外見がすべてなのか?
趙洪山(ジャオ・コウザン)さんには、ぜひそう問いただしてみたいものです。なぜなら彼は、33歳にしてすでに8万元(約150万円)以上もかけて顔に美容外科手術を施しているのです。
彼は4年前に、顔のシワを伸ばすためにダーマルフィラー(皮膚充填剤:ヒアルロン酸など)を注入することから整形を始めます。その後、それはまぶたへと移り…中国人特有の目のカタチを変えるためにメスを入れています。北京でジムを経営している趙さんは、「美容外科で施術してもらうのは、ボディービルのようなものだ」と言います。
そして今、中国でそう思っているのは彼だけではないどころか、「少数派」とも言えない状況になっています。美容医療専門アプリ「Gengmei(更美)」によると、「美容外科に頼る中国人の15%は男性」ということ。そこに皮膚科における手術なども加わると、その割合は「20%を超える」とも言われています。
この異常なブームをけん引しているのが、1990年代生まれの中国語でいうところの「90后(ジョーリンホウ)」と呼ばれる人々。それもテレビスターでなく、モデルでもアーティストでもない、ごく一般の若者たちなのです。
中国では親も子どもに
美容外科をすすめる
つまり、10代の若者が美容外科手術を行うことの選択は、もはやそう珍しいことではなくなったことも想像できるのでは? 年末の試験前になると、その需要が一挙に増えると聞いて何年か経ちます。それは、「鼻が高く目が大きいことが成功するカギとなる」と信じる子どもたちが多く、その親も率先して美容外科での施術をすすめることも多いという風潮も追い風になっているに他なりません。
ひと昔前までの美容外科医にとって、患者となるのは大抵は芸能人や先天性の顔面奇形が主なターゲット層でした。ですが現在では、都会のホワイトカラー層や裕福な中流階級の若者の間で、美容外科を中心とした美容医療がかなり浸透しているわけです。
北京のある医療機関の院長は中国の代表的なニュースサイト「捜狐(そうふ)」の中で、「身体に欠陥があると認識した時点で、その人は競争力と自信が失われることになりがちです」と説明します。
美容外科を利用する人の動機や目的は、性別によって大きな違いはありません。そんな中で男性は、ピーク時に来院するのを避けたり、マスクやバイザー付きのキャップで自分の正体を隠すなど、整形することを周囲にあまり気づかれたくないという思いが、女性よりも強い傾向にあります。
中国ではライブストリーミングの普及や、欧米から輸入した標準的な美容基準の普及に伴って、美容医療に流行が始まりました。この裏には、もうひとつの社会的潮流が作用していると言っても過言ではないでしょう。ここで、Morning Consultの調査結果を見てみましょう。2019年の調査において、中国のミレニアル世代の56%が、特別なボディケアが必要な職業である「インフルエンサーになることを夢見た」という解答をしているとのこと。これは経済的な要因にも、同様のレベルで影響を与えているはずです。さらに2010年以降は、中国の平均可処分所得(自由に使える手取り収入)は2倍以上増えているのです。よって、多くの若者にとって、多少の贅沢は大きな問題ではなくなっていると推測できます。
中国の正規医院による医療美容の市場規模は、2017年に1925億元(約3.17兆円)でしたが、2022年には市場規模は4810億元(約7.93兆円)に膨れ上がるという見込みになっています。
さらに中国の美容業界では、低侵襲治療(身体への負担が少ない治療)へと注目を集めており、それに伴ってトレンドも変化しています。調査会社ミンテルによる2021年の調査報告によると、「中国の男性は、平均してそれぞれ少なくとも2つの美顔器を使用しており、これは外科手術以外も含む美容医療分野に費やされた8000億元の約4分の1を占める」と報告しています。
美容外科で対立する
中国政府当局と国民
このように中国人男性の外見への関心が高まる中、国民と政府当局は対立する立場をとっています。新華社通信の調査によると、77%の世論がこの傾向に賛成している一方、"男らしさ"の絶滅を危惧する政府当局がこれを是正しようとしているのが現状です。
これに関しては、中国政府当局はきっと1800年代のことが忘れられないに違いありません。この時代は、イギリス政府が当時の中国である「清」に対して1840年に宣戦布告した「アヘン戦争」を代表に、以降結んだ不平等条約のもとで、ヨーロッパの列強が軍事的圧力のもとに治外法権の承認や関税自主権の喪失、租借地などを推し進め、当時の中国を半植民地化していった屈辱の時代と捉えているのでしょう。
そしてその屈辱を跳ね返し、現在の中国はIMF(国際通貨基金)が公表する「GDP(国内総生産), current prices」のページから判断すれば、アメリカに次いで中国が2位に。ちなみに日本は3位ですが、その額は中国の3分の1以下です…。しかも、英国を拠点とするコンサルティングを主とする会社「PwC(プライスウォーターハウスクーパース)」が2017年に発表した報告書「The Long View How will the global economic order change by 2050?」によれば、中国は2050年にGDP世界ラインキング1位になると予想しています(ちなみに日本は、7位メキシコに次いで8位となっています)。
現在のように“強い中国”へと見事に変容させ、自国の栄光を取り戻すために中国政府当局は緊縮財政の中も、「体力」や「マッチョ」に代表される比喩に依存した“リーダーシップ”の強化を掲げ、それを成し遂げてきたと言って過言ではないでしょう。そんな屈強な姿勢での成功体験の中、国民の間で…特に男性の若者の間でボディケアへの過度の依存は、きっと許せないのでしょう。そこには、「ジェンダーレス」による屈強さの軟化に対しての懸念があるに違いありません…。
2017年、国民健康委員会には美容外科に関する苦情が2700件寄せられました。
2021年7月には、インフルエンサーのシャオランさんが脂肪吸引手術後に敗血症によって、33歳の若さで亡くなりました。さらにその数カ月前には、女優のガオ・リュウさんが手術の失敗で鼻が壊死しています。この美容医療…特に美容外科への規制は、中国政府当局にとって規制すべき優先事項になりました。
そして2021年9月には、誤解を招くような広告に対して、「バス停や地下街のポスター、映画やテレビのバラエティ番組での宣伝、ライブストリーマーの宣伝など、美容医療の宣伝が過剰にまん延している」と中国共産党の機関紙『人民日報』は、ヨコヤリを入れるカタチで報じています。
また、その中でも特に懸念しているところが、若年層が低金利の融資に釣られ、高額な手術を受けるために利用するクレジットサービスに対してとのこと。それも一時期は、この融資に関するシステムも、世界のトップを疾走する中国のフィンテックによる金融サービス…特にアリババグループでその分野を担うアント・フィナンシャル・グループや衆安保険、Qudian(趣店)など、世界のフィンテック市場をリードする企業の活躍によって、好転するかのように見えたのですが…。
この1年で中国政府当局は、自由奔放なインターネット時代の資本主義とともに、それによってもたらされた富と影響力が中国共産党の目的や野心と衝突していると判断し、2021年4月には「アリババが独占禁止法に違反した」として、180億元(およそ3240億円)の罰金を課しました。さらに監視を強化するなど、巨大な圧迫をかけています。その影響もあり、フィンテックによる金融サービスの発展も鈍化することに。これには、美容業界にも大きな影響を受け始めているはずです。
そうしたことを複合的に解釈して予想すれば、「男性向け女性向けを関わらず、中国での“美容医療”の人気はいずれにせよ鈍化していく」という予想も立てられてはいますが…。
Source / ESQUIRE IT
※この翻訳は抄訳です。