今回英国版『エスクァイア UK』のエディターは、アメフトにおける脳のダメージについて、NFL関係者や医療関係者に取材を重ねています。

▶▶▶本記事は、『怪我する確率がかなり高いアメリカンフットボール ―「脳症」についえ考察【Part 1】』の続きになります。

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 本記事のPart 1では、パーキンソン病やアルツハイマーを引き起こす致命的な脳症と言われている“CTE(慢性外傷性脳症)”を患った選手たちの、ゾッとする話について触れました。今回はCTE問題について、掘り下げた内容になっています。

 アメフトのCTE問題に関する良書を見れば、そのタイトルに答えが見つかるはずです。その名も、『League of Denial(否定のリーグ)』ESPNのレポーターであるマーク・ファイナル-ワダと彼の兄弟スティーブによる共著になっています。 

 2002年にCTEによる悪影響が指摘されて以来、NFLは継続的に戦ってきました。

 それ以前は、ボクサーならこれを「パンチドランク」または拳闘家認知症と呼んでいたのはご存じかと思います。しかし、殿堂入りしたピッツバーグ・スティーラーズの“鋼の男”マイク・ウェブスターは、引退からほんの11年後である50歳のときに亡くなっているのです。 

 人々に大いに愛されたこのプレーヤーの人生は、結局は混乱の悪循環へと陥っていたのです。 

 怒りと被害妄想が常に彼を襲い、絶えず痛みにも苛まれ、引退後の彼の精神は想像を絶するくらい消耗し、眠ることすらままならなかったのでした。結婚生活は破綻をきたし、最終的に行きついた先はピックアップトラックで寝起きするような生活でした。彼自身、すべての原因はアメフトにあるとしました。さらには銃などの凶器を集め、NFLの役員たちを殺す話までし始めたのでした…。   

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2016年1月12日、ワシントンD.C.にて。法医学病理医と神経病理学者博士ベネット・オマルは連邦議会が主催する説明会に参加。 Dr.Omaluはマイク・ウェブスターの事例に関して説明した。

  
 表向きの死因は心臓発作と公表されましたが、検死を担当した若きナイジェリア人法病理学者ベネット・オマルは、そのままで終わらせることを拒んだのでした。 

 オマルは、「ウェブスターが脳震盪(のうしんとう)後症候群を患い、鬱病に苦しんでいた」ことを知っていたのです。それで彼の脳を検査しました。敬虔なカソリック教徒のオマルは、「死後の世界を信じる」と『Frontline』誌(アメリカの『Panorama』誌に当たる)でコメントしながら、検死台の上で死体に話しかけたとのことです。

 このように…「ねえマイク、僕を助けておくれよ。周りが間違っていることを証明しようじゃないか。君はアメフトの被害者だ。今どこにいようとも、君は僕を助ける必要があるんだよ」と。

 オマルが発見したことは、もしかしたら、スポーツ界を永遠に変えてしまうかもしれません。アメフトだけでなく、脳損傷とヘディングが関係するスポーツならば、アイスホッケーやラグビー、さらにはサッカーまで含まれることでしょう。オマルとウェブスターの話、そしてNFLの反応は、この冬公開されたウィル・スミス主演の映画『Concussion(原題)』のテーマにもなりました。  

 「健康なニューロンにはすべて、タウと呼ばれるたんぱく質が含まれています」と、ボストン大学神経学課のロバート・スターン教授は言いいます(世界をリードするボストン大学のCTE科学者には、マッキー、カントゥ、スターンなどが挙げられます。オマルは現在含まれていない)。 

「ある部分のニューロンから、また別のニューロンへと情報を運ぶ神経セルの鉄道があると想像してください。脳に衝撃が与えられた後、タウたんぱく質はもつれ、この“線路”は破壊され、次第に神経セルは死滅します。ウェブスターの脳には、これらのもつれたタウたんぱく質が多く見られました」と話しています。

 これは、ある科学雑誌のほんの1つの事例に過ぎず、その結果として大した変化は起きませんでした。が、若き元レスラーのクリス・ノウィンスキは、脳震盪に関する文献を読みあさり始めました。ハーバード大卒(リングネームは“Chris Harvard”)の彼自身が脳震盪後症候群を患っており、それについて詳しく知りたいと考えたのです。 

 しかし、オマルの論文以外に情報はあまり存在しなかったので、ノウィンスキはこの件に取り掛かろうと決心したのです。彼自身は科学者ではないため、オマルやその他の研究者のために脳の提供面で協力しました。彼はアメフト選手が亡くなるごとに、その遺族に連絡を取り、脳の提供を求めました。この話は彼の著書、『Head Games』に書かれています。 

愛されるスポーツとしての道

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テリー・ロングは、1984年から1991までピッツバーグ・スティーラーズのライトガードでプレー。2005年、彼は45歳の若さで凍結防止剤を飲んで自殺しました。
  脳を検査していくにつれて、脳損傷の科学が明らかになっていました。CTEは脳震盪が唯一の原因ではなく、低レベルの“半脳震盪的な”怪我も原因であることが分かりました。 

 するとすぐに、NFLは反撃を仕掛けてきました。 

 彼らの手法は、Big Tobaccoが発がんに関する事実と対峙したときのもの、または、地球温暖化問題に対する化石燃料業界の戦略を模倣していました。収益性の高い企業を事実が脅かすとき、そこには“プレーブック(作戦表)”が存在しているようです。それは独自に科学者を雇ったり、疑惑の種をまいたり、評判を傷つけたり、さらに詳しい研究を要求したりといった内容です。 

 ナオミ・オレスケスが『Merchants of Doubt』の中で、「疑念を広めるための戦略には、科学的議論が存在するという印象を作り上げることが必要だ」と、記しています。そしてNFLの場合、大急ぎで招集した滑稽な名称の団体、“Mild Traumatic Brain Injury Committee (MTBIC)”がそのイメージを作り上げていったのでした。 

 2003年から2009年の間、MTBICの科学者たちはNFLの選手が脳震盪の結果として、慢性的な脳損傷を患っていることを否定する論文を発表しました。そしてアメフトは、弱い部分を鍛えるので、プロになれたのなら脳震盪への影響も少ないという議論も巻き起こしました。 

 また、科学専門誌『Neurosurgery』の2005年12月号に発表した論文では、「プロのアメフト選手は、繰り返し頻繁に脳への打撃を受けるものではない」という主張を展開しました。アメリカのNFL人気番組『Monday Night Football』のオープニングで放送された、2つのヘルメットをぶつけ合う様子や、NFLのOB委員会のマイク・ウェブスターが“アメフト選手として苦しんできた頭の怪我”により、永久に無資格になったという記述も、ここでは一切気にしてはいけません。

 かつて、 脳震盪を患ったことがあるNFLのトップ、ポール・タリアブエは、“集団報道主義”であるとして、メディアのレポートを一蹴しました。さらにアイラ・カッソンやエリオット・ペルマンなどのMTBICの科学者たちは、オマルを“ペテン”だと責め立て、調査結果を撤回するよう要求しました。 

 オマルは『Frontline』に対し、「彼はアメリカ流の生き方さえも攻撃している」と、非難されたと語っています。「中には、“世界で8番目に崩壊しているナイジェリアの人間に何がわかるんだ?と。我々にどういう風に生きるべきか?を指図するお前は何様だ?”と言う者もいたぐらいです」と、オマルは話しました。 

 この手の件で、Big Tobaccoの右に出る企業はあまりいません。 

 が、否定やごまかしの手法はとても似通っているのは周知の通りかと思います。この数十年間、たばこ企業が学者の見識を否定し続けてきたのと同じように、NFLもアメフトとCTEの因果関係を受け入れてきませんでした。認めてしまえば、訴訟の嵐が一気に巻き起こってしまうからです。 

 しかしながらNFLはmスポーツ版Big Tobaccoのようには生き残れないでしょう。なぜなら、彼らは嫌われてはならず、愛される必要があるからです。そうしてグッデルは、PRのために攻撃的な態度から脳損傷を管理する方法へと方針を転換しました。

 MTBICは解散し、その科学者たちは解雇され、CTE研究に対するNFLの寄付はNational Institute of Healthのような連邦政府資金で運営される機関を通して公平に行われるようになりました。しかしながら、今でもNFLは、できる限りこの話題を避けようとしています。CTEは依然として、見て見ぬ振りをされた問題のままなのです。 

 グッデルは、ますます稀になっていく彼のインタビューの中で、科学の問題は科学者に委ねようと考えているとコメントし、さりげなく攻撃をかわしています。しかし、彼も永遠にこの問題をごまかし続けることはできません。 

「この議論は、差し迫っています」と、リー・スタインバーグはコメントしています。彼はジェリー・マグワイアのエージェントであり、現在CTEの代表的なスポークスマンです。

「これは記憶力や思考力、つまり人間であることを意味する機能に影響する問題です。元アスリートが子どもを抱きかかえようと前屈みになったときに痛みや苦痛を感じることと、自分の子ども自体を認識できないのとには大きな違いがありますから…」と答えています。

名前どおり、アメリカらしさが溢れている

 アメフトほど、アメリカらしさが滲み出ているスポーツはありません。

 チアリーダー、壮大な試合内容、インスタント・リプレイというビデオ判定制度、そしてコマーシャル休憩など…(いまや多くのスポーツがこれに学び、興行成績を上げようとしています)。このような代物は、他のどこにも存在しないのです。他とは隔離された、アメリカ文化の希有なシンボルと言えるでしょう。アメリカ国内において他のどんなスポーツよりも輝いているのです。アメフトをプレーする高校男子の人数は、人気スポーツの2位と3位を合計した数よりも多いのですから…。 

 アメフトというスポーツは、人気テレビシリーズ『Friday Night Lights』(青春スポーツドラマで、2005年に公開の同名映画、邦題「プライド/栄光への絆」(ピーター・バーグ監督)のテレビドラマ版。アメフトに情熱を注ぐテキサスの高校生たちの日常を描いた作品)に登場するだけでなく、小さな街の宗教のような存在となり、そして地元に根ざし、夢とヒーローがうずまく物語の中心となっているのです。  

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男と男がぶつかり合うアメフトに華を添えるのが、チアリーダーたちの存在。応募倍率が高く、アイドル歌手になるよりも審査が厳しいことで有名です。

 「どうしてアメフトが、私たちアメリカ人のアイデンティティの中心なのかが分かりますか?」――『Friday Night Lights』の脚本家を務めるバズ・ビッシンガーは言いました。

 「なぜなら、このスポーツが暴力的だからです。アメリカという国は暴力の上に築き上げられたと言えます。アメリカには、ギャングスターや荒くれ者の神話がいくつもあります。“アメフトは美しい!”という人がいたら、それはデタラメです。アメフトはローマ人とライオン、戦闘士が繰り広げるスペクタクルなわけなのです」と、ビッシンガーは答えています。 

 1860年代後半から1870年代初期は、アメフトがアメリカの暴力の歴史の“短い凪”となって隙き間を埋めてくれるだろうと捉えられていました。先代たちは南北戦争を戦い、その後に西へと進みアメリカ先住民らを制圧しましたが、その結果、彼らの息子たち世代には戦う戦争もなければ、征服する土地も残されていませんでした。それでは、一体どうやって自分の強靭さを証明することができるのでしょうか?  

 アメフト選手から歴史家に転身し、『Brand NFL』の著者でもあるマイケル・オリアードによれば、ハーバード大学やエール大学のエリートたちが“貧弱な上流階級の男たちを生まれ変わらせる場として、アメリカンフットボールを考案したと言われています。アメリカの人気スポーツは、男らしさの危機的局面を打破すべく生まれたわけです。 

 最初は、軍事衝突を粗雑に真似た、暴力以外の何ものでもありませんでした。

 軍隊のように列になったチームが、敵の領土に前進するために防御を侵害すべく勢力を集結していくというもの。もし可能ならば、相手に怪我を負わすのも辞さない。そんなルールだったのです。当時は投げるボールもなければ、優美さのカケラも存在しませんでした。「銃撃戦のない戦争」という、オーウェルの有名な言葉に近い状態の衝突と怪我が繰り返さえるばかりで、ごく日常的に死者が出ていました。 

 1905年にはあまりに多くの人間が亡くなったので(19人)、当時の大統領だった“テディ”セオドア・ルーズベルトは、ルールの改訂を要求したのです。ライト兄弟にヒントを得て、ボールが空を飛ぶようになり、地上戦は空中戦へと補完されるようになったのです。こうしてボールが描く壮大なアーチにより。大量殺りくは宙に浮き始めたのです。

アメフ トを悩ませる倫理問題は、脳震盪だけではない…

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オハイオ州クリーブランド(1937-1945)に設立されたラムズ。その後、カリフォルニア州ロサンゼルス(1946-1994)から ミズーリ州セントルイス(1995-2015)へ。そして2016年より、カリフォルニア州ロサンゼルスへの返り咲きがオーナー会議で承認されたのでした。
 
 作家のチャック・クロスターマンは、ボールの飛行はアメフトの革新的傾向を体現すると同時に、その揺るぎなさを説明すると考えています。彼はポッドキャストのレディオ・ラブで、今年の始め頃に以下のようなコメントをしています。 

「サッカーや野球は、そのスポーツを常に同じ状態に維持しておきたいという傾向があります。けれどもアメフトは、絶えず進化を続け、新しい発想や技術を取り入れています」と。 

 例えば1994年、コーチたちはクオーターバックのプレーヤーに対して、ヘルメットに内蔵した無線で指示を出すことを始めました。

 新しいオフェンスとプレーのスタイルが、試合の展開に常に革命をもたらし続けてきました。NFLはチーム間の競争性を維持するため、規模の小さいチームを援助する社会主義的な収益配分モデルも確立しました。弱いチームが最初に強い選手を選べるドラフトの仕組み作りも、それと似た革新の1つです。 

 つまり、NFLの運営は非常に進歩的で、新しい発想にオープンだとクロスターマンは主張しています。

 しかし同時に、「最も強力でタフな者が勝つという試合のモラルが、最大の魅力なのです。ですからアメフトは、アメリカ人の考え方に沿って作られたと言えるのです。このスポーツは自由な方法で進歩していると捉えることができますが、その核にある精神性というものは、古くて保守的な考え方であると言えることでしょう。そして、それこそが多くの人たちが求めているものなのです。アメリカ人は自分を進歩的であると思いたいものの…実のところは保守的であると感じています」と、クロスターマンは語っています。 

 「ニューヨークタイムズ」紙は昨年、2015年にアメフトの現在の苦境について掲載しました。

 そこで前出の作家クロスターマンは、アメフトを楽しむ倫理を少しでも擁護する必要があると感じていると述べています。脳腫瘍の被害者を代表している法定代理人のマイケル・キャプランが、「脳震盪の伝達システム」として説明しているこのスポーツについてをです。 

 最終的にクロスターマンは、「選手たちは強制されておらず、自身のリスクを認識している」と主張しています。つまりアメフトの人気は、「私たちはちょっと危険なことが大好きで、それでOKなんです」という心理を体現しているのかもしれません。 

 前出の『Friday Night Lights』の脚本家ビッシンガーは、「危険さがポイントである」と、さらに論点を掘り下げていきました。

「体当たりのスリルというのは素晴らしいものです」と彼は言います。

「心臓がドキドキすることによって、ゲームの展開が変わることも多々あります。なぜならアメフトが、“威嚇”のスポーツだからなのです。誰かを猛烈にアタックしたなら、その人はもう後を追いかけてはこないでしょう?」と…。 

 
 しかし、現代のアメフトを悩ませる倫理問題は、脳震盪だけではありません。実は山のように存在するのです。 

 最近頻発しているドメスティックバイオレンス(DV)のスキャンダルの一例として、ランニングバックのレイ・ライスが挙げられます。彼はエレベーターで婚約者を殴り倒し、そのときの様子がビデオに収められていました。しかしながら、彼に課された処分は2試合の出場停止であったため、NFLは非難の的にさらされたのです。 

 そんな中、チームはホストシティに「他都市に転居するぞ」という脅しをかけたり、「NFLはチャリティーだ」という理由で、地元の納税者に負荷して自身は納税を逃れたりと、常習的にホストシティを自分たちの言いなりにさせるNFL式ビジネスモデルも存在していたのでした。 

 その一方で、NFLの選手供給媒体であるカレッジフットボールは、膨大な利益を挙げていたにも関わらず、選手を“アマチュア”と見なして彼らに一切支払いをしていませんでした。このシステムは、しばしば“奴隷制度”にリンクするものがありました。公民権運動に関する著名な歴史作家であるテイラー・ブランチは、「植民地の臭いがする」と記しています。脚本家ビッシンガーは、すべてのカレッジスポーツを奴隷制度と比較しています。 

 スティーブ・アーモンド著の『Against Football』の中で、彼は辛辣な論争を展開しています。

 「(カレッジフットボールの)選手の3分の2は黒人だ。NFLはこれらの男たちに対する最も陰湿で固執した固定観念、つまり、この選手らが本質的には獣欲主義的であるという固定観念を刺激している」と。選手たちは、白人のオーナーたちの手により独占的に“売り買い”され、テレビのコメンテーターなどに、“スタッズ(釘)”や“ビースト(獣)”と呼ばれています。アメフトの中心地が旧南部連合国だったアメリカ南部というのは、偶然の一致ではないかもしれません。

アメフトの存在意義とは?

 ある意味、アメフトは『Mad Men』のような時代劇です。 

 過去の偏見に属した価値を、いま私たちははっきりと目にしています。ルールに関して言えば、このスポーツは革新的にも関わらず、 時代に逆行する男らしさの拠り所でもあり続けています。女性にとって目の保養でもあり、男性にとってはタイトな下パンでクリンチし、ハドルを組む群像劇なわけです。 

 そしてマイケル・サムは、2014年2月に『ニューヨーク・タイムス』と『ESPN』のインタビューで自分がゲイであることを公表しました。

 彼がしたように、今後プレーヤーがカミングアウトしたとしたら、拒絶されてしまう可能性も発生しているのです。この優秀な大学生プレーヤーは、ドラフト選考されたにも関わらずNFLに解雇され、現在はカナダでアメフトをプレーしています(彼はミズーリ大学出身でオールアメリカンに選抜されたディフェンスプレーヤー)。2013年には、サウスイースタン・カンファレンス(SEC)の年間最優秀選手に。ラムズとの契約後はプレシーズンでタックルを11、スクリメージライン(敵味方が対峙するライン)後方でのタックルを3つ決める活躍を見せたにもかかわらず…。ウェーバー公示でも他チームから引き取り手がなかったため、フリーエージェントになりカナダへ渡ったのでした。

 
 この旧式の“マッチョイズム(男性優位の考え)”は、我々の“女性化された”文化には飛び込んでこないのかもしれません。 

 今、男たちは以前よりも繊細になり、共感できる存在になり、性別を判断することは難しくなりました。そしてたくましい筋肉は、男を測る物差しではなくなってきているのです。か細い“オタク”が地球を継承し、スポーツの文化的土壌に変化が起きているのです。NFLが少年たちをスポーツにとどめておこうと宣伝を行っている理由は、CTEの他にこの問題があると言ってもいいでしょう。 

 男らしさの定義からアメフトが外れていったように、150年後にはこのスポーツは誰かによって破滅させられていることでしょう。19世紀の男たちは自分がいかにタフであるかを、年上の人たちに見せたがっていたのですが、今の世代は肉体が支配する攻撃の世界を否定し、異なるメッセージを発信しています。 

 映画『ザ・エージェント』の主人公のモチーフとなったスポーツ代理人リー・スタインバーグにとって、この話は世界におけるアメリカの役割にまで及んでいます。 

「アメフトの消滅は、軍隊的なアプローチの肉体的な力に対する重要度が下がっていることと繋がりがあります。アメフトは他へ関与するのではなく、孤立主義の外交政策のようなものです」と、彼は言いました。   

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アメフトに軍隊的なアプローチがあったとは!? 戦闘機のように空中からダイブしているのは、空軍の戦術からヒントをもらったのでしょうか?
 私自身の疑念は、アメフトの苦境がアメリカ自身の変化に影響を与えないかということです。

 戦争に負け、経済は破綻。2002年にCTEが診断されて以来、アメリカは一連のダメージを乗り越えてきました。スーパーパワーが実際にそれほどスーパーではないということが暴かれたとき、またはパワーが欠けていることがバレてしまったとき、何が起きるのでしょうか?  

 政治の世界では栄光のときに帰り、アメリカの素晴らしさを再び手にしたいと人々は熱望し…そして私たちはいま、ドナルド・トランプの台頭を目撃しているのです。 

 一方でポップカルチャーにおいては、スーパーヒーローの映画が爆発的な人気を博しています。

 それは脆弱性に対する、拮抗勢力を体現しているからです。スーパーパワーができないことでも、スーパーヒーローなら成し遂げられるのだから…。アメリカ人は慰めを求めて、空想の世界へと目を向けているのではないでしょうか。そしてアメフトは、常に彼らに夢を見させてくれたいるのです。肩パッドとヘルメットを身につけた筋肉隆々の巨漢たちは、既にマーベルやDCのコミックに出てくるキャラクターに似ているのではないでしょうか。 

 そして、ここが矛盾の生き残れる場所なのです。いくらアメフトが過ぎ去った昔を彷彿とさせようとも、変化の時代には心地良いものなのです。世界におけるアメリカの役割は減少し、アメリカンドリームはこれまでになく“あり得ない話”として響いたとしても、ファンはチームから元気をもらっています。 

「アメフトは国家の信頼の現れなのです」と、名代理人スタインバーグは言いました。 

「そして、その信頼は崩れました。我々は経済的な勝利を感じられず、中国やインドの勢いは増しています。国内ではアメリカ至上主義が60年代以降、今までにないほどの危機にさらされているのです」と、スタインバーグは続けました。 

 不確かな未来や不安定な仕事。さらには国民的スポーツでさえも、多くの問題を抱えています。ファンは一体どこへ行けば良いのでしょうか? 歌手のプリンスは「イフ・アイ・ワズ・ユアー・ガールフレンド」のなかで、これに対する答えにも似た最高の言葉を述べています。その内容とは…

「誰かに傷つけられたなら、僕の方へ逃げてくるかい?たとえその“誰か”が僕だったとしても」そして、「しかし人々は、どうやってその感情を表現できるでしょう? 彼らは翌週の日曜日にはスタジアムへ出かけて行き、記録的な動員数で試合を観戦するのです。アメフトは彼らの逃げ場所なのです」と続けました。(次ページへ続く)

NFLが語るCTEとは?

 NFLにCTEのことを尋ねると、メールの返信はなく、電話も折り返しかけてくることはありません。 

 その後、広報委員会は電話インタビューのセッティングするようになりました。しかし、そのほとんどが監視下で行われていました。そんななかでも明らかなのは、NFLがもう科学を否定することはなく、科学者を攻撃することもないということです。その代わり、アメフトの永続性と変化に適応する意思を強調しています。  

 “Heads Up Football”の構想と、ヘルメットの頭頂部をヒットするとペナルティを課す新ルール。

 漸進的な変化に目を向けて欲しい、と彼らは話しています。 2002年に設立された公的機関で、コーチのトレーニングと認定を行っている「USA Football」のディレクターを務めるスコット・ハレンベックが言うところの、“新しい装備を作るための軍備競争”でしょうか。新進技術に目を向けて欲しいと伝えています。 

 衝撃データを中央コンピューターに伝達する、センサー付きのヘルメットが開発中とのこと。直線力と回転力を測定することもできるセンサーが、耳の後ろに取り付けられるのです。 

「アメリカンフットボールとは、結局のところワン・オン・ワン(1対1)のスポーツなのです。前線にいるときは、純粋な競争なのです。アメフトの衝突を“編集”することはできません。分かりますか?」と、ハレンベックは言っています。 

 しかし仮に、そんな事実があってもジャーナリストのビシンガーは、「アメフトは勝利を得るだろう」と感じているそうです。これらの新しいルールは単なるマイナーな“希釈剤”で、先の薄くなった楔(くさび)ではないのです。

「NFLの規模は大きいので、失敗することはないでしょう。アメフトは人々に利益をもたらすことができるだけでなく、小さなアメリカの街では金曜夜の試合以外に他に楽しみにすることがないのですから」と、彼はコメントしています。またコメディアン・映画俳優のビル・バーは、「NFLコミッショナーはウイングチップを履いたまま、オフィス内で赤ん坊をパントできるんだ。この日曜日、観に行く予定だよ。だって、それしか楽しみはないからね」と呟きます。   
 NFLのインターナショナル部門代表マーク・ウォーラーによると、アメリカンフットボールはイギリスにおけるサッカーの役割よりも、さらに重要な欠くことのできない社会的役割を担っていると話しています。

「イギリスのサッカーは、過度な競争の要素が含まれているので、ある意味、チーム同士が敵対的になる可能性があります。けれどもアメリカでは、スポーツはコミュニティの祝い事のような要素をもっているので、人々を繋ぎ合わせるのです。だからこそアメフトは、他のスポーツをしのいで、その頂点に君臨しているのです」とコメントしています。   
  それに加えて、スポーツというものは桁外れの利益をもたらします。

 テレビの生放送に視聴者を魅了できる最強の方法の1つとして君臨しており、これは広告主が気に入る要素です(試合を録画し、CMを飛ばしながら後で観ることもできるが、その場合は試合結果が分かってしまうことがあるので、感動は半減してしまう)。とりわけ選手がリスクを受け入れる場合、単に選手たちが脳症を患っているというだけで、自尊心のない大企業が記録的な利益を断念したりはしないのです。 

 マイケル・オリアードはこれを“悪夢のシナリオ”と呼び、アメフトがボクシングのような貧しい人のための二流スポーツへと衰退するだろうと話しています。 

「これはローマ帝国です。金持ちが自分の楽しみのために、貧しい子どもらが脳を破壊し合うのを鑑賞しているのです」と。

 しかし、彼も認めるように、この状況は既に起きている事実なのです。「金持ちの親たちは、自分の子どもをホッケーやラクロスなど、貧しい子どもが関わらないスポーツへと誘導し始めています」と。けれど今のところ、アメフトの地位はまだ安泰のようです。  

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多くの脳外科医たちも、少しでも脳のダメージを軽減できるようNFLには働きかけています。
 CTEの科学は、このスポーツを躓(つまづ)かせるほど十分に決定的ではありません。CTEは亡くなった選手からしか発見できないため、データサンプルの数は必然的に少なく、研究のペースにも限界があります。また、CTEが発見される場合、頭部外傷を患った選手とそうでない選手の両方が存在する理由も、未だに明らかになっていません。 
 「恐らく多くの要因が関係しているのだと思います」と、ワシントン大学の神経外科医で、NFL の委員会で無料奉仕活動をしているリチャード・エレンボーゲンは話しています。 
 「50歳のアメフト選手は、山ほどの経験をしています。頭部外傷が主な元凶というのは、あまりにも物事を単純に捉え過ぎだと言えるでしょう。なぜ、特にアメフトの頭部外傷が問題なのか? 生きていること自体、脳震盪のスポーツのようなものでしょう」とまで語ります。 

 彼のこの懐疑的な態度は、『Neurology』5月号に掲載された記事において賛同を得ていました。私が話す医者はすべて、遺伝的な特徴でCTEを患いやすくなる選手もいるかもしれないと肯定的に仮定しました。結局のところ私たちは、“より詳しい研究が必要だ”という、あのBig Tobaccoのマントラに行き着くことになるわけです。 

 「消化性腫瘍は酸が原因だと、私たちはみな信じています。ですから、その考えに沿った治療を行っています」と、エレンボーゲンは話しています。

 「しかし、それから150年が経ち、私たちは実際の原因がバクテリアであるということを発見しました。つまり私たちは、慎重になる必要があるのです。“バランス”がそれに適した言葉でしょう。アメフトをより安全にしていきましょう、そして同時に、そこから得る恩恵も評価するのです。スポーツは健康にとって、良い効果があるのですから」と、エレンボーゲンは続けました。 

 その一方でNFL本部では、“強欲なハゲタカ”や弁護士が旋回しています。Big Tobaccoのときのように、訴訟は最大のダメージを負う可能性があるため、NFLは現在でもそこを巧妙に免れています。2017年4月、集団訴訟が76,500万ドルで和解に漕ぎ着けました。 

 これは実際よりも悲しい響きをもっています。 

 なぜなら、多くの選手がこのなかに含まれておらず、この支払いは65年かけて行われるからです。シーズンにつき、スポンサーであるアメリカ合衆国の大手ビール製造会社アンハイザー・ブッシュだけで120億ドルもの収入を得ているのですから、NFLにしてみればビールを一杯おごるようなものなのです。

 しかし、自分たちだけで上手くやって行けると、希望をもちながら訴訟に参加しない何百人もの潜在的訴訟当事者も存在します。そして、そうする理由も理解できるのです。NFLが嵐を切り抜けてこられた1つの理由に、潜在的な原告総数が限られているという問題があります。申し立てを行っているのは、亡くなった選手の遺族と深刻な機能障害がある存命の選手だけです。この障壁は、CTEの研究者が直面する状況にも似ています。しかしながら原告数は今後、速いスピードで増えて行くかもしれません。彼らと科学者たちは、今にも現状を打破しようとしているからです。 

 「私たちは、CTEを検出できる一歩手前にいます」と、ボストン医科大学のロバート・A.・スターン教授は語っています。

 「PETスキャンが1つの方法ですが、私が最も期待しているのは血液検査です」とも語ります。タウたんぱく質は、体内のすべての核から排出される小さな泡に包まれています。そしてこの泡は、脳と血流にあるバリアを超えられることが明らかになっているのです。

 「もしこの泡を分離し、基準値を超えたタウを測定できたら、血液検査でCTEの原因を突き止めることが可能になります。そうすれば、定期検査が行われるようになるでしょう」とのこと…。 

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マシュー・マコノヒーが主人公である若きアメフトコーチを演じ、悲劇から復活するまでを描いた映画『マーシャルの軌跡』のモチーフとなったマーシャル大学が、2015年9月6日にパデュー大学との試合を行った際、プレーヤーが脳震盪に。“スカイ・ザ・アイ”しないと“スカイ・ザ・アイ”になるのです。
 これは、アメフトの弔いの鐘になるのでしょうか?
 高校のスポーツ選手が数年間アメフトをプレーした後にCTEのテストを受けられるなら、選手の数は減少する一方で訴訟当事者の数も急増することでしょう。この血液検査はアメフトにとっての、破滅的な一打になるかもしれません。 

 そして、このストーリー全体を特徴づける矛盾を踏まえれば、この科学的な飛躍的進歩へNFLが資金援助をする展開もありそうです。そして、科学推進の新しい取り組みの一環として、NFLが$3000万を注ぎ込んでいる「National Institute for Health」が、血液検査の研究に資金援助を行うかもしれません…。

 つまりNFLは、「ママさんクリニック」でアメフトの安全性を売り込むかたわら、別の方法で状況を改善する科学に資金供給を行う可能性があるということなのです。 

 いつの日か、何かしらの変化が訪れることでしょう。しかし、それまでは試合は引き続き開催され、スタジアムには歓声が轟くことでしょう。選手やその母親たちは、盛り上がる運気に期待を寄せながら、“スカイ・ザ・アイ”を続けていくのです。 

By Sanjiv Bhattacharya on January 8, 2016
Photos by ESQUIRE UK and Getty Images
ESQUIRE UK 原文(English)
TRANSLATION BY Spring Hill, MEN'S + ※この翻訳は抄訳です。

Edit / Kaz OGAWA