堅牢な鎧を体にまとって、全力でぶつかり合うアメリカの国民的スポーツ「アメリカンフットボール」。ヘルメットやプロテクターがあるので、巨漢たちが容赦なく力の限りにぶつかり合う…それがアメフトの魅力であります。ですが、それを理解するまでにだいぶ時間のかかる人も多いでしょう。

 しかし、LFL(レジェンズ・フットボール・リーグ)なら、即効で好きになるかもしれません。そんな話題も豊富なアメフトから今回、「エスクァイア UK」はプレーの際に気をつけるべき脳のダメージについて、NFL関係者や医療関係者からの取材をもとにレポートしています。

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'It's As Though Brain Damage Were Popular': Inside America's Most Dangerous Sport 

 それは、2016年3月の火曜日の夜のことでした。 

 場所は投光照明で照らされた、フロリダのタンパベイ・バッカニアーズのトレーニンググラウンド。8歳の息子をもつ現在43歳の母シェニーク・ハリスは脇を閉じ、足元のボールでクイックステップを練習していました。

「ハイ! ハイ!」 

 コーチが笛を吹くと、彼女は鮮やかなオレンジ色のタックリング・ダミーに向かって、全速力で走って行きます。 

「イェーイ!」と、大きな歓声が上がります。 

「さあ、行け!」 

 そして、順番を待っている次の母親がトライしたのでした。すると、「クスクス…」と笑いが聞こえてきたのです。当日のトレーニングに集まっているのは、100人くらいでしょうか。これはママさんリーグでもなければ、ズンバ(コロンビアのダンサー兼振り付け師であるアルベルト・"ベト"・ペレズによって創作されたフィットネス・プログラム)のクラスでもありません。 

 これは、生きるか死ぬかの問題だと言っても過言ではないでしょう。シェニークの息子レナードは、タンパベイ・バッカニアーズの一員。他の母親同様、彼女もまた息子が無事にトレーニングを受けているのかが心配なのです。なぜならば、パーキンソン病やアルツハイマーを引き起こす致命的な脳症と言われているCTE(慢性外傷性脳症)を患った選手たちの、ゾッとする話を幾度となく耳にしているからです。 

 
 そんな訳でNFLでは、2013年より継続的に「ママさんクリニック」を行っているのでした。そこではコーチや元選手たちが、多くの場合高校生の子どもをもつ母親に対して、彼女らの息子のジョニーやレナードが安全な環境でプレーしているということを納得してもらえるよう促しているのでした。 

「いまのタックルは、昔とは全く違うということを理解してもらうために私たちは実演しているのです」と、2002年に設立された公的機関でコーチのトレーニングとその認定を行う「USA Football」のディレクターを務めるスコット・ハレンベックはコメントしています。 

「以前の私たちは子どもたちへ、『タックルの際にはボールに顔をつけるようにすること』が基本であることを叩き込むために、“バイト・ザ・ボール”というスローガンを刷り込みながら教えてきました。 

 また、ヘルメットの部品を固定するスクリューを、相手の胸の番号に押し付けることを刷り込むため、“スクリュー・トゥ・ナンバーズ”という別のスローガンも用意していました。 

 そして時代は変わり、今コーチたちは“ヘッズアップ・フットボール”を教えているのです。“スカイ・ザ・アイ”というスローガンがすべてを象徴しているでしょう…今は頭ではなく、肩を使ってボールを上に弾き飛ばすよう教えています」と、ハレンベックは語ってくれました。(次ページへ続く) 
 

アメリカの国民的スポーツの未来が、今危険にさらされているのです。    

 “ヘッズアップ・フットボール”、そしてママさんクリニック、さらに「USA Football」のすべてが、ここで触れるCTE(慢性外傷性脳症)の危険性に対する反作用で運営されています。
 2008年から比較すると、現在、タックルフットボールをプレーする6歳から12歳の子供の数は29%も減少しているのです。 

 ブルームバーグの世論調査によれば、現状、アメリカ人の半数が「自分の息子にアメフトはしてほしくない」と応えているようです。 

 また、悲しい事実として、プロ選手の引退年齢がますます引き下がっているのです。2015年3月の数週間だけでも、ピッツバーグ・スティーラーズのLB(ラインバッカー)であるジェイソン・ワリルズ(バージニア工科大出身)は27歳で退団。ワシントン大学出身のスターQB(クォーターバック)として、鳴り物入りでテネシー・タイタンズに入団したジェイク・ロッカーは26歳で引退しているのです。 

 特出すべきはサンフランシスコ49ersのLB(ラインバッカー)のクリス・ボーランド(ウィスコンシン大学出身)。彼は、24歳という史上最年少の若さでリタイアしたことで、大きく話題となりましたので。そしてクリスの場合は明らかに、脳疾患を恐れての引退と名言しています。

「自覚症状が出るまで待っていたら、遅すぎるだろうと心配しているのです」と彼自身コメントしています。 

 CTE(慢性外傷性脳症)、いわゆるパンチドランカーの症状は、これまでニュースとなった数々の悲劇を通して詳しく知られています。典型的な例としてプレーヤーが被る被害の前例としては、「記憶の喪失」があり、「うつ病」や「方向感覚の喪失」なども挙げられています。 

 
 彼らの行動を理解することすら難しくなり、その人生は混乱に陥ります。そして最終的にドラッグやアルコールに依存する者も、究極は自殺を図る場合もあるのです。 

 ピッツバーグ・スティーラーズのテリー・ロングは引退後にうつ病を患い、2005年に凍結防止剤を飲んで自殺してまったのです。そして同僚のジャスティン・ストレルチックは、ニューヨークで警察と40マイルのカーチェイスを繰り広げた後に自動車事故で亡くなったのでした。 

 さらに現在まで、元シカゴ・ベアーズの名セイフティだったデーブ・デュアソンと元サンディエゴ・チャージャーズのラインバッカーであったジュニア・セーアウの2人のプレーヤーが、死後に脳の研究を行えるよう心臓部を撃って自殺しているのです…。 

 2012年に起こった殺人&自殺事件では、元カンザスシティ・チーフスのジョヴァン・ベルチャーが、ガールフレンドのカサンドラ・パーキンズを射殺。のちに、ジョヴァン自身も自殺したのでした。そうして生後3カ月であった彼らの赤ん坊ゾーイ は、孤児になってしまったのです。(次ページへ続く)

なぜ、そこまでしてアメフトは魅力的なのか⁉

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 彼がCTEに苦しんでいることは、一般的に知られていました。それを問題視し、アメフト選手がこういった状況下で亡くなったときには科学者たちは現場へ急行するようです。そして、彼らの脳を解剖し研究するために、ボストン大学の神経病理学者アン・マッキー博士へ輸送していたのです。 

 2008年から現在まで、マッキー博士は91名もの元NFL選手の脳を調べてきました。が、内87名がCTEを患っていたことが分かったのです。その確率はなんと、96%なわけです。公正を期すため、マッキー博士はその症状を示す脳だけを厳選して公表した可能性も強いわけです。なので、それでこの数字がたたき出されたのであれば、これは非常に深刻な結果なわけです。

 
 これは果たして、アメフトの終わりを意味しているので しょうか? 

 この不安はマルコム・グラドウェルのようなライターたちによって、「脳震盪の問題は“実存する脅威”である」と取り沙汰されてきました。それにもかかわらず、このスポーツはこれまでになく人気を博しているのです。 

 2015年、NFLは史上最大のスーパーボウルを開催し、アメリカのテレビ史上最高 の視聴率(1億2千8万人)を記録しました。2014年のシーズン初月、人気TV番組の上位7位はすべてNFL関係でした(これも史上初のできごととなっています)。アメフトはアメリカ国内の人気スポーツ上位に、いつも入賞しています。第1位がNFL、その次にメジャーリーグであり、続いて再びカレッジフットボール(バスケットボールが4位に入る)と続くのです。 

 ファンタジーフットボール(Yahoo!などで予想するシミュレーションゲーム)には、約330万人のプレーヤー が登録されており、ビリー・アイドルの “レベル・イェル(反逆者の叫び)”さながら、NFLはさらに多くを望んでいるのです。 

 2010年、コミッショナーのロジャー・グッデルは、「2027年までに100億ドルのビジネスを、250億へと成長させたい」と発言しました(ちなみに、プレミアリーグの2013‐14の収益は50億ドルでした)。メキシコ、ブラジルおよび中国が成長中の市場で、2015年10月4日にマイアミ・ドルフィンズとニューヨーク・ジェッツがウェンブリーで試合をした際には、NFLの人気ぶりは「イギリスというサッカー大国をも凌駕してたか」と思えるほど、大盛り上がりだったのです。(次ページへ続く)

これはアメフトの魅力に対する逆説なのです。

 CTEの証拠とともに、いくつかの悲惨な事件が起きています。それでもこのスポーツは、成長し続けていくのです。 

 それはまるで、「脳症」自体がひとつの人気の要素であるかのようにも感じ取れます。つまりアメフトとは、「瀕死」と「繁栄」を同時に経験しているのです。これは土台が揺らいでいるにもかかわらず、次々と増築していく塔を彷彿とさせています。認知的不協和(矛盾する2つの認知をした場合に生じる不協和)の話とも言えるのです。 

  
 たとえば、『Journal of Neurology』誌1月号で発表された研究では、12歳未満でプレーを始めたNFLの選手のほうが、それ以降に始めた選手よりも障害の度合いが大きいことを報じています。著者の1人である、ボストン大学脳外科のロバート・カントゥ教授は、子供たちは特に頭の外傷に対して脆弱であると強調しています。 

「若い脳は、不釣り合いに大きな頭の中に収められています。頸(くび)だってとても脆弱です。そのため、張り子人形のような影響を受けてしまうのです。幼い子供を、繰り返し頭の怪我にさらすことは私にとってただただ『無茶なこと』だとしか言いようがありません」と、カントゥ教授はコメントしています。 

 このレポート事態がタックルのようなものです。 

 最初のアタック、その次はテイクダウン…なぜなら、若手プレーヤーの育成が滞れば、NFLは2重の被害を被るからです。未来の選手だけでなく、未来のファンも失。つまり彼らは、プレーしたことのないスポーツには興味をもたないものだからです。しかし、この論文発表の4日後には、NFLは史上最大規模のスーパーボウルを開催したのです。果たして、今後、この問題はどうなっていくのでしょう?

  
>>>『アメフトでは「脳症はブームになりつつあるのか」について考察』【PART 2】
    へ続く。

By Sanjiv Bhattacharya on January 8, 2016
Photos by ESQUIRE UK
ESQUIRE UK 原文(English)
TRANSLATION BY Spring Hill, MEN'S + ※この翻訳は抄訳です。

Edit / Kaz OGAWA