※この記事は、「ダイヤモンド・オンライン」(ダイヤモンド社)が2019年6月6日に掲載した記事の転載になります。

うつ社員が多い
会社の共通点

 私は産業医として年間1000人の働く人たちと面談する中で、長時間労働しても病気にならない人もいますし、残業が少なくても病気になる人が確実にいることも見てきました(長時間労働を肯定しているわけではありません)。

 誤解を恐れずに言えば、時間外労働が多ければ「疲労」がたまります。しかし、それが健康障害につながるか否かは、そこには個々人の体力や気力、許容度、やりがい、やらされ感、自己成長の実感や上司同僚からの承認等々、労働時間だけでは説明しきれない要素があると考えます。

 要するに、各自各会社の働き方があり、その結果が時に長時間労働になるのです。必ずしも、“長時間労働”という働き方が原因として先にあるのではないのです。

 数年前の電通の若い社員の自殺事件や4月からの働き方改革で、労働(残業)時間や違法残業という言葉に、社会的な注目が集まっています。

 しかし私はそれよりも、この疲労を生み出している労働環境こそ、就職転職の際にぜひ注目していただきたい点だと思っています。

働き方や疲労度は
「やりがい」と「裁量度」で決まる

武神健之医師
ダイヤモンド・オンライン
武神健之医師は、「働き方とは、やりがいと裁量権(コントロール度)に左右されます」と解説する。

 私は、働き方とは、やりがいと裁量権(コントロール度)に左右されるものと考えます。

 この2つの要素の大きさ重さにより、具体的な労働時間や勤務方法による疲労度は個々人でだいぶ変わってきます。

 1つめの要素である「やりがい」とは、個々の社員が仕事における自己成長を感じることができているか、職場からの評価を感じているか、そして時にはどうして自分がその職場で働いているのか、その意味意義を認識しているかということです。

 私の見る限り、新人や転職して間もない人たちは、新しい仕事における自分の成長を実感できている間は、同じ時間働いても、つぶれるほど疲労がたまることはあまりありません。ベテランになって自分で成長を実感できずとも、周囲からの評価でそれを感じることができる限り大丈夫な人もそれなりにいます。

 逆説的ですが、とてもがんばったのに評価されないことで、ガクッとへこんで不調に陥るパターンは、どなたも見聞きしたことがあるのではないでしょうか。

 また、就職や転職してすぐのときは、タフな労働環境に直面しても、自分がどうしてその会社に職を求めたのか明確な人ほど耐えられています。一方、あまり考えずになんとなくその会社に就職(転職)した人ほど、早くにつぶれていく傾向があります。

日本ストレスチェック協会
ダイヤモンド・オンライン

 2つめの要素である「裁量権」とは、職場において自分が持つコントロールの度合いのことです。自分で物事を決めたり、選ぶことができる範囲が大きい人ほど、疲労度は少ない傾向にあります。

 どのような優先順位で行うかだけでなく、どのような仕事は同僚や部下に任せて自分は何に集中するかを選択できる人ほど、それができない人に比べて明らかに疲労は少ないです。

 また、仕事そのものではなくても、働く時間の自己決定権が大きい人は、普段は遅くまで働いても、予定のあるときは早く帰ることができるのでストレス度は少ない傾向にあります。

 同様に職場の人間関係においても、誰と関わるか・関わらないかを自ら選べる人、フリーデスク制で苦手な人からは離れて座ることのできる人の方が、職場における心の疲労度は少ないです。

働き方に一番影響を及ぼすのは
会社の上司と部下へのセリフ

 こう考えてみると、あなたの働き方、つまりやりがいと裁量度に大きな影響があるのは、やはり職場の上司になります。

 そこで、ぜひ職場の上司たちのセリフに注目して、うつ社員を出しやすい会社か否かを判断していただければと思います。

 私の経験上、部下にメンタルヘルス不調者を頻発させる上司と話すと、「○○さんには期待していたんだけどなぁ」と話すことがよくあります。

 一方、メンタルヘルス不調者を出さない上司は、そのようなことを言いません。なぜなら後者の上司らは期待は部下にするものではなく、「示す」ものだと知っているからです。

 具体的に解説しましょう。

「期待する」は単に自分が期待するという行為なのですが、その期待に応えるか否かという責任が相手に委ねられてしまっています。しかし、よく考えてみると、自分が期待をしているから相手がやらなければならない、という道理は何もありません。

 本来、「期待する」のは上司の勝手な行為なのだから、その責任は上司にあるべきはずなのに、いつのまにか期待に応えるか否かは相手(部下)の責任になってしまうのが、「期待する」という行為なのです。

 つまり、「期待する」というのは一見、自分の行為にみえますが、最終的には「他責」の行為なのです。

 一方、期待を「示す」ことも同様に自主的な行為ですが、あくまで上司が期待を示すのみで終わり、相手(部下)の責任にするものは何もありません。

 大切なのは、上司が期待を示したとき、相手(部下)がその期待に応えたいと思ってくれるかどうかです。

 誰でも知らない人や好きでもない人から期待を示されてもわずらわしいだけですが、尊敬している上司から期待を示されたら、人は自発的に期待に応えようと思うものです。

 メンタルヘルス不調者を出さない会社の人々は、このことを知っています。なので、日頃から良好な人間関係を築いておき、そこに期待を示すだけなのです。

 すると部下は、自主的にその期待に応えようとしますので、「やらされ感」ではなく「やりがい」を持って働きます。結果、メンタルヘルス不調者が出にくいのです。

うつ社員が多い会社の
上司たちの相談内容

Portrait of a restless man face close up
tommaso79//Getty Images

 年間1000件もの産業医面談をやっていると、部下との関係に悩む上司からの相談もあります。

 部下を怒れば「パワハラ」と言われ、褒めれば「気持ち悪い」と敬遠され、「自分はこんなにやっているのに…」と。怒る技術やほめる技術、リーダーシップ研修やメンタルヘルス研修…等々、さまざまなノウハウ・技術研修を受けても、「効果が出ていない気がする」と悩んでいるのです。

 もちろん、このような相談に来ること自体、部下との関係を良くしたいという気持ちがあるのですから、「ない」よりもよっぽどマシなことです。

 しかしながら、せっかく話を聞いても、「部下を心底から思いやる気持ち」を感じさせないケースが多々あります。

 そうです。彼らはあくまでも「自分」に焦点をおいて考えており、「相手」にはないからです。

 メンタルヘルス不調者を出さない上司たちは、そのコミュニケーションの焦点は「相手」にあります。そして、相手を「承認」しています。承認した上で、怒ったり、ほめたりして、接しているのです。

 上司が部下を承認しているか否か、実は上司が部下にかける言葉、つまり、「話し言葉」に注意するとわかることもあります。

うつ社員が出にくい会社を
上司との会話から見抜く方法

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きずな出版
『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書◯上司のための「みる・きく・はなす」技術』武神健之(著)

 例えば、上司が部下にかける言葉で考えると、部下を承認していない上司は、「がんばってね」と言います。部下を承認している上司は部下に「がんばっているね」と言います。

 この違い、おわかりいただけるでしょうか。

 がんばっている部下に対して、「がんばってね」ではなく「がんばっているね」。我慢している部下に対して、「我慢してね」ではなく「我慢しているね」。

 この「いる」という言葉の有無にぜひ注意してみてください。「いる」と言う言葉が入っているのは、相手の状態をわかり、承認しているということの現れなのです。部下のがんばりや我慢を「わかっている」「わかってくれている」と理解するだけで、人は救われるのです。

 もちろん、がんばりや我慢が不要で、根本的な原因が解決できることが最善であることはいうまでもありません。

 しかし、原因が解決できないことが多い世の中、この、「承認」「認めてもらえた」「わかってくれている」ということが、不安や悩みやストレスを持つ人たちを元気づけたり救ったりするのです。

 うつ社員を出さない会社において、上長たちに共通するのは、この「承認」という気持ちだと思います。

 ぜひ会話の中に「承認」があるか、意識してみてください。相手の会社の上長や役員たちと話すとき、彼や彼女らが部下を、あなたを承認してくれているか。その点に注意していただくと、良い判断ができるようになると思います。


◎武神健之(たけがみ・けんじ)
医師、医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、BNPパリバ、ムーディーズ、ソシエテジェネラル、アウディジャパン、BMWジャパン、テンプル大学日本校、アプラス、アドビージャパン、Wework Japanといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』などがある。ホームページは、http://companydoctor.jp/