オーチャードストリートにある「AWAKE NY(アウェイク ニューヨーク、以下アウェイクに略)」の店舗に行くと、巨大なシルバーの地球儀が迎えてくれる。店頭に飾ってある絵画とあいまって、ヒップでアーティスティックだ。
この地球儀「Unisphere(ユニスフィア)」は、ニューヨーク市クイーンズ区にあるフラッシングメドウズ・コロナパークに設置してあるもののレプリカだ。1964年万博の時に建設された「ユニスフィア」はクイーンズのシンボルでもあり、同公園はテニスのUSオープン会場としても有名だ。
アウェイクはまさに、ニューヨークを象徴するブランドといえる。ストリートを闊歩するユースカルチャーのエネルギーと、着やすいデザイン、そして多種多様な文化が入り混じるニューヨークらしさが絶妙なバランスを保っている。レアで斬新なコラボ商品をコンスタントに発表しているのも特徴だ。
創始者であり、クリエイティブ・ディレクターであるアンジェロ・バケさんは、壁に大きなアルヴィン・アームストロングが描いた競走馬の絵がかかるオフィスの一室で、インタビューに応じてくれた。
アウェイクのフーディに、同じくローデニムに身を包んで登場した彼は、俳優のオスカー・アイザックを彷彿とさせるルックスだ。エクアドルにルーツを持つアンジェロさん自身が、多種多様な文化を包括するニューヨークらしさを象徴している。
ブランドが立ちあがったのが、2012年。そしてロウワーイーストサイドにアウェイクの実店舗がオープンしたのは、2023年6月のこと。設立から実に11年後となる。なぜ実店舗にロウワーイーストサイドのオーチャードストリートを選んだのだろう。
「この場所が、僕を選んだんだ。もともとはノリータでオープンしたかった。でも予算が足りないと言われてね。それでロウワーイーストサイドを探しに来て、場所を見つけることができたんだ」とアンジェロさんは語る。
そして、今やこのオーチャードストリートは、次々とブティックが建ちならび、若者を惹きつけるファッションストリートとなっていて、まさにブームの火付け役ともいえる。
インテリアデザインは、ラファエル・デ・カルデナス(Rafael de Cárdenas)が手がけた。ラファエルさんはバカラや東京のカルティエなど、さまざまな店舗やホテルのインテリアを手がけてきており、アンジェロさんと同じくニューヨークで育ち、同じカルチャーを生きてきた存在だ。
「最終的にブランドを見える形で示して、経験できる店舗をオープンすることが重要だったんだ。一昨年まではインスタグラムだけで、他店に置いてあるだけだったから。ブランドを見せるための統制をしたかった。店舗を持つことで、ようやくみんなにブランドの世界を理解してもらえるし、体験してもらえるからね」
自分の名前の発音については、「バケ。バカじゃなくて、バケです」と笑いながら説明する。そう、彼の最初のコレクションが日本のSHIPSで売りだされたことからわかるように、アンジェロさんは日本ツウなのだ。
アンジェロさんはクイーンズ区リッチモンド・ヒルで育ち、写真やファッション、アートに関心を持つようになり、マンハッタンのダウンタウンへとよく出かけていたという。彼が10代を過ごしたのは、90年代のニューヨークだ。ヒップホップが爆発的に人気になってジェイZやノートリアスB.I.G.、ウータン・クランが台頭し、キース・ヘリングやジャン・ミッシェル・バスキアがいた時代でもある。
スクール・オブ・ビジュアルアーツで学んだアンジェロさんは、2003年からメンズストアのノムデゲール(Nom de Guerre)で、バイヤーとブランドコンサルタントを務める。ノムデゲールは2000年代のニューヨークで、ストリートカルチャーとハイエンドなブランドを混ぜてみせたことで、注目を集めたメンズブティックだ。今どきのストリートXハイエンドの走りといえる。
そこからアンジェロさんのキャリアを急激に押しあげたのが、2006年から2016年までシュプリームでブランドディレクターを務めたことだろう。当時、ラファイエットストリートにあったシュプリームは、初期はスケートボードショップとして人気であった。そこにアンジェロさんがブランド・ディレクターとして加わり、さまざまなマーケティング戦略を打つと、シュープリームは世界ブランドへと成長させる力となったのだ。
そこから満を持して、2012年、自分のブランドである「AWAKE NY(アウェイク ニューヨーク)」を立ちあげ、設立時には日本のSHIPSで販売された。以来、アウェイクがコラボしてきたブランドは多岐にわたる。
リストを挙げると、カーハート、トミー・ヒルフィガー、メルセデス-AMG F1、ミルク・メイクアップ、ユニオン、エア・ジョーダン、コンバース、ラコステ、モンクレールなどのビッグブランドだ。
直近では、「エア ジョーダン1」の前身モデルとして1984-85シーズンでジョーダン本人が着用したことでファンの間でも知られている伝説的シューズ、「ジョーダン エア シップ」とアウェイクはコラボした。今年2月に、ナイキのオンラインでも販売される予定で、かなりの注目アイテムだ。
2000年代にはさまざまなストリートブランドが生まれては消えていった。そのなかでアウェイクがクールであり続ける秘訣はなんだろうか?
「正直さ、信頼性、そしてニューヨークのストーリーを語れること。それでいて、とても興味深いデザインをしていることだと思う。アート、音楽、ファッションをひとつにパッケージして、ブランドとして表現しているようにしている。若者はブランドがとてもニューヨーク的であるところに惹かれるのだと思う。そもそも僕は、あけすけにニューヨーカーだし、それを口にしなくてもやっているしね」
ことにアンジェロさんの核にあるのが、「90年代のカルチャー」という。
「90年の10年間は、常に僕にとって最大の10年間なんだ。そして90年代は、今でも音楽やファッションで影響を与え続けている」
店内には、巨大なAの形をしたオブジェが置かれているが、AWAKEとは英語では「目覚める」「目が覚めている」という意味の他に、「自覚している」「悟っている」といった意味もある。そのネーミングをなぜ選んだのだろう。
「Aというアルファベットが好きなんだ、ほら、アンジェロのAだしね」とアンジェロさんは笑って説明する。
「ずっとAから始まる言葉に、こだわりがあったんだ。だから2003年、初めて作ったTシャツは、オブサード(Absurd=英語では、不条理、はちゃめちゃといった意味)というブランドネームだった。そしてある日、ずいぶん前のことなんだけど、awakeという言葉を目にして、その言葉が気にいったんだ。
それから何年も経って、アウェイクという言葉は独自の意味を持つようになったんだ。変化とか、自己覚醒みたいなね。僕はスピリチュアルなことに関心があるし、2016年ごろから自己覚醒も始まったから、全てが重なっている」
アーティストとのコラボも多い。たとえばブルックリンを拠点とするアーティスト、アルヴィン・アームストロング(Alvin Armstrong)は、アフリカンアメリカンのカルチャーやポリティカルな作品で知られている。
またロスを拠点にして、ポップアートとグラフィックで知られるステファン・メイヤー(Stefan Meier)ともコラボを行った。
最新のコラボレーションは、伝説的なグラフィティアーティストのJA ONE(XTC)だ。彼はまだグラフィティアートやタギングが街や電車を汚す落書きとして取り締まられていた頃からの生え抜きアーティストだ。JAの描いたグラフィティは店舗の壁にもスプレーされている。
「コラボするアーティストたちの大抵は友だちだよ。だから、自然に始まるんだ。すでに僕のコミュニティの一部だからね。知らない人に会うことはめったにないね。そうして『一緒に仕事をしないか』って誘うんだ。すでに何年にもわたって関係が発展しているわけさ。だから常にストーリーがある。そしてそのストーリーの裏には、またもうひとつのストーリーもあるんだ…」
もうひとつのコラボは、ナイジェリア出身のアーティスト、ソルジャー(SOLDIER)とのアイテムだ。ナイジェリアのラゴスで、ほとんどストリートボーイのように暮らしていたというソルジャーだが、現在ではロンドンで注目されるアーティストとなっている。
「ソルジャーはマザーラン(Motherlan)という、スケートボード集団の一員だった。それが彼との出会いだった。彼と出会ったのは5年前。ナイジェリアのラゴスで開催された "homecoming "というイベントで初めてコラボレーションしたんだ。すでに関係は始まっていたんだ。そして彼は絵を描き始めた…だから、彼が絵を描き始めたときに僕は、彼の作品をアメリカで最初に発表したかったんだ」
ソルジャーの絵にはカムフラージュ柄が使用されていて、彼のシグネチャースタイルとなっているが、実はナイジェリアでは一般市民がカムフラージュ柄を使うことを許されていない。兵士が着用するカムフラージュ柄を着ることは、テロリストと思われる危険性もある。
そのカムフラージュ柄をあえて使い、自由を表現しているソルジャーは非常にインパクトのある作品を発表している。
たしかにコラボレーションの絶妙さは、アンジェロさんが培ってきたマーケティング力とネットワークが大きいだろう。だが、もうひとつの特徴は、アウェイクが非営利団体を支援する商品や、コラボ商品を出してきていることだ。
「ファッションというのは、たんにブランドを持つことや服を売るだけじゃない。どんな社会的インパクトを与えられるのか。自分のブランドを持つことで、どんな社会的変化をもたらすことができるのか考えた」
最初のコレクションの売上は、スタンディングロックのネイティブアメリカンに寄付されている。
「2012年にアウェイクを立ちあげたときは楽しいプロジェクトで、日本でだけ販売していたんだ。それが2016年になって、真の意味で始まった。自分自身の考えが変わり始めたんだ。自分が何かを変えられるんじゃないかって。なにかがファッションの現状では欠けていると感じたんだ。
ストリートウェアだけじゃない、ファッション業界で、マイノリティにとって特別に作られた機会が必要だと思った。では、いったい自分がどんな変化を起こせるだろう、とね。今では、それはふつうのことだろう? 今や大企業が社会貢献活動をしたり、慈善活動やメンターシップをしたりするのは、ふつうのことだ。ぼくたちは、それを2016年から続けてきている」
これまで支援してきた団体を挙げてみると、ACLU(American Civil Liberties Union=アメリカ自由人権協会)、ブルックリン区ベッドスタイのブラックコミュニティを守る非営利団体である「ビルディング・ブラック・ベッドスタイ(Building Black Bed-Stuy)」、子どもたちにメンターシップを提供する「フレンズ・オブ・ザ・チルドレン(Friends of the Children)」、あるいは親が収監されている子どもたちの教育やメンターシップを支援する団体「チルドレン・オブ・プロミス(Children ofPromise NY)」、ホームレスのLGBTQの若者たちを支援する団体「アリ・フォーニー・センター(Ali Forney Center)」などなど。さらに以前この連載で紹介した、貧しい層に新鮮な野菜を供給する農場を支えるブランド「スカイハイファーム・ワークウェア(Sky High Farm Workwear)」——これらの団体にはACLUのように著名なものもあるが、あまり知られておらず、ローカルな活動をしている団体もある。こうした団体はアウェイク側が見つけるのだという。
「最前線の活動をしている団体を支援するようにしている。全国的な大組織に資金を提供しても、その資金がどこに分配されるか検討もつかないからね。だから、地元密着型の組織と仕事をしたい。
たとえばクイーンズにあるこの団体に○○万円寄付すれば、この地域の人たちを直接助けてくれるんだ、ということがわかる。だから、どこでインパクトが起きているのか、どんな変化が起きているのかがわかる」
支援している団体のリストを見ていくと、アウェイクがニューヨークのマルチカルチャー、そしてマイノリティのコミュニティを積極的に支援していることもわかる。
「僕にとってこの店は、キッズたちが集まって遊べる本当のコミュニティの拠点となるコミュニティ・センターを持つためのものなんだ」
アウェイクの店舗にはさまざまな客が訪れるが、意外なほど女性客が訪れているのも特徴だ。店舗のマネージャーによると、「カーディガンやスタジャンは、むしろ女性客のほうに人気で売れた」というほどで、基本的にユニセックスという商品展開だ。
「それがニューヨークの正しい姿だよ」
とアンジェロさんはいう。
「僕が育った90年代前半は、クールな服はボーイズもガールズも共有するものだった。ポロ ラルフ ローレンとかトミー ヒルフィガーとかね。だから、僕にとってアウェイクはユニセックスなんだ。全ての人のためにある服なんだ。何か言いたいことがある人、何か自己表現がある人――そういう人たちのためブランドというわけさ。ちょっと変わったものが欲しい…そんな人なら、アウェイクはその人のためのブランドだよ、それが"彼 "であろうと"彼女"であろうとね…。それこそが若者がアウェイクに惹かれる理由だと思っている」
多種多様な民族と文化の交差点であるニューヨーク。あらゆる生き方の選択をする人たちが暮らすニューヨーク。そのニューヨークらしさを持ちながら、ストリートウェアと、捻りを効かせたデザインを提供するアウェイクは、ぜひともニューヨークで訪れて欲しい場所だ。
Ellie Kurobe-Rozie
東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業後、ライターとして活動開始。『Hot-Dog-Express』で「アッシー」などの流行語ブームをつくり、講談社X文庫では青山えりか名義でジュニア小説を30冊上梓。94年にNYへ移住、日本の女性誌やサイトでNY情報を発信し続ける。著書に『生にゅー! 生で伝えるニューヨーク通信』など。