その“ある変化”に対応するために有効なのが、チョコレートなのだ。
スーパーでも購入できる身近な食材の偉大な健康効果について慶應義塾大学医学部教授の井上浩義氏に話を聞いた。
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※2023年2月13日に「ダイヤモンド・オンライン」に掲載された、井上浩義氏(慶應義塾大学医学部教授)の記事転載になります。
チョコレートの健康効果に関しては、面白い研究があります。米国ハーバード大学のホレンバーグ教授が行った研究(※1)で、カリブ海沖の群島に住むクナ族と都市部に移って暮らすクナ族を比較したものです。
クナ族にはチョコレートと同じくカカオを原料とするココアを飲む習慣があり、群島に住むクナ族は血圧が低く、より長生きし、死亡時には心筋梗塞、脳卒中、糖尿病、がんの発生頻度が低くなることがわかりました。カカオの健康効果を示す研究として、広く紹介される代表的な研究です。
それでは、一体どのような仕組みでチョコレートが私たちの健康にとってプラスにはたらくのでしょうか。ここからは、「チョコレートの3大健康効果」「チョコレートの正しい食べ方」「なぜ40歳を超えたらチョコレートを食べるべきなのか」について解説します。
私たちが呼吸によって体内に取り込まれた酸素の一部が、通常よりも活性化された状態になったものを活性酸素と呼びます。
活性酸素はウイルスなどを撃退する役割もあって一概に悪者扱いできないところもあるのですが、何らかの原因で活性酸素が増加して体が処理能力を超えてしまうと体内の正常な細胞や遺伝子まで攻撃してしまうので厄介です。
活性酸素が増えすぎると、筋力低下やシミ・シワといった老化現象にもつながります。また、活性酸素が過剰になる状態が続くと、動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞、がん、糖尿病、肺炎、アトピー性皮膚炎、関節リウマチ、白内障といった疾患を罹患するリスクが高まることも知られています。
活性酸素を増やす要因としては、運動とストレス、飲酒、喫煙が挙げられます。また、本来は人間が寝る時間に仕事をする夜勤なども活性酸素を増やす行為として知られています。体への負荷がかかることで、活性酸素が増えるのです。
こうした厄介な活性酸素を無害化してくれるのが、チョコレートに含まれるポリフェノールが持つ抗酸化作用なのです。
脳の重量は20代から徐々に減少していき、認知機能も低下します。そして、20代と60代を比較すると60代のほうが約5%程軽くなるとなってしまうのです(※2)。
愛知県蒲郡市で蒲郡市と愛知学院大学と明治が行った「チョコレート摂取による健康効果に関する実証研究」で、チョコレートがBDNF(脳由来神経栄養因子)を増やすことがわかりました。
BDNFは海馬に多く存在するタンパク質で、神経細胞をつくったり、再生したりする役割を持っています。 カカオポリフェノールを摂取して、BDNFが増えることによって、シナプスの形成が促され、記憶力や認知機能の向上も期待されます。
人手不足や長寿化を受けて定年延長の流れもある中で、60歳を超えても働く人が増えることが予想されます。認知機能を保つために、健全なうちから備えておくに越したことはないでしょう。チョコレートが認知症の進行を遅らせるといった証明はまだされていませんが、認知症予防や改善の可能性も十分にありえるでしょう。
さきほどカカオポリフェノールの抗酸化作用が老化や疾病を防止すると説明しましたが、チョコレートは新陳代謝を高める効果も確認されており、肌のターンオーバーを促進する効果も確認されています。
肌のターンオーバーは、洗顔など外側から行うことができず、内側から古い細胞を押し出すことでしか達成できませんから、代謝を高めることが必要となるのです。
女性だけでなく、男性も美容を意識する時代です。チョコレートを食べることで、若々しい見た目を保つことにつながります。
多くの健康的なメリットを持つチョコレートですが、どのくらい食べればよいのでしょうか。
推奨されるのは、1日あたり22gです。市販されている板チョコが1枚でおよそ50~60gほどですから、板チョコを3分の1から半分程度食べればよいという計算です。
同じカカオを原料とするココアだと、1日に3~4杯ほど飲まなければ同じ量のカカオポリフェノールを摂取することはできませんから、多くの人にとってチョコレートで摂取する方が簡単ではないでしょうか。
また、過剰に摂取されたカカオポリフェノールは尿として排出されてしまいますので、一度に大量に摂取するよりは、毎日適量を食べることをお薦めします。
先ほど、活性酸素を増やす要因として運動を挙げました。運動の強度に比例して、発生する活性酸素量が増えるので、激しい運動をされる方は特に意識して抗酸化物質を摂取されることをお薦めします。
その際に運動の直前だと直前では抗酸化物質が体内に吸収されないので、運動を始める30分前を目安にチョコレートを食べてもらうと、運動で発生する活性酸素の働きを抑えてくれます。
「どんなチョコレートを食べるか」という点にも注意が必要です。糖分を多く含むチョコレートでは糖分過多となり、健康問題を引き起こしかねません。ですから、なるべく糖分が少なく、カカオ含有率の高いチョコレートを選びましょう。
メーカーによって呼称も含有率の基準もさまざまなのですが、「高カカオ」とか「ハイカカオ」と言われる商品でカカオ含有率が60%以上のものがよいとされています。
ここまでチョコレートの話をしてきましたが、抗酸化物質を多く含む食品は他にもたくさんあります。
代表的な食材だと、赤ワインやオリーブオイルはポリフェノールを多く含んでいますし、ポリフェノールの仲間であるカテキンを含む緑茶、飲み会のお伴というイメージも強いウコンに含有されているクルクミン、ゴマに含まれるセサミンなども抗酸化物質です。
もともと体には活性酸素の働きを抑える酵素があります。代表的なものだと、SODやグルタチオンペルオキシダーゼ、カタラーゼなどがそれに該当します。しかし、これらの酵素をつくる体の機能は、40代を境に急激に減少すると言われています。
つまり、40代になると体内で発生する活性酸素を体の機能だけでは処理できなくなり、活性酸素が過剰な状態になりやすくなります。体で酵素をつくれない以上、口から摂取するしかありません。40代を超えたらチョコレートを食べたほうがいいというのは、こうした根拠に基づいた提言なのです。
激しく運動することを仕事とするアスリートたちも、抗酸化物質を意識的に取り入れ始めています。特にサッカーのJリーグは選手たちのコンディショニングの一環として、抗酸化物質の積極的な摂取に力を入れています。
大学で授業を持っているとバレンタインに学生からたくさんチョコレートをもらいます。単位認定の時期と被るからでしょうか。そんなことを考えると素直に喜べないのですが、必死さは伝わってきます。
皆さんもバレンタインデーには、チョコレートを渡し、渡されることが多くなる時期だと思います。ぜひ、この記事を読んだことをきっかけにチョコレートを食べる健康習慣を実践してみてください。
参考
※1 Bayard V, Chamorro F, Motta J, Hollenberg NK. Does flavanol intake influence mortality from nitric oxide-dependent processes? Ischemic heart disease, stroke, diabetes mellitus, and cancer in Panama. Int J Med Sci. 2007;4(1):53-58. Published 2007 Jan 27. doi:10.7150/ijms.4.53
※2 鈴木 隆雄(1996)『日本人のからだ―健康・身体データ集―』(朝倉書店)