金属疲労が事実上黙認されている」 

 
 これまで、特に内務省では規制の引き下げに反対する職員らに対し、積極的に意図的な人事異動を行い、事実の隠蔽を図ってきたといわれています。 

 アンジェル氏は、石油・天然ガス業界の中でも中小規模の企業と密接な関係を築いてきたのでした。 

 
ニューヨークタイムズの記事内の文面: 

「以前、国家公務員であったアンジェル氏は、「ディープウォーター・ホライズン」の事故の後、オバマ政権が課した新しいオフショア掘削に関する規制に対し、一時的な猶予を終幕するために中小規模の石油・天然ガス会社と協力した過去がある。現在、アンジェル氏は「ディープウォーター・ホライズン」の事故後、オフショア掘削の安全基準と施行を強化するためにオバマ前大統領によって創設された内務省の安全環境執行局局長となっている。そのため、アンジェル氏はワシントン州やテキサス州、そして彼の地元であるルイジアナ州を行き来し、安全上の違反を繰り返し指摘されてきた多くのオフショアの石油・ガス掘削会社の幹部たちとの面会に最初の数カ月を費やしました。大部分が非公開として行われた会合の間、アンジェル氏は連邦政府によって、安全と環境のための規制をどのように修正すべきか提案を求めた。時折、彼は携帯電話番号を提示し、公的な記録の開示要求に従わなければならない可能性のある電子メールやテキスト・メッセージを送信する代わりに、電話をかけるよう促したといわれる」 
  

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写真:米国内務省の安全環境執行局局長を務める、スコット・アンジェル氏。Photograph / Getty Images 

 
 さらに「ニューヨークタイムズ」紙の続編記事によれな、現在、(マーケットにはびこる無法者と名高い)ヘッジ・ファンドによって大部分が所有されている独立系の石油・天然ガス会社が、湾岸の浅瀬域で古くなった掘削プラットフォームを買いあさっているとも報告されています。 

 もはや規制は意味をなさず、内務省によって安全性を注視されることもなくなりました。残念ながら、多くの中小規模の石油・天然ガス会社は、「極めて信頼性の低い“安全のための記録”をただ単に自社で取り扱っているだけ」、というのが現状のようなのです。

当時放送された実際の映像

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
CNN: One year since Gulf oil disaster
CNN: One year since Gulf oil disaster thumnail
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From ESQUIRE US 原文(English)
Translation / Nana Takeda
※この翻訳は抄訳です。