タスマニアとは?
タスマニアのことを一体どんなふうに説明すればいいだろう? オーストラリア大陸の南の海上に浮かぶ、北海道の5分の4ほどの広さの美しい島。上質のラム肉やビーフ、サーモンや牡蠣、ワインで知られるガストロノミー食材の供給源。中でも多くの人が最も心惹かれる謳い文句は、「世界で一番空気が綺麗な島」だろうか。
“タスマニア”という響きは多くのオージーに羨望の念を起こさせる。試みにシドニーのパブかコーヒーショップで隣り合わせたオージーに「明日からタスマニアに行くんだ」と告げてみるといい。相手がどんな属性の人であれ、彼/彼女の瞳は瞬時にハートマークを宿すこと請け合いである。
そんなタスマニアの魅力を近年さらに増強しているのがジンやウイスキーを生産するマイクロ・ディスティラリー(小規模蒸留所)の存在である。現在、島内で稼働している蒸留所の数は57(この数字は、設立ブームに沸く日本のウイスキー蒸留所の数=約50軒を上回る)。その中のひとつ、「マクヘンリー・ディスティラリー」が今回の訪問のターゲットだ。
世界で3番目に南端にある蒸留所
ハートの形をしたタスマニア島のほぼ南端、流刑の地として知られるポート・アーサーの丘の中腹にビル・マクヘンリーが開いた蒸留所は立つ。私が訪ねたのは5月下旬の夕刻だったが、冷涼なことで知られるこの島の最南端であり(海の向こうは南極大陸だ)、なおかつ初冬であることを考慮すると、空気は意外なほどマイルドだった。
「世界で3番目に南端にある蒸留所へようこそ」
少し鼻にかかった声、大らかさが滲む破顔でビルが出迎えてくれた。彼の話す英語に豪州訛りがほとんどないことにすぐに気がついた。彼のキャリアとも関係があるその理由がわかるのは、少し後のことだ。
蒸留施設やセラードア(試飲販売所)の建屋が点在するフラットな場所からさらに坂道を登った高みに立つゲストハウスに案内された。壁には「タスマニアデビル出没注意」の標識。
「このあたりに4頭いることが確認されていて、研究者の観察対象になっているんだよ」とビル。この島の固有種で絶滅の危機に瀕しているタスマニアデビルの生息数は現在15000〜18000頭だと言われている。取材は翌日の朝からということで、その場でジムと別れ、ゲストハウスのドアを開けた。ファイアプレイスのある居間兼ダイニングルームには牡蠣やチーズの載ったプラッターと自社製ビール、そしてジンとウイスキーのミニボトルが用意されていた。
海の存在を暗示する、空気の中の潤い
ファイアプレイスに火を熾したあと、グラスとプラッターを持ってデッキに出た。すでに当たりは闇に包まれ、そこに風景と呼べるものはなかったが、海の方から吹いてくる湿った風が気持ちよくて、数日前に飛行機でロンセストン(タスマニア第2の都市)に降り立った時の感覚がよみがえった。空気がやたらと美味かったのだ。小ぶりな牡蠣はエキス分が濃縮されていて酒が進んだ。ビールとウイスキーで少し酔いが回った頃、暗闇に動物の目のようなものが光るのを見たような気がしたが、それが例の4頭のうちの1頭のものなのかは知る術がなかった。
翌朝8時、朝露に濡れたデッキに出た。眼下にはユーカリの森とブッシュと牧草地がなだらかな起伏を伴ってパッチワークをなしていた。そこに展開されているパノラマは「内陸」そのものだったが、空気を満たす潤いがすぐ近くに海が広がっていることを告げていた。全てがマイルドでピースフルだった。眺望に見惚れているところにピックアップトラックが走り込んできた。運転席から「ビル2」が手招きしていた。ビル2こと、ビル・レイヴェンスクロフトはこの蒸留所のマスターディスティラーで、ビル・マクヘンリーとは同じ学校に通った良き相棒である。
蒸留所の朝は意外にも早かった(飲むのが夜だからといって、その製造現場が朝寝坊であるはずがないのだが‥‥)。ビル・マクヘンリーはコーヒーマグを片手に、建屋の一つから姿を現した。
(つづく)
McHenry Distillery
公式サイト
取材協力:
Tourism Australia
Tasmanian Department of State Growth
Tasmanian Chamber of Commerce & Industry(TCCI)