ポートレートの撮影は、都内湾岸エリアのスタジオで行われました。
麗しきメダリストは小気味よく切られるシャッターの音に合わせて、ミリ単位でさまざまな動きを見せます。撮影現場の空気を感じ取り、身体全体で表現するあたりは、アスリートならではの瞬発力と野生の勘にも似た鋭い感覚の賜物(たまもの)でしょう。
スキージャンパーの小林陵侑さん。2022年の北京冬季五輪ノルディックスキー・ジャンプ男子で金メダル(ノーマルヒル個人)と銀メダル(ラージヒル個人)を獲得した“世界一飛ぶ男”です。
連続して焚(た)かれるストロボの光を気持ちよさそうに浴びて、この日着用したディオールのスタイリングが際立ちます。プライベートでも愛用し、「かなり好きなメゾン」とのこと。そして、この日の服の印象をこう語ります。
「全体的なアウトドアテイストの中に、ストリート感がありますよね。ペールトーンのグラデーションは優しい雪山みたいな印象。レイヤードも楽しめて、コレめちゃめちゃかわいいですね」
雪山を下山してストリートへ――。それは本人の今の境遇と、どこか符号するようでもあります。
2023年4月3日。8年間所属したスキージャンプの名門「土屋ホーム」を退社し、プロのスキージャンパーとして歩み始めることを発表しました。歴史的に見ても、日本のスキージャンプの強化はどうしても企業頼りにならざるを得ない面も。広がり続ける国内と海外のレベルの差――遠い異国の地を転戦するたびに危機感が募ったと言います。
「現状を打破するために自分は何ができるのだろうかって、結構長い間考えていたんですが、オリンピックで金メダルを獲ってから、さらにその思いが強くなりました。自分の周りのことや細かなことまで、目が届くようになったという感じでしょうか。どうしたら日本のジャンプ界の底上げができるのか。考え抜いた末にたどり着いた結論が、まずは僕がプロになることでした」
孤高の存在として山に籠(こも)り、ただひたすら己のスキルを磨き上げることもできたはず。ただ、それを良しとすることはできなかったのでしょう。実業団というある意味守られた環境を離れ、すべてを自らの判断と責任で行うプロの道へ。足掛かりとして、気心の知れた仲間たちと「チームROY(ロイ)」という活動の基盤をつくりました。自身のマネジメント全般を担うほか、他の競技者にもポジティブな影響を与えたいと言います。
「緩やかな仲間のつながりとして、周りから自然と人が集まってきてくれるような存在の象徴になれればと思っています。『チームROY』というプロジェクトとして、他のジャンパーから望まれるのであれば質問にも応えてあげたいですし、一緒に練習したり、経験を共有したりしていきたいと思っています。そのほうが情報共有もできますし、みんなのモチベーションも上がりますよね。海外ではよく見られる光景かもしれません」
本格的にスキージャンプを始めたのは小学3年生のとき。クロスカントリースキーの元選手で、教員の父親にスキー部の引率に連れて行ってもらったときに出合いました。すぐにこの競技に魅せられ、岩手県八幡平市の自宅から1時間かけて練習場まで通い続ける生活が始まりました。
「楽しいですよ。怖さもありますけどね。スタートバーの時点で観客の声は聞こえますが、いざ飛び出してしまえば音は消え去り、完全に自分だけの世界。K点やヒルサイズの線が徐々に近づいてきて、着地した瞬間に解放されて現実に戻る、みたいなイメージです。飛んでいる最中や着地する直前なんかは、特に楽しい瞬間です」
競技を続けるうえで、明確な目標となることが多いのが五輪の金メダルです。メダル獲得後に燃え尽きてしまう選手も少なくないと聞きます。果たして小林さんにとって、メダルは何をもたらしたのでしょうか。
「不思議ですよね。金メダルは小さい頃からの目標でしたし、確かに最初は達成感や満腹感がありました。ですが、1週間もしないうちにそんな気持ちもなくなりましたね。ビッグジャンプをして会場全体のエナジーを盛り上げ、それで『元気をもらえた』と言ってくださるファンの皆さんの声を聞くこともあります。これからは、そういった人たちのためにも飛び続けたいと素直に思います」
そして、「そのためにも、毎日の積み重ねを大事にしていきたい」と続けます。
「正直言うと、1年後の具体的な自分の姿は想像がつきません。結局、未来は今の自分次第なんですよね。極端に言えば、今日の自分で未来は変わりますし、明日でも変わるし、明後日でも変わる。日々ベストを尽くして初めて、その先に望むべき未来があるのではないかと」
常に、いたって平常心で語り続けます。プロへの決意を語るときも今後の活動への思いを語るときも。無駄な力みを感じさせることのない飄々(ひょうひょう)とした姿の奥底には、揺るぎない信念と鍛え上げられた自信がのぞきます。
「周りの方からの期待もあるかもしれません。ですが、どちらに転んでも仕方ないと思えます。それは、今の自分ができることを精いっぱいやっているから。結局自分は飛ぶことしかできませんが、カッコいい男って結果で見せていく男だと思うんです。自分の道を信じて、師匠のノリさん(※編集注:葛西紀明選手。史上最多となる8度の冬季五輪に出場し、2014年のソチ五輪 個人ラージヒルで銀メダル、団体ラージヒルで銅メダルを獲得した、スキージャンプ界のレジェンド)のように背中で見せられたらいい。ジャンプ界をもっと楽しく、夢を感じられる世界にしたいんですよね」
出る杭(くい)に対して、逆風も吹くことことでしょう。それでもなお、小林さんは今日も飛び続けます。思い描くのは世界からも絶賛される美しい放物線。スキージャンプにおいては、向かい風こそ遠くへ飛ぶことができます。
■PROFILE
小林陵侑(こばやし りょうゆう)/1996年11月8日、岩手県八幡平市出身。2015年4月、土屋ホーム入社。2016年1月、ザコパネ(ポーランド)でFISスキージャンプワールドカップデビュー。2018年の平昌五輪では日本人最高位のノーマルヒル7位、ラージヒルで10位入賞。2018年11月ルカ大会(フィンランド)でW杯初優勝、同年12月30日~2019年1月6日のジャンプ週間では史上3人目、日本人初となるグランドスラムを達成。2018-2019シーズン初優勝から通算13勝を挙げ、日本人初となる総合優勝を果たす。2021-2022シーズンのジャンプ週間では、自身2度目のジャンプ週間総合優勝を果たす。2022年の北京五輪では、ノーマルヒルで金メダル、ラージヒルで銀メダルを獲得。2021-2022シーズンW杯では自身2度目の総合優勝を果たす。2022-2023シーズンには史上7人目となるFISスキージャンプW杯通算30勝を達成。
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Edit / Ryutaro Hayashi(Hearst Digital Japan)