このクルマに乗り換えたことで、
世界は一変していました…

昔から“アメリカンマッスルカー”には、大きな憧れを抱いてきました。ですが、所有するタイミングにはなかなか恵まれなかったのも事実です。それが2021年の11月、生活の足だったフォルクスワーゲンから2002年式のフォード「マスタングGT」に思い切って乗り換えたことで、私の世界は一変してしまいました。

マッスルカーを迎え入れた新たな日常は、楽しく充実したものでした。すると、このマスタングが私(この記事の著者であるルーカス・ベル氏)の人格を変えてしまうのではないか?とまで達する恐怖の兆しが、いよいよ確信へと変わってきたのです…。

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Lucas Bell
この記事の著者であるルーカス・ベル氏の、人格までも変えてしまった「マスタングGT」。

そもそも私は、マスタングが似合うようなタイプの人間ではありません。もちろん、マスタングが似合う人間とやらに明確な定義などはありませんが、少なくとも「似合う」と言えないことは確かなはずです。そもそもクルマ探しをする際には、マスタングを真っ先に候補から外すほどの人間だったのです。

「妻がマスタングのスタイルに共感しない」というのが、これまでの最大の理由でしたが、私が「GMのスモールブロックV8エンジンを好んでいた」というのも理由の一つでした。ですが、テレビの画面にこの「マスタングGT」が現れた瞬間、私の苦手意識は突然どこかへ消え去ってしまったのです…。

第一期ジョージ・W・ブッシュ大統領時代(編集注:2001年~2004年)の1台でしたが、走行距離はまだ4万4000マイル(7万km強)ほど。所有者はとある老兄弟で、新車で購入したとのことでした。走行時間そのものが短いであろうことは、例えばトランクにネズミが住み着いていたことを示す痕跡からも察することができました。

その「マスタングGT」は、20代当時の私よりもまだピチピチとして元気そうに見えました。試乗したところ、4.6リッターのモジュラーV8エンジンは強力で、5速のTR360マニュアルギアボックスとの相性も上々でした。このクルマを大切に保管していた前オーナーに対する感謝を忘れるつもりはありませんが、私はとにかくこれを走らせたいと思ったのです。…それも思う存分に。

あの2バルブのエンジンに火が入ると、
私の中で何かが変容します…

2021年11月に入手して以来、3000マイル(約4800km)を走破した「マスタングGT」ですが、ミシガン州の厳しい冬にもまったく動じる様子はありません。私はデトロイトの自宅を職場としているため、無駄に走らせなくても良く、悪天候にあえて車庫から出す必要もありません。

とは言え、機会さえあればハンドルを握り、十分な時間を運転席で過ごしてきた私には、このクルマが私に何をもたらしたのかがよくわかります。これまで9台のクルマを乗り換えてきましたが、この「マスタングGT」は特に、私を悪人に仕立ててしまう…そんな誘惑に満ちているのです。

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Lucas Bell

一度あの2バルブのエンジンに火が入ると、「パチン!」と私の中で何かが変容します。それまで乗っていたフォルクスワーゲンのように、心穏やかにのんびりと街を流すことなど、もはや無理な相談です。信号待ちで横にミニバンが並べば、「ふっ、子ども数人分の荷重がレースに及ぼす悪影響を思い知るがいい」などと考えてしまいます…。シフトチェンジのたびにタイヤが悲鳴を上げ、回転数の上昇に伴う咆哮(ほうこう)が轟(とどろ)きます。

ドライブスルーでは他の客の注文の邪魔になるのも構わずに、常にアクセルをふかし続け、V8エンジンの音が壁に反射するのを聴きながら満足感に浸るのです。クルマに対して興味を示さない隣人でさえ、今やこの260馬力と302 lb-ftのトルクが唸るその音を聞き分けらることができるようになったに違いありません。

私の高速道路での振る舞いも、「マスタングGT」に乗り始めて変わりました。サスペンションはフォルクスワーゲンと比較すると従順さに欠け、高速道路での走行が快適であるとは到底言えません。そんな中、積んだ荷物のことを気遣う必要がある際はややスピードを落とした状態で走るようになりました。

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Lucas Bell

その影響でしょうか?そう、 交通状況の変化に快く対応できなくなりました。自分以外のドライバーの実力について常に疑いの目を向けていることも手伝って、追い越しや車線変更の回数が驚くほど増えたのです。「マスタングGT」のエンジン音は高速道路でもよく響き、私の存在を他のドライバーに知らしめるのに大いに役立ちます。

ただしそのせいで、私がレースを仕掛けていると勘違いする相手が現れることも少なくありません。特に「モパー」(編集注:クライスラー系のクルマ一般の総称)を駆るドライバーの多くが、特にそんな反応を示すように感じられます。その都度、私のマスタングの性能が気になります。たいていは彼らに軍配が上がるのですが、常にそうとは限りません。

このクルマが与えてくれる体験こそ、
EV
の未来に求められるものでしょう

「マスタング」は、言わば遊び心からつくられたクルマです。V8エンジンを乗用車に積んでいるのです。そのことが、私の自動車魂に火を点けたわけです。常識人なら愚か者のレッテルを貼らずにはいられない、そんなバカげた振る舞いをするのに適したクルマなのだ…と私は感じています。

とにかく、この古い「マスタングGT」から降りるたび思わず笑みがこぼれるのです…。ヴィンテージと呼んで良いほどのポニーカー(1964年にデビューしたフォード『マスタング』によってできたジャンル。 1950~60年代のアメリカで一般的にフルサイズと呼ばれた大型車よりも小さく、それでいてスポーティな2ドア車)ですが、このクルマが与えてくれる体験こそ、目前に迫った電気自動車の未来に何よりも求められるものに違いありません。

…と言うわけで私は、この素晴らしいV8エンジンを知ったことで、自分の意識は180度転換してしまったのです。ただし、それ以外に目を向けてみれば、悪路だらけのミシガン州で生み出されたとは考えたくないほど安定しないリアエンドなど、褒められた点ばかりではありません。インテリアなんて、2001年式「F-150」と笑えるほどに瓜二つです…。

繊細さに欠けると言わざるを得ない「マスタングGT」ですが、そこを補っているのは、まるで赤血球のように流れるアメリカン・スピリットです。つまり、多少の愚かさは、その点に免じて許されるべきだ…というのが私の思うところなのです。

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です。