6月初旬のある日、松山は北日本の山里のビニールハウスの中にいた。高さ50センチほどに育ったトマトの幼木の前に膝をつき、慣れた手つきで脇芽を取っていく。「放っておいても実るんだけど、これをやるとグンと収量が増えるんですよね」
20歳くらいから畑をやりたいと思っていたと松山は言う。祖父母が農業をやっていたこともあって、土の上で作物と向き合うことにはなじみがあった。「俳優の仕事って、どうしても精神的にすり減っちゃうことがあるんですよね。そんなときでも農作業をしていると、疲れが植物のほうに吸収されるような感覚があって。こうして頭の中を空っぽにできるのがすごく楽なんです」
この土地と松山が出合ったのは8年ほど前のこと。このとき、妻・小雪の紹介で後に「師匠」となるM氏と知り合う。M氏は長らくフランス料理のシェフとして活躍し、現在はこの土地を拠点に、ハンターとして害獣駆除活動をしながら、限られたゲストに料理の腕を振るっている人物だ。
「Mさんが自分で仕留めたシカの肉を食べさせてくれたんですが、それがすごくおいしくて。それで、ぜひ狩猟の現場を見せてくださいとお願いしたんです。そうしたら…」
このときの体験が松山と家族のその後の生き方を一変させることになる。
「シカが撃たれて、その場に崩れ落ちる瞬間を見たときには、心臓が痛くなりました」
仕留められたシカの皮を剝ぎ、解体し、枝肉にする──その一連のプロセスを目の当たりにして、「これが肉なんだ」と初めて理解することができた。それまでも、スーパーに売られている肉やレストランで料理して出される肉を食べながら、心のどこかで「これって生き物だったんだよな」と思うことがあった。しかし、その肉の来歴がどこまでたどれるのか、まったく知らないで過ごしてきた。
「せいぜい、残しちゃまずいよなくらいの意識でしたね」
「最初は年に1、2回来ていたかなぁ」
アメリカ西海岸から取り寄せて組み立てたというトレーラーハウスのテラスで、M氏が当時のことを話してくれた。「うちの庭にテント張って、子どもたちと何週間も泊まっていたよ」と。
松山は自身の経験を通して、自分の3人の子どもたちにも生き物ときちんと向き合ってほしいと願うようになった。
「肉でも魚でも野菜でも、生き物が商品になる前のプロセスを現場できちんと体験したい。それには一からやるしかないと思って…」
そして3年前、松山は家族と共に、生活の拠点の大部分をこの里山に移した。以来、東京との2拠点生活をしている。農地を借りて、野菜の栽培を始めた。地元の名人に教わって、渓流釣りにもトライした。害獣駆除の資格と狩猟免許を取り、ハンターになった。
狩猟に触れたことで自ずと獣害(野生動物による農作物への被害)の問題についても詳しく知ることになった。近年、気候変動や里山の消滅、老齢化によるハンターの減少などによって、日本の獣害問題は深刻だ。鳥獣による農作物の被害額は約158億円(令和元年、農林水産省)に上る。中でも多いのがシカとイノシシによる被害だ。2019年の環境省のデータによると、わが国のニホンジカの数は約189万頭、エゾジカは約65万頭、イノシシは約80万頭とされている。
某日、松山の害獣駆除に同行させてもらった。M氏邸の前に集合したのは午前3時。明け染めた空は群青とオレンジのツートーンを成していた。夜の鳥は鳴きやみ、昼の虫はまだ目覚めていなかった。シカが森から出て来るのは早朝と夕方が圧倒的に多いという。M氏、松山、松山にとって弟弟子的な存在のK氏の3人がそれぞれのピックアップトラックで、別々の方向に出ていく。公道から農道へ、さらには群生した熊笹が視界を遮る林道へと、松山は車を走らせた。視線は前へ、左右へと休みなく移る。空が明るさを増し、ひんやりとしていた空気が少し暖まったころ、行く手の視界が開け、休耕地と森が接する広野に出た。松山がおもむろに減速する。
「シカだ」
母子とおぼしき2頭が80mほどの距離にたたずみ、こちらを真っすぐに見ていた。空気が薄くなったような感覚が走る。銃を手に、松山が運転席のドアを静かに開け、ゆっくりと車を降りる。発砲が可能な場所へ気配を悟られぬよう慎重に移動し、ためらう間もなく引き金が引かれた──。
獣害の問題は農作物の被害だけではない。駆除されたシカやイノシシの9割はジビエとして流通することなく廃棄されてしまっている。野生の動物の肉を流通に乗せるためには、認可を受けた解体場で処理することが義務づけられているのだが、解体場の数が少なくて駆除される動物の数に追いつかないのだ。焼却処分には費用もかかるし、大量のCO2が出るので環境負荷もかかる。幸い、松山が移り住んだ土地にはちゃんとした解体場がある。流通のルートさえあれば肉はジビエとして売ることができる。しかし、それでもまだ皮の問題が残る。害獣駆除により出る獣皮の利用はほとんどされてこなかった…。
「Mさんらの暮らしを見ていると、狩猟肉と野菜を交換する、渓流で釣った魚を配るなど、お金の介在しないやりとりが当たり前のように行われているんですよね。誰もが何かのエキスパートで、それぞれの能力を交換している。じゃあ、僕には何が差し出せるだろう? と考えたときに、シカの皮で何かできるのではと思ったわけです」
ここで、もう一人のキーパーソンに登場願おう。山口明宏は東京・墨田区にある皮革製造工場、山口産業株式会社の3代目社長だ。同社は1938年創業。90年に植物タンニンを用いた環境に優しい鞣なめし「ラセッテー製法」を開発。15年以降は、皮鞣しの主流であるクロム加工(重金属であるクロムを用いることで環境への負荷がかかることが問題となっている)を一切やめ、ラセッテー製法のみで加工をしている。また、08年から害獣駆除によって出る獣皮を1枚から鞣して“産地”に戻す「MATAGIプロジェクト」を展開。これによって年間約3000枚の獣皮が有効活用されている。
「4年前のある日、弊社の工場見学会にマツヤマケンイチという方から参加申し込みがありました。そういう名前の人もいるだろうと思いつつ当日を迎えました。すると、長身の男性が颯爽と降り立ったとき、『あ、やはりあの松山さんだ』と…」
ひと通り皮鞣しの工程を見学した後、松山は自身の参加の理由を山口に告げた。実は最近、北日本の某所に住みはじめ、ハンティングをするようになったのだが、害獣駆除の際に廃棄される獣皮をちゃんと鞣して使いたい。力を貸してもらえないだろうか、と。
山口の工場で鞣され、返送されてきたシカ革を手に取ってみると、牛革よりも薄く、豚革よりも柔らかかった。最初に松山が作ったのは小さなバッグだった。それをお世話になっている農家にプレゼントした。こうして松山も物々交換のコミュニティーの一部に加わることができた。さらに自分が着るためのジャケットを作った。
「それを着ることで、服を大事にしたいと思えるようになりました。『これもう飽きたから捨てちゃっていいや』というものではなくなった。それってすごく大事なことだと気づいたんです」
自分と同じように考えていて、でもどうすればいいかわからない人が他にも大勢いるんじゃないか、と松山は思った。解体場に電話して「皮はどうしていますか?」と訊くと、「廃棄にもお金がかかるし、利活用したいんだけど…」という答え。状況がわかってきた。少数ロットだと加工費が高くつくが、声をかけて集めればロットに見合う数になるかもしれない。コストを下げて、皮も捨てないで利活用すれば、CO2削減にもつながるだろう。松山は思い切って訊いてみた…
「皮を譲ってもらえませんか?」
多くの人たちの協力があって、獣皮を集めるのには成功した。しかし、出口が見つからなかった。鞣した革を自分だけで使っていても広がらず、せっかくの革もゴミになってしまう。22年1月、松山は小雪と共に獣皮のアップサイクルブランド「momiji」を立ち上げた。そこには、鞣し、デザインし、商品化することで獣皮に付加価値をつけたいという思いと、獣害問題やサステナビリティの現状を、ブランドを通じて発信することで人々の関心を喚起したいという願いがあった。さらには、ゴミの中にも宝物になる可能性のあるものがあることを知ってもらいたい。生き物の命と向き合うことの意味を考えてほしい。
「そういうのって、自分の生き方や次世代に対する責任にも関わってくることですからね。ただ、僕は方向づけをするつもりはないんです。こういう事実があるんだよと、ボールを投げるだけ。多くの人が知って、考えるきっかけになればいい」
昼前、解体場ではM氏が仕留めたシカの解体作業が行われていた。皮に少しでも傷がつかぬよう、慎重に、丁寧にナイフを入れ、剝いでいく。
いただいた命を全てきちんと使い切る──と口で言うのはたやすいが、実際にそれを行うとなると、途轍もない労力を要する。だからといって放置すれば、動物はあっという間に腐ってしまう。撃って、血抜きをしたら、丸ごとピックアップに載せて解体場に運ぶ(成獣1頭を一人で運ぶ苦役を想像してみてほしい)。生命に対する敬意や感謝の気持ちがある限り、大変でもなんでも、もうやるしかない、と松山は心の内を語る。そして、新たに生活に組み込まれることになった狩猟・解体・商品製作という営みが、自分の性分に合っていることに気づいたという。
「これならやりつづけることができそうだと思っています。人それぞれに持ち場、持ち味があると思う。やれる人がやれることをやればいい」
「momiji」のシカ革ライダースジャケットのライニングには、製造工程に関わった人の名前が映画のエンディングロールのように記されている。筆頭は「Design/ Kenichi Matsuyama」だ。そこに松山の並々ならぬ決意が滲んでいるように見える。
シカが斃(たお)れるのを見ると、心臓が痛くなるような思いは今も変わらない。ただ引き金を引くだけの作業におびただしいエネルギーが消費されるのはなぜだろう? しかし、同時に、松山は生き物と対峙し、直接命のやりとりをする行為が「ピュアで、ヘルシーで、美しい」とも感じている。そこには邪念も、忖度も、言葉によるごまかしも何もない。残酷さの混じった美しさというものがあることを、ハンティングや釣り、野菜づくりが彼に教えてくれた。
「自然との共生って、想像以上にドロドロしたことじゃないですかね」
その朝、松山の銃から放たれた弾はターゲットに命中しなかった。
「外すとシカは自分の身に危険が迫っていることを覚え、車の音や人の気配にも敏感になるんです。そうなると、ハンターも仕留めるのが難しくなる。外しちゃダメなんですよね…」
ハンターは少し落ち込んでいるように見えた。「自然を相手に暮らすのはひと筋縄ではいかない」、とその横顔が語っていた。
Infomation
「モミジ レザーアイテムコレクション」
日程:2022年12月8日(木)~12月21日(水)
(会期中12月8~14日の間、ウィンドウディスプレイで展示)
momijiの活動と松山ケンイチのアートワークを体感できるイベント。一枚一枚表情の異なる革から、気に入りの革を選んでジャケットのオーダーが可能。
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「トーキョーハット×モミジ 帽子コレクション」
会期:
2022年11月2日(水)〜11月15日(火)
日本橋三越本店 2階紳士帽子売場
2022年11月9日(水)〜11月22日(火)
あべのハルカス近鉄本店 7階帽子売場
2022年11月16日(水)〜11月29日(火)
銀座三越 本館 5階 GINZAステージ
2022年11月16日(水)〜11月29日(火)
博多阪急 6階紳士帽子売場
2022年11月16日(水)〜11月30日(水)
和光 本店4階
※11月に帽子のみ先行販売し、
12月よりレザーコレクションとして展開。
2022年11月30日(水)〜12月13日(火)
阪急メンズ大阪 4階帽子売場
2022年12月7日(水)〜12月20日(火)
伊勢丹 新宿店メンズ館 1階帽子売場
2022年12月7日(水)~13日(火)
福岡三越 7階紳士帽子売場
2022年12月14日(水)~25日(日)
伊勢丹浦和店 5階紳士帽子売場
2022年12月14日(水)~25日(日)
京都髙島屋 4階紳士帽子売場
momiji公式サイト
To be interviewed / Kenichi Matsuyama
Facilitate / Emi Sugiyama
Interview & Text / Yasuyuki Ukita
Photograph / Taisuke Ota
Styling / Takahisa Igarashi
Hair & Make-up / Masakazu Igarashi
Article Edit / Kazumoto Kainuma
Videograph / Yakyo Katagiri, Takio Horikawa
Video Edit / Yakyo Katagiri
Drone / Yakyo Katagiri
Digital Total Produce / Kazushige Ogawa(HDJ)