パンデミックについては回復も見えてきた一方で、全米各地でアジア系に対するヘイト犯罪が大きな問題となっている。コロナ禍を中国のせいだと思いこむ、人種差別のせいだ。
コロナ禍から一年経ったニューヨークから現状をご報告しよう。
まず2021年2月からニューヨークを揺るがしているのが、アンドリュー・クオモNY州知事(民主党)のセクハラ疑惑だ。
2月に初めてクオモ知事によるセクハラを告発したのは、かつて側近として働いたことのある女性、リンジー・ボイラン氏だった。二人目の告発者シャーロット・ベネット氏も、同じく側近だったという経歴の持ち主だ。
三人目の告発者、アナ・ルッチ氏は、結婚式の披露宴で会ったクオモ氏から「キスしていい?」と迫られたことを告白しており、彼女がクオモ氏から頬を触られている写真が出まわって、スキャンダルとなった。
このときのクオモ知事の意図はどうであれ、若い女性が顔を触られて困惑しつつも、相手に失礼のないようにしようとしている様子が見てとれて、多くの女性たちにとっては「ある、ある」と感じられたことだろう。
さらにジャーナリストたちからもセクハラを訴えられており、現在(2021年3月19日)までに7人の女性がセクハラ告発をしている。
このセクハラ疑惑に、クオモ州知事は「自分が不適切に相手に触ったことはない」「意図したものではない」と強調しつつも、誰かを不快にしたことについては謝罪を述べた。そして告発については、外部の独立調査に調べさせるとして、知事自身は「辞任はしない」と主張している。
昨2020年のコロナ禍では、クオモ知事はまさしくニューヨーク州のヒーローだった。毎日記者会見を行い、数字を明確に出して「ファクト」にもとづいた説明を行った姿勢が、高い評価を得て「クオモを次期大統領に」という声まで聞かれたほどだった。そのため2022年の州知事選で再選確実と言われていたのだが、ここに来て急に人気が陰りだした。
クオモ知事にとって大きなつまづきとなったのは、まず新型コロナによるニューヨーク州の死者数を、少なく公表していたという疑惑だ。2020年3月末、トランプ政権からの批判を回避するために、高齢者施設でのコロナ感染死者数を凍結して公表しなかったという疑いが浮上した。そこに加えてセクハラ疑惑がもちあがり、7人もの女性から訴えられているとあって、クオモ知事に辞任を要求する声が高まっている。対立する共和党議員のみならず、民主党内からも非難の声が挙がっていて、デブラジオ・ニューヨーク市長も「辞任すべき」との考えを示した。
現在、激しく辞任の圧力がかかっている中、クオモ州知事自身は「辞任はしない」「事実が解明されるのを待つ」として、ニューヨーク州議会司法委員会による調査が行われる予定だ。
アメリカではセクハラや人種差別発言については、きびしく糾弾されるようになっていて、企業や団体のトップと言えども、たちまち首がふっとぶ。「キャンセル・カルチャー」(著名人をはじめとした特定の対象の発言や行動を糾弾し、不買運動を起こしたり放送中の番組を中止させたりすることで、その対象を排除しようとする動き)はスターであっても逃れられず、ラッパーのエミネムですら、過去の暴力的な歌詞について、Z世代から「エミネムを排除しろ」というキャンセル運動が起こっているほどだ。
コロナ禍に強いリーダー像を見せて賞賛されたクオモ知事だが、たちまち地に墜ちた感がある。セクハラ疑惑にはきちんとした調査が必要とされるものの、来年の州知事選を勝ちぬくのはむずかしそうだ。
2020年の春、ニューヨークを襲ったコロナの猛威はすさまじかった。
3月14日は、ニューヨーク市内でコロナ感染による死者が出て、ちょうど一年目となる。そこで同日には、この一年間に亡くなった3万人以上の死亡者を悼んで、バーチャル追悼式典が行われた。式典では、亡くなった方たちの顔写真がブルックリンブリッジに投影された。
現在、ニューヨーク市では「ライトエイド」など、街にあるドラッグストアでもワクチン接種できるようになっていて、接種できる機会が一気に広がっている。現時点では60歳以上の住民が接種を受けられるようになり、すでに670万回の接種が実施されている。
実際にまわりでもワクチン接種を済ませた人が一気に増えていて、昨年末とは接種のスピードが段違いに変わった。バイデン大統領は5月までに、アメリカの成人全員にワクチンが供給されることを目標と掲げているが、このスピードであれば初夏には、多くの人がワクチン接種を受けられそうだ。
経済面でいうと、バイデン大統領はコロナ禍対策として、1兆9000億ドルの予算規模となる救済計画法に署名して、同法が成立した。これによって国民ひとりあたり最高1400ドル(約15万円)の給付額が振り込まれた。
コロナ禍ですっかり冷えこんだアメリカ経済だが、意外なことに全米の個人における貯蓄高は増えている。
米国商務省によると2021年1月の個人貯蓄額は、20%アップした。また米国連邦制度準備理事会(FRB)によると、2020年末の家計部門の貯蓄が約14兆1000億ドルで前年末比で23%増となり、1945年以降で過去最大となったことを明らかにした。
コロナ禍で消費が減少した中で、貯蓄が積みあがったと言えるだろう。
果たして、これから消費が回復するのかどうか気になるところだが、ひとあし先に航空業界には明るい兆しも見え始めているようだ。アメリカ国内では、すでに国内線航空チケットの予約が殺到していて、ユナイテッドエアラインの株価も9%上がったという。
国際線が盛んになるのにはまだ時間がかかるだろうが、今まで我慢していた人たちが一気に夏の旅行予約を取り始めたように、リベンジ消費が起こるかもしれない。
5年前には、アメリカではイスラム系住民がヘイトの対象にされて、ヒジャブ姿の女性たちがヘイトクライムに遭うことが頻発したが、現在は「アジア系」というアイコンに移行している。
このヘイトクライムの急増に対して、#StopAsianHate というハッシュタグで、多くのアジア系住民たちが抗議の声をあげている。
これはトランプ前大統領が、新型コロナウィルスを、中国発の「カンフー」と「フル−」(インフルエンザ)にひっかけて「KUNG FLU」(カンフルー)と呼んだり、「チャイナウィルス」と呼んだりしたことで、コロナ≃中国≃アジア人という刷り込みができたためだろう。
「中国人と韓国人と日本人は、それぞれ国が違う」といっても関係ない。アメリカ人にしたら、ベトナムやフィリピンなど東南アジアを含めて全部一緒に見えるのだし、まるごとひっくるめてのアジア系だ。そしてまた、近年アジア系が存在感を増してきていたこともヘイトの裏側にあるだろう。
アジア系に対する迫害は今になって起きたことではなく、第二次世界大戦中における日系人収容所の例のように、長い間アメリカで行われてきたものだ。それでもアジア系はあまりデモ行動を起こしたりすることはなく、声高に主張するより、勤勉に働く移民が多いことで、アジア系は「モデル・マイノリティ」とも呼ばれてきた。と同時に、存在感が薄い存在だったとも言える。
そこに変化が起こったのは、2010年代半ばからだ。2018年にはアジア系俳優による「クレイジー・リッチ・アジアンズ」が大ヒット。この映画に描かれたように、中国やアジア圏の経済力が増していることは、アメリカ人もひしひしと感じている現象だろう。
映画界では2020年に『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞作品賞に輝き、そして今年も韓国系移民を描いた『ミナリ』がゴールデングローブ賞を受賞。最高作品と言われる「ノマドランド」の監督は、中国系のクロエ・ジャオ氏だ。
またグラミー賞では、韓国発のバンドBTSがノミネートされた。受賞は逃したものの、アメリカのティーンエイジャーたちがアジア系の男性に憧れるのは、これが初めての現象だ。
今までは、マンガにおける群衆のように「存在するけれど、顔は見えない」立場だったアジア系が、主要キャラクターになって目立つようになった途端、憎悪を向けられるようになった面もある。
中国人がコロナ禍を持ち込んだという思いこみから、アジア人全体がバイキンのように嫌悪感を抱き、そこに存在感を増す中国の経済力に対する恐怖と反発が加わった人種偏見があると言えるだろう。
テキサス州アンサントニオでは、ラーメン店の店主がイヤがらせのスプレーペイントをされる騒ぎがあったが、窓には「KUNG FLU」の文字がスプレーされている。
さらに全米のアジア系住民を震撼させたのは、ジョージア州アトランタで起こった銃殺人事件だ。アジア系のマッサージパーラー三軒が銃撃にあい、6名のアジア系女性を含む8名が銃で撃たれて亡くなるという悲惨な殺人事件となった。犯人は21歳の白人青年だ。ロバート・アーロン・ロング(Robert Aaron Long)容疑者は自らセックス依存症であると述べていて、ゆがんだ動機があったと推察される。
さらに人々を唖然(あぜん)とさせたのが、チェロキー郡保安事務所のジェイ・ベイカー(Jay Baker)氏が最初の会見で、「犯人の男にとって、ついていない日だった」と述べたことだった。人種差別とのつながりについては、まだ捜査されていないにせよ、明らかに「アジア系女性」を狙ったと思われる殺人事件を、「ついていない」という軽々しい言葉で説明することに、人々の怒りの声が挙がった。
しかもベイカー保安官自身が、自分のSNSで「COVID-19 中国より輸入されたウイルス」と描かれたTシャツを手に入れたことをポストしていることが発見され、そのレイシストぶりが露呈したことから炎上騒ぎとなった。
また前述のBTSであっても、アジア系に対する偏見からは逃れられない。トップス社が出したBTSをカリカチュアにしたカードは、メンバーたちがグラミー賞のトロフィーで殴られて青アザになっているというもので、アジア系住民が暴力にさらされているな中、このようなヘイト表現は許容されるものではないと抗議の声があがり、トップス社は謝罪してこのカードを撤収した。
バイデン政権はアジア系に対するヘイトに対して、「断固として取り締まる」と語っており、全米各地で抗議集会も行われている。
またオークワフィナ(Awkwafina)、ジョージ・タケイ(George Takei)、オリヴィア・マン(Olivia Munn)らのセレブたちも#StopAsianHateの声を挙げて、アジア系に対する偏見やヘイトに気づくことをうながしている。
筆者自身ニューヨークに住んで25年になるが、これほどアジア系に対するヘイト、身の危険を感じるような状況を感じたことはない。中でもヘイトの対象が、老人や女性、子ども連れの母親など抵抗できない相手に向けられるのが卑劣だ。
ニューヨークでは「#StopAsianHate」の集会が開かれ、3月21日(日)にはチャイナタウンでラリーが行われた。このラリーに参加したところ、目測で1000人以上の群衆が集まり、アジア人に対するヘイト、そしてゼノフォビア(外国人排斥)に反対する声を挙げた。
現場にはアジア系はもちろんのこと、黒人、白人などアライ(理解し支援する人たち)の姿も多く見受けられた。特に昨2020年から頻繁にプロテストを行ってきている「ブラックライヴズ・マター」のグループは「連帯」を訴えて、共に人種差別のない世界をめざそうと唱えているのが印象的だった。
実際に「差別される当事者」側にまわってみると、いかにアライの存在が大切かよくわかる。デザイナーのフィリップ・リム氏、プラバル・グルン氏も壇上で挨拶し、また冒頭の写真のように、次期ニューヨーク市長選に出馬予定のアンドリュー・ヤン氏もスピーチをし、「アジア系有権者の力をあなどってはいけない」と語りかけた。
コロナ禍で収入が減ったり、自粛生活に疲れたり、あるいはネットでの反中国情報に踊らされた人たちの不満が一気にアジア系に向けられているヘイトクライムだが、油断できない状況が続きそうだ。
黒部エリ
Ellie Kurobe-Rozie
東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業後、ライターとして活動開始。『Hot-Dog-Express』で「アッシー」などの流行語ブームをつくり、講談社X文庫では青山えりか名義でジュニア小説を30冊上梓。94年にNYに移住、日本の女性誌やサイトでNY情報を発信し続けている。著書に『生にゅー! 生で伝えるニューヨーク通信』など。