地中海、イタリア半島の西に浮かぶサルデーニャ島。面積は四国のおよそ1.3倍。約165万人が暮らすイタリア第2の規模を誇る島です。北西部に位置する旧市街・アルゲーロはイタリアで最も美しい街のひとつとしても知られ、島最大の都市カリアリはモダンで都会的なイメージが漂います。

サッカー好きの人であれば、元イタリア代表で、ナポリやパルマ、チェルシーなどで活躍したレジェンド、ジャンフランコ・ゾラの故郷であり、「カリアリ・カルチョ」でユニホームを脱いだ場所として記憶されているかもしれません。

首都ローマから飛行機でわずか1時間。エメラルドグリーンとコバルトブルーの海に囲まれ、世界中からセレブが集まる高級リゾート地としての顔ものぞかせるこの島を、フェラーリは「ローマ スパイダー」の国際試乗会の地に選びました。風光明媚(めいび)なこの地で、今年3月に発表された優雅なオープンモデルに乗ってみるとさまざまな発見が待っていました。

カリアリの街
SeanPavonePhoto//Getty Images
サルデーニャ島最大の規模を誇る古都カリアリ。地中海沿岸にカラフルな街並みが広がります。
ポルトチェルボ
Francesco Dettori / 500px//Getty Images
島北部に広がるポルトチェルボのビーチ。ビリオネアらの豪華なヨットが停泊し、世界でも最も高価なリゾートのひとつとして知られます。

華やかなライフスタイルに包まれて

イタリア車において用いられる「スパイダー」なるオープンモデルの話をする前に、まずは先に登場したクーペタイプの「ローマ」について。

そもそもハードトップのフェラーリ「ローマ」が発表されたのは、2020年3月のこと。車のテーマは“新・甘い生活(ラ・ヌォーバ・ドルチェヴィスタ)”。ローマ、そして甘い生活と言えば、思い出されるのはフェデリコ・フェリーニ監督の代表作『甘い生活(La dolce vita)』です。豪勢な生活をおくるも、虚栄と退廃に堕ちていく現代人のむなしさ、刹那的な美しさを描いた映画作品として知られ、トレヴィの泉をはじめとするローマの街の名所(もちろんセットでの撮影も含めて)が数多く登場。当時のローマらしさを凝縮して瞬間密閉したような作品ですが、そこから転じて、耽美(たんび)主義的な志向やライフスタイルを表す言葉としても用いられています。

甘い生活
Umberto Cicconi//Getty Images
日本では1960年に公開された映画『甘い生活』。この写真にあるトレヴィの泉でも撮影が行われました。

愛好家には釈迦(しゃか)に説法ですが、フェラーリの市販モデルのシリーズ構成は二つに大別されます。ひとつはキャビン後方にパワーユニットを搭載するミッドシップカーのスポーツカー。もう1種類は前方にパワーユニットを搭載し、後輪が駆動する、グランツーリスモ・スポーツカーです。「F40」「F8」など、数字とアルファベットの組み合わせなら前者の“スポーツカー”に、「ポルトフィーノ」「カリフォルニア」などのペットネームを与えられたモデルは“グランツーリスモ(GT)”というのが基本的な解釈となります。ペットネームを授けられた「ローマ」は、もちろん後者GTカテゴリーのモデル。日常使い、さらに言えば「新・甘い生活」という、永遠の都を連想させつつ華やかなライフスタイルに寄り添うモデルという狙いが込められているのです。

蠱惑的ですらある美しさ

ローマスパイダー
Ferrari
FRのオープンモデルとしては「デイトナ スパイダー」以来のソフトトップが採用されました。これは物珍しさを狙ったものではなく、「ローマ」の世界観に合致するのがソフトトップである、という判断からなされたものだとデザインチームは教えてくれました。

車と対面してみてまず抱くのは、その圧倒的な美しさです。シンプルなのにグラマラス。エレガントな雰囲気が支配するのに力強い。無駄な押し出し感はないのに、確かな存在感を感じさせます。現在のファッションの潮流で例えるなら、控えめなアプローチでラグジュアリーな世界に向き合う“静かなるラグジュアリー”と言ったところ。360度見渡しても、とにかく流麗。サイドラインにいたっては不要なキャラクターラインを排し、ドアからリアホイールにかけてのふくよかで張りのあるボディなど、なまめかしさすら漂う造形は蠱惑(こわく=心をあやしい魅力でまどわしたり、たぶらかす)的ですらある…。この寡黙かつ(ある意味では)実直とも言える美しさは、まさに大人のためのGTという印象があります。

さらに今回はスパイダー。しかも、FR(フロントエンジン・後輪駆動)モデルにソフトトップを採用したオープンモデルとして登場するのは、フェラーリ史上54年ぶりのことです。全体に漂うクラシカルな雰囲気から連想されるのは、まさに「甘い生活」に代表される甘美なる世界観。走りへの情熱や憧憬(しょうけい)は表現しつつ、これから駆け抜けようとするサルデーニャ島の大地と空、そして海とどのように溶け合っていくのか、走りだす前から気分が盛り上がります。

preview for Ferrari Roma Spider
ローマスパイダー
Ferrari
圧倒的な気持ちよさ。地中海の海と空に溶けていくよう

走りだしから感じるのは、(意外なほどの)運転のしやすさ。ロングノーズボディながら車両感覚をつかみやすく、なだらかに隆起したボンネットが阻害する視認性に最初こそ苦戦したものの、5分も走ればそんなことすら忘れてしまうほどの快適性。シートはGTモデルとしてのホールド感と座り心地を考えたつくりで、フィット感は抜群。ベンチレーション機能も搭載し、汗ばむことなく常に快適にサポートしてくれます。そういった乗り手コンシャスな目線とオープンモデルによる開放感も手伝ってか、車との一体感をすぐに感じられたことには驚きました。

パワートレーンは、3.9リッターV8ツインターボエンジンと8段DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)の組み合わせ。伝達効率に優れ、ダイレクトな加速が味わえます。最高出力は620PS、最大トルクは760Nm。止まった状態から時速100kmまでの到達所要タイムはクーペと同じ3.4秒です。

試しに直線が続くコースを選び、法定速度ギリギリを目指してアクセルを踏み込んでみると、まるでワープでもしたかのような猛烈な加速感とともに感じられる異次元のパフォーマンス。とにかくスピードが桁違いに速い。しかもオープンで感じる地中海の爽やかな涼風と、角が丸く深みのあるエンジンの残響が身体の深まで届き、体感するスピード感はさらに増しているように思えてきます。

ローマスパイダー
Ferrari
「ローマ スパイダー」に設定された特別カラー、「チェレステ・トレヴィ」。青とグリーンが爽やかに溶け合った軽やかな色味が美しい。名前の由来は、この響きからも連想されるとおり「トレヴィの泉」から。フェラーリの象徴でもある跳ね馬のバッヂがないことに気がつきます(オプションでつけることも可)。このあたりにも、サイレントラグジュアリーの一端を垣間見ることができます。
ローマスパイダー
Ferrari
(※写真右上から時計周りに)パワートレーンは、3.9リッターV8ツインターボエンジンと8段DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)の組み合わせ/荷室容量はルーフが開いた状態で、255Lと思いの外の収納力です/モダンなオープンカーらしくロック解除などの手間は不要で、このボタンだけで開閉操作が可能です/走行モードは「WET」「COMFORT」「SPORT」「RACE」の4種類から

そのまま海岸線に沿って車を走らせ、登りと下りが連続する山道に差し掛かると、サルデーニャの青い空と海が交互に眼前に広がります。この圧倒的なリゾートのスケールと、日常からのエスケープ感。それを身体いっぱいに感じていると、運転する「ローマ スパイダー」ごと空と海に溶けていってしまうかのような錯覚に陥ります。

その感覚の正体はおそらく自然との一体感ですが、それを強く感じさせてくれたのは、新しいウインドディフレクターによる賜物(たまもの)かと…。この新開発の機構は、センターコンソールのスイッチを押すと後部座席の背もたれが移動し、風の巻き込みを抑えるというもの。フェラーリによると、「従来の2+2のオープンモデルと比較して、前席乗員の頭部周辺に発生する乱流の抑制効果がおよそ30%向上している」と言います。だからオープンで走っていても、特に外気が気になることがない。自然との一体感を阻害する要素が少ないことも、スパイダーとしての魅力をより高めてくれているのでしょう。

混じりっけのないピュアなドライビング。運転の歓びに出合います

海岸線を離れ、人口およそ1300人のかわいらしい小町・マザイナスの目抜き通りを走り抜けます。片側わずか1車線の街の幹線道路ですが、道沿いのオープンカフェでは一杯のエスプレッソを求める地元民やツーリストが列をなしています。この町を過ぎると本格的な山道へと入り、急激なカーブが続きます。

ローマスパイダー
Ferrari
地中海と空が織りなす青いグラデーションから、豊かなグリーンが映えるウッディな森へ。島の自然を身体一杯に感じながらのクルージングが続きます。

ここで顕著になったのが、軽快なハンドリングです。軽やかなノーズを感じるだけでなく、それに連動して車全体が自分の求めるドライビングラインに乗るイメージがステアリングホイールを握る手全体に伝わってきます。さらにレーンキープアシスト機能も秀逸で、苦手な山道でも吸いつくようになめらかなドライビングができ、感動もひとしお。

スピードに対する印象を強く抱いていた「ローマ スパイダー」でしたが、まさか山道でこの雑味のない運転感覚に心を大きく動かされるとは思ってもいませんでした。運転がうまくなったようにも思えるとともに、「カーブを切る」という運転の原初的かつ重要な役割に秘められた楽しさを改めて思い知らされる貴重な機会になったことも付け加えておきます。

ローマスパイダー
Ferrari
8.4インチのタッチパネルを配したコクピットは整然とオーガナイズされ、直感的で使いやすい。
ローマスパイダー
Ferrari
シートは18段階での温度調節が可能です。

142kmのショートトリップの果てに

今回の国際試乗会ですが、設定された試乗コースの総距離は142km。走行前はやや長距離にも感じられましたが、圧倒的なパフォーマンスを発揮するGTカーの魅力に触れてみると、まだ走り足りない気持ちにさせられたことは偽らざる事実です。

そんなことを考えながら高速道路に差し掛かると、進行方向左手にカリアリの高台の街が見えてきます。ふとわれに返ると、ここまでずっとオープンで走り続けてきたことに気がつきます。時速60km以下であれば走行中の開閉が可能ということで、速度を緩めてセンターコンソールに設置されたスイッチを長押し。屋根が完全に閉じられるまで、その所要時間はわずか13.5秒ほどです。

▼オープンの状態からソフトトップが閉まるまで。屋根が閉まった後も、サイドビューの美しさはハードトップクーペと遜色ありません

ローマスパイダー
Ferrari
ローマスパイダー
Ferrari
ローマスパイダー
Ferrari
「ローマ スパイダー」のソフトトップは新素材の5層構造からなる強固なつくりで、吸音効果にも優れています。

ソフトトップが閉まり、いざクローズドな状態になると、その静けさに驚いた…だけでなく、オープンで走行していた際の圧倒的な開放感が改めて、そして増幅してよみがえってきます。それほどまでに振れ幅が大きく、まるで別の車に乗っているような感覚に陥るのです。

ゴールにたどり着き、車から降りて「ローマ スパイダー」の周りをぐるりと改めて1周。その美しさを目に焼きつけていると、近づいてきたデザインチームのスタッフが「クーペに備わる美しいシルエットをソフトトップでも守りつつ、スパイダーならではのファブリックによる美しさも大切にしました」とひと言。確かにリアからルーフに向かう流麗な流れは、ソフトトップであってもハードトップと同様なうえにファブリック自体も5色(ブラック、レッド、マロン、グレー、ネイビー)から選択が可能。深みのある色味と特殊な織りで、絶妙な立体感が際立つ表情に仕上げられています。

車のつくりとセッティング、それらがもたらす繊細なドライビングフィールといった玄人向けの詳細はカーメディアをぜひご参考いただきたい。

ただビジュアル、存在感、走りといったすべての面を含めて、この車と対面していると、改めてモノとの向き合い方に思いを巡らせてしまいます。ライフスタイルの一つとして車が存在し、それが自分を飾り、ときには象徴ともなり得る…。「スーパースポーツカーやGTカーは、ごく一部のカーマニアが喜ぶ」といった、非常にクローズドな世界だと思うのは大きな誤解ではないでしょうか。“唯一”に近いラグジュアリーを極めた先に、これほどまでに芳醇なライフスタイルの世界が存在している――そんなことを改めて気づかせてくれた、「ローマ スパイダー」での旅でした。

●問い合わせ先
フェラーリ
公式サイト